ITIコラム

2020年3月12日

 

全ての貿易協定に反対なサンダース候補と原則として支持するバイデン候補~注目される大統領選での民主党候補者の通商問題への対応~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹

 

はじめに

3月3日の「スーパーチューズディ」の結果は、民主党の大統領選挙候補の選択の流れを変えることになった。劣勢にあった前副大統領のバイデン候補がそれまでの結果を覆し、バーモント州上院議員のサンダース候補を抑え、一挙にトップに躍り出たのであった。バイデン候補はスーパーチューズディに参加した14州のうち10州で勝ち、夏の全国党大会で同候補を指名してくれる代議員の人数でリードした。アフリカ系アメリカ人の間で特に人気の高いバイデン候補は、南部各州に加え、人口が多く代議員の数も多いテキサス州でも優勢であった。この結果、ブルームバーグ候補とウォーレン候補は撤退し、事実上、これからの選挙戦はバイデン候補とサンダース候補に絞られる形になった。

スーパーチューズディから1週間後の3月10日、民主党候補を選ぶ予備選・党員集会が米国の6州で開かれた。事前の予想通りバイデン候補の優勢が続き、ミシガン、ミシシッピー、ミズーリなどの州で勝利した。ニューヨーク・タイムズのライブによると、獲得した代議員数は、米国東部時間10日23時50分の時点で、バイデン候補が813(スーパーチューズディ後は584)、サンダース候補が656(509)となり、スーパーチューズディの時点よりもバイデン候補はリードを広げた。

与野党の支持が拮抗しているペンシルベニアやウィスコンシンといった州などでの今後の民主党候補の指名争いは、農産物を含めた「通商問題」が争点になる可能性があり、両候補の貿易協定などへの賛否の姿勢が票に影響を与えることが考えられる。

ドナルド・トランプ現大統領やジョー・バイデン前副大統領、あるいはバーニー・サンダース上院議員の「通商問題」への対応にはかなりの隔たりがある。このため、誰が次期大統領になるかによって、米国の中国、日本、EUに対する通商問題の舵取りが変化するだけでなく、今後の英国、欧州、ブラジル、インド、ケニアなどとの2国間貿易協定の動きにも大きな影響が表れると思われる。

トランプ大統領との差別化に悩む民主党候補者の通商政策

米民主党はもともと通商問題に対しては労働者の保護を最優先し、国内の生産と雇用の維持を主張し、貿易を自由化することによる海外へのアウトソーシング(流出)には反対であった。ところが、2016年の大統領選ではこの伝統的な民主党の信条をトランプ大統領に奪われてしまった。当時の民主党のクリントン候補はTPPの見直しを表明し中西部などの製造業の支持を得ようとしたが、結果的には十分な票を獲得できなかった。

この意味で、スーパーチューズディを終え中西部などに指名争いが移っていく中で、民主党候補は本格的な大統領選を念頭に、トランプ大統領にお株を奪われた労働者寄りの通商政策とは一味違うものを前面に出す必要がある。しかも、米製造業の復活を狙ったトランプ大統領の対中強硬策は米国全体の支持を得ている。民主党候補が産業界や国民を納得させながらトランプ大統領との差別化を図るためには、例えば中国の不公正貿易慣行を是正するにはトランプ政権が合意した第1段階の米中貿易協定では不十分だとし、それに代わる独自に練り上げられた代替案を提示するなど、巧妙な戦略が求められる。

バイデン候補、サンダース候補、及びトランプ大統領の通商政策を比較すると、サンダース候補は新NAFTA(USMCA)を含むほとんどの貿易協定を否定しており、むしろトランプ大統領よりも保護主義的な通商政策の信条の持ち主である。これに対して、バイデン候補は逆にTPPやUSMCAを含めて多くの貿易協定を支持しており、3人の中でも最も多国間の国際貿易ルールを推進する候補者である。ただし、バイデン候補は中西部などの製造業に支えられている州での票の獲得には、貿易協定への一辺倒な支持では不利になる可能性があるので、USMCAの再交渉を含む、公正な貿易の推進を掲げざるを得ない。

一方では、トランプ大統領の強硬で保護主義的な通商政策への支持層が減っているとの見解もある。この背景には、トランプ大統領は戦後に米国が行ってきた自由主義の旗振り役を捨てて、米国の世界に対する伝統的な役割を覆したという見方がある。こうした考えが、全米に浸透していけば、バイデン候補にとって有利な材料となる。

バイデン候補が票を伸ばしていくならば、日本にとっては、再交渉後という条件付きではあるが米国のTPPへの再参加の可能性が高まるし、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)などでの米国との協力体制の一層の促進、あるいは世界的な保護主義の流れを断ち切る動きにもつながる。しかしながら、民主党候補者がトランプ大統領の通商政策に対して効果的な差別化に失敗すれば、トランプ大統領の現職としての優位性を覆すことは難しくなる。

