一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2015/03/24 No.225キューバ観光人気を警戒するカリブ諸国

内多允
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

キューバのラウル・カストロ国家評議会議長とオバマ米大統領は2014年12月17日、それぞれ現地で両国が外交関係構築のための議論を始めることに合意したことを、発表した。翌2015年1月21日キューバの首都ハバナで、両国の国交回復に向けた高官協議が始まった。米国政府は同時に米国人のキューバ渡航に関わる規制措置を撤廃あるいは緩和する措置を取った。

キューバ・米国関係の変化が、キューバへの観光客を増加させることや、同国が外国人に門戸を広げる期待が高まっている。

キューバで外国人観光客が増加することについては、周辺のカリブ諸国も注目している。あるいはキューバが観光客を奪うことへの懸念かもしれない。カリブ諸国では、旅行・観光産業は重要産業である。

1. 観光はカリブの重要産業

カリブ諸国がキューバの旅行・観光産業の集客力を警戒する背景事情としては、同産業が重要産業であることがあげられる。その実態を関連データから紹介する。

カリブへの外国人観光客の入国者数は2012年で2,073万人に上る(表1)。その上位5か国(同表参照)を合わせた入国者シェアは、66.9%を占めた。また、同年の観光収入はカリブ合計約242億ドルの内、上位5か国で60.4%を占めた。キューバは観光客入国者数と観光収入のいずれも、第3位でカリブでは主要な観光地であるといえるだろう。

外国人観光客のカリブ各国における外貨支出の対輸出総額(含サービス)比率は、米州(北米や中南米を合わせた西半球圏)の平均を上回り(表2)、上位3か国では60%台から70%台を示している。キューバのそれも16.7%で、米州の平均値をはるかに上回っている。観光客1人から得る観光収入額を地域別(2013年)に比較すると(表3)、カリブのそれは1,170ドルで、他の中南米地域(中米と南米)平均を上回っている。

カリブの旅行・観光産業は全就労者の3.6%を雇用し、これに間接雇用を加えると11.3%に上る(表4)。これらの数値は世界平均(直接雇用比率3.4%、全雇用比率8.9%)を上回っている。    

表1 カリブ地域外国人観光客の動向(2012年)

 

観光客入国者数(単位: 1,000人、%)

観光収入(100万ドル、%)

 

人数

シェア

前年比

金額

シェア

カリブ合計

20,730

100.0

3.0

24,201

100.0

ドミニカ

4,563

22.0

5.9

4,736

19.6

プエルトリコ

3,069

14.8

0.7

3,193

13.2

キューバ

2,815

13.6

4.7

2,326

9.6

ジャマイカ

1,986

9.6

1.8

2,046

8.5

バハマ

1,422

6.9

5.6

2,311

9.5

(注)カリブ合計には同表の5か国にその他のカリブ地域諸国を含む。
(出所)United Naions World Tourism Orgnization(UNWTO,国連世界観光機関)、UNWTO Tourism Highlights 2014 Edition p.10 統計より作成。

表2 外国人観光客の輸出総額比率に占める支出額(2013年)(単位:%)

 

比率

アンティグア・バーブーダ

76.1

バハマ

63.7

アルーバ

60.6

キューバ

16.7

米州

6.8

世界

5.4

(注)外国人観光客が物財購入とサービスへの支払額が、当該国の輸出(物財とサービスの合計)総額に対する比率。
(出所)World Travel & Tourism Council(WTTC:世界旅行・ツーリズム協議会)、The Economic Impact of Travel & Tourism 2014,Cuba p.8 Country rankings: Relative contribution,2013より抜粋。

カリブで旅行・観光産業就業者比率の上位2か国は、アルーバとバハマである(表4)。キューバの旅行・観光産業就労者比率はまだカリブ平均より低い状態であるが、米国との国交関係が進展して観光客の受け入れ体制が充実するに伴い、就労者が増加することが予想される。

表3 米州における観光収入

 

観光収入(10億ドル)

1人当たり観光収入(ドル)2013年

2012年

2013年

米州合計

212.9

229.2

1,360

  北米

156.4

171.0

1,550

 カリブ

24.2

24.8

1,170

中米

8.7

9.4

1,020

  南米

23.6

23.9

870

(注)1人当たり観光収入は、入国した観光客1人から得る観光収入(ドル)
(出所)表1出所資料p.5より作成

表4 旅行・観光産業就労者数の対全就労者数比率(2013年)(単位:%)

 

直接雇用比率

全雇用比率

アルーバ

29.9

86.2

バハマ

28.5

54.5

キューバ

2.4

9.0

カリブ

3.6

11.3

世界

3.4

8.9

(注)全雇用比率は旅行・観光産業の直接雇用者数に間接雇用者数を加えた人数が、全就労者数に占める比率。
(出所)表2参照。

カリブ各国の資本投資額(GDPベース)に旅行・観光産業(旅行業も含む)の占める比率は、世界平均(4.4%)よりも高く、11.3%となっている(表5)。キューバの旅行・観光産業についても、増加が予想される海外からの観光客を受け入れるホテル等の関連施設やインフラ整備に迫られているだけに、キューバについてもこの比率が高まることが期待される。

表5 資本投資に占める旅行・観光産業のシェア(2013年)(単位:%)

 

シェア

アンティグア・バーブーダ

37.4

アルーバ

30.2

キューバ

12.2

カリブ

11.3

世界

4.4

(出所)表2参照

既にキューバは観光分野では外資によるホテル業への進出を認めている。キューバでホテルへの投資に積極的なのはスペインである(注1)。スペイン資本によるホテル建設は25年前から始まり、今日では27ホテル、部屋数は合計1万3,000に上る(注2)。スペインの貿易振興機関(ICEX)によれば、同国のキューバ向け投資の75%が観光分野に集中している。

カリブにおける旅行・観光産業による経済波及効果は、対GDP比率でアルーバが直接的効果だけでで26.4%、間接的効果を含めるとGDPの84.1%に達している(表6)。

これに比べて、キューバのGDPにおける旅行・観光産業のシェアは低いが、今後は海外からの観光客増加に伴って、同様の増加傾向が期待されよう。

表6 旅行・観光産業の対GDP構成比率創出効果 2013年 (単位:%)

 

直接効果

合計効果

アルーバ

26.4

84.1

キューバ

2.5

9.8

米州

2.9

8.5

世界

2.9

9.5

(注)合計効果は直接の創出効果に波及効果を合わせた結果によるGDP構成比率
(出所)表2参照

2. 対米依存度が高いカリブ観光

カリブにおける外国人観光客は米国人が最も多く、上位3か国ではドミニカでは3人に1人、ジャマイカでは3人に2人、プエルトリコでは10人中9人がアメリカ人となっている。〔a)米国から到着した観光客で必ずしも米国籍者とは限らない。〕

表7 米国からの観光客数 2014年 (単位:1,000人、%)

 

a)米国からの観光客数

b)総観光客数

米国シェア(a/b×100) %

ドミニカ共和国

1,784

5,141

34.7

ジャマイカ

1,296

2,080

62.4

プエルトリコ

1,282

1,405

91.2

(注)ドミニカ共和国の人数は、空路で入国した非居住者。プエルトリコは、ホテルで登録した非居住者。同表では、クルーズ(船旅)の観光客は含まない。
(出所)The Caribbean Tourism Organization, Caribbean Tourism Review,Industry Update-End of Year 2014(2015年2月11日付)より作成。

カリブの地域国際機関であるThe Caribbean Tourism Organization(CTO)が発表した2014年のカリブ観光動向(2015年2月10日付)によれば、同年の観光客は前年より130万人増の2,630万人であった。その約半分の1,300万人が米国人であると報告している。以上の観光客の統計では、クルーズ(船旅)の人数は含んでいない。

各国のクルーズ観光客数(2014年、出所は表7参照、但し12月迄の数値が未集計の国も含む)はドミニカ共和国では約32万人、ジャマイカ142万人、プエルトリコ115万人である。空路よりもクルーズが多い国もある。

カリブで最大のクルーズ観光客が到着したバハマ(386.8万人)では、空路(92.5万人)の4.2倍に上った。キューバについては、クルーズの受け入れ実績は計上されていない。表7の集計対象の国・地域数は空路による観光客到着数については27、クルーズのそれは24である。なお、クルーズについてはメキシコのコスメル(観光客数は前記バハマに次ぐ340万人)も含んでいる。同統計の到着観光客数は空路1,970.5万人、クルーズ2,277.0万人である。カリブではクルーズが重要な観光資源であることを示している。キューバも、海外からの観光客受け入れ体制が整備されると、クルーズの寄港地になることが期待できるだろう。

3. 公式発表より多い米国からキューバへの渡航者

キューバにおける外国人観光客数は2013年285万2,572人に対して、2014年は12.2%増の320万745人であった。2014年における外国人観光客の上位3か国の出発国内訳数によればカナダ(117万5,077人)、ドイツ(13万9,136人)、英国(12万3,910人)である。これら3か国の合計は143万8,123人で、総数の約45%を占めた。またカナダのそれは約37%を占めた(以上のキューバにおける外国人観光客数は、同国政府発表のデータを掲載したHavana Reporter YearⅤ,No.3 2015年2月12日付電子版より引用)。このように、これまでキューバ政府の公式発表では、米国からの入国者数は明らかにされていない。

しかし、米国人は周辺国(カナダやメキシコなど)からキューバに入国していると伝えられている。また、キューバ側は米国人には入国時にツーリスト・カードを交付して、パスポートに記載されるビザを発行していない。

ジャマイカの新聞Jamaica Gleaner(2015年1月11日付電子版)が伝えるキューバ政府筋の統計によれば、2013年にキューバに入国した米国人は9万2,000人であること、そしてこれとは別に35万人から40万人のキューバ系米国人は集計対象外であるという。キューバと米国の外交関係は1961年に途絶してからは、両国間の人的交流は非常に制約された。

米国の対キューバ制裁措置は2009年1月、オバマ大統領が就任してから緩和の方向に向かった。同年9月にはキューバ系米国人の家族訪問と親族への送金制限が撤廃された。2011年1月、学術や教育、文化、宗教を目的とする米国人のキューバ訪問や、非キューバ系米国人がキューバへ一定額までの送金が許可された。そして、2014年12月17日の両国政府が外交関係を再構築するための協議開始に合意したことが、キューバへの渡航者増加を促す効果を生んだといえよう。

米国政府がキューバへの航空路を閉ざし、米国人の渡航に制限を加えても渡航する方法があった。カリブ諸国やカナダやメキシコなどの周辺国は、キューバへの航空路線を運営している。従って、米国人はこれらの第3国経由で渡航できた。そして、キューバに到着するとツーリストカードが渡される。これは入国者のパスポートに記載されるビザに相当する。帰国後の米国人にはキューバに入国した記録はパスポートには残らない。

しかし、注意すべきことは米国が対キューバ関係に関わる規制を、まだ全廃していないことである。米国民が観光目的でキューバへ渡航することを、同国連邦法で禁止されている。あくまでも禁止措置を緩和する方針を維持している。

4.米国からの観光客を増加させる規制緩和

2015年1月15日、米国政府は更なる緩和措置を発表した。送金についてはキューバに親族がいない米国人には四半期に最大限2,000ドル(従来は500ドル)認められるようになった。但し、禁止対象となっているキューバ政府・共産党幹部への送金は認められない。キューバへ渡航を認められた旅行者は1万ドルまで現金の携行(この限度額は送金承認額を含む)が認められるようになった。また、キューバへの渡航が認められる例外的な12分野のどれかに該当する場合は従来、米国財務省の許可を得る手続きに日数を要したが、今後は同省の許可を必要としなくなった。

キューバに渡航する米国人旅行者には、従来は禁止されていた次のような便宜がはかられるようになった。キューバ観光で渡航する米国人が帰国時に持ち込めるキューバ製商品の上限価格は、400ドルで、この範囲内でたばこ・酒類は100ドルに制限される。たばこ類ではキューバの葉巻は世界で最高級品として、高い評価を得ている。また、キューバで米国銀行が発行するクレジットカードやデビットカードによる支払が認められるようになったことも、米国人にとって朗報であろう。従来は米国人渡航者は、現金を携行するか、他国の銀行が発行するクレジットカードを利用していた。キューバへ渡航が認められて米国人に対する医療保険や生命保険、旅行保険を、米国籍保険会社が提供することも可能になった。

このような米国側の緩和措置について、キューバ側の反応はどうであろうか。これにつて、1991年5月からハバナに住んでいる是永禮子氏は、NHK第一ラジオ放送番組「ワールドネットワーク」(放送日2015年2月20日、午前0時台国際電話によるインタビュー)で、「米国政府のキューバ渡航に関する規制緩和については、キューバ人は極めて冷静である」という趣旨の説明をした。その理由として「キューバに対する経済封鎖は、まだ解除されていないこと」そして、「現金持ち込みは1万ドルまで認められた。しかし、キューバ系米国人はそれほど裕福でない。米国から里帰りするに際して、1万ドルの現金を持ってくるようなキューバ系米国人がいるとは考えられない」とのことである。

一方、キューバへの渡航規制緩和による変化をこの目で確かめたいという報道関係者や観光客の急増にハバナの旅行業者が、苦慮している様子を是永氏は述べた。同氏はハバナで旅行代理店を経営しており、昨年12月からはまさに商売繁盛で、てんやわんやの忙しさであるという。苦労している例として、「日頃から不足気味の旅行者のための自動車を確保すべく関係業者に日参していること」、また「ホテルの予約確保に苦労している」とのことである。また、報道関係者によるインターネット回線利用が急増したために、接続状況が厳しくなったと指摘した。

