ITIコラム

2017年1月18日

 

メキシコ企業を脅かす犯罪被害
 ~「浜の真砂は 尽くるとも 世に盗人の種は尽くまじ」~

内多 允
(一財)国際貿易投資研究所
客員研究員

 

メキシコ政府の統計行政機関である国立統計地理情報院(以下、略称INEGI)は、2016年11月28日、企業の犯罪被害に関する報告書( Encuesta Nacional de Victimización de Empresas 略称ENVE, 2016)を公表した。調査は2015年に実施された。同調査は2011年と2013年にも行われた。

2015年調査では、3万3,866社に対してアンケートを実施した。その回答状況から、同年のメキシコにおける犯罪件数は400万件に上り、被害を受けた企業数は160万社と算出した。以下が同調査の概要である。

1)メキシコにおける企業の犯罪被害規模

企業が負担した犯罪関連コストの総額は、2015年には1,389億ペソ(7,347億円)に上った。これは同年GDP(国内総生産)の0.73%に相当する。2015年の同被害額は、前回調査(2013年)の1,190億ペソより、16.7%増加した。2015年コスト総額の内訳は犯罪被害額656億ペソ、防犯経費739億ペソである(表1)。

犯罪被害額は2013年調査(661億ペソ)に比べて、0.8%減少した。一方、防犯経費の支出(733億ペソ)は2013年(529億ペソ)に対して38.6%増加した。2015年の犯罪関連負担の内訳構成比率は、防犯経費支出(52.8%)が犯罪被害額(47.8%)を上回った。この比率は2013年の同構成比率が防犯経費支出44.5%、犯罪被害額55.5%から逆転した。防犯経費支出が増加傾向を示していることは、犯罪被害の増加が深刻化していることが、反映している。また、犯罪対策について、警察等の行政機関への依存度が、低いことも影響している。

当該調査においても犯罪総件数400万件の内、警察等に通報しなかった比率は、90.3%と報告している。実にこのような泣き寝入り比率が極めて高い実態が、各企業が自衛のために防犯関係経費の増加を促していることがうかがえる(企業の泣き寝入り比率については、表10と11参照)。

表1 メキシコにおける犯罪関連の企業コスト(単位:億ペソ)

 

2013年

2015年

a.犯罪被害額

661

656

b.防犯経費支出

529

733

犯罪関連負担(a+b)

1,190

1,389

(表1~11の出所)INEGI, Encuesta Nacional de Victimización de Empresas,2016

 

企業の犯罪被害の内容については、物品の盗難に関する犯罪が目立つ(表2)。これについて、同表では窃盗・強盗(22.3%)や企業関係者の盗み(15.3%)、車両盗難(8.9%)、輸送中の商品盗難(6.8%)などの項目が、計上されている。16.5%を占める脅迫の手段としては、電話が88.0%を占めている。汚職(10.9%)に関与する職種構成比率の上位3部門としては、警察・公安・司法関係者(32.2%)が最多比率を占め、次いで政府職員(30.1%)、保健・地域福祉(23.8%)となっている。

犯行で凶器(銃器を含む)が使用される状況については、凶器を所持している犯行者の比率は19,5%であった。凶器が使用された比率は、犯行の34.7%に上る。

企業に対する犯罪では、従業員や関係者の内部犯行も無視できない。表2では企業関係者の盗みが15.3%に上る。この数値は発表(スペイン語)では“Robo hormiga”と表記している。Roboは「盗み」(英語:theft,robbery)、hormigaは「蟻」(英語:ant)を意味する。

この盗みは、蟻があたかも少量の獲物をせっせと運ぶように、勤務先の職場から備品や商品を少しずつ盗み出す行為である。

表2 犯罪被害の内容件数の構成(単位:%)

犯罪の内容

構成比率

窃盗・強盗

22.3

脅迫

16.5

詐欺

15.3

企業内関係者の盗み

15.3

汚職

10.9

車両盗難

8.9

輸送中の商品盗難

6.8

設備機器の損傷

2.2

その他

2.0

 

2) 依然として改善されていない犯罪被害

2015年調査では、企業の犯罪被害額が2013年調査に比べて減少したことを報告した。しかし、個別企業の被害についての実態からは、犯罪被害の件数や被害金額が依然として厳しい状況が続いていることが示されている。

