フラッシュ282
2016年7月22日
 

英国のEU離脱交渉の行方(その1) -先延ばし図る英国、早期開始を迫るEU-

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
 

3つのサプライズ

2016年6月24日に国民投票結果が判明して、英国のEU離脱が決定した直後、英ポンドが対ドルで約9%安の31年ぶりの暴落、円の対ドル相場も一時的に99円まで急騰、株価も東京、ドイツ、パリ、ミラノなど欧州の主要な株式市場で8~12%も暴落し、金融市場は、一時的にパニック状態に陥った。

とりわけ、英国社会が離脱派、残留派いずれを問わず、驚愕した。僅差ではあるが、残留派が勝利すると大方の事前の世論調査の予想が覆って離脱が決定したからである。1つ目の最大のサプライズである。

それから約1カ月が経ち、金融市場も為替相場、株式相場の国民投票以前の水準までほぼ回復し、小康状態である。意外な結果に動転していた英国社会も少しずつ冷静さを取り戻している。

2つ目のサプライズは、次期首相に最有力視されていた離脱派リーダーのボリス・ジョンソン前ロンドン市長が早々に党首選に出馬しないと表明、無責任な離脱派リーダーと酷評される中で(注1)、デービッド・キャメロン首相の後継者(保守党党首であり、首相に就任する)選びがスタート、残留派のテリーザ・メイ前内相が、他の候補者が早々に撤退し、9月の保守党大会を待たず、7月13日に決まったことである。1990年に辞任したマーガレット・サッチャー女史に次ぐ26年ぶりの二人目の女性首相である。

そして、3つ目のサプライズは、メイ首相が指名した主要閣僚たちの顔ぶれである。離脱派を率いたものの、不出馬を宣言して評判を落としていたジョンソン氏が返り咲いて、外相に抜擢された。これこそ今回の閣僚人事の目玉であり、サプライズ人事である(注2)。閣僚としての経験はないので、その手腕は未知数である。また、新設の「EU離脱担当相」には保守党の実力者デービッド・デービス下院議員、「国際貿易相」にはリアム・フォックス元国防相を充てる。いずれも、筋金入りに欧州懐疑派・EU離脱派である(注3)。今後の対EU交渉は、この3人のトロイカ体制で長期戦を戦い抜くことになる。

いずれにしても、メイ首相の今回の閣僚人事から、国民投票の結果を尊重し(国民投票のやり直しを期待する向きもあるが)、「離脱を決めたら離脱する」との不退転の覚悟で交渉に臨む決意が感じられる(注4)。

離脱交渉はいつ始まるのか

2カ月早い前倒しで新政権が発足した。メイ首相は、党首選の時から「交渉を急がない」と公言していたので、通告時期を遅らせることによって、英国が少しでも有利に交渉を展開しようとしているため、現時点で離脱通告が早まることは考えられない。17年の年明け以降まで通告を延ばして、十分な準備期間と対EU戦略を練るだろう。ジョンソン外相やほかの関係閣僚も同じスタンスである。キャメロン首相(当時)が6月28日の欧州理事会(EU首脳会議)の場で、離脱交渉を後任の首相に委ねると表明した時から、すでに、英EU間で神経戦が始まっている。この時点でEU27ヵ国首脳も英国の内政混迷に配慮し、後任の首相が選ばれる9月を待って交渉することを容認した。

しかし、その2週間後にメイ首相が決まった。メイ首相が就任後初の電話会談で、アンゲラ・メルケル独首相、フランソワ・オランド仏大統領、ジャン=クロード・ユンケル欧州委員会委員長、ドナルド・トゥスク欧州理事会常任議長(EU大統領)らEU首脳たちから離脱通告を早期に行うよう迫られた。

表1のとおり、EUは2017年秋までに大統領選挙、議会選挙、国民投票が目白押しである。英国との離脱交渉が遅れれば遅れるほど、「第2の英国」が出てくる離脱ドミノの可能性が強まる。EUとしては、他の加盟国のEU離脱ドミノに何としても歯止めをかけたい。EUの政治日程の中で、最大の関心事はフランスの大統領選挙とドイツの連邦議会選挙の動向である。

