フラッシュ107
2008年3月4日
 

大統領選挙にみるアメリカの変化(1)
クリントン・オバマの貿易論争

 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹
   佐々木 高成
 

  民主党の候補者選びが大詰めを迎える中でクリントンとオバマ両上院議員が北米自由貿易協定(NAFTA)を支持したかどうかを巡って激しい非難合戦を繰り広げた。 2006年の中間選挙では「NAFTAのような自由貿易協定は大企業のみを益するものでやめるべきだ」という主張をする候補者が大挙して当選したという反貿易の流れが見られた。今回も両候補者がいかに有権者受けのするポピュリスト的言動をとるか競っているのだ、という見方が多い。米国内や欧州のエコノミストは危険な保護貿易主義の匂いが立ち込めてきたと捉えている。

  まだまだ11月の大統領選挙に至る序の口であり、選挙キャンペーンで発言したことがそのまま政策になるわけではないという楽観論はある。が、これは勿論選挙レトリックというだけではすまない民主党の政策根幹に触れる問題でもある。民主党にとって貿易問題ほど議論を熱くするトピックはあまりないと言われる。

  クリントンとオバマがNAFTAについてどんな発言をしたのか。各候補者自身が発表した直近の文書から実際の表現を見てみよう。クリントンはこの2月19日に「通商アジェンダ Trade Agenda」と称する、3ページに及ぶかなり詳しい通商政策ポジション(http://www.hillaryclinton.com)を発表していて、NAFTAについても1ページ以上を費やしている。それによると、

「NAFTAは14年以上も前に交渉されたもので約束したことを果たしていない。大統領になったら以下のようにNAFTAを修正する」
  1.労働・環境規定を強化する
  2.投資規定を修正して外国企業に対する特権を撤廃する
  3.違反に対する措置や手続きを改めて強制力を強化する
  4.協定自体を定期的に見直す

  NAFTAの労働・環境規定は本協定ではなく補完協定として締結されており、規定の内容は2007年5月に民主党と行政府との間で成立した自由貿易協定に関する合意内容よりも緩い。そのため、NAFTAを修正して合意内容に合致させようということである(「米国労働組合等の通商政策批判と影響」(季刊69号、2007年)。これは現在の米国の政策に近いといえよう。また、投資規定とはNAFTA第11章問題と呼ばれるもので、加盟国の政策変更や規制強化が外国民間企業による訴訟の対象になるとする規定である(「北米経済統合への新たな課題」(季刊53号、2003年 p52)。

  それではオバマはどうか。こちらは2月14日にウィスコンシンのGM工場で行った演説とそのときに発表された経済政策「アメリカの約束を守る Keeping America’s Promise」がある(http://obama.3cdn.net/8f478c5e1bb07ca0b1_sh1umv2zy.pdf)。どちらも包括的な内容で通商政策は簡単な内容しか述べられていない。その中で彼は「通商協定を活用して高い労働・環境基準が世界に広がるようにすると同時に中米自由貿易協定のような水準以下の協定に対しては厳然として反対する」と述べている。これ以上具体的な記述は見つからない。とりわけNAFTAについては一言も出てこない。
  これを見る限りクリントンもオバマも大同小異という印象を与える。しいて言えばクリントンの方が具体性があるが、それでも昨年民主党が行政府と合意した通商政策の範囲内の内容である。

  政策や実績では大同小異のオバマがクリントンをなぜ批判、非難するのか?それはオバマが「変化」を選挙のキャッチワードとしているからである。ヒラリーは夫のクリントンが締結したNAFTAを支持していたということで、ヒラリーが夫と同じだと断じ、自分は違うと差別化できる。つまり民主党のなかでも手垢のついたクリントン政権時代の政策とは違うと言いたいのであろう。さらに反NAFTAのポピュリスト的な姿勢がオハイオの有権者に受けることを2006年の中間選挙結果から知っているからである。

  これはオバマの本質だろうか。NAFTAいや自由貿易協定に対するオバマの政策をみるとNAFTAについて触れていないし、ましてや協定を破棄するとはいっていない。しかし、こうした曖昧な態度はうまくいけば大統領になった時の言質となることを避け政策にフリーハンドを与えるメリットがあるが、へたをするとずるずると泥沼に足をとられる。自由貿易にフェアトレード(公正な貿易政策)等という条件をつけるのは米国がかつてきた危険な道である(「米国労働組合等の通商政策批判と影響」(季刊69号、2007年)。フェアトレードという標語が保護主義の隠れ蓑に使われてきた米国通商法の歴史を知るものにとっては忌まわしい言葉だ。