フラッシュ360
2018年1月9日
 

正念場を迎えた英EU離脱交渉(その1) -本格交渉は第2段階へ-

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

英国がEU(欧州連合)からの秩序ある離脱を2019年3月29日に果たすには、これ以上時間を無駄に使うことはできない。交渉を加速化し、明確な離脱後の道筋を早期に示さなければならない。交渉は年明け早々から本格化する。実質的な交渉期間は、欧州議会やEU加盟国議会および英国議会の承認手続きに必要な期間を考慮すると,本年10月末までと、きわめて短い。以下では、昨年12月8日の英EU首脳間の第1段階の離脱条件の合意内容と、12月15日の英国を除くEU首脳会議での第2段階入りの承認と交渉指針を中心に報告する。

第1段階の離脱条件で合意

EUの欧州委員会のジャン・クロード・ユンケル委員長は昨年12月8日、テレーザ・メイ英国首相との会談で英国のEU離脱(ブレグジット)交渉に関連して、EU側が交渉の段階的アプローチの「第1段階」と位置付けた離脱条件で「十分な進展」があったとする合意文書を確認し、その後12月14,15日に開催された欧州理事会(EU首脳会議)に「十分な進展がみられた」と結論付けるように勧告したと発表した(注1)。第1段階の離脱条件とは、以下のものである(注2)。

  1. どのEU市民とその家族がどの加盟国にも住み、働き、学べる権利はEUの基本である。英国のEU離脱によって、離脱時に影響を受けるEUおよび英国市民とその家族の地位と権利の保護を相互に保証することが交渉の最優先事項である。こうした保証は、効果的、強制的、無差別、包括的でなければならない。
  2. 英国のEU離脱は、EU,英国双方のビジネスに影響を与える。交渉では、EU条約が最終的に英国に適用されなくなることによって生じる法的な真空を防ぐ手立てを探る。
  3. 欧州投資銀行(EIB),欧州開発基金(EDF)、欧州中央銀行(ECB)のみならず、EUの多年次財政枠組み(MFF)から生ずる問題を含めた財政の一括清算によって、英国が加盟国としての義務をはたすことを保証すべきである。この清算には全ての約束および債務が含まれる。
  4. アイルランド島の特有な環境にかんがみ、EUの法的秩序の統一性を尊重しつつ、厳しい国境管理を回避するために、柔軟で、かつ想像力豊かな解決策が必要である。このことから、EUはEU法に適合する英国とアイルランドの現行の二国間の協定および取り決めを認める。
  5. 欧州理事会は、英国がEUの一員として結んだ国際的な約束を離脱後も尊重することを求める。

合意文書の主要点は表1のとおりである(注3)。

 

表1 英EU合意文書の主要点

3つの優先分野

合意内容

在英EU市民・在EU英国市民の権利保護

英国のEU離脱後も、在英EU市民および在EU 英国市民の権利保護が約束される。

EU離脱の清算金

英国はEU予算で決められた2019年と2020年の分担金についても支払い義務を負う。

北アイルランド問題

英国政府は北アイルランド地域の特殊性を認め、離脱後も厳格な国境管理措置の適用を回避することを約束した。

(出所)筆者が作成。

 

合意文書によると、最大の争点であった清算金問題では、すでに決定されている2014年から2020年までの7年間のEU予算枠を考慮し、英国が離脱後の2019年、2020年の2年間についても支払の義務を負うとしている。清算金額は明記されていないが、主要メディアなどが報じている英国側が内示した負担額は400~450億ユーロ規模で、EU側が求めているとみられる600億ユーロにかなり近い金額である。いずれにしても、清算金の支払額の決着は、離脱交渉の最終段階まで先送りされた形である。

次に、在英EU市民および在EU英国市民の権利保護について、ユンケル委員長はメイ首相との会談後の会見で、「市民は(英離脱後も)それまでと同等の権利を享受できる」と述べている。つまり、英国のEU離脱の完了前までに合法的に英国、EUに居住していた市民、およびその家族は権利保護の対象となるというものである。

また、北アイルランド国境問題についても、英国がEU離脱後もアイルランドと英領北アイルランドとの国境管理をいかに現行通り(の自由移動を)維持するかで、最後まで交渉が難航した。合意文書によると、メイ政権に閣外協力し、英国との一体性を重視する北アイルランド地域政党・民主統一党(DUP)に配慮し、具体策は離脱交渉の第2段階での英国とEUの「将来の関係」の協議を通じて決めることになり、事実上決着を先送りした。

EU首脳会議、第2段階入りを承認

英国を除く27カ国のEU首脳会議は昨年12月15日、離脱後の移行期間や自由貿易協定(FTA)など将来の関係の枠組みを協議する第2段階に入ることを正式に承認した。また、離脱交渉が第2段階に移るのに合わせて、今後の交渉の基本方針を定めた指針も採択している。交渉指針の要点は以下のとおりである(注4)。