今後の政治情勢次第で、EU側,特に、フランスの「国民戦線(FN)」やイタリアの「五つ星運動」などポピュリズム政党の台頭を懸念するオランド大統領、マッテオ・レンツィ伊首相、ユンケル欧州委員長が、強く反対している非公式交渉に入る可能性も排除できない。EU離脱の手続きについては、EU条約(リスボン条約)第50条に規定されているものの、非公式交渉については何の規定もない。英国とEU側との間で折り合いがつけば、交渉に入れる。英国が離脱を正式通告した後、2年間に離脱協定と新たな貿易協定についての交渉を終わらせなければならない(もちろん、双方が合意すれば、2年を超えての延長は、可能であるが)。英国側に少しでも早期に離脱通告を促すために、非公式交渉がどうしても必要になってくるだろう。

そこで、鍵を握るキー・パーソンが、離脱後の英国と安定した関係を維持したいと願うメルケル首相である。英国に準備期間を与えるよう柔軟な対応をみせているのもそのためである。柔軟派のメルケル首相やトゥスクEU大統領らと強硬派のオランド大統領、ユンケル欧州委員長との間で温度差がみられるようである。

他方、英国は、離脱後の非EU諸国との経済貿易関係を強化するために、米国、日本、中国、スイスなどの重要な貿易パートナーや、インド、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど英連邦諸国との協定締結交渉を始めるだろう。すでに、米国側からTTIP交渉と並行して、二国間貿易協定の予備交渉の動きが出ている(注5)。目下進行中の日EU/EPA交渉の進捗に影響が出て来よう。

 

表1 欧州の主な政治日程

2016年6月23日

英国国民投票・EU離脱決定

7月13日

英保守党メイ党首選出・首相に就任

10月2日

オーストリア大統領選挙やり直し(極右の自由党の大統領誕生か)

10月2日

ハンガリー国民投票(EUの難民受け入れ義務の是非)

10月

イタリア国民投票(上院の権限縮小の憲法改正案で現政権の信任が得られるか)

2017年3月15日

オランダ総選挙(極右の自由党の支持率アップか)

4月下旬
5月初旬

フランス大統領選挙初回投票(極右の国民戦線候補が決選投票へ進出か)
第2回決選投票

6月

フランス国民議会選挙

9~10月

ドイツ連邦議会選挙(極右政党「ドイツのための選択肢」が躍進か)

(出所)筆者の作成による。

 

国家分裂の修復を急ぐ

英国の国民投票で離脱か残留かを巡って激しく対立し、文字通り国家分裂の危機に直面した。国家分裂は、地域レベルでは、ロンドンを除くイングランド、ウェールズ両地域で離脱支持派が、ロンドン、スコントランド、北アイルランド両地域で残留支持派が多数を占めた。年齢層でも分裂が明らかになった。英調査会社YouGovや英調査機関ロード・アッシュクロフトの調査によると、18歳から24歳の若い年代は残留支持派が70%を超える一方、65歳以上の年代層になると、60%以上が離脱支持派であった。さらに、社会的階層によっても、高学歴・上級・中間管理職などの階層は残留に賛成する一方、低学歴・単純労働者・失業者・熟練労働者・下級管理職などの階層は離脱賛成派という結果が出ている。

また、離脱派が多い保守党や英独立党、残留派が多い労働党、スコットランド民族党、自由民主党、緑の党というように英議会も意見が分かれた(注6)。金融サービス業や自動車などの大企業は圧倒的に残留派であるのに対して、中小企業・零細企業は離脱派が多く、産業界でも分裂が生じた。

メイ首相は就任演説を行い、「英国を一つにする」と述べ、亀裂が深まった国内の融和に努める考えを強調した。早急に国家分裂の修復に取り組まなければ、英国社会はますます混迷を深めることになってしまう。離脱後の英国の立ち位置を明確にするためにも、国内の融和が何よりも喫緊の課題である。

