フラッシュ304
2016年11月22日
 

「米国第一主義は、自滅的な保護主義にはならない」
~トランプ新政権の経済政策を読む~

 
木村 誠
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
 

米国のシンクタンク「ユーラシア・グループ」(代表イアン・ブレマー)が年初に発表した「2016年のトップ・リスク」によると、今回の米国の大統領選挙は10大トップ・リスクにすら入っていなかった。「レッド・へリング」(リスクもどき)のひとつとして挙げただけだ。それによると、「トランプが仮に共和党の指名候補になったとしても、ヒラリー・クリントンには勝てない。たとえ何かの間違いで彼がクリントンを破ったとしても(宝くじにあたるくらいの確率だが)、荒唐無稽な公約(イスラム教徒の入国禁止、国境に壁を建設、数兆ドルの税制改革)を議会や裁判所に受け入れさせるほどの意思も能力も彼にはないだろう」と突き放していた。トランプが仮に大統領に選出された場合のブラックスワン効果こそが最大のリスクではあるものの、その可能性は極めて低いとみられていた。

ところが、BREXITに次いでトランプが大統領選挙で勝利し、世界経済にとって米国が最大のリスクになってきた。トランプ新政権の経済政策と米通商政策の今後について木村誠ITI客員研究員に聞いた。(聞き手 大木博巳ITI事務局長)

Q.大方の予想を覆して共和党のドナルド・トランプ候補が米大統領選挙で勝利しました。同時に議会選挙では共和党が引き続き多数を確保しました。米国で何か地殻変動でも起きているのでしょうか?

「プア・ホワイトの怒り」

‐トランプ大統領選出を理解するためのキーワードは3つ。先ず「プア・ホワイトの怒り」。米国民の3 人に 1 人が貧困、あるいは貧困予備軍に入る。また上位 1%の富裕層が全金融資産の実に 42%を保有する「究極の格差社会」だ。ミドルクラスとして安泰な生活を送ってきた人々が、ふと気が付けば貧困層へと没落している。 彼ら「 プア・ホワイト」の怒りの矛先は、グローバル企業、新興国からの輸入急増、流入する移民などに向かいやすい。そこに登場したのがトランプだ。

「反知性主義」

2つ目は「反知性主義」。マッカーシー旋風が吹き荒れた 1952 年。この年行われた大統領選挙は、「知性」と「俗物」が対立する構図の中で戦われた。その結果、政治家としての知性、キャリア、家柄のどれをとっても遜色ない民主党のアドレー・スティーブンソン候補が、知性派でもなく政治家でもないことをアピールして大衆の支持を得た共和党のドワイト・D・アイゼンハワー候補に完敗し、20 年間続いた民主党政権が終了した。当時の大統領選挙は、米国における“反知性主義の勝利”として米国の政治史に刻まれている。人々が共感したのは、エリートやエスタブリッシュメントによる緻密かつ冷静な論理構築でなく、体感や直感で物事を判断し、力強く主張・行動していくという泥臭い大衆的な発想だ。奇しくもトランプは尊敬する政治家としてアイゼンハワーをあげている。「知性」と「俗物」の対立構造にあって、知性派エリートの敗北はすでに1950年代に実証済みだ。

「米国第一主義」

3つ目は「米国第一主義」。 国力が低下し国内に様々な問題を抱える米国は、自国の社会や経済の再建を最優先すべきである、との考えが台頭している。“Make America Great Again”キャンペーンは、英国民の“Great Britain”意識の高揚と近似している。英国は 今年、EU 離脱を選択した。決め手は難民問題と EU 官僚主義への反発で、「ブリテン・ファースト」を掲げる。大西洋を挟む米英両国は、共に自国第一主義、内向き志向へと向かっている。

Q.トランプが当選した場合、アナリストの間では株安、円高を見込んでいましたが、予想に反して、米株価は高騰、円安が進んでいます。「経済成長を加速させ、最強の経済をつくる」と宣言したトランプ新政権の経済政策に対する期待度が高まっているのでしょうか。

‐第一に、4年に一度行われる大統領選挙と米国の景気の動きには一定のパターンが見られることを理解していただきたい。S&P500を対象とするオプション取引の値動きを元に算出されるボラティリティ指数(VIX)は、各党予備選挙を経て、民主、共和両党の大統領候補が党大会で決定される7月頃まで、徐々に低下していく。しかし大統領選挙が行われる11月まで、先行き不透明感から反転上昇し、その後大統領が決まり経済政策の方向が明らかになるにつれて、VIX指数は低下していく。トランプ大統領登場に対する市場の最初の反応は、まさにこのパターンだ。

第二は、トランプは選挙期間中に米国の大統領に就任すれば、数兆ドル規模の減税、インフラや国防関連の歳出増額を主張していた。加えて2010年に成立した米金融規制改革法(ドッド・フランク法)はほぼ全て廃止するという。市場はこれを歓迎している。

Q.大型減税や財政出動による景気刺激策を市場は好感しているものの、財政悪化やインフレ懸念も拭えません。トランプの経済政策で明らかになっている点は何でしょうか?

