フラッシュ309
2016年12月8日
 

トランプ衝撃に揺れる欧州-ポピュリズムの潮流が逆流

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

勢いづくポピュリスト勢力、戸惑う欧州の為政者

「米国ファースト(アメリカニズム)」を唱えるドナルド・トランプ氏勝利の衝撃的なニュースは、欧州を大きく揺らすことになった。ロイター電は「欧州襲うポピュリズムの大波-トランプ勝利と英離脱で」と大きく報じた(注1)。

「選挙に勝つために何でもする」といって憚らずに、ポピュリズム(大衆迎合主義)を武器に有権者の心をつかんだトランプ氏の勝利に勢いづいたのは、欧州各国の極右、極左を問わずポピュリスト勢力であった。トランプ勝利にいち早く祝意を表明したのは、フランスの極右政党・国民戦線(FN)マリーヌ・ル・ペン党首である。ル・ペン女史は、来年4月(第1回目)、5月(第2回目)に行われる大統領選挙の有力候補である。「今日は米国、明日はフランスだ」と勢いづく(注2)。

来年3月に総選挙を控えるオランダの極右政党・自由党(PVV)ヘルト・ウィルダース党首や11月に総選挙を控えるドイツでも、難民受け入れに反対する新興右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)のフラウケ・ペトリ共同党首は「トランプ氏は変革をいとわない」と勝利を祝した。また、イタリアのEU懐疑派の新興政党「五つ星運動」の創設者、ベッペ・グリッロ氏は、「米国で起きたことと我々の運動は似ている」とトランプ氏勝利を追い風になるとの認識をにじませた。

これとは対照的に、欧州各国の政府首脳は一応に戸惑いを隠さない。EUのドナルド・トゥスク欧州理事会常任議長(EU大統領)、ジャン=クロード・ユンケル欧州委員会委員長は、トランプ氏宛の書簡で「自由・人権・市場経済への信頼といった共通の価値が定着したEUと米国が緊密に協力することによってのみ、過激派組織『イスラム国』(IS)やウクライナの主権への脅威、気候変動や移民・難民など前代未聞の課題に取り組める」と強調した(注3)。また、ユンケル委員長は、トランプ氏が欧州に関心が低いことに不安を漏らし、「国際関係をひっくり返すリスクがある」との懸念を示した(注4)。フランスのフランソワ・オランド大統領は「不確実な時代の幕開けである」と語ったが、おそらく、欧州の首脳たちの心境を最大公約数的に吐露したものと言えよう。ドイツのヴォルフガング・ショイブレ財務相は「ポピュリズムは、米国だけでなく西側の至る所で憂慮すべき事態になった」と警戒感を一段と強める。

欧州は政治の季節、伊国民投票は「否」

欧州は今秋からほぼ1年、「政治の季節」に入った。独仏伊などEU主要国の総選挙の行方を決めるキーワードは、「反既成政治」である。

トランプ氏勝利が欧州の政治動向、特に欧州でのポピュリズム勢力の伸長に影響するかどうか注目されたオーストリア大統領選挙とイタリア憲法改正の是非を問う国民投票は、12月4に行われた。

まず、オーストリア選挙は難民・移民排斥を訴える極右・自由党のノルベルト・ホーファー国民議会第3議長と、寛容な難民・移民政策を掲げる左派・緑の党出身のアレクサンダー・ファン・デア・ベレン元党首の一騎打ちとなった。もし、ホーファー候補が勝てば、EU初となる極右出身の国家元首が誕生するという意味で非常に注目されていた。暫定開票集計によると、ファン・デア・ベレン候補の得票率は51.7%に対して、ホーファー候補の得票率は48.3%と、3.4ポイントの僅差でファン・デア・ベレン候補が勝利した。社会民主党、国民党など政権政党が党派を超えて、反極右で結束し、ホーファー候補の勝利を阻んだ。

安堵感がドイツ、フランスなど周辺国に広がっているものの、有権者の半分近くがホーファー氏を支持したことから、ポピュリズムが決して抑え込まれたわけではない。自由党の支持基盤は確実に強化された。ホーファー氏は2018年秋の総選挙で第1党を目指して雪辱を期す構えを隠さない。

一方、イタリア上院改革の憲法改正案の国民投票に自身の信任をかけていたマッテオ・レンツィ首相は12月5日、反対59.11%、賛成40.89%との内務省の開票結果を受けて、辞意を表明した。改正反対にまわった新興政党「五つ星運動」や右翼政党「北部同盟」 などのポピュリスト勢力はいずれも反EU・反ユーロを掲げ、レンツイ辞任で勢いを増しており、ユーロ離脱の是非を国民投票で問うことや2018年3月頃予定の総選挙の早期の繰り上げ実施を強く求めている。

さらに、イタリア発の金融危機が再燃する恐れがある。レンツィ首相が進めてきた選挙制度改正などの政治改革や途半ばの構造改革が頓挫し、その影響が巨額の負債を抱えるイタリア第3位のモンテ・パスキ銀行に象徴される金融機関の不良債権問題(不良債権額は3,600億ユーロ)に飛び火しかねないためである。ユーロ圏第3の経済大国のイタリアの混迷が欧州全体の金融システム不安に波及する懸念は拭えない。いずれにしても、今後、イタリア政局は不透明感が一段と増して、経済改革が後退し、成長が弱まる確率が高まった。