民主党の主要候補者の通商政策

貿易協定の問題になると、これまでのほとんどの民主党の大統領候補は、労働と環境を争点にしている。民主党の候補者でも、トランプ大統領の中国との貿易戦争については、表立って反対はしていない。各候補者は、総じて自由貿易ではなく「公正貿易」への支持を表明する傾向が見られる。

その中で、主要候補の通商関連の政策の立ち位置はかなり異なる。ジョー・バイデン前副大統領は、四半世紀以上も前に成立した北米自由貿易協定(NAFTA)に取って代わる米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を支持する。一方では、バーニー・サンダース上院議員はNAFTAもUSMCAも支持しない。既に撤退を表明しているエリザベス・ウォーレン上院議員は2018年にUSMCAを批判したが、2020年1月16日に上院で通過したUSMCA実施法案(89-10)には賛成票を投じた。トランプ大統領が就任後間もなく離脱した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に関しては、民主党候補の多くは支持しておらず、バイデン候補も既に発効しているTPPへの参加には反対で、再交渉を主張している。

公正な貿易論者をアピールするバイデン候補

以下の表のように、バイデン候補は基本的には労働者、環境、労働基準を保護する「国際貿易協定」を支持している。 しかしながら、同候補は2020年の最初の民主党の公開討論で、彼の政権では環境保護主義者が議論に加わっていない、いかなる貿易協定にも署名しないと表明した。また、トランプ大統領が世界貿易政策に責任を果たさないならば、北京に取って代わられると主張。そして、中国の不公平な貿易慣行に挑戦するために、彼の政権ならば、米国の同盟国からの支援を受けられるであろうと述べた。

バイデン候補は、デラウェア州上院議員だった時にNAFTAを支持し、オバマ政権の時にはTPPを支持した。2019年に彼が自由貿易論者(フリートレーダー)かどうかを尋ねられた時、バイデン候補は「公正な貿易論者」であると答えている。また、同候補は、USMCAの承認に賛成したが、「労働界の大部分も支持した」と述べている。

バイデン候補は米国のTPPへの復帰に関しては、再交渉を求める考えを示している。トランプ大統領の通商政策は、たとえ2期目に入ったとしても、根本的に変わることはないと考えられるので、TPPへ参加するために多国間での交渉を展開するよりも、日本との貿易協定のようにTPP参加国との2国間交渉を優先する可能性が高い。もしも、トランプ大統領がTPPへの復帰を決断するとすれば、TPPの11か国からアジアの国を中心に加盟国が大きく増えるなど、大きな環境の変化が前提になると思われる。この点で、バイデン候補は再交渉を求めるとしながらも、TPPのような多国間による貿易経済圏の形成に前向きな姿勢を見せる可能性がある。

 

通商問題へのジョー・バイデン(オバマ大統領時代の副大統領)候補の対応

貿易協定やグローバル化

新NAFTA(USMCA)

対中通商政策

*労働、環境保護、気候変動などの分野を含む、米国が主導する「国際貿易のルール」を推進。
*交渉テーブルに環境保護主義者と労働者が含まれない貿易協定には賛成しないと発言。
*米国人労働者の雇用の確保を優先する貿易協定を推進。
*環太平洋パートナーシップ協定(TPP;オバマ政権時では支援)に再び参加するかどうかに関しては、再交渉を主張。既存のTPPへの再参加には賛成しない、と表明。

*米議会で承認されたUSMCAの修正議定書における「労働、環境、バイオ医薬品のデータ保護期間、執行」の分野での変更に支持を表明。
*1994年に発効した最初の北米自由貿易協定(NAFTA)に賛成の票を投じた。

 

*知的財産権の侵害、鉄鋼製品のダンピング、産業補助金、国有企業への優遇策等に対する対中追加関税は正当化できると発言。
*中国はトランプ大統領との第1段階の米中貿易協定では大きな勝利を得た。この協定は、中国の違法で不公正な貿易慣行の変更に結びつかないと主張。

(資料) 新聞・ウエブ等の種々の情報媒体を基に作成

 

新NAFTAの見直しを求めるサンダース候補

サンダース候補は、トランプ大統領が結んだ貿易協定は「多国籍企業のために策定されたもの」と主張している。そして、生産や雇用の海外への流出(アウトソーシング)を防ぐため、労働、環境、及び人権の基準を含む「公正な貿易」を支持すると述べている。同時に、サンダース候補は米加自由貿易協定(CAFTA)、NAFTA、およびTPPの締結に一貫して反対してきた。ある意味では、トランプ大統領の通商政策よりも国内生産や雇用を重視する考えを打ち出している。