‐大統領選を通じて明らかになっているトランプの経済財政政策は、大幅な減税と税制の簡素化である。先ず個人所得税率を現行の7段階から12%、25%、33%の3段階へと簡素化する。このうち最高税率(33%)は11万2,500ドル以上の単身者と22万5,000ドル以上の夫婦合算に適用する。この結果、トランプの政策では税制の累進性は弱まり、富裕層ほど有利となる。さらにAMT税制の廃止、法人税率の35%から15%への引き下げなどを打ち出している。法人税率の引き下げは、企業の海外移転により国内の雇用が奪われることを防ぐためで、レーガン時代の政策成果を標榜したものだ。しかし、米国企業の実効税率は15%に近く、その効果は疑問だ。連邦相続税についても廃止を主張しているが、これも富裕層には有利だ。

Q.財政赤字が懸念されますが?

‐こうした税制改革案により、現行の税制に比べて向こう10年間で連邦政府の税収がどの程度減収となるかについて、「責任ある連邦財政のための委員会」(CFRB)が今年9月に試算を発表した。それによると、米国の債務残高は2026年までに、対GDP比で105.0%まで上昇する見通しだ。

減税策のほかに財政赤字の拡大が懸念されるもうひとつの要因が、インフラ投資である。11月9日の大統領選勝利演説のなかで、トランプは「治安の悪い中心市街地を立て直し、高速道路、トンネル、空港、学校、病院を再建する。インフラをどこよりも優れたものに立て直す」と表明している。トランプは選挙期間中、クリントンのインフラ投資計画の2倍の資金、すなわち5,000億ドル以上の支出を行うと明らかにしている。

Q. 12月のFOMCで、金利引き上げが予想されています。FOMCは金利引き上げを行えますか?

‐FOMCは9月の利上げを見送った。市場が年内1回の金利引き上げを確実視するなかで、金融政策が立ち往生している。イエレン議長は、労働参加率が上昇し、雇用者数が増加する余地が出てきたものの、労働需給の過熱には程遠く、依然として労働市場のスラック(緩み)が解消していないとみており、これを理由に金利引き上げを先送りしてきた。利上げに踏み切るためには「より明確なエビデンスが必要」と判断している。

現時点では、大統領選後の12月、すなわちオバマ政権末期に、経済情勢が変化していなければ、金利が引き上げられるとの見方が依然有力だ。他方トランプ候補はイエレン議長の更迭を明言している。米国では本来中立であるべき中央銀行が、時の政権、政局に影響を受けることもある。

米国経済の長期的な成長力の低下を懸念

むしろFOMCメンバーは米国経済の長期的な成長力の低下を懸念し始めている。2008年の金融危機後の景気回復から8年目に入り、景気循環がピークアウトしてきたのではとの見方が内外で広がっている。米国をはじめとする先進国を中心に潜在成長率は低下しており、景気後退が視野に入りかけているという。米国の名目成長率は1980年頃の9%強がピークで、それ以降は一貫して低下している。

クリントン政権で財務長官を務めたローレンス・サマーズは、これを過剰貯蓄(需要不足)による長期停滞と指摘している。その要因として挙げられているのは、高齢化による労働生産性の低下、経済のサービス化、イノベーションの減速である。賃金や物価の上昇を鈍化させるデフレギャップの存在によって、米国が潜在力を大幅に下回った長期停滞期に入った可能性が高いとサマーズは見ている。

Q. トランプは選挙期間中を通じて「米国第一主義」「アメリカを再び偉大にする」といったワンフレーズのキャンペーンのほかには、具体的な政策を殆ど打ち出していませんでした。米国は貿易保護主義を強めてゆくのでしょうか。

‐先ず、選挙前の「公約」が大統領就任後も必ず守られるのかは、別問題である。2008年、民主党の大統領予備選期間中、オバマ氏は労働や環境に関する基準を強化するため、カナダおよびメキシコと北米自由貿易協定(NAFTA)に関する再交渉を目指すとし、両国が交渉に応じない場合は6か月 以内のNAFTA離脱もありうると述べた。NAFTA発足で米国企業は賃金水準が安く、また労働、環境規制が緩いメキシコに流出し、米国内の雇用機会を低下させると同時に、メキシコの環境を悪化させているとい主張していた。しかし、オバマは大統領就任後、2008年9月に発生した「100年に一度の金融危機」収束を最優先するため、NAFTA見直しの公約を反故にしている。

同じく上院議員時代にオバマは「韓国は数十万台の自動車を米国に輸出しているのに対して、米国が韓国に輸出する自動車は5,000台にも満たない」と批判、当時のブッシュ大統領に「米韓自由貿易協定(FTA)は大きな欠陥のある協定」であるとして、批准同意案を議会に提出しないよう訴えていた。

トランプの目標は「米国第一主義」。関税・非関税障壁が貿易の利益を損じるのは自明だ。共和党は伝統的に自由貿易主義を標榜している政党。米国の利益を最優先するのであれば、自滅的な保護主義はとらないはずだ。そしてトランプとえども与党共和党の協力がないと円満な政策運営ができない。とりわけ、共和党は上下両院で多数を確保したとはいえ、議席数は減らしている。議会のチェック&バランス機能は一段と働いて行くはずである。

なお詳細については、木村誠「トランプ新政権発足後の米国経済のリスク」(『ITI季刊国際貿易と投資106号』近刊)を参照ください。