フラッシュ290
2016年9月12日
 

韓進海運破綻の余波

 
宇佐美 喜昭
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
 

世界10指に入る韓国の韓進海運が8月31日に法定管理(日本の会社更生法に相当)を申請したが、事前に影響を最小化する方策がとられなかったため、世界中で混乱が生じている。韓国の海事当局によると、9月5日までに韓進海運が運航するコンテナ船61隻、バラ積み船18隻が、入港料の現金での支払いを要求され、事実上入港を拒否された。停泊中の船についても差し押さえの対象となったり荷役の現金払いを要求されて運航が停まっている。日本近海でも、名古屋や横浜などへの入港を拒否された韓進海運の複数の船が沖待ちしており、韓国の労働組合からは韓国政府に乗組員の保護を求める要望が出されている。

規定路線だった債権銀行団による法定管理への追い込み

コンテナ貨物の輸送料の目安となるChina Containerized Freight Index(1998年1月1日=1,000とする中国発の米国東海岸、米国西海岸、欧州向けの運賃指数)は、2014年下半期から2016年6月まで下落傾向にあり、いずれも2016年8月時点で1,000を下回っている。特に米国西海岸向けは400前後にある。

長引く海運不況で、韓国の二大海運会社である現代商船と韓進海運は、2016年3月と4月に相次いで債権銀行団の管理下に入った。現代商船の負債額は4兆8,000億ウォン(1ウォン=0.09円)、韓進海運の負債額は6兆6,400億ウォンに膨らんでいた。両社に共通しているのは、創業家出身の会長の死去に伴い、経営経験がない未亡人が会長職を継いだという点があげられる。素人経営が他の海運会社に比べて傷を広げた理由という厳しい指摘もある。

世界を一周する国際航路の維持には莫大な経費がかかる。大手海運会社はアライアンスを組んで船舶を運航し、同じアライアンスが受けた積荷を融通している。現在は4つのアライアンスがあり、現代商船は日本郵船や商船三井と同じG6アライアンスに、韓進海運は川崎汽船と同じCKYHEアライアンスに属す。アライアンスは海運不況などをきっかけに不定期に組み替えられる。2017年には4つのアライアンスを3つに再編する予定で、経営難の2社が加盟できるか憂慮されていた。

表1  10大コンテナ船運航会社とコンテナ輸送能力

注: 2016年9月6日時点。
出所: Alphaliner

 

結局、現代商船はAPモラー・マースクとメディタレニアン・シッピング・カンパニーのメジャー2社が組む2Mアライアンスへの加入が認められ、韓進海運は日系3社が加わるザ・アライアンスへの加盟が内定し、一つの壁を乗り越えた。

結果、現代商船は7月までに債権銀行団から再建条件とされた債務の再編、傭船料の引き下げ、2017年に改変される新海運アライアンスへの参加の3条件を満たし、債権銀行団は企業としての存続を認めた。債権団は特に、現代証券の売却や私財提供など、オーナー家が自己救済努力で必要な流動性を確保したことを評価した。

しかし韓進海運は創業家による追加負担やグループ会社を通じた資金調達をめぐり債権銀行団との交渉が難航した。かつて韓進海運は、ロッテグループ創業者の姪で韓進グループ創業者の三男の未亡人でもある崔恩瑛氏が会長に就任した後、韓進グループから独立したが、崔会長は2014年に創業家に経営再建を託して身を引いた。

その後、韓進グループの主力会社である大韓航空は、韓進海運支援のため1兆ウォンを負担し、負債比率は900%を超えた。大韓航空は、ウォン安によるドル建て航空機リース料のウォン換算での値上がりなどで2015年は赤字を計上しており、オーナーとしては韓進グループの生き残りも考慮せざるを得なくなっている。

債権銀行団は韓進海運に未払いの傭船料が1,000億ウォン以上あることを問題視し、創業家と前オーナー家の私財提供も念頭に翌年の事業継続に必要な1兆2,000億ウォン規模の流動性確保を強く求めた。このため債権銀行団管理になって以降、創業家と債権銀行団との再建に向けた協議は平行線をたどった。

海運を所管する海洋水産部は、韓進海運を存続させる方向で検討していたとされる。しかし韓国メディアは6月時点で、債権銀行団が1兆2,000億ウォンの8割程度を韓進グループが準備すれば存続させる方針とする一方、債権銀行団関係者の話として韓進グループの資産状況からこの金額を調達することは不可能と判断していることに触れ、法定管理の可能性があると報じていた。

8月4日を期限とされた再建策提示期限はいったん延長されたが、韓進グループが提示できた自助努力は5,600億ウォン止まり。8月30日に債権銀行団が全行一致で韓進海運から提出された再建策の却下を決めたため、万事休した。

法定管理の影響を過小視した金融監督委員会と債権銀行団

韓進海運の債権銀行団管理を決めたのは、2016年4月25日に大統領府で開催された経済懸案会議とされる。経済懸案会議は不定期に開催される会合で、韓国メディアはこの会議を、開催される場所にちなみ青瓦台西別館会議と呼んでいる。4月25日の会議では、経済担当副首相兼企画財政部長官、大統領府経済首席秘書官、金融監督委員長、韓国産業銀行の会長などが集まった。

