フラッシュ182
2014年3月28日
 

改革深化元年の『両会』

 
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
江原 規由
 

3月13日の第12期全国人民代表大会2回会議(以下、『会議』)の閉幕をもって、今年の『両会』(下記)の季節が過ぎた。うち、全人代(下記)では、今後一年の国家の方針が決められた。

昨年11月に開催された中国共産党第18期全国代表大会第3回会議(党18期3中全会)では、経済、政治、社会、文化、環境など分野での『改革深化』が審議されたが、今年の『両会』は、その『改革深化』の中身を継続審議するという重責を担っていた。2014年は『改革深化元年』とされているが、その幕が『会議』によって切って落とされたわけである。

『両会』:全国人民代表大会(全人代)と政治協商会議(政協会議)のこと。日本の衆参両議院に相当。毎年3月に開催されるが、今年はその第12期第2回会議。今年の2回会議の日程は全人代が3月5日から13日、政商会議が同3日から12日。

全国人民代表大会:中国の一院制議会。国家の最高権力機関および立法機関で、立法権を行使するほか、行政権・司法権・検察権に優越する。国家元首、国務院(最高行政機関)など中国最高軍事、司法、検察機関の構成員は全人代によって選出される。任期5年。

中国人民政治協商会議:中国共産党、各民主党派、各団体、各界の代表で構成される全国統一戦線組織。政策提案や政府監督が主な職務。引退した政治家、スポーツ、映画界などの著名人の議員が少なくない。任期5年。

 

Ⅰ. 7.5%左右の経済成長で改革深化を目指す

3月5日、李克強総理は『会議』で、国務院を代表して『政府工作(活動)報告』(以下、『報告』)を行った。その中で、2014年の政府工作は、『改革深化』を原動力として、構造調整(経済昇級版)を『改革深化』の主方向、民生向上をその主目的とすると宣言している。

さらに、今年の成長率を昨年同様の7.5%程度(中文:左右)としており、『改革深化』元年の行方は、文字通り7.5%左右成長に左右されるわけである。『会議』の最終日(3月13日)の記者会見(以下、『会議後記者会見』)で、米国記者から成長率7.5%左右の意味について質問を受けた李総理は、“7.5%左右とは、7.5%を少し上回っても下回ってもよく、雇用を確保し、民生を向上させ、人民の収入を増やすことを考慮して決められた。民生と雇用を重視した数字だ。GDPだけを追求せず、老百姓(人民)のGDP、省エネ・環境保護GDPの向上に沿ったものだ”(注1)と応えている。

 

≪『報告』における数値化された2014年の主な重点工作 ≫

○成長率(7.5%左右/7.7%)

○CPI上昇率(3.5%以内/2.6%)

○都市登記失業率(4.6%以内/4.1%)

○都市部新規雇用者数(1000万人/1310万人)

○財政赤字(前年比11.1%増:1.35兆元:約22兆円)

○「三个億人」城鎮化:①1億人の農業移転人口の都市定着化、②都市貧困地区1億人の住居改造、③中部地区1億人の都市住民化),保障住宅480万室以上の建設および新規700万室の建設着工など。                               

(/後の数字は2013年実績)

 

なお、今年の全国財政支出(案)の内訳(支出総額:15兆元〈約255兆円〉)をみると、国防(8082.3億元、約13.7兆円)を除く支出額は多い順に以下のとおりで、民生傾斜の予算編成となっている。下記10項目のうち、特に、民生と関係あるのは、①社会保障および就業、④教育、⑤医療・衛生・計画出産、などであるが、支出額でみると、前年比それぞれ、9.8% 増、9.1%増、15.1%増と高い伸び率となっている。予算編成でも、李克強総理が『会議後記者会見』で強調した“老百姓(人民)のGDPの向上”が意識されていることがわかる。

中央予算主要支出項目

①社会保障および就業(雇用) 7153億元( 9.8%増)
②農林水事務 6487億元( 8.6%増)
③交通運輸 4346億元( 5.1%増)
④教育 4134億元( 9.1%増)
⑤医療・衛生・計画出産 3038億元(15.1%増)
⑥科学技術 2674億元( 8.9%増)
⑦住宅保障 2529億元( 9.0%増)
⑧省エネ・環境保護 2109億元( 7.1%増)
⑨公共安全 2051億元( 6.1%増)
⑩食糧・油・物資貯蔵事務 1394億元(10.1%増)
⑪一般公共サービス 1245億元( 9.2%増)
⑫文化・体育 512億元(-3.8%減)
⑬その他