また、同候補は環境への保護が不十分としてUSMCAに反対している。 2020年2月7日の民主党の公開討論会の場で、彼はUSMCAが米国の雇用のアウトソーシングを食い止めることができないと述べ、同時に一言も「気候変動」に触れていないことに不満を表明した。

サンダース候補は、海外への事業移転を計画する企業への税控除の削減、あるいは全ての貿易協定に「拘束力のある労働・環境・人権及び通貨操作への基準」の導入を求めており、米国の労働者の利益を最優先する通商政策の実施を主張している。この流れにおいて、同候補はUSMCAに反対しており、その見直しを要求している。

 

通商問題へのバーニー・サンダース(バーモント州上院議員)候補の対応

貿易協定やグローバル化

新NAFTA(USMCA)

対中通商政策

*これまでの自由貿易協定は、米国の労働者に、メキシコ、中国などで1時間に1ドルまたは2ドルの低賃金を稼ぐ人々と競争させている、と表明。
*海外への事業移転を進める企業の税控除を廃止する。
*全ての貿易協定に拘束力のある労働、環境、人権の基準を導入する。
*全ての貿易協定に通貨操作に強制力のあるルールを含める。

*化石燃料の排出を大幅に削減するための強制的なルールを取り入れていない貿易協定に賛成しない。
*新NAFTA協定(USMCA)が発効しても、労働者が1時間あたり2ドル未満で支払われる低賃金国であるメキシコへの雇用の大幅なアウトソーシングを食い止めることができないと発言。
*新NAFTA(USMCA) に反対。

*トランプ政権が中国にその不公正貿易慣行を改革するよう圧力をかけるのは正しいが、問題は、トランプ政権が主に米国と中国の間の貿易不均衡の是正に熱心であることだと主張。
*中国の知的財産権の侵害、国有企業への補助金などへの対策については、より広範な国際社会および他の先進国と協力を得て対応すると表明。

(資料) 新聞・ウエブ等の種々の情報媒体を基に作成

 

USMCAに賛成投票したウォーレン候補(スーパーチューズディ後に撤退)

ウォーレン候補は、米国の貿易政策は主に大企業のために実行されていると主張し、「労働組合、中小企業、零細な農民」の意見を吸い取る意向を表明。また、貿易交渉を一般に公開し、透明性の向上を高めるよう主張。そして、TPPに反対するとともに、民主党の主導で修正する前の新NAFTA(USMCA)にも反対した。しかし、修正後のUSMCAでは労働基準が「改善」されたことから、USMCAの上院での実施法案の採決で賛成票を投じた。

第1段階の米中・日米貿易協定及びUSMCAを発効させたトランプ大統領の通商政策

(貿易協定やグローバル化への対応)

米国の2020年の貿易アジェンダとして、引き続き「USMCAの発効と実施」や「第2段階の米中貿易交渉及び日米貿易交渉」が主要な案件になると思われるが、さらに英国、欧州、インド、ケニア、スイス、ブラジル、フィリピンなどとの貿易協定交渉の開始を挙げることができる。これらのアジェンダは大統領選挙の最中に並行して実行されなければならないので、2020年のトランプ政権の経済外交の舵取りは前年に勝るとも劣らないほど難しいものになると思われる。

トランプ大統領は就任直後にTPPから離脱し、NAFTAの再交渉を開始することを表明。トランプ大統領の経済通商政策は、メキシコなどへの生産拠点や雇用の流出を抑え、国内での生産・雇用を拡大することを目標としている。さらに、輸入を削減し輸出を増加させ、最終的には経済成長に資するため、米国通商法の適用による追加関税の適用や、2国間貿易協定の締結を目指している。

そして、アメリカ・ファーストを打ち出し、これまでの同盟国であったEUやカナダとの国際的な協調によるグローバリズムよりも、自国経済の生産、雇用、経済成長を重視。中国の政治・経済・技術面での台頭に対して、日本やEUなどと協調しながら、WTOの場などで対抗する姿勢を示している。

第1段階での米中貿易協定や日米貿易協定が2020年11月の大統領選挙前に発効したのは、選挙前までに実績を上げたかったトランプ大統領の狙いが反映されている。また、USMCAは2020年の夏頃には発効が見込まれている。懸案の米欧貿易協定は、農業を交渉対象から外したいEUとの思惑の違いから、交渉開始が遅れている。その代わりに、米国と英国との貿易協定交渉が2020年3月から開始される予定だ。米国はケニアとの貿易交渉にも積極的である。

(新NAFTA(USMCA)への対応)

