フラッシュ214
2014年11月26日
 

東北創生、日本再建に“国際リニア・コライダー”(ILC)の誘致決断を-
CERN(欧州合同原子核研究所関係者)が政府の早期決定を求める

 
山崎 恭平
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
 

宮城県や岩手県の日刊紙には、『ILCを東北へ』(河北新報紙)、『ILC東北誘致』(岩手日報紙)といった地方紙のコラムが目を引く。これらのコラムの記事を見ていると、東北経済は東日本大震災の復旧復興が遅れ日本国内にはそれに対する風化の兆しすら見られるものの、復興のシンボルとして、また新しい東北地方の創生、さらには日本再建をもたらすILC(国際リニア・コライダー)誘致活動が候補地の岩手県を中心に熱を帯びてきた。しかし、誘致の最終決定を行う中央の政府や国会、そして多くの国民の意識には、この国際プロジェクトの意義や地域の熱心な誘致活動が届いていないように見受けられる。

ILCは日本のノーベル賞受賞者が最多の素粒子物理学に関係する国際的な研究施設で、ヒッグス粒子の発見で注目されたスイスにある研究所CERN(欧州合同原子核研究所)の研究施設の次世代版である。そこは国際的な科学研究都市を形成し、施設には日本の機器や機材が数多く使われ、日本の研究者も活躍してきた。次世代版のILCはアジアの日本に建設される想定で、その候補地は日本の東北の北上山地が適地とされ、日本で初めて国際科学研究都市が生まれる夢の計画である。建設費や運営には日本側負担で4000億円規模のコストがかかるが関連産業の生産誘発額は4兆円超、サイエンス・ツウリズムの振興、新素材や新薬開発、生命科学等への応用や新産業も見込まれる。さらに外国人研究者と家族を含め1万人規模の国際色豊かなグローバル都市が誕生する。政府は文部科学省が日本学術会議の下で検討し2~3年後に誘致を決定するとしているが、日本への建設を推す欧州CERN関係者は最近、国際的な資金分担の調整や詳細設計のために、また中国が誘致に関心を示している背景もあり、日本政府はILC誘致をもっと早く決定するように求めている。

1. ILCとはどのようなプロジェクトか

建設候補地となった北上山地南部の岩手県や宮城県、さらには東北地方全体では、ILCの横文字が行政や学術、産業界の関係者だけでなく、一般の人々や子供たちにも知られ関心が高くなっている。2011年3月の東日本大震災の復旧復興にもつながり、将来の東北の未来を拓くまたとない国際プロジェクトが地域内に建設される可能性が高まり、マスコミ報道や自治体の情報発信によって地域住民には自分たちに係るものとして期待が高まっているからである。

例えば、地元紙の2013年における読者が選ぶ10大ニュースでは、上位に大震災からの復興の遅れや原発事故による放射能汚染問題が並ぶのに続き、楽天球団の優勝等スポーツの活躍とともにILC建設候補地に被災地の北上山地が選ばれ、閉塞感がただようなかで明るいニュースとして選ばれた。今年に入ってからは地元の誘致活動や教宣、学習イベントが活発になって、中央の首都圏や日本全体では馴染みの薄いILCの言葉は、東北ではかなり普及して目につくようになっている。

ILCはInternational Linear Colliderの略で、国際的巨大プロジェクトでISS(国際宇宙ステイション)計画に匹敵するとたとえられ、線形(円形でない直線形)加速器を指し、素粒子を高エネルギーで衝突させ宇宙の始まり(ビッグバン)を探る素粒子物理学の領域の実験研究施設である。スイスに現存するCERN(欧州合同原子核研究所)のLHCといわれる円形加速器の実験研究施設では、2013年のノーベル物理学賞の対象になったヒッグス粒子の存在を突き止めた成果が有名である。ILCは、この粒子の性質をより詳しく調べ、宇宙の始まりや自然の法則を研究するために必要な次世代超高速大型加速器とされる。  