とくに、英国から分離独立してEU残留を強く主張するスコットランドの動きから目が離せない。6月28、29日の欧州理事会開催時期(注7)に合わせてブリュッセル本部を訪れたスコットランド行政府のニコラ・スタージョン首相はユンケル欧州委員長や、マルティン・シュルツ欧州議会議長らと会談し、EU残留の意思を伝えた。EU首脳は、英国政府との離脱交渉が優先する立場を説明し、スコットランドとの交渉には消極的な立場を明らかにした。トュスクEU大統領はスタージョン首相との面談を断った(注8)。

メイ首相とも会談したスタージョン首相は、英国からの分離独立 (EU残留)を問う2回目の国民投票を2017年前半にも実施する考えを伝えたようであるが、現時点で実施の可能性は低いと考えられる。というのも、スコットランドが英国から分離独立して、EUに残留できる可能性はきわめて低いと言わざるを得ない。EU側がスコットランドとの交渉を望んでいないこと、とくに、カタロニアやバスク地方の分離独立問題を抱えているスペインのマリアノ・ラホイ首相は、スコットランドのEU加盟可能性を巡る交渉に反対する立場を強調した(注9)。

厳しい姿勢をとるEU

就任後初の外交活動を始めたメイ首相は7月20日,ドイツでメルケル首相と、21日、フランスでオランド大統領と相次いで会談、本格的な離脱交渉開始に向けた地ならしに入った。EU側は英国に対する厳しい姿勢を崩しておらず、メイ首相の外交手腕が早速問われる。

6月29日の英国抜きの27カ国非公式欧州理事会の共同声明は「英国は早急に離脱の決定を実行に移すことを期待する」と明記したうえで、英国のEU離脱後のEUの新たな将来像に向けて結束する決意を盛り込んだ(注10)。また、共同声明は、英国が今後、EUとの交渉プロセスにおいて相当な苦痛を伴うと強調、英国に有利な離脱条件を許せば、「第2の英国」が出てくることを怖れるオランド大統領やレンツィ首相、ポーランドのビトルド・バシチコスキ外相とチェコのルボミール・ザオラーレク外相に英国離脱の責任を取って辞任するよう求められたユンケル欧州委員長は、英国が離脱を正式に通告するまでは、「いかなる種類の交渉を一切受け付けない」ことをと強調し、英国が模索する非公式交渉を全面的に拒否した(注11)。

欧州理事会は離脱交渉を9月以降に先送りしたが、今後英EU間で激しい駆け引きが展開されることになる。想定される今後の交渉の流れ(極めて流動的であるが)を表2のように簡単にまとめてみた。

次回からは、EU離脱交渉を巡るさまざまな論点を取り上げて報告する。

 

表2 英EU離脱交渉スケジュール

2016年6月23日

国民投票でEU離脱決定

6月28-29日

欧州理事会(EU首脳会議)、EU条約第50条に基づく脱退通告を9月以降まで猶予することで合意

9月16日

非公式欧州理事会、英国に早期の脱退通告を促す決議、英離脱後のEU統合について議論

9月以降

英国政府は、17年以降に脱退通告を引き延ばす方針。

16年~17年

英国、欧州理事会にEU条約第50条に基づき正式に脱退通告

17年7月1日

英国、EU議長国の座を放棄、離脱交渉に集中。

18年~19年

2年間の交渉期間。EU脱退協定の締結、EUとの新協定の締結

20年までに

EU離脱。協定が締結できない場合、双方合意のうえで、交渉継続

(出所)筆者の作成による。

 

注:参考資料
1) Financial Times(2016/07/01)
2)Financial Times(2016/07/15)
3)日本経済新聞(2016/07/15)
4)Reuters(2016/07/14)
5)Reuters(2016/07/15)
6)日本経済新聞(2016/06/26)、週刊東洋経済(2016/07/09)22-25ページ、同(2016/07/16)42-43ページ。
7)6月28日の欧州理事会は、キャメロン首相も出席した公式の28カ国首脳会議。6月29日の欧州理事会は英国を除く27カ国の非公式の首脳会議。9月の欧州理事会は非公式の27カ国の首脳会議。
8)Reuters(2016/06/30)
9)Reuters(2016/06/29)、Reuters(2016/06/30)
10)European Commission-Statement(STATEMENT/16/2329,Brussels,24June2016)
11)Reuters(2016/07/06)