フラッシュ325
2017年3月10日
 

踊り場のメコン経済…現状と展望(10)
ベトナムの裾野産業の現状と課題及び提言
~グローバル・サプライチェーンから外れないためには~

 
ナム・ポン・トゥアン
ベトナム国家大学ハノイ校 経済ビジネス大学 経営学部 准教授

グェン・トゥー・フオン
ベトナム国家大学ハノイ校 ハノイ・スクールオブビジネス 講師

 

近年のベトナムの裾野産業の発展は市場の需要に追いついておらず、ベトナムの工業化と近代化のプロセスの根幹と位置付けられながらも、多くの裾野産業の製品を輸入に頼っている。2015年の商工省の統計によれば、ベトナムの裾野産業製品の輸入額は年間1,000億ドル を超える額に達した。この数字がベトナムの裾野産業の実態の一部を表している。

工業政策戦略研究所の2013年のレポートでは、自国の部品や付属品の供給率は、タイが60%、中国が50%であるのに対し、ベトナムは27.8%に過ぎない。

-自動車産業では、2010年から2020年にかけて、国内製品の供給割合を60%にする目標を掲げているが、2013年の時点でわずか7~8%となっている。

-繊維産業の自国供給割合を、2015年に60%、2020年に70%にする目標に対し、2013年時点では、依然として木綿の 99%、繊維の60%を輸入している。

-機械産業は2020年には75%の現地化が期待されているが、現状ではベトナムの機械技術は全体的に単純な水準に止まっている。

-エレクトロニクス産業の現地化率は20%近くに達しているとしているが、実際にはベトナムにはエレクトロニクス産業はなく、単に電気製品組み立て産業があるのみである。

ベトナムの裾野産業の現状と課題についてナム・ポン・トゥアン・ベトナム国家大学 経済ビジネス大学 経営学部准教授 、グェン・トゥー・フオン・ベトナム国家大学 ハノイ・スクールオブビジネス講師に聞いた。(聞き手はITI事務局長・研究主幹 大木博巳)

なお詳細レポート(英文)はITI研究調査シリーズとして掲載いたします。(本調査は公益財団法人JKAの補助を受けて実施しました。)

ベトナムではエンジニアの人材不足に悩んでいます。

‐南部のホーチミン市やビンズオン省、ドンナイ省やその他近隣の既存の工業団地や輸出加工区では、高額の給与で多くの求人を出しても、製造業で機械や旋盤、フライス盤などを操作する技術を持ったエンジニアは常に不足している状態だ。北部ベトナムでは、ハノイ、バクニン省、タイグエンなどの工業地域にある機械エンジニアリング会社も、従業員を大量にリクルートする必要がある。Job recruitment 24hや、Quick Job Search、Careerlinkなどの求人サイトをみると、機械関連は採用ニーズが最も高い業種の一つになっている。企業規模を問わず、希少性の高い技術者のニーズは大きい。

特に機械産業では深刻ということですが

‐ハノイ、ビンズオンなどの大規模工業団地の多くでは、高い給与や報酬を出しても、CNC機械や、旋盤、フライス盤を操作できる技能者が集まらず、深刻な状態だ。アパレル産業、化学、機械などを中心とした2,000を超える工業団地のなかで、機械エンジニアリング産業は最も人手の不足しているセクターである。統計では、この産業は今後10年以上成長を続け、労働力不足も深刻な状態が続くとされている。

ホーチミン市労働市場情報人材需要予測センター(Falmi)によれば、2015年から2020年の間の人材需要のランキングは、機械産業が1位で、労働需要全体の28%を占める。そのうち、職業訓練学校を卒業した人員の需要が最も多く、50%を占め、次いで大卒が30%、未熟練労働者が20%となっている。しかしながら、供給は需要の6割を満たすに過ぎない。2020年までに、大量の労働力を必要とするセクターは4つあるが、精密機械エンジニアリング・オートメーションが年間8,000人以上、電子・IT業界が年間16,200人、食品加工業が年間10,800人、化学・医薬品・化粧品が10,800人となっている。精密機械の分野では、従業員が積極的に知識を身に付けることが要求され、高いスキルを持った労働力のニーズが高まっている。

ニーズが高まっているのに対して高度人材の供給が足りない理由はどこにありますか

‐機械産業の企業は、特に高いスキルをもった技術者などの人材不足に悩んでいるが、学生や親たちは、この業界にほとんど関心がない。

さらに、ベトナムで機械関連の人材は著しく不足しているにもかかわらず、学生は国内のエンジニアリング企業で働くよりも、海外で働くことを望んでいる。韓国では、多くの企業が機械技術者やエンジニアを月給3千万ベトナムドンと魅力的な給与で採用している。またイギリスの機械エンジニアの平均年収は40,000ポンド、アメリカでは67,000ドルだ。そのため、国内のエンジニア企業はますます労働力不足となっている。