日本は素粒子物理学の分野では湯川博士以降10人に及ぶ最多のノーベル物理学賞受賞者を輩出しているだけでなく、CERNやLHCの研究や実験では、日本製の加速器機材や設備が納入され大きな成果を上げ、また日本の研究者もそこで活躍している。LHC後継のILCプロジェクトは、その実績を踏まえてアジアの拠点として日本に建設される想定で国際協力計画として推進されている。日本国内では、九州の脊振山地と東北の北上山地が建設候補地として専門家による検討が行われてきた結果、2013年に北上山地が地盤要件やコストの点で適地として評価され建設候補地に選ばれている。

2. 新しい東北の創生や日本初の国際科学研究都市

ILC建設の候補地は、北上山地の岩手県南部奥州市と宮城県気仙沼市の間にまたがり、地下100mに全長31㎞から50㎞の地下トンネルが掘られ、大型線形加速器や検証実験装置が設置される。その周辺の奥州市や一関市あたりには研究所や住宅等の関連施設が建てられ、加速器関連企業も集積することになる。

建設費は加速器や施設だけで約8,300億円が見込まれ、うち半分の4,000億円程度は日本側が負担するが、残りは欧州や米国が分担する予定で今後話し合いが行われる。国際機関のILC の施設や研究所には、外国人研究者やその家族を含めて1万人ほどの居住者を擁する「まち」が生まれることになる。建設費に加えて関連インフラの整備費等巨額に上るが、関連産業の生産誘発効果は4兆3,000億円に上ると見られ、1次産業中心であった東北に加速器関連産業やその技術を応用・活用する新たな産業が創生され、雇用誘発は25万人が見込まれている。

これは、東日本大震災からの復旧復興に貢献するだけでなく、技術開発やその応用を通じて日本経済や産業全体の再生・再建、競争力強化に大きな効果をもたらすことが期待される。 技術開発やその産業応用分野としては、新素材や新薬開発、医療等のハイテク産業が有望と見られている。また、外国人研究者やその家族の来日と居住、さらにはILCの視察等外国人の訪日が増えるサイエンス・ツウリズムが発展し、大震災後の防災・減災を学ぶ新たなツウリズムの可能性と相まって、国際交流の進展にも大きな期待がかけられている。

こうした見通しから、地元では住民や中高生等の学習が始まり、産業界は研修や勉強会を通じてビジネスとしての参入機会を探っている。また、県や市町村の行政、大学等学術機関と一体となって産官学の連携と協力、さらには東北6県の「オール東北」レベルでILC誘致の準備や中央政府や国会に対する働きかけの活動を強化している。その具体的な準備や活動は、岩手日報紙の連載コラムである『ILC東北誘致』や同じく河北新報紙の『ILCを東北へ』のコラムの報道に表れている。岩手日報紙のコラムに見る2014年における誘致活動の記事例をまとめてみると別表のようになり、地元では各レベルで多彩な誘致活動や教宣、学習が行われていることが分かる。

活動の中でひとつ注目されるのは、将来を担う若い世代にもILC誘致によってもたらされる大きな効果、期待や「夢」が膨らんでいることであろう。建設予定地は宮沢賢治が生まれ活躍した地に近く、ILCの学習によって「銀河鉄道」の夢のような期待を表明する高校生のコメントも随時紹介されている。最近建設予定地や盛岡市を訪れてみると、「科学技術立国」日本を支え、「東北版シリコンバレー」や東北に「グローバル都市」ができるといった夢物語だけでなく、将来の子供たちに大きな財産を残すプロジェクトとして可能性が高まっていると感銘を受けた次第である。

3. 日本政府はILC誘致の早期決定を

ILC建設は国際協力プロジェクトであるから、日本政府が誘致の意向を決定し、応分の費用負担をする必要がある。昨年北上山地が建設候補地とされたのを受け、文部科学省は調査費1億5,000万円の予算を当ててまず日本学術会議の有識者会議(座長は平野真一前名大総長で委員13名、二つの作業部会も設置)において検討を開始している。最近第2回会合が開催され、年度内に中間報告、15年度には最終答申を予定し、これを受け政府が最終的に判断するとされる。東北の自治体や産業界、大学等は一体となって政府や国会にILC誘致を働きかけているが、地元の熱心な誘致活動を見るにつけ、このプロジェクトの意義や認識、優先度が中央ではまだまだ小さいのではないかと懸念される。