以上のような規制緩和に加えて、米国政府による政策には今後、キューバの観光事業の基盤強化に資する次のような変化があげられる。

キューバ国営電話通信会社(略称ETECSA)は3月11日、第3国を経由せず米国と直接通話できる国際電話サービスを再開したと発表した。これは米国の通信会社IDTと提携したことによって実現した。キューバと米国は1961年に国交関係を断絶してからは、両国間の国際電話は第3国経由となり、電話料金が割高で通話の音声にも問題があった。米国の通信会社との提携によって、米国が敷設した海底ケーブルの利用が可能になった。従来はキューバの電話通信は衛星を利用していた。IDTは今後、キューバ国内のインターネット関連のサービス分野にも進出する意向である。キューバ国内のインターネット利用料金が引下げられ、普及が進むことが期待されている。

米国・キューバ間の航空路線の開設も、具体化している。特に、キューバと至近距離に位置するフロリダ州(同州のマイアミ・ハバナ間は367キロメートル)では、直行便の利用客増大が予想される。フロリダ州は米国で、キューバ系住民が集中している地域である。同州では格安航空会社(LCC)大手ジェットブルー航空(JetBlue Airways)が、タンパ(Tampa)からハバナにチャーター便を、今年の夏には就航させると発表した。また、ユナイテッド航空もヒューストン(テキサス州)とニューアーク(ニュージャージー州)からキューバへ就航させる意向を発表した。

米国各地でキューバへの空路が開設されることも、観光客増加の効果を生むことが期待される。米国でキューバへの関心が高まっていることには、マスメディアの影響も無視できない。3月には米国でテレビの深夜トーク番組司会者であるコナン・クリストファー・オブライアン(Conan Christopher O’Brien )がハバナで番組収録に訪れた。これについてはカリブの電子版観光情報誌Caribbean Journal 3月6日号(http://www.caribjournal.com)の記事で紹介しており、そのweb-siteでは録画の一端にリンクするページを提供している。

5.厳しくなる観光客誘致競争

キューバが本格的に海外から観光客誘致に乗りだすと、周辺の集客に影響が出ることを懸念する報道が、カリブの観光に関わる各国で見られる。カリブの観光業は米国人観光客への依存度が高いだけに、キューバの集客力が高まることには警戒せざるを得ない。キューバは地理的に米国に近いことから、米国発の航空料金も割り安で済む。カリブ各国のホテル関係者からは、宿泊料金引き下げの競争も厳しくなると予想する向きもあろう。

カリブでは新たな観光客誘致対象として、中国人観光客対策に取り組む動きも出ている。カリブでも中国人観光客の旺盛な消費支出に注目している。中国の報道でも、人民網日本語電子版(2015年1月6日付)で「2015年の海外旅行、注目の15か国」という見出しで、同年に行ってみたい海外旅行先15か国を紹介した(この記事は中国の環球網が米国紙ハフィントン・ポストの報道から引用した)。この記事では中南米からはキューバとコスタリカ、ペルーを紹介している。

カリブ諸国共同の観光振興機関であるCTOは、既に2010年10月8日から11日にわたってバルバドスで開催した会議(CTO Leadership Strategy Conference)で、コンサルタント(ChinaEliteFocus)が、中国人観光客の誘致戦略を発表している。近年の中国政府のカリブへの外交関係強化の動きも影響して、同地域で中国への関心は高まっている。

キューバが中国人観光客誘致で有利な点は、キューバ革命時代から両国は友好関係を維持してきたことがあげられる。

AirChina が中国・キューバ間の直行便を就航させる計画については、2015年1月から、報道されている。これが実現すると、キューバのみならずカリブへの初めての中国エアラインの進出となる。

最近の中国観光客誘致への取り組みとして、ジャマイカとメキシコの具体例を次に紹介する。ジャマイカでは2014年に中国人観光客に対して、30日未満の滞在についてはビザを免除することにした。これによって、ジャマイカへの中国人観光客増加の効果が生まれることを期待している。

メキシコ政府も海外観光が増えている中国の動向に注目している。メキシコ政府は2015年を「中国におけるメキシコ観光年」と銘打ってキャンペーン活動を展開しようとしている。同年3月、広東で開催される「国際旅行博」にメキシコ政府も参加を予定している。

2014年12月、メキシコと中国の観光関係の政府機関は2015~2016年にかけて、相互に観光客誘致活動を協力することに合意した。

カリブと周辺のメキシコ等では、観光産業が重要な外貨収入源であり、また雇用部門であることに鑑みて、観光客誘致は重要な政策課題である。

最近のキューバ情勢の変化が、これにどのような変化をおよぼすか、今後の動向が注目される。

1. 2014年12月21日付 http://latino.foxnews.comによるスペイン国営通信社EFE報道

2. 同報道ではキューバホテルの部屋数6万500は、2020年には8万5,000に増えるとも推定されている。

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