予断を許さぬ仏大統領選挙、独議会選挙

今後の欧州政治で最大の関心事の一つは、来年4月23日に行われるフランスの大統領選挙の動向である。去る12月1日、社会党出身のオランド大統領は、出馬断念することを表明した。現職大統領が再出馬を断念するのは、1958年発足の現在の第五共和制下では初めてのことである(注5)。支持率が10%台と低迷する自らが退くことで社会党など左派の団結を促したが、左派の劣勢を立て直せるかどうか疑わしい。

直近の世論調査の支持率では、最大野党の中道右派共和党(LP)のフランソワ・フィヨン氏31%、極右FNのル・ペン氏24%と上位を占めている。おそらく、社会党選出候補は、決選投票に残れず、フィヨン氏とル・ペン氏の対決に進むとの見方が強い。

2002年の大統領選挙のように、極右候補の勝利を阻むために、中道右派のフィヨン氏が、左派リベラルの支持層をどれだけ取り込めるかである(注6)。直近の世論調査では、フィヨン氏が勝利すると予想されているが、英EU離脱の国民投票や米大統領選挙の欧米メディアの世論調査の予測は、ことごとく外れてしまったことは周知のとおりである。フィヨン氏が党派を超えた幅広い支持を集められない限り、勢いづくル・ペン氏が決選投票で勝利する可能性も排除できない。極右の大統領の誕生は、フランスのみならず欧州、延いては世界を不安定化させ、EU分裂の危機を現実化させよう。

トランプ氏が「米国ファースト」と内向き志向を強め、英国のメイ首相がEU離脱へ向かい、フランスがル・ペン氏の極右思考に傾き始め、イタリアが改革の旗手を自認していたレンツィ首相が辞任するなか、欧州の秩序を保つ責任はドイツに重く圧し掛かる。自身の4期目の出馬については、長い間、沈黙を守っていたメルケル首相は11月20日、来年秋の連邦議会選挙に首相候補として出馬して4期目を目指すことを明らかにした。メルケル氏は2005年に首相に就任、すでに、3期目に入っている。もし、4期目の2021年まで在職すれば、キリスト教民主同盟(CDU)のヘルムート・コール元首相を抜いて最長在任記録を更新することになる。

しかしながら、2015年9月、シリアなどからの難民の受け入れを歓迎すると表明し、欧州の難民問題を深刻化させたとして、ドイツ国内のみならず、他のEU諸国から強い批判を浴びた。トランプ氏も大領領選挙期間中に対立候補のヒラリー・クリントン氏を「米国のメルケル」と呼び、数十万人の難民を受け入れたメルケル首相の決断を「正気ではない」と断じた(注7)。

自身が党首を務めるCDUは、難民の受け入れに反対する右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)にバーデン・ヴュルテンブルグ、ラインラント・プファルツ、ザクセン・アンハルトなどの州議会選挙で敗れるなど地方選挙で苦戦し、4期目を目指すかどうか注目されていた。昨年1年間で中東・アフリカなどから100万人を超える難民がドイツに殺到し、寛容な難民政策を掲げるメルケル氏に批判が集まり、同氏の支持率は、一時的に首相在任中最低の42%台に急落した。

それだけに、AfDなどポピュリズムが急速に勢力を増しているなか、メルケル氏は「来秋の選挙は、1990年のドイツ統一後以降で、最も厳しいものになる」と語っている。今のところ、CDUは姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)の支持率を合わせると、約30%を超えており、第1党の勢いを維持しているので、保守系与党が優勢のまま選挙戦に突入するとの見方が強い。しかしながら、欧州で最も経験豊かな指導者といえどもメルケル氏の再選は盤石ではない。

「米国ファースト」を唱えるドナルド・トランプ次期大統領は、超大国米国の政治外交や対外経済などの政策でも革命的な変化をもたらす可能性がある。それゆえに、トランプ衝撃は欧州の政治経済社会にとって新たな不安要素となりつつある。

欧州の主な政治日程

2016年12月4日

オーストリア大統領選挙で極右の自由党候補が敗北

12月4日

イタリア国民投票を否決。首相が辞任を表明

2017年3月15日

オランダ総選挙(極右の自由党の支持率アップか)

4月23日
5月7日

フランス大統領選挙第1回投票(極右の国民戦線候補が決選投票へ進出か)
第2回決選投票

6月

フランス国民議会選挙(社会党政権が敗北か)

9~10月

ドイツ連邦議会選挙(極右政党「ドイツのための選択肢」が躍進か)

2018年3月

イタリア国民議会選挙(「五つ星運動」が躍進か)

(出所)筆者の作成による。

 

注・参考資料:
1)Reuters(2016/11/13)
2)Ibid.
3)Letter from President Tusk and Juncker to congratulate Donald Trump on his election as the next President of the United States(European Council The President ,Statements and remarks 643/16,09/11/2016)
4)日本経済新聞(電子版)(2016/11/12)
5)唯一の例外は、1969年6月の第2代大統領に選出されたジョルジュ・ポンピドゥー氏の病死による任期(1976年)途中の退任である。1974年5月、ヴァレリー・ジスカール・デスタン氏が第3代大統領に選出された。
6)2002年の大統領選挙第1回投票で、社会党候補のリオネル・ジョスパン首相が予想外の敗退という番狂わせがあり、中道右派候補のジャック・シラク現職大統領と極右政党国民戦線(FN)候補のジャン=マリ・ル・ペン党首(マリーヌ・ ル・ペン氏の父)との決選投票となった。極右の台頭を恐れた左派リベラル支持層もシラク候補に投票し、82.21%という高い得票率で、再選を果たした。
7)Reuters(2016/11/15)