トランプ大統領は米国の生産と雇用、貿易赤字の削減を目的として、NAFTA再交渉を開始。原産地規則を強化し、米国からの調達促進を図った。NAFTA再交渉の途中から、米国とメキシコ、米国とカナダとの2国間アプローチに切り替え、米国の権益を確保。自動車への通商法232条の適用をちらつかせながら、交渉を有利に展開しようとした。

北米3か国間でUSMCAの合意に達したものの、米国議会で批准されるには、民主党のペロシ下院議長から議会審議の承認を得る必要があった。ペロシ下院議長は、USMCA原案に対して、労働、環境、バイオ医薬品のデータ保護期間、執行等の分野での修正を求めた。ペロシ下院議長は2019年12月10日、USMCAの修正について、トランプ政権と合意に達したことを発表。これを受けて、米加墨3か国の代表は、メキシコシティの国立宮殿において、USMCAの内容を一部修正する議定書に署名した。

米議会下院は12月19日、修正案を盛り込んだUSMCA実施法案を385-41の圧倒的多数で可決。米国上院は、気候変動に触れていないとの反対もあったものの、2020年1月16日にUSMCA実施法案を賛成89、反対10の大差で可決。各締約国は、USMCAの発効のために必要な国内手続を完了したときは、他の締約国に対し書面により通報する。協定は最後の通告の後、3か月目の月の初日に効力を発生することになるので、もしもカナダが4月に批准し手続きを終えるならば、USMCAは最短で7月初日に発効することになる。

(中国への通商対応)

トランプ大統領は2018年3月23日、米国の安全保障を損なう恐れがあるとの判断から、1962年通商拡大法232条に基づき、中国、日本、EUなどからの鉄鋼とアルミ製品にそれぞれ25%と10%の制裁関税を発動。

トランプ大統領は2018年3月22日、不公正な貿易慣行として中国の知的財産権問題を指摘し、1974年通商法301条に基づき、中国に対する制裁措置を発動することを命じる大統領覚書に署名。これは、技術移転の強要、知的財産権の侵害、国境を越えたデータの自由な移動、産業補助金、国有企業への優遇策等の不公正貿易慣行に対する対中追加関税は正当化できると判断したためであった。

これを受けて、トランプ大統領は2018年7月以降、第1弾目~第4弾目に分けた対中追加関税を賦課。そして、米中両国政府は貿易交渉で紆余曲折を経ながらも2019年12月13日、遂に第1段階での米中貿易協定の合意に達した。ただし、第1段階での合意後も、米国側と中国側の発表内容に食い違いが見られた。

第1段階の中国との貿易協定は2020年1月15日、劉鶴・中国副首相がワシントンDCを訪れて調印された。第1段階での協定には、知的財産権、技術移転、金融サービス、通貨に関する中国からのコミットメントも含まれている。金融サービスでは、中国は証券、ファンド運用、金融先物、保険業界に関する外資出資規制を4月1日までに撤廃する。第1段階の米中貿易協定は86ページから成り、調印から30日後の2月14日に発効した。

(日本への通商対応)

日米両国首脳は2018年9月26日、ニューヨークで日米通商交渉を開始することに合意。そして、安倍総理とトランプ米大統領は2019年9月25日、ニューヨークでの首脳会談で第1段階での貿易交渉に合意し、日米貿易協定及びデジタル貿易に関する行政協定に署名。

ロバート・ライトハイザーUSTR(米国通商代表部)代表は、これはあくまでも関税やデジタル貿易という限定した分野での第1段階の合意であり、その後に包括的な分野の交渉を進めていく考えであることを示唆。

日本側はコメの無関税輸入枠の導入を見送った一方、米国産の牛・豚肉は環太平洋連携協定(TPP)と同水準の関税まで引き下げる。米国側は産業機械や化学品、鉄鋼製品など自動車を除く工業品について関税を削減・撤廃することに合意した。

また、第1段階の日米貿易協定は、日本の議会での批准が12月4日に完了し、2020年1月1日に発効。一方が通告すれば、4か月後には効力を失うルールも設けられた。為替条項は共同声明では言及されていない。米国の自動車・同部品の関税削減については、今後の交渉で関税撤廃することが明記されたものの、具体的な撤廃時期や原産地規則は協定では規定されていない。

以上みてきたように、トランプ大統領の経済通商政策は、2016年の大統領選での公約を愚直なまでに追い求めている。そして、2020年大統領選に向けた方針において、米国第1主義で国内の生産雇用を維持し、貿易赤字を減らすという戦略には変化がない模様だ。トランプ大統領としては、これまでの米中・日米・USMCA貿易協定での成果をアピールし、自らの路線が民主党候補の打ち出す通商政策よりも労働者や米製造業の利益をもたらすことを訴えることになると思われる。