ITIコラム

2021年10月4日

 

中国、台湾のTPP加盟の動きと各国の対応

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹

 

ファーウェイ副会長の解放の影響

米司法省は2021年9月24日、カナダで拘束されていた中国の通信機器大手であるファーウェイの副会長との司法取引に合意したことを発表した。これを受けて、ファーウェイ副会長はバンクーバーの空港から出国し中国に向かった。また、カナダのトルドー首相は同日、中国に拘束されていたカナダ人の2人が解放されたと発表した。ファーウェイ副会長の拘束の件は、中国とカナダの関係悪化にもつながっていたため、中国のTPP加盟の動向に悪影響があるのではないかと懸念されていた。

今回の拘束の解除が直ちにバイデン政権のファーウェイに対する強硬姿勢の緩和に結び付くとは考えられないものの、今後の米中首脳会談の実現に向けて、何らかのメッセージが伝わったものと思われる。また、中国のTPP加盟における障害の一つと考えられていたカナダとの軋轢の緩和にもつながる可能性がある。

中国と台湾のTPP加盟申請の波紋

ファーウェイ副会長の解放が行われる直前の9月16日の夜、中国はTPPへの加盟申請を行ったことを発表した。また、時を経ずして台湾は9月22日の午後において、TPPへの加盟申請を行った。

中国がこの時期にTPPへの加盟申請を行った背景であるが、米国は国内外の問題が山積しTPPへの復帰を検討するには時間がかかると見込んでいること、台湾よりも先行して加盟申請する狙いがあったこと、TPP加盟11か国が閣僚級会合で英国の加入手続きの開始を決定したこと、などが影響しているものと思われる。

中国は「一つの中国」という考え方を主張するために、TPPの加盟申請において台湾よりも先行する必要があった。また、中国においては、英国のTPP加入が正式に認められる前に、できるだけ加盟の手続きを進展させたいという思惑があった。なぜならば、英国も現時点では米国やオーストラリア、メキシコなどと同様に、中国が国有企業への補助金の問題、あるいは人権や労働・環境問題等でTPPが求めるルールの基準に達しておらず、TPPへの加盟は時期尚早と考えている節があるからだ。

もしも、今後とも英国が中国の働きかけがあっても動ぜず、中国のTPP加盟に消極的な姿勢を崩さないならば、カナダやオーストラリアなどの6か国の英連邦の国が参加するTPPへの中国の加盟は少なからぬ影響を受けることは確実である。逆に、中国の説得が英国を動かすときは、中国のTPPやアジア太平洋地域での貿易投資の枠組みにおける存在感は重みを増す可能性がある。

中国がTPPに加入すれば、中国の狙い通り、日本を含めた他の加盟国の中国市場への依存度は一段と高まるものと思われる。日本は中国の国有企業への補助金や政府調達等の問題で一段の国際ルールの順守や市場開放を要求しているが、中でも中国が自動車関連の関税撤廃を認めるかどうかが中国のTPP加入を検討する材料の1つになると考えられる。中国はRCEP(地域的な包括的経済連携)協定の合意内容において、完成車や一部の自動車部品の関税削減を対象外としており、日本の東アジアにおける自動車のサプライチェーン形成を妨げる要因になっている。日本は中国のTPP加盟申請を検討するにあたって、その基本姿勢の変更を主張することが求められる。

また、日本はTPP委員会の議長国として中国だけでなく台湾の加盟申請を検討しなければならないが、関係国との「一つの中国」を巡る政策の調整などに手間取る可能性があり、時間的には難しいものの、本来ならば米国を同じ土俵に迎え入れて審議することが望ましい。バイデン政権は国内投資を優先するとの立場を採っているためTPPへの復帰には慎重であるが、日本としてはTPP(正式には、CPTPP:環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)という冠には固執せずに、米国の復帰を求めるという戦略もありうる。

米国は新NAFTA(USMCA)を2020年の7月に発効させたが、その直前に米民主党の主導により、メキシコとの労働問題の紛争解決において、簡便で時間がかからないルールの導入を実現させた。つまり、USMCAはFTAの従来の国同士の紛争解決処理手続きに加えて、事業所特定の迅速な労働問題対応の迅速メカニズム(RRLM:Rapid Response Labor Mechanism)を新設した。その特徴は、従来の紛争解決処理と比べて、制裁手段に罰金や輸入禁止が加わり、制裁適用までの期間が1~1.5年から6か月以内に短縮されていることだ。