韓国産業銀行は債務返済が不可能になった折は政府が肩代わりすることを法律で定められたソブリン銀行である。これまで、経営が破綻したいくつもの大企業に出資し、経営再建して売却する手法で経済への影響を低減してきた。今回も債権銀行団を実質的に主導している。

この会議後、構造調整が金融監督委員会主導で進められたが、関係省庁などの調整は十分には図られていなかった模様だ。5月末には、国策研究機関の韓国開発研究院の首席エコノミストが現代商船と韓進海運の構造調整に触れ、株主、経営陣、債権団、社員などの利害関係者皆が共感できる原則が提示されておらず、構造調整を総括するコントロールタワーもないとして政府を厳しく批判したが、省みられることはなかった。

結局、金融監督委員会と債権銀行団は、韓進海運向け融資について貸し倒れ引当金を100%積んでいることを確認した上で、韓進海運の再建策を退けた。金融リスクは検証していたものの物流リスクについては軽んじていたようだ。

一方、海洋水産部は法定管理による物流への影響を事前に把握していたにも関わらず、関係業界への警告や予防策はあえて見送った模様だ。韓進海運が法廷管理申請を提出すると報じられた8月31日には、韓国海洋水産開発院、韓国船主協会、海運会社が参加する「非常対応チーム」を発足させる準備を終えていた。また同部の関係者は8月31日までに、船舶の拘留などで2~3ヶ月は物流が混乱するという見通しを地元メディアに伝えていた。

法定管理申請とともに、韓進海運の船は港湾での荷役関連業務と入港料の現金支払いが求められることとなった。またシンガポールでは停泊中の韓進海運の船1隻が債権者から差し押さえられた。

ここにきて、韓国政府もやっと対応を始めた。韓進海運の海外拠点を通じて、43カ国・地域で資産差し押さえを免れる措置を講じるとし、先ず9月2日に、米国の裁判所に連邦破産法第15章に基づく申請をした。また海洋水産部は、立ち往生している韓進海運の乗組員用に食料などを供給すると発表した。

しかしながら、入港拒否や荷揚げ拒否は拡大し、運航している128隻中、9月4日時点で23カ国44カ所の港および港外で68隻が足止めとなり、9月5日には79隻に拡大、中国では2隻が差し押さえられた。韓国政府はCKYHEアライアンスに韓進海運引き受け荷物の代替輸送を依頼するとしたが、CKYHEアライアンスは韓進海運の荷物の代替輸送を拒否し、事実上、韓進海運をアライアンスから弾き出した。9月6日、韓進グループは海外権益を担保提供して1,000億ウォンを調達すると発表したが、傭船料、荷役・運搬費、装備賃借料などの未払い代金は6,500億ウォンとされる。

さらに、8,000以上の荷主が預けている荷物の総額は140億ドルにのぼる。機械部品も含まれており、納品先の被害を含めた輸送遅延による被害額は140億ドルを上回る可能性も想像に難くない。

あわてた債権銀行団は9月6日に韓進グループの自助努力に応じて追加融資を検討する準備があると表明した。一方、政府は釜山、ロングビーチ、シンガポール、ハンブルグの4つの港で韓進海運向けの荷役業務ができるよう、資金貸し付けも含めた検討に入った。

これを受けてか、大阪港への入港を拒絶され紀伊水道沖に投錨していたコンテナ船、韓進アトランタ号は、行き先を釜山港へ変更し抜錨した。

韓国大手企業の業績にも影響か

例年、9月から11月にかけては、クリスマス商戦向け商品の荷動きが活発になる時期で、荷受の各社は事前に船会社のコンテナ輸送枠を大量に予約している。しかし韓国最大の商船会社である韓進海運が運行停止に陥ったことで、韓国から海外への物流は大混乱に陥った。韓国第二位の現代商船が韓進海運の荷物を肩代わりするキャパシティは限定的だ。特に韓国の輸出大手企業は、北米路線での韓進海運への依存度が高かった。現地の報道によると、2015年の北米向け輸出量ベースで、サムスン電子は56%、LGケミカルは54%、ネクセンタイヤは25%、LG電子は23%を、韓進海運を通じて輸出していたとされる。このため、大手の輸出企業は商品の輸送手段で頭を抱えている。

また、輸送コストも嵩む。韓国から北米西海岸向けのコンテナ輸送料は8月31日を境に50%跳ね上がった。9月1日以降も上昇しており、当面は韓進海運の法定管理申請前の2~3倍あたりまで上昇するとみられている。

韓進海運については清算される可能性が高いとされる。釜山港の海運関係業界は、韓進海運が担っていた釜山港での積み替え貨物の半分は海外の港に移ると想定しており、これによる釜山港の売上減少は7~8兆ウォンに及ぶと推定している。