( )内の%は前年比 1元/17円

 

Ⅱ.改革深化の中身

さて、『改革深化』であるが、『会議』で審議・採択された『2013年国民経済および社会発展計画執行情況と2014年国民経済および社会発展計画草案』(以下、『草案』)によれば、2014年の経済社会発展の主要任務を9方面としている。その9方面の筆頭が『全面的改革深化と開放拡大』である(注2)。そこでは、以下の8分野の改革が提起されている。

①行政体制改革

  行政許認可事項の取消・権限移譲 簡政放権(小さな政府)など

②国有企業改革

  混合所有制経済(民営化など)の積極発展など

③財税制改革

  政府・各部門の予算・決算の公開、消費税徴税の範囲・税率の調整など

④金融体制改革

  政策金融機構の改革、利率市場化、人民元国際使用の拡大・資本項目での兌換の推進など

⑤資源生産品等価格改革

  資源生産品価格改革、電力・水価格、鉄道運賃等の調整など

⑥投資体制改革

  申請・許認可手続きの簡素化、政府投資条例の早期通達など

⑦農村体制改革

  農村土地制度改革の試行、土地収用制度の整備など

⑧社会事業改革

  職業教育推進、公立病院・養老サービス業総合改革の試行拡大、文化企業の合併推進など

 

こうした『改革深化』は、昨年(2013年)12月に組織された習近平国家主席を組長、李克強総理を副組長とする中央全面改革深化領導小組(中央改革全面深化指導部グループ)、さらに、今年に入って組織された全国31省・直轄市・自治区の共産党書記をトップとする改革深化領導小組によって推進されていくことになっている。

こうしてみると、『改革深化』体制は、一見、磐石にみえるが、『改革深化』の実をあげない限り、党と国家に対する人民の信頼が揺らぎかねないとの危機感の現れともとれる。

なお、中央改革全面深化指導部グループの主たる任務は、経済・政治・文化・社会・生態(環境)文明体制および党の建設制度に関わる原則、方針・政策、グランドプランの研究・確定などである。

 

Ⅲ.人民の望む改革深化

『両会』開幕直前、人民網がインターネットユーザー(回答:326万人)を対象に実施した興味深い調査(『両会』で審議を期待するテーマ)がある。この調査の上位10テーマは、以下のとおり。

①社会保障(養老、身障者保護など)

②反腐敗(高官汚職、関連法整備、世論監視など)

③食品・薬品安全(品質検査、抗生物資、関連法律の不備など)

④収入分配(収入水準、賃金格差、賃金決定メカニズムなど)

⑤幹部作風(職権乱用、官僚主義、民衆による監視など)

⑥計画出産(社会扶養費の徴収・金額、養育費、関連政策など)

⑦環境保護(産業構造、環境意識など)

⑧教育改革(教育資源の不公平、教育水準など)

⑨住宅(住宅価格など)

⑩新都市化

 

これらは、『改革深化』に対する人民の声が反映されているといえるが、いずれも『報告』に織り込まれており、また、『改革深化』の目的である『民生向上』とも多く関係している点で、『報告』は民意の多くを意識したものとなっていることが分かる。

     

Ⅳ.新たな発展戦略の構築に向けて

2014年、中国が7.5%成長を遂げると、経済規模で米国以外は未知なる領域であった10兆ドル台に突入する。対外関係では、中国は2013年には貿易額で世界第1位(4兆ドル、世界120余国・地区にとって最大の貿易相手国)になったと発表している。また、対中直接投資額は世界第2位。さらに、中国の世界経済の成長に対する貢献率はすでに30%(2013年)に達していることなどから、中国経済の行方に世界の関心は高まるばかりといえよう。

中国の対外関係について、『報告』では、“輸出入貿易総額を前年比7.5%左右増とする。中国(上海)自由貿易試験区(上海自貿区)の建設管理をうまく行う。高水準の自貿区(FTA)建設に積極参与する。中米・中欧投資協定交渉を推進し、韓国、オーストラリア、海湾合作委員会などとのFTA交渉を速める”とした。2014年の対中貿易・投資では、上海自貿区の行方が最大の注目点の一つになるといっても過言ではない。なお、上海自貿区については、当研究所の『フラッシュ173』(2013年9月10日)を参照願いたい。

 