エンジニア教育にも課題があるようですが

‐機械エンジニアリングの分野の教育をする大学は約80(2009年12月時点)ある。ベトナム政府の機械エンジニアリング産業の開発戦略では、機械産業のトレーニング施設の拡充を最優先投資項目と明示しており、高官や優秀な労働者が海外で訓練やインターンの実習を受けるプログラムの予算が組まれ、承認された。しかし、ベトナムの一般的な教育システムは理論重視で実践が欠けていて、習得された知識はビジネスが求めるものと開きがある。その上、教育施設は古く、不足している。

エンジニア人材不足は、中長期的にみて裾野産業の発展を阻害する要因ですが、ベトナムのすそ野産業の現状をどう見ますか?

‐2016年の科学技術省の調査では機械産業の供給能力は、国内需要の3割程度しか賄えていない。靴用の皮や衣料用の布地は10%を超える程度だ。

ベトナムの裾野産業は、東南アジア地域では2~3世代遅れている。長期の使用で陳腐化した装置、低い精度、スペアパーツの不足、メンテナンス不良、代替投資やイノベーション、アップグレードへの資金不足など、数多くの「弱点」を抱えている。

ベトナムの機械産業では、高品質で耐久性の強い、高精度の鋳造実績はない。機械製品の熱処理による接合と表面処理加工の品質は低く、最終製品の品質を低下させている。現在の機械産業には、先進的な熱処理施設がない。ベトナムはまだ萌芽期にあるので致し方ない面もあるが、エンジニアリングで非常に大切な工程でも、いまだに品質の低い、砂型鋳物の技術が使用されている。

ベトナムの裾野産業を支えている外資系企業の役割も大きい

‐ベトナムの国有企業で機械産業のA社を紹介したい。この企業は1960年代に設立され、現在も国有企業の地位にある。この企業で使用される主たる技術は、ハイスペックの機具を使った鋳造、鍛冶、加熱と機械的な流れ作業だ。現在、この企業には1,000人以上の従業員が働いている。シリンダー、ピストン 、ギア、シャフトなどを生産し、裾野産業市場への製品だけでなく、ギアボックスやある種の農業機械など、独自の最終製品も生産している。しかし同社の総売り上げの80%はオートバイ向けの製品であり、主な顧客はホンダで、他の日本のオートバイメーカーとも下請け契約をしている。海外からの顧客の注文も受け初め、輸出の割合を増やしつつある。

2000年以降のA社の成長は、ベトナムに投資した外資系企業、特にホンダの成長と重なる。まだ同社が小規模な工場だった1998年以前は、良質の技術力を持った労働力を抱えながらも、生産性は低いものだった。その主な理由は経営管理で、特に生産管理が非効率だった。

1990年代後半に日本企業、特にホンダと下請け契約を締結以降、A社は大きな改善をみせた。ホンダとの下請け契約のなかには、技術移転や生産管理の協力体制なども含まれている。同社は日本メーカーのモデルに倣って徐々に体制を整え、独自の生産システムを構築していった。技術はホンダから派遣された技術者によって伝えられた。下請け契約の初期段階では、派遣期間は2~3ヵ月だったが、同社が独自の技術を身に付けるにしたがって、派遣期間は数日に減っていった。顧客の要求水準をクリアできるようになった2002年以降、同社は急激に生産能力を拡大させ、2006年以降は海外市場に目を向けている。

裾野産業底上げには外資系企業からの協力が欠かせません。

‐A社の成長モデルは、発展途上国の企業の典型的なケースである。外資系企業と下請け契約を結ぶことにより、これらの企業は技術能力を高め、国際的に成長していく。このプロセスでは、まず生産技術を向上させ、製品を改良し、その後新製品のデザインや開発という段階を踏む。ベトナムでは、特に地場の市場を相手にしてきた多くの部品サプライヤーが、このようなモデルで成長をとげた。

裾野産業に大きな需要が見込まれる、繊維、機械、エレクトロニクス、組み立て工場などに外国投資を呼びこみ、ベトナムの裾野産業を国の主要な産業に育成することが有効な政策と考える。しかし、裾野産業のメーカー数社へのアンケートを行った結果を見ると、アンケート回答企業の大半は中小企業で、資金力も弱いため、生産を確保するには設備も不十分で、その結果生産性も低く、納期に間に合わないと回答していた。さらに、ベトナム企業の供給能力、マネジメント、技術力は非常に限られていて、外資系企業との協力関係構築のための要件を満たしていない企業が多数を占めるのではないか。

