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フラッシュ295 |
2016年10月4日
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英国のEU離脱交渉の行方(その3)-離脱交渉、来年3月末までに開始- |
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田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員 |
メイ首相、交渉時期を初めて公言英国を除くEU27ヵ国首脳が9月16日、スロバキアの首都ブラチスラバで非公式会合(欧州理事会)を開いた。EUの結束をアピールした「ブラチスラバ宣言」を採択した後の記者会見で、トゥスク欧州理事会常任議長(EU大統領)は、会議直前の9月8日に、英国のメイ首相と会談した際、「来年1月か2月には通告の準備が整う可能性がある」と述べたことを明らかにした(注1)。 これまで、メイ首相は「秩序ある離脱を実現するためには国内で方針を明確にする必要があり、年内は離脱通知を行わない」としか明らかにしていなかった。会談の内容がオフレコだったのかどうかわからないが、メイ首相や首相周辺からはトゥスク氏の発言に対して、その後も肯定も否定もしていなかったので、信憑性がかなり高いとみられていた。 なぜ、この時期に離脱通告時期が非公式ではあるが明らかにされたのだろうか。いくつかの見方ができる。一つは、英国側の対EU 戦術というものである。非公式欧州理事会の開催直前の時期をとらえて、27カ国首脳側の反応を探ってみるとの狙いがあったのではないか。英離脱を決めた国民投票から約3カ月を経ても、英政府からは「年内は交渉を行わず」というメッセージだけである。「EUは長期の不安定な状況を望んでいない」と述べて、早期の通告時期を求めたトゥスク氏に対して、今後の交渉の難航が少しでも回避できるよう意思表示したのであろう。結果的には、首脳会議での主要議題にはならず、EU側も手の内を明かすことはなかった。 もう一つは、英国議会や閣内のEU離脱強硬派からの早期通告を求める強い圧力をかわすために、通告時期をある程度はっきりさせて、それまでに政権内の意見対立を収束させて対EU交渉に臨む態勢を構築しておこうという狙いがあったというものである。 以上のような状況の中で、英保守党年次大会でメイ首相は10月2日、EU離脱に向けた交渉を来年3月末までに開始する考えを初めて明らかにした(注2)。メイ首相が交渉開始時期を明言したことで、本年末に向けて、離脱交渉についての英EU双方の駆け引きが激しくなりそうで、事実上水面下での事前の交渉に突入することになろう。EUは9月14日、英国とのEU離脱に向けた準備と協議を担当する専門部門「50条タスクホース」の立ち上げを決定している。また、EU側首席交渉官にフランス出身のバニエル前欧州委員会委員(域内市場・サービス担当)が10月1日に就任した。 ハードブレグジットVSソフトブレグジット、閣内で対立激化「Brexit means Brexit」(離脱を決めたら離脱する)。メイ首相は、不退転の覚悟で交渉に臨む決意をこのように表明したものの、交渉をどのように進めるかについては、閣僚にも手の内をほとんど明らかにしていない。メイ首相のこのキャッチフレーズがどんなふうにも解釈できるとの批判もあるという(注3)。その背景として、ブレグジットを巡る閣内での意見対立が激化していることである。メイ首相を含む23名の閣僚のうち、EU残留派が16名、離脱派が7名というように残留派が大多数を占める一方、EU交渉担当の主要閣僚はいずれもEU離脱強硬派で占められている(表1)。 離脱積極・強硬支持とみられる閣僚を「ハードブレグジット派」、離脱慎重・残留支持とみられる閣僚を「ソフトブレグジット派」と一応便宜的に命名してみたが、メイ首相が今のところ、「ブレグジットはブレグジットであり、離脱を成功裏に行う必要がある。つまり、国民投票のやり直しはなく、EUに裏口からとどまる可能性もない。ブレグジットを実行する」と、閣議で発言している(注4)。 英首相別邸「チェッカーズ」でブレグジットを巡る長い閣議が行われた際にも、戦略的な目標についての本質的な意見の収斂がなかったとみられる。先送りされた課題として、1)リスボン条約第50条を発動して正式な交渉を始めるのはいつにすべきか、2)単一市場へのアクセス維持とEU市民の移動に関する英国の権限回復との均衡点をどこに見出すべきか、3)EU関税同盟を離脱して英仏海峡間の貿易のつながりをバッサリ断ち切るべきか、という3点が含まれるという(注5)。 ハードブレグジット派は、慎重なメイ首相に露骨な圧力をかける動きに出てきている。このほど超党派団体「英国を変える(change UK)」グループを立ち上げ、英国のEUからの完全な離脱に向けたキャンペーンに着手した。ジョンソン外相もこの団体への参加を表明しているという。 メイ首相は離脱を正式にEU側に通告する前に、EUとの交渉戦略を政権内でまとめる方針であるが、EU残留派と離脱派の対立の溝は埋まっていないところから、交渉戦略がまとまる目途が立っていない現状である。