さらに、現代商船の信頼への影響を危惧する声もある。現代証券の売却などで1兆2000億ウォンの資金を確保し債権銀行団が再建策を受け入れたとはいえ、現代商船は2016年上期に4,000億ウォンの赤字を計上した。チャーターしている船舶の傭船料は値下げ交渉で軽減されたものの、まだ割高だ。黒字計上できるのは2018年以降とされている。現代商船を傘下に置く現代峨山グループには優良資産は残っておらず、債権銀行団の追加支援なくしては来年上半期にも流動性不足に陥るとみられている。韓進海運と同じ道を辿ると荷主が考えれば、現代商船との取引は敬遠されることになるだろう。

他方、海外の商船会社や港湾にとって、韓進海運の破綻はチャンスだ。すでに中国、台湾の商船会社は釜山港への配船を増やしたとされる。

釜山港の積み替え荷物を自国の港湾に誘致する競争も始まりそうだ。阪神淡路大震災以降、多くの太平洋航路が日本海にシフトして発展の機会を失い、海外の主要港湾に大きく水を開けられた横浜、名古屋、神戸などの港湾にとっては千載一遇のチャンスだろう。ただしそのためには、港湾の24時間操業や事前通関の拡大など、海外の主要港湾と伍すくらいの利便性の向上が求められる。

表2 主要港湾のコンテナ取扱量 単位: 千TEU

 注1: 出入貨計。
 注2: 空コンテナ、トランジットを含む。
 注3: 1~10位は2014年速報。11位以下は2013年。
 出所:国土交通省。ただし1~10位について原出所はLloyd's List。

 

荷物の搬送責任を負う運送会社

韓国政府は9月4日、「非常対応チーム」を格上げし、9省庁の次官級からなる政府合同対策タスクフォースを発足させた。6日の財政企画部次官の弁によると、韓進海運の船舶に積載されている荷物は、資産保全命令による船舶差し押さえ回避と入港や荷役などに必要な資金の目途がつき次第、釜山、ロサンゼルス、ハンブルグ、シンガポールの4港に集約して荷上げを行う方針にある。ロサンゼルスは、韓進海運の専用ターミナルがあるロングビーチ港を指していると思われる。

運航会社破綻による荷物の損害について、海上火災保険では2009年の改定協会約款で、当該倒産情報を被保険者が知っていたか通常業務において知っているべきであった場合を除き、保険金支払いの対象としている(改定協会約款第4条第6項)。この条項は、保険の特約ではなく、ICC(A)(協会貨物約款)(いわゆるAll Risks)を付保していれば担保される。今回のケースについて海上保険各社は、概ね次のような見解を出している。

(1)保険の対象となる運送契約
韓進海運と直接運送契約している荷物が対象。韓進海運の船舶に搭載されていても、その他の船社(アライアンス他社等)やフォワーダーと契約している荷物は、当該船社、フォワーダーが運送責任を負っているため保険の対象とならない。

(2)保険期間
韓進海運が所有・運航する船舶の差押えや入港拒否等により輸送が滞っている間も保険期間は継続するが、運送契約が指定された仕向地以外で打ち切られた場合はその時点で契約は終了する(ICC(A)第9条)。このような事態下で保険の継続を希望する場合は、保険会社に遅滞なく通知する必要がある。また、被保険者の意向により仕向地を変更する場合は、その旨を遅滞なく保険会社へ通知する必要がある(ICC(A)第10条第1項)。

(3)貨物損害
滞船中の保管の問題で貨物に直接的な損害が発生した場合は保険の対象となるが、遅延での損害は保険の対象外。

(4)継搬費用
韓進海運の航海が打ち切られた場合の継搬費用が補償されるか否かは、状況に応じ個別に検討される。

(5) 損害防止費用
貨物の物的損害を回避または軽減するために被保険者が適切かつ合理的に支出した費用は補償される(ICC(A)第16条)。遅延を回避または軽減するための支出は対象外。

なお、荷物の運送責任は、韓進海運と直接契約した運輸会社にある。先にあげられた4港に荷揚げした後は、次の段取りで本来の目的地に向かうことになると思われる。

まず、CKYHEアライアンスの他社が韓進海運の船舶に預けた荷物は、アライアンスが引き取り目的地へ。フォワーダーが直接韓進海運に預けた荷物は、フォワーダーが別の船社に委託して目的地へ。本来の荷主が直接韓進海運に預けた荷物は、荷主の責任で別の輸送会社に委託する必要がある。そしてこれらの継搬費用は、保険の対象として検討されることになる。

ただし、韓国政府も債権金融団も韓進グループへの追加融資には担保が必要と主張している。韓進グループに全ての荷揚げに必要な資金捻出能力があるかは覚束ないが、韓国政府は、公的資金の投入については、納税者からの批判を恐れ消極的だ。

遅延による損害は保険の対象外であり運送約款でも免責となる。被害を蒙った荷主の矛先は、大規模な物流混乱が予想されたにもかかわらず予防措置を省みなかった債権銀行団や金融監督委員会に向かうことになるかもしれない。

 

参考: