一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2012/01/06 No.150TPP、日中韓FTAの今後の行方

高橋俊樹
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹

カナダとメキシコもTPP交渉参加を表明

2011年11月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)ハワイ会議において、日本やカナダ、メキシコがTPP交渉への参加表明を行った。これにより、日本は参加協議に入ることになったが、この決定はアジアの成長を取り込むためでもあり、TPPをテコにして、アジアやEUとの地域経済統合の流れを主導する意味も込められていた。

カナダも同様に、アジアの市場を重視していることは言うまでもない。しかし、APECハワイ会議でカナダのハーパー首相がオバマ大統領に会った時、まず念頭にあったのはTPP交渉の参加表明ではなかった。

ハーパー首相がオバマ大統領に迫りたかったのは、カナダのオイルサンド(砂に含まれている原油)を、テキサスまで送る「キーストーンKL・パイプライン・プロジェクト」の早期実施であった。米国務省は、このプロジェクト実施の決定を2013年第1四半期以降に行うと表明しており、オイルサンドのほとんどを米国に輸出するカナダにとっては、大きな打撃になっていた。

この他の米加間の通商課題としては、オバマ政権のバイアメリカンの適用を復活する動きや、カナダ人の米国への渡航者に対する通関費用の徴収問題がある(1人当たり5.5米ドル)。

こうした2国間通商課題の中でも、特にキーストーンKL・パイプライン・プロジェクトの延期は、カナダの米国離れを助長し、原油や天然ガスの輸出を米国からアジアへ転換する動きにつながる。

ハーパー首相のTPP交渉参加の表明には、アジア市場の魅力だけでなく、こうした米加間の経済問題が背景にある。ある意味では、ハーパー首相のTPP交渉参加表明は、アジアへ目を向けることで、米国政府への牽制を狙ったとも言える。

また、メキシコのTPP交渉参加表明により、NAFTA(北米自由貿易協定)交渉の第2ラウンドの様相も見え隠れする。米国はカナダやメキシコに対してTPPを利用し、農業以外にも、通信市場、銀行や他の金融サービス分野、環境・エネルギー分野の自由化を迫ると思われる。すなわち、互いに積み残し案件を追求する一方で、NAFTAで守った権益の確保を図る攻防が繰り広げられるのではなかろうか。

いつ交渉を開始できるのか

日加墨が交渉参加表明を行っても、直ちに3ヵ国がTPP交渉に参加できるわけではない。交渉への参加には、米国を始めTPP加盟メンバー9カ国の全てからその認可を取り付けなければならない。

米国のオバマ政権は、3ヵ国の交渉参加表明に対して、歓迎の意を表した。これまでのところ、TPP加盟各国ともこれら3カ国の交渉参加に表だった反対の動きはない。しかし、ニュージーランドは相変わらずカナダの乳製品や鶏肉などの供給管理政策の自由化に懐疑的なようである。

TPP加盟国は、日加墨3ヵ国の交渉参加表明を受けて、パブリックコメントを求めている。オーストラリア政府は期限を定めてはいないが、Eメールで意見やコメントを受け付けている。米国の通商代表部(USTR)は、同様にコメントを求めており、期限は2012年の1月13日正午としている。

TPPの第10回目の交渉は、マレーシアのクアラルンプールで2011年12月5日〜9日にかけて行われた。交渉のテーマは、原産地規則や投資、知的財産権などに関するものであった。第11回目はオーストラリアのメルボルンで2012年3月の初めに開催されることになっている。

米国がパブリックコメントを締め切り、失効しているTPA(貿易促進権限)(注1)に基づき、交渉を開始する90日前に議会に通告しなければならないことを考慮すれば、日加墨がメルボルンの第11回目の交渉で全加盟国から交渉参加を認められることは難しい。したがって、最短でも年央であり、それ以降の交渉で3カ国の交渉参加が検討・承認される可能性が高い。

もしも、米国が日本のTPP交渉参加の承認に手間取るならば、その分だけ日中韓FTAの交渉開始時期との時間的な差が縮まることになる。野田首相と中国の温首相は、2011年12月末に北京で首脳会談を行い、日中韓FTAの交渉開始に向けた検討の推進で合意に達した。

したがって、日加墨のTPP交渉参加、日中韓FTAの交渉開始が2012年〜2013年にかけて進められるのではなかろうか。さらには、ASEAN++の交渉開始が加わる可能性もある。

