フラッシュ283
2016年8月10日
 

英国のEU離脱交渉の行方(その2)-短すぎる交渉期間、あり得る事前交渉-

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
 

対EU外交始動、離脱交渉への地ならし

「Brexit means Brexit」(離脱を決めたら離脱する)。英国のテリーザ・メイ首相は、不退転の覚悟で交渉に臨む決意をこのように表明した。

就任早々、メイ首相の対EU外交が動き出した。メイ首相は去る(本年)7月20日にベルリンを訪問してアンゲラ・メルケル首相と、7月21日に、パリでフランソワ・オランド大統領と相次いで会談、本格的な離脱交渉に向けた地ならしに入った。

メイ首相は2大国首脳に対して、「秩序ある離脱を実現するためには国内で方針を明確にする必要があり、年内は離脱通知を行わない」と強調し、英国の立場に理解を求めた。

メルケル首相はメイ首相との会談後、「交渉の方針を固めるのに、一定の時間が必要だ」として理解を示しながらも、「英国、ドイツ、EUともに長期の不安定な状況を望んでいない」と述べて、交渉の長期化は回避するよう牽制した(注1)。

その後のオランド大統領との会談で、メイ首相が本年内の離脱通告は行わないという方針を伝えたのに対して、同大統領が事前交渉はしないとしながら、「英政権が発足したばかりで、交渉の準備は必要かもしれないが、通告時期ができるだけ早くが、欧州にとっても、英国にとっても最善だ」と、一定の理解を表明した。このように、独仏両首脳は足並みをそろえたことで、EU側が事実上のお墨付きを与えた形である(注2)。

その後、7月27日にローマでマッテオ・レンツィ首相、7月28日にスロバキア(本年後半のEU議長国)のロベルト・フィツォ首相、ポーランドのベアタ・シドォウォ首相との各会談後の記者会見で、メイ首相は、EU離脱後のEUとの関係について「既存の枠組みにとらわれない新しいモデルを望む」と述べているが、後述するように、このメッセージに注目したい(注3)。

いずれにしても、10月20,21日に開催される欧州理事会(EU首脳会議)に初めて出席するメイ首相は、EU離脱について何らかの基本的な見解を表明するものと考えられる。

離脱交渉のプロセス、3つのケース

メイ首相は、新内閣発足後直ちに、EU離脱交渉に向けて、新設のEU離脱省と国際貿易省を立ち上げた。その拠点がダウニング街9番地で、ダウニング街10番地の首相官邸の隣である。関係省庁との意思疎通を密にしつつ首相官邸主導で交渉を進めていこうという姿勢が明らかである。デービッド・デービスEU離脱担当相は、現在40人の職員を財務省や外務省の有能な官僚を中心に集め200人規模に増員するほか、必要に応じて外部の人材も活用して、今後本格化する離脱交渉に備えると述べている(注4)。

離脱の正式通告時期については、メイ首相が先の独仏首脳会談で本年内は行わないとの方針を伝えて、メルケル首相、オランド大統領両首脳の理解を得られたことから、来年にずれ込むことは確実な情勢である。したがって、早ければ来年初めから最大2年間(18年末か19年初め)に離脱交渉(離脱協定)が行われることになるが、離脱後の英国とEUとの新たな協定交渉も同時並行的に行われることが重要である。そのためには、英EUの間での合意が前提となる。

EU離脱の手続きについては、EU条約(リスボン条約)第50条に規定されているが、英国政府が想定している3つのケースは、図1のとおりである(注5)。

図1 英国のEU離脱交渉プロセス(想定)

(出所) ジェトロ・セミナー「英国のEU離脱と日本企業への影響」(2016/07/29):資料「英国のEU離脱と日本企業への影響」、13ページ。


① 離脱手続きと新協定締結を2年以内に同時に行うケース
このケースが2年以内に離脱手続きも新協定も合意できた場合である。EU条約第50条の規定からは、離脱通告の主導権は英国側にある。また、離脱協定が発効するまではEU法・規則が英国に適用される。

    プロセス1:EU条約に伴う離脱
    プロセス2:EUとの新協定交渉
    プロセス3:EU非加盟国との貿易交渉
    プロセス4:英国内法制の整備

② 離脱手続きと新協定を2年以上かけて同時に行うケース
2年以内に離脱手続きも新協定も合意ができない場合、EU27ヵ国すべての合意が得られれば(全会一致)、交渉時期の延期ができるが、所要期間については、不明である。離脱交渉が終了するまで第三国との貿易交渉は制限される可能性がある。交渉延長の可否については、EU27カ国側に主導権がある。いずれにしても離脱協定が発効するまでEU法・規則が適用される。

③ EUとの新たな協定を結ばぬままEU離脱を2年以内に締結させるケース
新協定を締結せず、2年後にEU離脱すると(合意なしの離脱も含めて)、EU法・規則が英国に適用されず、WTOの規則が適用される。EU離脱後、英国と第三国との貿易交渉に制限はなくなるが、非EU加盟国は英EU協定の締結を望む可能性が高い。英国が後にEUとの新たな関係を交渉する場合、再びEUの規則に従う必要がある。