実際に、USMCA発効後、GMのメキシコ工場での労働権侵害に関して初めてのRRLMを活用した事例が発生しており、今後の日本企業の北米での事業活動において無視できない状況が生まれている。中国のTPP加盟申請を検討するにあたり、中国の労使慣行等はCPTPP加盟国とは異なると思われるが、USMCAにおけるRRLMや労働・環境の監視強化のような機能的で有効なルールをCPTPPにも応用することが可能であれば、中国の国際ルールの順守に対する懸念の緩和につながるものと思われる。

中国、韓国、米国などのTPP加入の経済的意味合い

CPTPPは、メキシコ、日本、シンガポール、ニュージーランド、カナダ、オーストラリアの6か国においては2018年末、ベトナムでは2019年の1月に発効した。ペルーでは、CPTPPは2021年の9月19日に8か国目として発効した。ペルーは2021年7月14日に本会議で賛成97、反対0、棄権9でCPTPPを批准済みであった。それを受けて、ペルーのCPTPPはCPTPP寄託者であるニュージーランド政府への報告の60日後に発効する予定であった。これら8か国以外のCPTPP加盟国であるマレーシア、ブルネイ、チリの3か国では、議会の批准が遅れており未だに発効していない。

表1は中国、台湾、韓国、英国などの国が、CPTPP加盟国との間で締結しているCPTPP以外のFTAをリストアップしたものである。中国はCPTPP加盟国との間で6つのFTAを発効させており、その対象となるCPTPP加盟国の国数の合計は8か国となる。すなわち、中国は8か国のCPTPP加盟国との間で既にCPTPP以外のFTAを発効させているので、現時点で11か国から成るCPTPPに無理をして加入する経済的な意味合いはそれほど大きくはない。

 

表1 主要国のCPTPP加盟国とのFTA

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(注)2021年9月末現在のCPTPP加盟国は、日本、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、ペルー、チリの11か国。( )内の数字は発効年月。

(資料)ジェトロ「世界のFTAデータベース」より作成

 

中国がCPTPP加盟国の中でFTAを発効させていない国は日本、カナダ、メキシコの3か国である。しかも、RCEP(地域的な包括的経済連携協定)が発効すれば、日本との間でFTAの利用を進めることが可能だ。したがって、中国のTPP加盟申請の動機は経済的な側面だけでなく、政治的な面によるところも大きい。韓国も米国も中国同様に多くのCPTPP加盟国との間でCPTPP以外のFTAを発効させており、CPTPPに直ちに加入しなければならない強い経済的な理由を見出しにくい。

これに対して、台湾の場合はCPTPP加盟国との間でFTAを締結しているのはニュージーランドとシンガポールの2か国だけである。したがって、台湾はCPTPPに参加する経済的な意味合いが強く、CPTPPを利用した貿易投資の拡大に期待するところが大きい。

英国は表1のように、2021年1月にCPTPPメンバー国を含む多くの国との間でFTAを発効させているので、一見するとCPTPPに加盟する経済的な意味合いは大きくないと思われる。しかしながら、同国のEUからの離脱による自由貿易圏の穴を埋めるという意味では、CPTPPに加入することは経済的にも政治的にも一定のインプリケーションがあるように思われる。

なお、表1のように、日本がCPTPP加盟国の中でCPTPP以外の他のFTAを締結しているのは、CPTPPの未発効の3か国とシンガポール、メキシコ、ベトナム、ペルー、オーストラリアの5か国を加えた計8か国である。つまり、日本はマレーシア、ブルネイ、チリの3か国の発効が遅れても、CPTPP以外の他のFTAの利用で関税削減を行うことができる。これに対して、同じCPTPPメンバーであるカナダでは、チリ、ペルー、メキシコ以外のCPTPPメンバーとはCPTPP以外のFTAを締結していないので、マレーシアとブルネイとの間ではCPTPPが発効しない限りFTAを活用することができない。

異なる各国の中国の加盟申請への対応

2013年から交渉が始まったRCEPは、2020年末にインドを除く15か国によって署名され、2022年にも発効することが期待されている。アジア太平洋地域には既にAFTA(ASEAN自由貿易地域)とともに、ASEAN中国FTAや日ASEAN・EPAのような「ASEAN+1」のFTA、USMCAなどの幾つかのFTAが存在している。これが、RCEPの登場により、初めて日本と中国・韓国との直接の2国間貿易にFTAを利用することが可能になり、アジア太平洋地域でのサプライチェーンに新たな動きが表れるものと思われる。