(注1)TPA(貿易促進権限)に基づき、米政府は議会の修正なしで通商合意を承認か非承認かの一括審議をすることができる。従来は、ファースト・トラック権限と呼ばれていた。2007年に失効したものの、米国政府はTPP交渉参加の承認に当たって、TPA/ファースト・トラック手続きを踏襲している。TPAによれば、交渉を開始する少なくとも90日前に、交渉に入ろうとする大統領の意図を書面で議会に提出し、その中に大統領が考えている交渉の開始日、交渉のための特別な米国の目標、などを記載しなければならない。また、通知の提出後に、上院財政委員会、下院歳入委員会、議会監視グループ等と交渉に関する協議や会議を行うことが明記されている。

表1 今後のアジアにおける主要な地域経済統合の動き

(注)*1、*2、*3はACFTA(ASEAN中国FTA)における追加的な関税削減時期を示している。

TPPの発効は長引くか

日加墨のTPP交渉参加、日中韓FTAやASEAN++の交渉が開始されたとしても、それぞれの発効には紆余曲折があるものと思われる。TPPに関しては、既に9加盟国で交渉が開始されており、APECハワイ会議では包括的な合意が表明された。

しかし、詳細な内容の詰めはこれからである。TPP加盟国への輸出において、TPP域内の原産と認定され、関税削減の対象となるためには、原産地規則を満たさなければならない。繊維製品における原産地規則の1つとして、加盟国の糸の使用を義務付ける「ヤーンフォワード」がある。

米国の繊維アパレル輸入協会(USA-ITA)は、このヤーンフォワードに反対する表明を行った。これは、グローバル化が進展している今日において、素材の調達をTPP加盟国に限定すればコスト競争力が低下し、米国企業の輸出が減退するためとしている。

一方、ヤーンフォワード推進派は、これを原産地規則に採用しなければ米国の雇用が失われるし、米繊維業界は中国やその他の労働コストの低い国の脅威にさらされると主張する。原産地規則だけを取り上げても、米国内でも意見の相違があり、まとめるのに時間がかかると思われる。

サービスや知的財産権、労働・環境などの個別の分野別協議も合意には時間がかかると思われるが、TPP交渉の基本的な進め方が明確に決まっていない点も無視できない。つまり、現在の交渉においては、砂糖の輸入規制のような交渉済みの案件は2国間交渉で行い(スパゲティボール)、そうでない分野は多国間で一緒に協議するというダブル・スタンダードが併存している。時間的な節約を考えるならば、効率的な交渉が期待できる多国間での協議に統一することが望ましい。

もしも、現在のTPP加盟9カ国の交渉に日本、カナダ、メキシコが参加すれば、この分野別の交渉がさらに長引くことが予想される。カナダの最も重要な交渉テーマは、乳製品や鶏肉などの供給管理政策である。カナダのハーパー首相は国益を損なう交渉はしないと表明している。おそらく、カナダは供給管理政策に関して、最後まで自由化には抵抗するものと思われる。

カナダの供給管理政策においては、乳製品や鶏肉などの関税割当外の輸入に対して150%〜300%までの関税を課している。これは、ある意味では、まだ、関税を切り下げる余裕があると見ることもできる。米国はその点をカナダに強く突いてくると思われる。

米国も乳製品に対して補助金を設けており、カナダの供給管理政策を許しながら、その支出を切り下げることはありえない。しかし、ひとたび米国がある程度の自由化を図ったならば、カナダはプレッシャーを受けることになる。その場合には、関税なしで輸入できる枠を広げるか、酪農や鶏肉などの業界に損害を与えない程度に関税を引下げることを検討せざるを得ない状況が生まれるかもしれない。

ハーパー首相やカナダ酪農業界は、今のところ、酪農業界に損害を与えない範囲での関税切り下げの可能性を一蹴している。カナダが米国やニュージーランドの要求から供給管理政策を守れるかどうかは、日本などとの連携も大きな鍵になるものと思われる。

日本の農産物の自由化も同じような問題を抱えている。米国のネブラスカ州などではTPPにおける農産物の自由化に期待しているようである。したがって、米国は日本に対して、米国の自動車輸入の拡大だけでなく、牛肉の一層の自由化を迫ってくることは確実である。

米国としては、大統領選挙が行われる2012年末までにTPP交渉の合意を取り付けたいところであるが、それは2013年以降にずれる可能性が高い。例え、2012年内に合意しても、各国の議会の承認と批准を経なければ協定は発効しないので、全加盟国の発効は早くても2013年内であり、2014年以降にずれ込む公算も大である。

日中韓FTAに関しても、発効までの道のりはTPPと同様にすんなりいくとは限らない。日中韓FTAは利害が交錯しており、日本の貿易利益が中韓よりも相対的に高いという試算がある。このため、韓国は対日赤字を膨らませる可能性があることから、協議が難航することは必至である。

また、もしも日中韓FTAがASEAN+3よりも早く合意に達すれば、ASEAN+3は既存のASEANの枠組みと日中韓の枠組みとの調整が難しいことが予想される。したがって、この調整にかなりの手間と時間がかかることが見込まれる。

こうしたことを考慮すると、TPPや日中韓FTAの合意は一筋縄には行かないと思われる。したがって、これらの発効は、一義的には2013年の後半〜2016年頃までの幅広い時間的な範囲で考えなければならないと思われる。また、場合によっては、ASEAN++の発効を含めて、さらに遅れることもありうる。

関税削減が進むACFTA(ASEAN中国FTA)

成長するアジアの市場を取り巻く主導権争いは激しさを増している。アジアでの経済統合の流れは、明らかにTPPや日中韓FTA、ASEAN++に向かっている。その中で、ACFTAは現時点においては、ASEANと中国との自由貿易における最大の架け橋である。ASEAN++が機能するまでの当面の間は、ACFTAは大きな役割を果たすものと思われる。

ACFTAは2005年に発効したばかりである。このため、中国とASEAN先行6カ国(ブルネイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ)においては、早期に関税を引き下げる品目(アーリーハーベスト、EHP:主に農水産物)の関税が2006年にゼロになった。また、一般スケジュールどおりに関税削減を実施する自由化品目(ノーマルトラック、NT)の関税は、2010年にゼロになったばかりである。

したがって、ACFTAでは、依然として全体のおおよそ4分の1を占める「EHP例外品目」、「NT例外品目(NT2)」、及び一般スケジュールよりも自由化が遅れる「センシティブトラック品目(ST)」においては、中国とASEAN先行6カ国でも関税撤廃は2012年以降になる。

EHPはいうまでもなく農水産品が主体である。NT2やSTにおいては、その業種構成は国ごとに違うものの、繊維製品や木材・パルプ、及び窯業・鉄鋼製品、さらには日本企業の関心が高い化学・プラスチック製品、電気・輸送機械機器まで、幅広い分野にまたがっている。

今後の関税削減スケジュールを見ると(表2)、中国・ASEAN先行6カ国では、2012年にはNTの例外品目であるNT2の関税がゼロになる。2015年には、センシティブ品目(ST)品目の中で、自由化の速度が遅い高度センシティブリスト品目(HSL)の関税が50%以下になる。

また、その他のASEAN諸国である「CLMV(カンボジア、ミャンマー、ラオス、ベトナム)」においては、既にEHP品目は2010年に関税を撤廃済みであるが、NT品目でもその関税は2015年からゼロとなる予定である。2018年には、NT例外品目であるNT2の関税がゼロになる。

このように、ACFTAにおいては、2012年、2015年、2018年に追加的な関税削減が実行されることになる。TPPや日中韓FTA、ASEAN++などの地域経済統合は直ちには発効しないことを考えれば、ACFTAはASEAN・中国間の貿易拡大を検討する企業にとっては、当面は最も有効なフレームワークということになる。

表2 これからのACFTA(ASEAN中国FTA)における自由化の動き

(注1)ACFTAにおいては、関税削減対象品目は、早期に関税を引下げる「アーリーハーベスト品目(EHP)」、一般スケジュールどおりに段階的に削減し最終的に0%にする品目である「ノーマルトラック品目(NT)」、ある期間までに一定の関税率まで引下げることを猶予される「センシティブトラック品目(ST)」に分類される。

(注2)ノーマルトラック品目((NT)は、予定通りに関税削減する品目(NT1)とノーマルトラックの例外品目(NT2)に分類される。センシティブトラック品目(ST)は、センシティブリスト品目(SL)と高度センシティブリスト(HSL)品目、に分けられる。HSL品目は、SL品目よりもさらに関税削減スケジュールが遅れる。

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