裾野産業の競争力が弱体化するとグローバル・サプライチェーンから外れる懸念があります。

‐消費者団体「消費者の統一と信頼のある社会(CUTS)」のベトナム事務所が実施したアンケート調査では、サムスン・ベトナムのサプライチェーンに入っている68社のうち、48社は外資系企業で、ベトナム企業は20社に過ぎない。同様にベトナムにあるトヨタのサプライチェーンの企業では、12社中2社だけである。

2015年に米国ASEANビジネス評議会の「中小企業のためのグローバル・サプライチェーンの統合:ベトナム企業による域内と国際市場へのアクセスの向上」と題されたセミナーでは、ベトナムの中小企業は国際的な労働力の一部に入るには力不足であり、グローバル・サプライチェーンに競争力ある地位で参加するには、将来のビジョンも競争的戦略にもかけるなど、数多くの制約がある点で多くの専門家の意見が一致した。サプライチェーンに参加しているほとんどのベトナム企業は、レベルとしては最も低い、組み立て業者かアウトソース先となっている。

ホーチミン市人民委員会による報告では、ベトナム企業でグローバル・サプライチェーンの加入条件を満たす企業の数はわずか300社で、しかもそのほとんどは、主要な輸出製品に関連するものではなく、スペアパーツを提供しているに過ぎないという。その理由は、資本不足、価格競争力不足、条件を満たす人材不足であり、複雑なプロセスに不慣れで、宣伝活動も不足しているためである。

裾野産業の底上げには何をすることが重要か

‐ベトナムの現在の教育や職業訓練システムでは、適切なレベルの労働力を育てることはできていない。多くの企業は、その企業に留まってもらうために工場の従業員に高いコストを支払わざるを得ない状況だ。これがベトナムの競争力を失わせ、中国の生産拠点に代わる製造コストの低い国を探す中程度から高程度のハイテク企業にとって、ベトナムの魅力は低くなる。熟練労働者や管理者の不足は国内企業に影響を与え、特に中国と比較して、ベトナム全体の生産性を低下させる。

人的資本への投資は、外国企業にとっての投資先としての魅力向上と、国内の生産性の上昇に密接に結びついている。熟練労働者の存在により訓練の必要性が減り、投資する企業や個人にとっては高い品質を保証してくれる。

ある研究によると、興味深いことに、識字率の上昇による輸出成長への影響が限定的であるのに対し、教育への投資は大きな効果があることが明らかになっている。この発見は直感的にも明らかで、単なる教育ではなく、産業需要に焦点をあてた高等教育と技術訓練が特に重要なことを示しています。

産業人材育成でやるべきことは何か

‐現在ベトナムは、産業需要に対応するための政府機関や政府と民間機関の共同のカリキュラムを組成する仕組みや方法が脆弱だとされている。しかし、限定的ながら、技術訓練が産業のニーズに適合された事例も少なくない。カオタン技術大学、ベトナムドイツセンター、ベトナムシンガポールセンター、ベトナムジャパンセンターなど、多くの職業訓練や技術センターが技術スキルの向上に成功したと報告されている。これらの学校では、産業から学術界への知識移転をもたらす、産業コンサルティング事業も行われている。

ベトナムの製造業の人材育成を促すために以下のような提言をしたい。

第1にベトナムの教育と訓練システムを、量、質、関連性、効率性の面で、他の競合国との比較研究を進め、改善すべき分野を見出す。ベトナムは、中国や韓国、台湾(中国の一部)、シンガポールといった国を比較対象とすべきである。

第2に新たなスキル基準の導入の後、特に職業訓練において定期的なスキル監査を実施する。

第3に企業に、訓練費用の補助、課税免除、税金還付などを活用した職業訓練を促す。

第4に工業団地やハイテク・パーク、輸出加工区でトレーニング・センターを設立し、職業訓練機関と産業を結びつけるプログラムを開発する。

第5に大学などの教育機関と産業が上手く結びつくには、以下の点が必要となる。

教育システムを単に学費収入のためとみる、現在の短期的な目標を改め、長期的な視野に立ったより戦略的なアプローチ。

大学での研究と教育の分離をなくすため、革新的な研究を促す動機付けの仕組みと大学の独立性。

資源の無駄使いと分断化を生まない投資。

同僚による評価や諮問委員会、成果に基づく評価など、近代的な大学やR&D管理の徹底した導入。