フラッシュ134
2010年2月12日
 

バンクーバー、シアトルの二都物語

 
(財)国際貿易投資研究所
客員研究員
   佐々木 高成
 

  カナダのバンクーバーと米国のシアトルは地理的に近い距離にある。人口こそシアトル圏が約330万、バンクーバー圏が約230万と差があるが、両方とも有数の港町であり気候も似ている。自然が豊富でスキーやハイキング、乗馬、釣り、サイクリングなどのアウトドア・スポーツ天国なのも似ている。

ハイウェーのない都市
  しかし、この二つの都市はひとつの点で大きく異なる。それはシアトルが他の米国の大都市の例にもれず中心部を貫いてハイウェー(インターステート5号線、90号線)が縦横に走っているのに対して、バンクーバーではトランスカナダ・ハイウェー1号線はダウンタウンの約8キロも手前で北側に大きく迂回する。シアトルから車でバンクーバーの中心街を目指すとしよう。インターステート5号線から国境を越えても似たような高速道路がそのまま続いている。しかしバンクーバー中心部に直接には行けない。途中から一般道路になってしまうのである。空港とダウンタウンを結ぶ高速道路もない。このような町は米国にはない。これは偶然の産物ではない。バンクーバーにはかつてハイウェーを中心部に通すかどうかの議論があり、住民が中心部に高速道路を通さないことを決めたから現在のような形になっているのである。バンクーバーも他の北米都市と同じように1950年代に現在の中国人街、即ち中心部の一部を横断する形で高速道路を建設する計画が持ち上がった。しかし、市民の反対によって市は1971年には同地区を歴史的地域として指定、高速道路を建設しないと決定した。それ以来市内にはハイウェーがないのである。

なぜ住みやすいのか
  バンクーバーに赴任した当初の印象は少し複雑だった。素晴らしい景観だが、交通面では上記のように時間がかかってまどろっこしい。また、米国の似たような都市と比べてもデパートで売られている商品の種類が少ない、すぐ在庫がなくなることも多かった。米国ではありふれたアウトレットモールがなく、バンクーバーから米国側に買い物に行く人もいた。何となく消費面や街の活気と言う点でやや物足りない感じであったのは否めない。しかし、住むほどにそうした地味さの裏にあるバンクーバーの良さがしみじみと感じられるようになる。
  バンクーバーの中心部からハイウェーをシャットアウトした分、電気式の昔懐かしいトロリーバスが活躍し、まだまだ全市を走り回っている。自転車に乗る人も多く他の北米都市とは少し離れた感じがする。因みにバンクーバーは燃料電池を積んだバスを同市内の企業が開発し、北米で最初に導入したところでもある。郊外からは中心部に向けてスカイトレインと呼ぶ小型電車の路線が伸び、途中から地下に潜る。さらに通常の通勤電車も乗り入れているため、中心部は歩行者にとっては歩きやすい落ち着いた雰囲気を残している。中心部は商店街にすぐ隣接してマンションや図書館、レストランなどがあり純粋のオフィス街部分は少ない。バンクーバーは安全、教育、衛生、レクレーション、交通などの面から2005年、「世界で最も住みやすい街」にランキングされている。また、フォーブズ誌も2010年1月に都市計画、建築、持続可能な開発等の面からバンクーバーを「世界で最も美しい都市」のひとつに選んだ。

  バンクーバーの町でもう一つ特徴的なのは大規模店舗が比較的少ない半面、小さな店やレストラン、八百屋、床屋、魚屋(!)パン屋などが無数にある。実は住宅街も同様で、米国なら大小のショッピングセンターや大規模スーパーで買い物をするところ、バンクーバーの住宅街では小規模店舗が集まった地元商店街といった風情の場所で野菜や魚を手に入れ、コーヒーを飲み、本を買うのである。なんとなく日本の街を思い出させる。さらにこうした場所が住宅街のあちこちにある。筆者が住んでいた場所から車で5分程度のところに5つぐらいはあった。このような都市は他の北米都市ではなかなか思いつかない。街の通りは駐車するところが少なく移動に時間がかかる感じがするが、その分ゆったりした雰囲気で何かしら懐かしい。それはある意味でバンクーバーでは北米他都市が今や失ってしまった特徴が残っているからである。

コンパクトシティーの先がけ
  都市の商業地区の在り方と交通手段は密接な関係がある。自動車でやって来る顧客を前提とした最初のショッピングセンターは米国では1928年にカンザスシティーに誕生している。1950年にオープンしたシアトルのノースゲートセンターは百貨店をアンカーとして配置した広域ショッピングセンターとしては北米で最初のものであった。ちょうど同じ年カナダ最初のショッピングセンターがバンクーバー北部近郊に完成しており、奇しくもこの二つの都市は米加ショッピングセンターの歴史上、重要な場所となっている。しかし、その後、バンクーバー市はシアトルと違う道をたどることになる。

  1910年代のシアトル中心部の写真を見ると路面電車の線路が縦横に走っているのが判る。ところがシアトルでは近郊を結ぶ路面電車は1930年代にかけて廃止されている。道路の発達と自動車の普及のためである。これに対してバンクーバーでは路面電車は1958年まで使用され、その後はトロリーバスを含むバスがこれに代わったのである。シアトルよりも遅い。しかし別の違いのほうが重要である。バンクーバー市の都市計画を主導してきたGordon Price教授によれば、バンクーバーの特徴はその後の自動車の交通量増大に対して他の都市のように道路の拡張や建設で対応するのではなく、公共交通機関を整備し、都市の密度を上げること、歩行者や自転車を車より優先する街づくりをおこなってきたことにある。同教授はバンクーバーがこのようなコンパクトかつ多用途な(オフィス、商店、住居、娯楽などが混在する)街づくりで世界の先駆けとなったばかりでなく、今やポートランドやサンフランシスコなどがバンクーバー・モデルに学んだ都市計画を志向していると言う。そのバンクーバーでも中心部ではないが都市圏の高速道路網拡張整備計画が進められており、再び住民の反対運動が起きている。一方のシアトルでは路面電車や通勤電車路線が復活しており、この二つの都市は再び接近しつつあるのかもしれない。

  都市再開発論や経済学、社会学の著作で有名なジェイン・ジェイコブズ(Jane Jacobs 1916年〜2006年)という人がいる。この人は「アメリカ大都市の死と生」(黒川記章訳、1977年)等、都市再開発に関して今や古典と呼ばれる本を著しており、都市にとって機能・用途や建物などが多様性を持つことが大事だと指摘しつづけてきた。前述したように今日米国では中心部の再開発がかつてとは違った発想の下に行われている。産業クラスター論で有名なハーバード大学のマイケル・ポーター教授が中心部再開発に取り組むNGOを立ち上げていることを考えると、ジェイコブズの考えがようやく実際の施策や運動として結実しつつあるように感じる。ジェイコブズが最後はカナダで一生を終えたのは象徴的である。