表1 離脱問題を巡り対立するメイ内閣
(出所)筆者の作成したもの。
ブラチスラバ宣言、EU結束のための行程表英国のEU離脱の影響について様々な見方や意見がメディアなどで報道されている。常に異議申し立てによってEU統合の前進を阻んできた英国がEUから抜け出すことで、EUの結束が一段とやり易くなり、更なる統合が実現できるという意見もあれば(注6)、英EU離脱によって、EUが崩壊の瀬戸際に追い込まれるとの厳しい見方まで出ている(注7)。 さて、9月のブラチスラバ非公式EU首脳会合の主要議題は、英離脱後のEU統合の将来像を内外に発信することであった。ブラチスラバ宣言は「EUは平和と民主主義を保証するだけでなく、EU市民の安全を保証するためにも必要だ」と指摘して、今後数か月間のうちに「EU市民が信頼し、支持することができるような魅力的なEU像を提供する」と約束した。宣言と同時に発表された信頼回復に向けた行程表では、①「域外国境の完全管理の回復」②「域内安全の確保とテロとの戦い」③「対外安全保障や防衛におけるEU協力の強化」④「単一市場の促進と若者へのより良い機会の提供」の4つの政策項目を掲げた(注8)。 「第三の道」「揺れる大欧州」などの著書で知られる英国の経済学者アンソニー・ギデンズ教授は、欧州委員会などが作成した将来計画や戦略、行程表などを「紙のヨーロッパ」と呼んでいる。多くはそのまま、すなわち、効果的な実行手段がないゆえに実現できず、夢のまま終わっていて、EUの信頼を揺るがしていると、厳しい評価をしている(注9)。 ブラチスラバ行程表は、来年2月のマルタ非公式首脳会合、3月のローマ欧州理事会の議論を踏まえて合意される予定であるが、ギデンズ教授の指摘が杞憂に終わってほしいものである。日本政府、英離脱の懸念を伝える日本政府が9月2日、英国のEU離脱についての日本企業の懸念と英EU当局に対応を求める要望書を公表した(表2)(注10)。「EU離脱で英国に本社機能がある日本企業がその機能を大陸大州に移転する可能性を示唆する要望書に対して、英国ではBBC,フィナンシャル・タイムズなどの主要なメディアが「日本からの警告」として大きく報じている(注11)。フィナンシャル・タイムズは社説で「日本政府は英国で事業を営む日本企業の懸念を詳細に示して警告を発したが、こうした安心感を与えることがメイ政権にとっていかに難しいかを示している。日本の要望書には、企業が英国の離脱に関して抱く懸念や、投資への信頼を与えるために閣僚らが回答すべき質問が明確に示されている。日本が提起した問題は、外国投資家と同じくらい英国企業にとっても喫緊の課題であり、解決する必要がある。日本の覚書のおかげで、この先に待ちうける課題の大きさと複雑さが明確になった」と論じている(注12)。
表2 英国・EUへの要望事項
(出所) 首相官邸ウェブサイトから作成。
要望書公表後、日英首脳は少なくとも、9月5日の中国・杭州G20サミットの際、9月20日のニューヨーク国連総会の際と2回会っている。その際、安倍首相はメイ首相に、日本政府の英国のEU離脱に対する基本的立場と英国での事業継続のため日本企業へのできるだけの配慮をするよう伝え、メイ首相からは、日英関係の更なる発展とのため緊密に連係していくことや日本企業が事業継続できるよう取り組んでいく旨の発言があった(注13)。今後、英EU間の離脱交渉が動き出した時点で、英国側から日本に対してどのような働きかけがあるのか注目していきたい。
注:参考資料
1)朝日新聞(2016/09/17)、Reuters(2016/09/16),日本経済新聞(2016/09/17)
2)Reuters(2016/10/02)
3)Reuters(2016/09/16)
4)Reuters(2016/08/31)
5)Financial Times(2016/09/09)
6)ユンケル欧州委員会委員長やオランド仏大統領などは、英離脱を統合の求心力回復の好機ととらえているようである。
7)エマニュエル・トッド「問題は英国ではない、EUなのだ-21世紀の新・国家論」(文藝春秋社、2016年)61-74ページ
8)European Council, The Bratislava Declaration & The Bratislava Roadmap(16September2016)、Remarks by President Donald Tusk after the Bratislava summit(Statement and remarks,518/16,16/09/2016)
9)アンソニー・ギデンズ「揺れる大欧州-未来への変革の時」(岩波書店、2015年)7ページ。
10)首相官邸ウェッブサイト「英国及びEUへの日本のメッセージ」(2016/09/02)
11)朝日新聞(2016/09/06)
12)日本経済新聞( 2016/09/06)
13)外務省ウェブサイト「日英首脳会談」(2016/09/20)。「日英首脳立ち話」(2016/09/05)
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