フラッシュ241
2015年7月10日
 

ギリシャ金融支援問題の行方(その1)
-交渉難航で事実上の債務不履行-

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
 

ギリシャの民意は反緊縮

7月5日、EUが求める金融支援のための財政改革策1)の受け入れについて賛否を問うギリシャの国民投票が行われた。開票結果は、反対(OXI、ギリシャ語の「NO」)61.31%、賛成(NAI、「YES」の意)38.69%と、賛否が拮抗するという事前の大方の予想を覆して、大差での受け入れ反対という民意が示された。チプラス首相は「民主主義は勝利した」と高らかに勝利宣言をした。

6月末に迫ったIMF(国際通貨基金),EU,ECB(欧州中央銀行)債権団からの72億ユーロの支援プログラムの打ち切り期限を控えて、ブリュッセルで断続的に開かれていた緊急のユーロ圏首脳会議・ユーロ財務相会合での切迫した議論を一方的に打ち切って、突然チプラス首相が7月5日に国民投票を実施することを他のEU首脳たちに事前に告知もしないで、発表した。

この時点で、メルケル独首相、オランド仏大統領、トゥスク欧州理事会常任議長(EU大統領)、ユンケル欧州委員会委員長らEU首脳のチプラス首相に対する不信感は一気に高まり、2010年から2次にわたって実施されてきた支援プログラムの打ち切りが決まった。

ところで、チプラス首相はいったい何に勝利したのだろうか。そもそも、当初から国民投票の目的がはっきりしていないという疑問がどうしても残る。チプラス首相やバルファキス財務相(その後、7月6日辞任)がブリュッセルでの協議を唐突に打ち切って、なぜ国民投票に委ねたのか。しかも、ギリシャ国民に反対するように強い呼び掛けをする一方、ユーロ圏残留を問うものではないと訴えた。

国民投票で問われる質問内容の説明がなく、投票者は「賛成」「反対」が何を意味するか分からないまま、チプラス首相を支持する場合は、「OXI反対」、支持しない場合は、「NAI賛成」に投票したとの現地情報も報じられている。ギリシャ国民の反緊縮の民意を背景にEU側に財政改革策を再考させるというチプラス首相の外交戦術は、ここまでは狙い通りの展開となっている。

これに対して、ユンケル欧州員会委員長やトゥスク欧州理事会常任議長などEU側は、国民投票日直前までユーロ圏残留の可否を決めると位置付けて、賛成票を投じるように、ギリシャ国民に訴えかけてきた。国民投票終了後すぐに、EU首脳らは次々と「ギリシャの民意を尊重する」との談話を発表しているが、ユーロ圏財務相会合のデイセルブルム議長(オランダ財務相)は「(国民投票結果は)これまでの交渉に比べてより厳しい条件が必要になる」との声明を出した。反緊縮の民意がはっきりと示されたことで、ギリシャとユーロ圏諸国との溝が一段と広がり、7月7日から始まった支援再開に向けた交渉が難航するのは必至である。

次々と押し寄せる債務返済期限

2010年のギリシャ債務危機以来、EUが約3,161億ユーロに上る巨額の債務を抱えるギリシャのために支援を続けてきた2)。その一環として、昨年末にIMF、ECBと共に総額72億ユーロをギリシャに供与する予定であった3)。

しかし、ギリシャが金融支援策を巡るブリュッセルでのユーロ圏首脳会議・ユーロ圏財政相会合での協議を一方的に打ち切り、国民投票を実施した結果、6月末の支援プログラムが期限切れとなってしまったことは前述のとおりである。

さらに、6月末に返済期限がきた15億ユーロのIMFへの返済が出来ず、事実上の不履行(デフォルト)状況となった。IMFはいまのところ、ギリシャの債務不履行を正式に決めていない。もし、不履行が正式に決まれば、ギリシャが先進国では初の不履行国となり、新規の支援は受けられない。現在、ソマリア、ジンバブエ、スーダンが債務不履行国として指定されている。

表1のように、ギリシャを待ち受ける債務返済・国債償還の期限が7月、8月を見ただけでも、次々と押し寄せてくることがわかる。国庫や銀行の金庫に返済する金はほとんど底をついている。そのため、ギリシャ政府は6月29日からギリシャ国民や企業に対して、預金の引き出しや送金を制限する「資本移動規制」を発動し、同日から1週間の銀行の営業停止を命じた。ギリシャ国民が銀行からATMで預金を引き出す場合にも、1日当たり60ユーロに制限した。7月7日からの銀行の営業再開を公約していたが、休業をさらに13日まで延長せざるを得ない状況が続いている。

ギリシャが国家破綻の危機に陥っていた状況下にあるにもかかわらず、チプラス首相は、投票者の60%超が緊縮策を拒否したことを背景にして、EUとの再交渉に強硬姿勢で臨もうとしているが、EU側はさらに厳しい財政緊縮策を要求してくることは間違いないだろう。チプラス首相が1月の就任以来バルファキス財務相と組んで繰り広げてきた瀬戸際外交は、EU側の不信感を募らせ、かえってギリシャ国民を苦境に陥れることになった。チプラス首相の外交戦略が第2ステージに入った今、事態はそれほど楽観できるものではない。

 

表1 ギリシャの債務返済時期・金額

月日

返済・償還金額

債権者

6/4

IMFへの6月中の融資返済を月末まで延期

IMF(国際通貨基金)

6/30

15億ユーロの融資返済できず(事実上の不履行)

IMF

7/10

20億ユーロの短期国債の償還

一般投資家など

7/13

4.7億ユーロの融資返済

IMF

7/14

約117億円の円建て債券(サムライ債)の償還

一般投資家など

7/17

10億ユーロの短期国債の償還

一般投資家など

7/20

約35億ユーロの国債償還

ECB(欧州中央銀行)

8/7

10億ユーロの短期国債の償還

一般投資家など

8/14

14億ユーロの短期国債の償還

一般投資家など

8/20

約32億ユーロの国債の償還

ECB

(出所)各種の資料から作成

緊急融資網を構築済み

ECBは7月1日、ギリシャの銀行の資金繰りを支える緊急流動性支援(ELA; Emergency Liquidity Assistance)の供給枠を現行の水準(890億ユーロ)に据え置くことを決めた。この緊急融資制度が表2の⑦の現在のギリシャの民間銀行の資金繰りを支える、文字通りの「命綱」である。もし、ギリシャが7月20日の約35億ユーロの国債償還や8月20日の約32億ユーロの国債償還に応じなければ、ECB理事会が債務不履行と認定すれば、ELAの支援を打ち切ることになり、ギリシャの銀行は経営破綻に追い込まれるだろう。

EUは2010年のギリシャ債務危機の際は、アイルランド、ポルトガルなどに危機の連鎖が起きて、多くの欧州諸国の国債が売られ、スペインやイタリアの財政破綻も懸念される深刻な事態に発展したことは周知のとおりである4)。

EUはギリシャ債務危機を教訓に、その後、様々な緊急融資の安全網を構築してきた(別表2)。その一つが、2012年発足した①の欧州安定メカニズム(ESM; European Stability Mechanism)であり、ユーロ圏の政府や銀行が危機に陥った時に、資金を拠出できる。総枠は5,000億ユーロの巨額の資金である。チプラス首相は8日、12日の最終期限とされる緊縮財政策と引き換えに3年間の資金融資を求めた。

ECBも、財政危機に陥ったユーロ圏諸国の国債を無制限に買い上げることのできる④の仕組み(OMT; Outright Monetary Transactions)を2012年に導入した。ユーロ圏の国債が暴落して、ユーロ圏諸国の財政破綻に陥るのを防ぐためである。

また、ECBは今年3月、ギリシャを除くユーロ圏の国債を毎月600億ユーロずつ買い入れる⑤の量的金融緩和(QE;Quantitative Easing)を導入したことも、債務危機の封じ込めができる。

ユーロ圏はこのほか、昨年11月からECBにユーロ圏の銀行を監督する権限を一元化し、経営状況が悪い銀行については、資本増強などを求める⑥の仕組みを導入した5)。

以上のようなユーロ圏の緊急融資の安全網の構築によって、今回のギリシャ危機の影響が、その他のユーロ圏に波及する心配は、大幅に減っている。

 

表2 ユーロ圏の緊急融資ネットワーク

① 欧州安定メカニズム(ESM)