一方、CPTPPは米国が離脱したことで現段階では11か国にとどまっているが、これが英国、中国、台湾、フィリピンなどの加入や米国の復帰が進めば、その高水準の自由化率や広域性というRCEPを超える特徴が一段と大きく浮かび上がることになる。さらには、CPTPPは協定文の中にRCEPには盛り込まれていない国有企業章や労働・環境章を備えており、より包括的で質の高いFTAとして役割を果たすことが可能である。

こうした高い自由化率を誇るCPTPPへの中国の加盟申請に対する各国の対応であるが、カナダとメキシコは明らかに中国の非市場的な貿易慣行や他国への経済的強制力の行使という面で懸念を抱いており、もろ手を挙げて歓迎してはいない。ただし、両国ともこれまで中国とのFTAを締結しておらず、いずれも中国のCPTPP加盟による貿易拡大を望んでおり、根底では中国の加盟に期待する部分があると思われる。

オーストラリアにおいては、カナダとメキシコと違い既に中国との間でFTAを発効させており、必ずしも中国のCPTPP加盟による経済的なメリットが大きいわけではない。しかも、カナダにおけるファーウェイ問題は解決の方向にあるが、中国はオーストラリアに対して大麦とワイン等に追加関税を課しており、オーストラリアと中国の確執は続いている。

中国のCPTPP加盟申請に対して、マレーシアやシンガポール、ベトナムは歓迎の意向を表明している。これは、中国の積極的なCPTPP加入に関するロビー活動が功を奏しているものと思われる。中国はオーストラリアにもCPTPPへの加盟申請の前からロビー活動を行い、中国のCPTPP加入への支持を求めていると伝えられる。しかしながら、オーストラリアはカナダやメキシコと比べて、「互いの確執」と「経済的なメリット」という面で異なる立場にあることは否めない。

TPP委員会が中国の加盟申請に基づき作業部会を発足させるとき、オーストラリアが同意を表明しなければ作業部会は設置されないが、同意しない場合でも作業部会の決定から7日以内に書面で反対をしなければ設置されるようであるから、オーストラリアの中国の加盟申請に対する戦術も含めて対応が注目される。なお、CPTPPは選択的離脱(加盟に反対する既加盟国と新規加盟国との間で貿易協定を発効させないことで新規加盟を実現)の採用を認めていないため、中国の加入を少しでも懸念する既加盟国が新規加盟の審議を拒否しがちである。

中国はオーストラリアだけでなく、USMCAの「非市場経済国(中国)とのFTA交渉の開始に関する条項」を用いた米国からの圧力を受けることも想定される。すなわち、米国は同条項に基づきUSMCAから離脱する可能性を示唆することで、カナダやメキシコに中国のCPTPP加盟への承認に関して影響を与えることが可能である。この意味において、中国のCPTPP加入手続きの開始や作業部会の審議などを行う場合は、カナダとメキシコは米国が容認できる条件を常に念頭におかなければならない。

米国はこれまで中国のCPTPPの加盟申請に対して懸念を示す一方で、CPTPPへの復帰は現段階では優先順位が高い案件ではないことを表明している。バイデン政権がCPTPPへの復帰を検討するとすれば、CPTPP復帰に関して米国議会を説得する材料を用意できる場合か、あるいはアジア太平洋地域でCPTPP以外の新たな貿易の枠組みの創設が困難である場合、などが想定される。日本としては、緊密な対話を通して米国の復帰の可能性を探ることが必要である。

日本はTPP委員会の議長国として、中国の国有企業への補助金や労働・人権などの問題で懸念材料はあるものの、中国の加盟に対して公平で公正な対応を図らざるを得ない。しかしながら、中国がCPTPPに加盟すれば、短期的には経済的なメリットを享受することができるものの、長期的には米国の危惧と同様に、中国がグローバルスタンダードを確立することにより日本に相対的な競争力の低下をもたらす可能性がある。それでも、日本は中国の加入問題ではCPTPP加盟国間の利害調整を優先せざるを得ないと思われる。

日本はTPPから米国が離脱した後、CPTPPの実現に主導的な役割を果たした。その大きな功績を背景に、現時点では、日本はCPTPPの中でリーダーシップを発揮することが期待されている。英国の加盟交渉や中国及び台湾などの加盟申請がスムースにいき、さらなるメンバー国の拡大につながるかどうかは、日本のCPTPPにおけるリーダーシップ維持のための試金石になる。そのためにも、カナダやオーストラリア、シンガポール、ベトナムなどの既存の加盟国だけでなく、米国や英国との綿密なすり合わせや情報共有が不可欠である。