犯罪被害を受けた企業は、全企業の35.5%に上り、2013年調査の33.9%から1.6ポイント上昇した。産業部門別(商業、鉱工業、サービス)に、犯罪被害を受けた企業の比率によれば、商業部門の企業が最も高い比率(40.7%)となっている(表3)。

企業規模別の犯罪被害企業の比率では、半数以上の大企業と中企業が犯罪被害をうけている(表4)。なお、企業規模の定義は、産業部門別に従業員数による分類にもとづいている(表5)。

表3 犯罪被害を受けた企業の比率(単位:%)

 

商業

鉱工業

サービス

2013年

37.5

33.9

28.9

2015年

40.7

31.7

30.4

 

表4 企業規模別の犯罪被害比率(単位:%)

 

2013年

2015年

大企業

58.3

61.0

中企業

56.4

59.9

小企業

46.7

49.9

零細企業

32.8

34.7

 

表5 従業員数による企業分類(単位:人数)

 

 鉱工業

商業

サービス

大企業

251人以上

101人以上

101人以上

中企業

51―250

31―100

51―100

小企業

11―50

11―30

11―50

零細企業

0―10

0―10

0―10

 

1社当たりの犯罪被害件数は、2013年に比べて、2015年は増加した。部門別の被害状況は、鉱工業部門の被害が最も多い(3.4件)(表6)。企業規模別の傾向では、大企業の被害件数(7.2件)が最多で、次いで中企業が4.9件である。大企業の同件数は、零細企業(2.4件)の3倍となっている(表7)。

表6 1社当たりの犯罪被害件数(部門別)

       

商業

鉱工業

サービス

2013年

2.0

2.3

1.9

2015年

2.3

3.4

2.5

 

表7 企業規模別の1社当たりの犯罪被害件数

 

大企業

中企業

小企業

零細企業

2013年

3.4

3.1

2.6

1.9

2015年

7.2

4.9

3.8

2.4

 

1社当たりの平均犯罪被害額は、鉱工業部門が2015年(9万7,689ペソ)は、2013年に比べて減少したとは言え、商業部門やサービス部門の5万ペソ台を凌駕している(表8)。

表8 部門別1社当たり平均犯罪被害額(単位:ペソ)

       

商業

鉱工業

サービス

2013年

46,619

108,084

49,584

2015年

50,720

97,689

54,764

    

企業規模別の平均犯罪被害額は、大企業の金額が最も大きい。2015年に、大企業のそれ(141万8,669ペソ)は、2013年(183万8,656ペソ)に対して22.8%減少した。しかし、年間被害額が100万ペソを超えているのは大企業だけである(表9)。

表9 規模別1社当たりの平均犯罪被害額(単位:ペソ)

      

2013年

2015年

大企業

1,838,656

1,418,669

中企業

459,506

510,919

小企業

158,290

227,744

零細企業

34,588

35,939

 

企業が犯罪被害を受けても警察・司法機関に通報しないで、いわば泣き寝入り状態の企業が占める割合は、大企業が50%台であるのに対して、中企業以下の規模では一層、泣き寝入り比率が高くなっている(表10)。零細企業に至っては91.9%が泣き寝入り状態に陥っている。

表10 規模別泣き寝入り企業比率(単位:%)

 

2013年

2015年

大企業

58.7

58.2

中企業

68.4

73.7

小企業

80.8

84.9

零細企業

89.6

91.9

 

部門別ではサービス部門では、91.4%が泣き寝入り企業である。商業やサービス部門は零細企業の数が多いが、メキシコでも犯罪組織がこれらの企業から、金品を奪うケースが頻発していても、警察が取り締まりの成果をあげていない状況が報道されている。警察や司法機関を期待できないと思われている状況も、泣き寝入り企業が減らない環境を、醸成している。

表11 部門別泣き寝入り企業比率

       

商業

鉱工業

サービス

2013年

86.9

89.6

89.3

2015年

89.9

89.6

91.4

 

次に、大企業の犯罪被害として、ペメックス(Pemex、メキシコ国営石油会社)と金塊の盗難に関わる事例を紹介する。

3) ペメックスの犯罪被害

メキシコ国内で、石油資源の生産・流通で圧倒的な市場支配力を保持しているペメックスも、ガソリンや天然ガスの盗難対策に取り組んでいる。ペメックスの盗難被害では、パイプラインからのガソリン抜き取りが目立つ。ペメックスの輸送手段の構成比率(2015年)はパイプライン60.5%、船舶27.5%、車両13.8%である。ペメックスが盗まれた石油製品の押収量は、2014年1,309万リットル、2015年1,102万リットルに上る。