ILCプロジェクトは、目下の政策論議のキーワードでいえば地方創生、日本再生、国際協調等に適う国家戦略的な具体的構想に裏打ちされた計画であろう。岩手県のILC出前授業を受けて啓発された高校生が「夢」の計画と理解したように、未来を拓く世界的な大計画でもある。省庁横断型の総合的統合的な国家戦略プロジェクトであり、政治が正に時期を失することなく戦略的に取り組まなければならない計画である。

地元の活動では誘致に向けて国会議員にアプローチをしているが、面談したある関係者は国会議員の多くは選挙の票に直接結びつかないゆえに関心や優先度が低いと落胆しており、このたびの衆議院解散は難しい状況に追いうちをかけているようである。このような状況が改善しないと、せっかくの「夢」のプロジェクトILC誘致は実現が難しく、このプロジェクトに関心を持ち誘致活動を推している一人としてきわめて残念である。

日本側の認識が低く反応の遅さに対しては、ILCをアジアの日本に建設してもらいたいと推してきたCERN関係者もいらだちを隠せないようである。岩手日報紙は11月17日付けトップで、単独インタビュー記事を掲げ概略次のように報じている。

ILC計画を推進しているCERNのロルフ・ホイヤー所長は、日本政府は2~3年かけて検討する姿勢だが、決断が遅れるとプロジェクトが白紙に戻りかねないとして早期の対応を求め、中国も円形加速器の建設に関心を示しており予断は許さないと述べている。中国は最近豊富な資金力を背景にAIIB(アジアインフラ投資銀行)構想をはじめ国際的な影響力を強めているから、安閑とはしていられない状況である。さらに、既に建設候補地の視察に来日し候補地の環境を評価しているLCC(リニアコライダー・コラボレイション)最高責任者のリン・エバンス氏は、詳細設計や費用分担の話し合いを始める上でも日本政府の対応が前向きであってほしいし早い時期の決定を期待すると述べ、決断を延ばすと国際社会からの信頼がなくなると指摘している。

このような状況を踏まえると、日本学術会議の有識者会合の検討では、今年度内にまとめる中間報告で前向きな誘致の方向が打ち出されることを期待したい。そして2015年度中に予定される最終報告では積極的な誘致の方向を勧告し、政府は戦略会議等の議論も加えてできるだけ早くILC誘致を決定して欲しいと強く望みたい。


(参考文献)
・ 山崎恭平『被災地東北に巨大国際プロジェクトILCを誘致~21世紀の科学を切り拓き世界と東北を繋ぐ~』季刊 国際貿易と投資 Spring2014/No.95 国際貿易投資研究所
・ 東北ILC推進協議会『東日本大震災からの復興に向けてーILCを核とした東北の将来ビジョン』平成24年7月 東北経済連合会
・ 盛岡商工会議所、ILC実現検討会議『提言書』2014年9月
・ 河北新報紙、岩手日報紙
・ 岩手県、宮城県、盛岡市、奥州市、一関市 各ホームページ