Ⅴ.したたかな中国のFTA戦略

2001年12月、中国は念願のWTOに加盟、その後、世界におけるプレゼンスを高めてきている。現在,中国にとって、当時のWTOに相当するものは、世界各地に存在するFTAということになろう。目下中国は、アジア・太平洋、とりわけASEANとのFTA構築で大きな成果を収めている。『報告』から、今、中国は中韓FTA、中豪FTA協定を締結し、TPP(米国主導)とTTIP(米-EU間)との連携の道を探ろうとしている姿勢にあることが読み取れる。

目下交渉中のTPPとTTIP(いずれも中国不在)が成立し中国包囲網が構築されれば、中国経済の発展、ひいては、『改革深化』に大きな影響が出るとする中国の識者が少なくない。この点、韓国はアジアで唯一米国とEUとFTAを締結している。オ-ストラリアはTPP加盟交渉国である。韓国、オーストラリアとのFTA締結でTPPとTTIPに対応しようとの思惑が、中国にあるといえる。

また、米国、欧州(主にEU)との投資協定は、主に中国企業の対外進出に大きな意義があるとみられる。目下、中国は世界主要な対外投資国である。仮に、TPP、TTIPが成立しても、投資協定があれば、両地間の投資活動が積極化し、TPPとTTIPの中国へのマイナス影響を少なくすることが可能となる。

海湾合作委員会(注3)とのFTAは、目下中国が積極推進しようとしている新シルクロード経済帯(下記)の建設推進と大いに関係があるとみられる。新シルクロード経済帯は、FTA真空地帯である中国から欧州に至る中央アジアに、将来、TPPやTTIPにも相当する大FTAを誕生させる可能性を秘めている。

新シルクロード経済帯

2013年9月、習近平国家主席が中央アジアのカザフスタンで初めて提唱。同年10月には、インドネシアで21世紀海上シルクロードの共同建設を提起した。いずれも、関係地域との協力強化・共同発展を柱としている。要は、中国が支配した古代シルクロード、そして、明の時代(15世紀前半)、永楽帝の命を受けた鄭和(イスラム教徒、宦官)の大船団が、東南アジアからアフリカにかけて29年間に7回行った、当時の積極的対外発展戦略と通商交易圏構築を現代に甦らそうとした構想と読める。さらにいえば、TPPとTTIPを意識した中国主導の新たな地域連携協力の絵図(例えば:米国不在のRCEP(注4)設立への積極姿勢など)ともいえる。

現代のシルクロード建設はまだ構想の段階ではあるが、この新たな地域経済連携の土台として期待されているのが上海協力機構(SCO、中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンの加盟国に加え、インドをはじめとするオブザーバー国など9カ国・2機関の関係9カ国・2機関による多国間協力組織。2001年上海で成立)である。

習近平国家主席は、2013年10月召集した「周辺外交工作座談会」における重要講話で“~地域協力に積極的に参与し、シルクロード経済ベルト地帯、21世紀の海上シルクロードを建設する。まず周辺との自由貿易区戦略を実施し、貿易と投資協力空間を拡大し、地域経済一体化の新局面を構築する~”と力説した。海湾合作委員会とのFTAはその重要な部分として期待できるわけだ。

Ⅵ:対外関係に投じる中国の大きな一石

“すべての道はローマに通じる”という格言があるが、今、このローマを今の中国に求めるとしたら中国(上海)自由貿易試験区を有する上海ということになろう。上海がカッコ付となっているのは、今後中国各地に、同じような自貿区を広めていくとの意図がある。対外開放度が極めて高く、運営面で大胆な対外開放措置が採られている上海自貿区は、30余年前、改革開放の先陣を切った『経済特区』が、中国のWTO加盟に道筋をつけ、中国経済の国際化と世界経済の発展に貢献したように、世界でのFTA構築の動きに大きな一石を投じるとも限らない。上海自貿区発の昔のシルクロードの夢をもう一度ということである。

 

『両会』余聞

今年の『両会』はマスコミや巷を賑わした新事象や語録が少なくなかった。今の中国を能弁に語ってくれているようなので、いくつか紹介しておきたい。

○ ペットボトル

今年ほど、倹約、質素、簡素が励行された『両会』はなかった。そんな『両会』の雰囲気を代弁していたのがペットボトルであった。例えば、各地の『両会』代表委員(日本の衆参両院議員に相当)が宿泊するホテルでの会議では、代表委員の名前が貼られたペットボトルが配られ、午前の会議で飲み残こされたミネラルウォーターは、そのまま午後の会議に持ち越された。また、宿泊先での食事は家庭料理中心でセルフサービス、代表委員との宴席や出迎え時の花束贈呈や土産品など贈物は一切禁止。『両会』関係職員数も削減、関連資料は簡素化、報道陣への電子版形式での資料提供など、無駄を抑えた実務的『両会』運営が徹底されていた。『両会』は今年で60周年を迎えたが、長く続いた習慣や大会(会議)スタイルを変えるのはそう簡単ではなかったはずだ。