輸送への依存度が高いパイプラインの事故に対する経費負担が増加している。2015年においてはパイプラインの修理・維持に41億3,400万ペソを支出、2016年には更に15億8,100万ペソの上積みが見込まれている。2015年のパイプラインの漏出事故は、64件を数え、その原因としては技術的な誤操作が34件、第3者による偶発事故15件、その他の要因15件と分類している。これらの要因には犯罪的は破壊や盗みを意図した事故も含んでいる。ペメックスは2015年2月、未精製のガソリンとディーゼル燃料を試験的にパイプラインで輸送することを発表した。これは最終製品であれば、パイプラインから抜き取って、直ちに転売が可能であることから、これを防止するために未精製の輸送を始めた。しかし、これが果たして本格的な輸送形態に変換されるかは明らかにされていない。

ペメックスは犯罪対策の観点から、警察・司法機関との連携を強化して、刑事告訴を増やしている。

燃料の盗みや不法取引に関わる主な輸送手段は、車両である。不法取引の現場で、摘発された車両台数は、2014年3,187台に対して、2015年は54%増加して4,907台に上る。

燃料の不法取引やパイプラインからの抜き取りなどに関する刑事告訴の件数は、2015年においては7,151件で、前年比(5,842件)22.4%増加した。これらの事件で告発された人数は2014年659人、2015年629人である。

*以上のペメックスに関する引用文献は、年次報告書2015年版(Form20-F)。

ペメックス関係者の発言を伝える報道(2016年3月3日付)によれば、車両から盗まれる燃料は、一日当たり2万7,000バレルである。そして、そのガソリンとディーゼル油の換算価格は一日につき6,000万ペソ(約350万ドル)で、年換算で12億9,000万ドルに達するとのことである。

ペメックスにもメキシコ最大の麻薬犯罪組織であるLos Zetasの影響が及んでいることが、憂慮されている。例えば、シェールオイル・ガスの豊富な埋蔵量が確認され、産油地域として有望視されているメキシコ北東部は、Los Zetasがはびこっていると言われている。同地域におけるペメックスの現場労働者は、Los Zetasからの強要を、排除できない状況であり、ペメックスとしてもこのような状況を解決できていない(Los Zetaについての引用文献は、Rice University’s Baker Institute,Issue Brief,June14,2015)。

4) 鉱山が犯罪組織の標的

鉱物資源を採掘している鉱山が、犯罪組織の標的になっている。採掘については、不法採掘(無許可の鉱山経営)が、犯罪組織の資金源となっている。

中南米における金生産国は、不法採掘(無許可の採掘)と金塊(インゴット)の盗難・密輸対策に苦慮している。他の中南米諸国よりは小規模とはいえ、メキシコでも金鉱石の不法採掘が行われている。近年の報告(“Organized Crime andIllegally Mined Gold in Latin America,April2016)では、メキシコと他の中南米諸国の金鉱石の不法採掘の実態について、以下のように報告している。

同報告によれば、メキシコで生産される金の9%が、不法採掘である。因みに、他の産金国で金の不法採掘のシェアは、ペルー28%、コロンビア80%、エクアドル77%、ベネズエラ91%、ボリビア31%となっている。メキシコでも金塊の盗難が報告されている。同報告によれば、2008年から2012年にかけて、約300万ドル相当の金塊が盗まれた。武装した犯罪組織(麻薬組織)が、鉱山を襲った事例が多数報告されている。

大規模な金塊強奪事件としては、2015年4月、シナロア州でカナダ資本のEl Gallo社鉱山から7,000オンス(時価840万ドル)が強奪された。

メキシコでは金鉱山に加えて、鉄鉱石や石炭等の鉱山にも犯罪組織が、手を伸ばしている実態が報道されている。

石油や金塊等の現金化しやすい資源に加えて、さまざまな商品も略奪の対象になっている。表2では犯罪被害の種類構成で、「輸送中の商品盗難」の数字が計上されているが、これには、各企業が購入したり、あるいは納品の商品が襲われていることを示している。

五右衛門風呂の名を後世に伝える石川五右衛門は、盗みを重ねた罪で釜茹での刑に処せられる際に、詠んだと伝えられる辞世の句が「石川や 浜の真砂は 尽くるとも 世に盗人の種は尽くまじ」である。まさに、メキシコに限らず盗みの対象は拡大しているだけに、その対策の充実が望まれる。