(別表)
候補地地元岩手日報紙に見るILC誘致活動記事例(2014年)
・ILCに「関心」66%、岩手県政世論調査、前年上回る(1/1)
・経済会、ILC誘致へ一丸、岩手同友会が新年交歓会(1/10)
・国際学術都市像探る、盛岡市で講演会、柏市に学ぶ(1/18)
・ILC誘致へ企業間連携加速、奥州市、30日に産業交流会(1/25)
・奥州市、全中学でILC授業 14年度、NPO法人と連携(1/25)
・9月までに提言まとめ、盛岡商議所のILC検討会議(1/28)
・ILC候補地の課題を理解、盛岡市議会特別委(1/30)
・磁場の技術向上が課題、奥州市でILC関連セミナー(1/31)
・岩手県が加速器関連産業を育成へ、関連予算3千万円盛る(2/1)
・ILC国際広報が3日来県、北上山地周辺などを視察(2/2)
・ILC誘致啓発事業、相次ぎ開催 2月は講演会3回(2/7)
・加速器産業、復興に力 盛岡市でKEK吉岡氏が講演(2/8)
・ILCと地場企業をつなぐ新ポスト、一関市が創設へ(2/13)
・地域の波及効果に理解 盛岡市ILC誘致に向けシンポ(2/16)
・KEK研究者と懇談 茨城県で県推進協、加速器施設見学(2/20)
・海外協力要請が本格化 ILC誘致、超党派の推進連盟(2/25)
・ILC誘致へ研究会設立 一関商工会議所大東地域運営協(2/25)
・ILC出前授業の講師を養成 奥州市、講座スタート(2/27)
・盛岡市がILC推進事務局新設、研究者の受け入れ調査(3/1)
・北上山地の地質的特徴紹介 一関市、ILC・ジオパーク講演(3/9)
・ILC誘致へ特別委を設置 一関市議会、4月に初会合(3/14)
・ILC出前授業の講師養成 奥州市、5月開始に向け講座(3/15)
・ILC研究、分かりやすく 盛岡市で親子対象の講演会(3/24)
・CERNに見る岩手の未来 ○上周辺企業への波及効果(4/8)、○中受注企業の取り組み(4/9)、○下周辺自治体のまちづくり(4/10)
・加速器「東北放射光施設」を計画 岩手大など7大学(4/10)
・東北各県へ協力要請 ILC議連14年度計画(4/17)
・ILC早期実現へ要望決議 東北推進協が総会(4/23)
・加速器科学の意義学ぶ 岩手大の連続セミナー開講(4/24)
・15年度めどに意見集約 文科省ILC有識者会議初会合(5/9)
・研究者の居住環境考える 奥州・水沢で意見交換会(5/18)
・市のILC出前授業が始動 奥州市、中学2年生対象(5/21)
・米「ILCになんらかの支援」エネ省諮問委が報告書(5/24)
・小学生、科学の世界に関心 金ケ崎でILC出前授業(6/6)
・平泉町議会が欧州視察へ ILC誘致目指しCERNなど見学(6/18)
・ILC誘致情報収集へ特別委設置 奥州市議会(6/20)
・まちづくりにILCどう波及 岩手大でセミナー(6/24)
・ILC誘致へ教育環境整備を提案 奥州市で県政講談会(6/26)
・「オールいわて」でILC実現へ 県民集会で決議採択(6/27)
・奥州市、一関市が国際都市へ本腰 外国人職員採用など(7/4)
・中2対象にILC出前授業 県南振興局、7市町で(7/4)
・ILCを学ぶ「サイエンスカフェ」 一関市で29日から(7/12)
・「多文化共生」考える 花巻市でILCサロン(7/20)
・科学の世界に関心 沼宮内小児童が奥州市でILC学習(8/10)
・地域に特大の「夢」掲げ 一関市、大原中がILC看板設置(8/21)
・加速器関連「新分野にも貢献」 盛岡市で松岡氏講演(8/25)
・誘致へ地元の役割再認識 奥州市・水沢市でILCシンポジウム(8/24)
・高校生らにILCの意義説く KEKの藤沢氏が講演(8/31)
・北上山地でのILC具体像を議論 一関市で国際会議(9/6)
・ILC候補地の環境知る 奥州市、海外研究者らが会議(9/7)
・ILC誘致実現へ提言まとめる 盛岡商議所検討会議(9/25)
・加速器関連産業、参入意欲83% 県内企業アンケート(9/27)
・奥州市の宇宙遊学館でILC学ぶ 一関市大東の小中学生(9.28)
・ILC推進員に米女性任命 奥州市、英語で発信に期待(10/2)
・医療通訳者を育成へ 奥州市国際交流協会(10/10)
・岩手県の未来描く意見次々 盛岡市見前南中でILC授業(10/23)
・加速器応用に可能性 ILC東北誘致、盛岡市で日本学術会議(10/26)
・超党派議連、議員外交を強化 まず日米、欧州3カ国とも(11/8)
・ILC、来春に中間報告まとめ 文科省の有識者会議が会合(11/15)
・ILC、政府の対応遅れ懸念 CERN所長・ホイヤー氏に聞く(11/17、単独会見記として第1面トップニュースとして報道し、1ページにわたる詳細記事も掲載)