② ユーロ圏の政府や銀行が危機に陥った際、資金を拠出できる。上限5,000億ユーロ

欧州金融安定基金(EFSF)の業務を引き継ぎ2012年に発足

③ 欧州中央銀行(ECB)

④ 国債買い入れ(OMT)

構造改革などを行うことを前提に、ECBがその国の国債を無制限に買い上げることができる仕組み

2012年に導入も実施実績はなし

⑤ 量的金融緩和(QE)

ユーロ圏(ギリシャは除く)の国債などを毎月600億ユーロ買い入れ

デフレ入りを防ぐ狙い。2015年3月スタート

⑥ 銀行同盟(BU)

銀行を監督する権限をECBに一元化。銀行破綻に備え、各国の銀行が積み立てを実施

2014年スタート

⑦ 緊急流動性支援(ELA)

各国の中央銀行が、国債などを担保に取った上で、民間銀行に融資する仕組み。上限額などはECBが承認。

現在のギリシャの民間銀行の生命線

(出所)読売新聞2015/7/3

ギリシャ危機を抜け出す3つのシナリオ

EUとギリシャの金融支援交渉が決裂した場合、ギリシャのユーロ圏離脱も現実味が増したという関係者の論評が内外のメディアが伝えている。そこで、以下では、想定できる3つのシナリオを取り上げてみる。

第1のシナリオは、ギリシャのEU(ユーロ圏)離脱というものである。2009年12月発効したリスボン条約は、EU脱退に関る新しい条文を規定している。すなわち、「すべての加盟国は、その憲法上の要請に従い、連合からの脱退を決定することができる」としている(EU条約第50条1項)。約70%のギリシャ市民がEU残留を支持しており、チプラス首相もギリシャのEU(ユーロ圏)離脱を望んであるわけではない。したがって、このシナリオは、ギリシャがEUからの脱退を申請しない限り起こりえない。

第2のシナリオは、ギリシャがEU(ユーロ圏)に残留するというものである。ブリュッセルで、7日から始まったユーロ圏首脳会議・ユーロ圏財政相会合でギリシャが12日までに提案する緊縮財政策に関する協議の成り行きがどのようになるかにかかっている。EU側はギリシャが実効性を伴う、より厳しい緊縮計画を提案しない限り、金融支援に乗り出さないだろうし、他のユーロ圏諸国の世論の目も厳しくなっている。他方、ギリシャが国民投票の「NO」の民意を背景に強硬姿勢を貫くとすれば、交渉は決裂してしまうだろうし、もし大幅な譲歩をすれば、チプラス首相は国民の支持を一気に失い、政権の座を追われることになろう。双方が合意できる余地は、現在のところ、非常に限られている。

第3のシナリオは、第2のシナリオが失敗に終わった場合のものである。ギリシャはEU(ユーロ圏)からの離脱を望まないけれども、IMFやECBが債務不履行を正式に決定した場合、ECBは、おそらくELAを停止、ギリシャ政府の国庫や銀行にはユーロの現金が枯渇して、公務員の給与も年金も支払できない状況になる中で、年金や公務員給与の全部または一部を借用証書(IOU;I Owe You)で給付せざるを得なくなる可能性は十分にある。このIOUを並行通貨の「新ドラクマ」として取り扱えば、事実上のユーロ離脱へ踏み出したことになる。ギリシャがユーロ圏から離脱してもEUに残留する手法として、第3のシナリオが現実的で、かつ悪影響も限られると考えられる。

 

注・参考資料:
1) EU側が求める財政改革案は、①付加価値税(標準税率23%、日本の消費税に相当)の軽減税率(13%)の廃止などでGDP(国内総生産)1%相当分の増収の確保、②法人税率の引き上げ(26%から28%へ)、③年金制度の早期退職制度を厳格にし、GDP1%相当分の支出削減、④軍事費の4億ユーロの削減などが主な内容である。
2) IMFによる2015年4月現在の数値。
3) 2010年のギリシャ債務危機については、田中友義編著『現代ヨーロッパ経済論』(ミネルヴァ書房、2011年)251~256ページ参照。
4) 田中(2011)、前掲書、256~260ページ。
5) EU銀行同盟については、田中友義「EU銀行同盟の行方」(その1)、(その2)(ITIフラッシュ175号、2013年10月22日、190号、2014年5月15日)を参照のこと。