フラッシュ110
2008年3月26日
 

民主党の通商政策理念は変わったのか
―大統領選挙にみるアメリカの変化(3)―

 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹
   佐々木 高成
 

  グールズビー・シカゴ経営大学院教授を含め民主党陣営の中で基本的な経済政策や考え方の立案にあたる人達が国際経済や米国の役割についてどのような認識を持っているのか、それは前のクリントン政権とどう違うのか、筆者の関心はここにある。

  民主党は対外政策では支持基盤である労働組合の圧力で保護主義に傾き勝ちという見方は強い。2006年の中間選挙では労働組合等の支持を受けたいわゆる「反貿易派」の民主党連邦議員が大勢当選したことや、世論調査でもこのところ自由貿易が経済にメリットをもたらすという考えの人よりも一般大衆に損失をもたらしているという捉え方をする人のほうが優勢となっているなど、米国全体として保護主義にシフトしているのではないかと懸念されている。まして、米国経済がリセッションに突入し失業率が上昇すれば、自由貿易を支える足元の地盤がさらに流失していくことが容易に想定される。

<民主党の通商政策はどこに向かうのか>
  そうはいっても一旦政権を担当すれば、露骨な保護主義や大衆受けするポピュリスト政策一辺倒では国際経済の現実に対応できないことも明白である。労働組合に迎合した政策は通商政策も含めて過度に膨らんだ既得権益に反発する時代風潮の中で破綻したからこそクリントンは新たな道を探ったのである。それではクリントン政権時代から7年経た今、再び新しい政策を打ち出すとすれば民主党は具体的にどのような考えを打ち出せるのか。やはりクリントン的な中道路線に復帰するのか、それよりも左よりの路線をとろうとするのか。

  通商政策に対する民主党の考え方を代表するものとしては、昨年3月に党主導部により発表された「米国の新しい通商政策」や同5月の行政府との通商合意が挙げられる。もっとも共和党がそうであるように、民主党も様々な考えを持ったグループや支持団体から構成されているので、議会民主党主導部がまとめた政策と民主党が政権をとった場合の行政府の政策が一致する保証はない。

  1993年にクリントン政権が誕生した時はNAFTA反対論の議論が高まった時期だったが、大統領になってからはNAFTAの議会通過に注力した。強硬な対日通商戦略のような危険な一方主義への傾向はあったが、その通商政策を少し長期的に眺めると中国や新興市場の輸出市場開拓に力点を置くという、言わば「輸出至上主義」のような色彩を帯びていた。米国は毎年「国家輸出戦略」報告書を発表しているが、これを始めたのはクリントン政権である。現在のような貿易自由化そのものに対する懐疑や否定ではなく、自由貿易のモーメンタムは何とか維持したと言える。これを可能にした背景にはカリフォルニアのハイテク企業など企業サイドに立った輸出戦略などにより従来の労働組合よりの保護主義から脱却した前向きの政策を取ることができたし、中道的政策が時代に受け容れられた流れがあった。

<経済ブレーンの通商政策観から占う>
  クリントンが登場した時代は「第三の道」のような政策理念とこれを支持した政策議論グループが民主党の中で台頭してきたのだが、今の民主党はどうなのか。まず民主党の経済ブレーンたちが政策議論とその背後にある基本的な経済認識をどう捉えているのか見る必要がある。
  グールズビー教授は話す内容がユニークで非常に切れる分析を示してくれる。同教授が2006年末にシカゴ経営大学院で講演した内容を読むと同教授が関心をもっている問題が提示されている。その中で米国の製造業の「衰退」は不可避だと断言していることは注目に値する。民主党も共和党も製造業ベースの維持に関心を強めており、オフショアリングやアウトソーシング等製造業の縮小を阻止しようとしているが、長期的には製造業の雇用が縮小するのは不可避である、というのが結論だ。
  この発言は経済学者としては正統的なものだが、民主党の政策を背景として考えると大胆である。民主党はこのアウトソーシングに反対しており2004年大統領選挙でもケリー候補がアウトソーシングを阻止する政策を打ち出した。民主党に限らず非常にセンシティブなテーマである。2004年、ブッシュ政権のマンキュー前経済諮問委員長がアウトソーシングは「国際貿易の新たな方法に過ぎず」、「長期的には経済にプラス」と発言。失業した労働者のことを十分考慮していないと非難されたのは周知のことだが、それよりも議論を呼びそうな表現である (「 海外アウトソーシングは新たな「空洞化」を引き起こしているのか」季刊56号、2004年)。

  経済のグローバリゼーションに関する見方が民主党の政策で特に気になるところだ。都合のいいことに民主・共和の候補者各ブレーンを一同に集めて経済政策のポイントを聞く集まりが市民グループであるパブリック・シチズン主催で今年の1月末に開催されている。顔ぶれはオバマ候補がグールズビー、クリントンがゲリー・ゲンスラー(クリントン政権時代の財務次官補)、マケイン陣営からケビン・ハセットAEI上級研究員である。
  ゲンスラーは通商協定の遵守状況を監視し、実際に遵守させるためのメカニズムが必要だと強調している。グローバリゼーション自体は不可避であり、世界経済を織り成す布のようなものだと現状を否定しない立場である。これはクリントン候補が打ち出した通商政策とも日ごろの発言とも一致している。通商協定を遵守する重要性はグールズビーの見方とも共通している。

  グールズビー自身は「開かれた市場を好む点では自分を上回る人はいない」と言う。ただし、「通商協定のうち関税撤廃等はエコノミストが賛同できる部分だが、これは2ページぐらいで残りは特殊な利害関係に基づく抜け穴規定だ。この点で税法とよく似ている」と批判。市場開放や米国のプレゼンスを高める方向の政策についてはかなりコンセンサスが得られると思うと述べている。つまり市場開放政策はいいが実際の通商協定はその原則から逸脱しているか、関係のない規定が多いから、それらを改善すると同時に一旦締結した協定は厳しく遵守させるべきだということであろう。
  しかし、民主党が求める労働規定や環境規定は本来市場開放を求める理念とは異なる社会的な要求を通商の中で扱おうとすることなので、これを通商協定の規定に含めることは自己矛盾とはならないのか・・・との疑問は残る。疑問はあるが、市場開放や米国のプレゼンスを高める政策を求めるということなら、クリントン大統領の国際通商政策に限りなく近づいてくる。それはそれで日本にとってはビター・スウィートな味ではなかろうか。