以上は、英国側のケースを説明したものであるが、EU側の離脱手続きはより複雑であり、次回以降の報告で取り上げたい。

2年間での合意は「ミッション・インポッシブル」

デービスEU離脱相は入閣に先立つ7月11日(就任は7月13日) 、EU条約第50条に基づく離脱通告について「16年末か17年初め頃」に行われるだろうと述べ、英国がEUから離脱する時期は「18年12月頃」との見通しを示した。しかしながら、こうした担当大臣の見通しはあまりにも楽観的過ぎるのではないのかとみられていて、いずれ早い時期に修正せざるを得ないだろう。

ところで、英国に早急な離脱通告を求めているEUサイド(ドイツやブリュッセルEU高官の非公式発言)で今、2年間の交渉期間はあまりにも短すぎて、交渉が行き詰まった時の混乱が懸念されるという認識が出てきている(注6)。過去のEU(厳密にいうとEC)離脱の唯一の事例は、デンマーク自治領グリーンランドのケースがある(注7)。グリーンランド離脱の場合、交渉対象が漁業権や財政支援など極めて限られていたにもかかわらず、国民投票による離脱決定から正式離脱まで約3年も要した。

英国のEU離脱は、EU条約第50条による初めてのケースである上に、英・EU関係がきわめて複雑であり、影響の度合いも大きいだけに比較しようがない。したがって、ドイツやEUの高官は、2年間という期限は「ミッション・インポッシブル」であり、少なくとも6年間は必要だという認識が広まっているという。また、メルケル首相やオランド大統領などEU首脳たちが、事前の非公式協議に強く反対していることが状況をさらに難しくしているという。EUが英国に対して厳しいメッセージを送ったことは間違っていなかったが、いずれこうした姿勢を変えなければならないだろうと語っている。したがって、非公式協議といえるかどうかはともかくとして、離脱交渉が半年ないしそれ以上たっても始まらないとしても、何らかのプロセスは可能な限り早く開始し、交渉の基本原則について意見調整をしておくべきだとEU側の本音を語っている(注8)。

非公式交渉については何の規定もない。英国とEU側との間で折り合いがつけば、事前の交渉に入れる。おそらくは、10月21、22日に開催される次回の欧州理事会以降に、英EU間の非公式折衝が始まるのではないかと考えられる。

離脱後のシナリオ、想定される4つのタイプ

英国政府はEU離脱後のシナリオとして、図2のような4つのタイプ(ノルウェー・EUタイプ、スイス・EUタイプ、カナダ・EUタイプ、トルコ・EUタイプ)を公表している(注9)。2年間の離脱交渉が不調に終わって、新協定が締結できない場合(デフォルト)、WTO協定によるものである。EUへの完全なアクセスが認められている分野、部分的にしか認められていない分野、完全にアクセスが認められていない分野がそれぞれのタイプの協定ごとに示されている。

① ノルウェー・EUタイプ協定は1994年に発効したEFTA(スイスを除く)とEUとの欧州経済領域協定(EEA)協定である。
② スイス・EUタイプは1973年に発効した二国間の自由貿易協定である。
③ カナダ・EUタイプは、2013年署名された(未発効)加EU包括的経済貿易協定(CETA)である。
④ トルコ・EUタイプは、1995年発効の関税同盟である。

図2 英国のEU離脱後のシナリオ

(資料)UK Government, Alternatives to membership: possible models for the UK outside EU(2016/03/04 )
(出所) 図1のジェトロ・セミナー、資料「英国のEU離脱-EUの視点から-」、24ページ。


最大の争点は、「人の自由な移動」を規制しつつ、「単一市場へのアクセス」を維持したいという英国と、「人の自由移動」は「単一市場へのアクセス」の前提条件であるとするEU側の主張である。英国の要求がこれら4つのモデルのいずれでも充分にカバーできないとすれば、新たなタイプの協定もあり得るのではないか。前述したように、メイ首相は必ずしも既存のEUと非加盟国の関係に倣うとは限らないとの認識を示しているからである(注10)。次回以降の報告で、離脱後のシナリオを取り上げていく。

 

注:参考資料
1) Reuters(2016/07/21)
2)日本経済新聞(2016/07/22)
3)Reuters(2016/07/28)(2016/07/29)
4)読売新聞(2016/07/23)
5)HM Government, The process for withdrawing from the European Union (Cm9216,February2016),ジェトロ・ロンドン事務所「英国のBREXIT問題の経緯と離脱のシナリオ」(2016/06/14)
6)Reuters(2016/07/26)
7) デンマークは英国と同じ1973年にEU(当時のEC)に加盟したが、当時グリーンランドはデンマークの植民地として自動的にEC加盟した。その後、79年1月、自治領として広範な権限を獲得した。82年2月、グリーランドが住民投票で離脱を決定、85年2月に正式離脱した。デンマークが加盟国であるため、グリーンランド自治領はEU法の適用除外となる。
8)Reuters(2016/07/26)
9) HM Government, Alternatives to membership: possible models for the United Kingdom outside the European Union(March 2016)
10)Reuters(2016/07/28)