これも『改革深化』の実践ということになるのであろうか。

○ 養豚政治学と養鶏経済学

“政府が豚を飼えと言ったら鶏を飼ったほうがよい”この言葉は、岳福洪・全国政治協商会議経済委員会副主任が発したもので、地方政府が市場法則を無視して過剰に市場介入し、一部業界が過剰生産に陥ったり余剰在庫を抱えている状況を皮肉ったもの。“政府が東に行けといったら、西に行くとよい”ともいっている。“豚を飼うか、鶏を飼うかは市場に任せ、政府は市場の指揮者ではなく、保母となれ”と諭す岳副主任の考えを、マスコミは、『養豚養鶏論』と報じた。

マルクスでなく、アダムスミスがが、ちょっぴり顔を出した『両会』であったようだ。

○ お毒見役?

“自らが働く食品・飲料工場で生産した製品を食べない労働者や自らが作った野菜や豚を食べない農民がいる。食の安全確保が問われている。国家は食品の栽培、生産、販売に関し、企業試食制度をつくるべきである。まず、試食責任者と専門員を決め、また、責任感のある工場労働者を試食専門員として、試食責任を明確にすべきだ”(周奕全人大代表)。

食の安全が問われている中国で、その安全性を示すのは科学的論証より、「以身作則」(身をもって範を示す)ということか。

今回の『両会』は、党と政府の「以身作則」(自ら手本を示すこと、下記)の姿勢が強調されていたようだ。ペットボトルの一件もその現れであろう。

以身作則:現代流にいえば、『簡政放権』ということになろう。政府の市場介入を極力抑え、権限を委譲すること。今年の『両会』で、特に目立った『四語』であった。

○ 不退転の姿勢

目下中国では、反腐敗キャンペーンが積極推進されているが、腐敗分子や腐敗行為に対しては、“零容認”(容認がゼロ、即ち、絶対に容認しない)とか、世界的関心となった霧霾(スモッグ・PM2.5など)に対し、“宣戦布告”(李克強総理が政府工作報告の中で使用など)するとか日常的にはあまり使われない過激な言葉がよく目についた『両会』であった。

○ 原子力発電と新幹線

“昨年、私が中欧を訪問し指導者と会見した際、貴国が新幹線、原子力発電所の建設を予定しているのであれば、中国の設備でやるのが最も早く、価格も最も安い。中国経済はバージョンアップしており、輸出製品もバージョンアップしている。いつまでも、靴、衣類・帽子、玩具ばかり売っているわけではない。中国製設備が競争力をもっていること、バージョンアップしていることを世界市場で確かめたい。双方にとって良いことだ”(オランダの記者の質問に対する李克強総理の答弁)

今や、中国は世界最大の貿易大国となった。その自信に裏付けされた総理の言葉といえるが、原子力発電所ではなく、月への有人着陸を目指している宇宙開発技術を例に挙げたほうがよかったと思えるのであるが・・・・・。

 

注1 成長率を論じるに当たり、李克強総理が提唱したとされる『合理区間論』がある。経済成長率、雇用水準は下限から外れず、物価上昇などは上限を超えないようにすることとされるが、上限と下限の数値は流動的となっている。GDPの成長率に関していえば、中国政府は2020年に2010年水準の2倍増を公約しており、それに従えば、経済成長率の年平均成長率は7.0%左右ということになる。
注2 他の8方面は、内需拡大、農業の安定生産、新型都市化の積極的確実な推進、価格のマクロコントロール・監督管理強化、産業構造高度化の促進、各地特色の構築(地域協調発展・新経済帯の育成など)、生態(エコ)文明建設推進、民生保障改善など。
注3 1981年成立。バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦の中東6か国で構成。
注4 RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnershipの略)は、日中韓印豪NZの6ヵ国がASEANともつ5つのFTAを束ねる広域的な包括的経済連携構想。ASEANが提唱し、16カ国による議論を経て、2012年11月のASEAN関連首脳会合において正式に交渉が立上げられた(経産省)。