  1. 第1段階で約束された全てのコミットメントが完全に尊重される場合にのみ第2段階の交渉の進展が可能である。欧州理事会は、約2年の移行期間という英国の提案を書き留めおく。移行期間の交渉に応じる条件として、英国が移行期間中はEUの法体系(EU acquis)に従う一方、英国は、第3国として、離脱後は加盟国でなくなるため、EUの諸機関に代表を送ることも選任されることもないし、EUの諸機関・事務所の意思決定に参加することはできない。
  2. 離脱協定の一部である移行協定は、明確に定義され、期限は厳格でなければならない。単一市場全般に適用される規則やEU諸機関などの法の変更は加盟国と同じように英国にも適用されねばならない。EU司法裁判所の権限を含む、全ての既存のEUの規制・予算・監督・司法・執行に係わる手段が適用される。英国は移行期間中、関税同盟と単一市場(モノ・資本・サービス・労働力の4つの自由の全てを含む)に参加し、EUの貿易政策に従い、EUの関税率を適用しなければならない。
  3. 欧州理事会は、EUと英国との緊密な連携を構築することを望んでいることを再確認する。英国がひとたび第3国となれば、その時初めて、将来の関係の協定は最終合意され、締結できる。他方、EUは将来の関係の枠組みについての事前の予備的な討議を始める用意はある。EUは英国が移行期間終了後は、関税同盟と単一市場に止まらないとの意向を書き留めおく。
  4. 欧州理事会は、交渉の成り行きを注意深く見守り続け、本年3月に将来の関係枠組みに関する追加的な指針を採択する。欧州理事会は英国が将来の関係の枠組みに関する自国の立場をさらに明確にするよう要請する。

移行協議が先行、FTA交渉は3月以降に

今年1月からの交渉は、前述の欧州理事会指針によれば、2019年3月末の離脱後の英EUの経済や国民生活の混乱を回避するための移行期間についての協議が先行し、英国が強く望んでいるFTAなどの将来の関係についての協議は「英国が目指す立場をはっきり示す」よう要求、本年3月以降と明記されている。3月の英国を除くEU首脳会議で改めて将来の枠組み協議を認めるかどうか、是非を判断する構えで、早くても3月以降となるのは確実である。

移行期間については、メイ首相は、離脱後2年程度はEUの単一市場や関税同盟にとどまり、EUとのFTAなどを纏める時間が必要であるとしてきた。EU側は本年1月に移行期間の交渉指針を決めるが、欧州委員会の昨年12月20日付け勧告案によると、移行期間は2020年12月31日を超えるべきではないとしている。厳密にいえば、1年9カ月とより厳しくなる(注5)。

また、FTAなど将来の関係についての交渉では、英国からの具体的な提案を待って、EU内部の方針を3月までに決めたうえで協議に臨む予定である。

これに対して、英国は移民など人の自由移動を拒み、EUの関税同盟と単一市場からの完全離脱(ハード・ブレグジット)を目指す一方で、EUとのFTAの締結を強く望む。しかしながら、こうした英国の曖昧な姿勢に対して、EU側は「良いとこ取り」(cherry picking)を狙っているとの懸念が強い。EU側は、交渉指針で示されているように、FTAなど将来の関係の枠組みについて事前の予備的な協議に入ることを認めているものの、実質的な交渉は、2019年3月の離脱後の移行期間中に進める道筋を描いている。

メイ首相はEUとの「前例のない深く特別な関係を築きたい」と繰り返し発言しているが、EUとの意見の隔たりが大きい。EUのミシェル・バルニエ首席交渉官は、EUカナダ自由貿易協定(CETA)を英国との将来の関係の参考にしたいとの考えを示している(注6)。

EU加FTAにはEUへの拠出金やEU規則を順守する義務がなく、EUからの移民を制限することもできる。単一市場のベネフィットを受けながら移民を制限したい英国の思惑に最も近いモデルといえる。英国のデービッド・デービスEU離脱担当相は「英国が目指しているのは、EU加FTA・プラス・プラス・プラスである」と述べて、EU加FTAに含められていない金融サービスも対象とすることを協定に盛り込むことを考えているようである(注7)。

今後の交渉は「時間との闘い」

離脱交渉の第2段階入りが正式に承認されたことは大きな前進ではあるものの、離脱日までは残り15カ月しかなく、しかも、EUは2018年10月に実質合意を目指す期限としているところから、ドナルド・トゥスク欧州理事会常任議長(EU大統領)は加盟国首脳らに送った書簡で「時間との猛烈な競争になるだろう」と指摘した。

FTAなどの将来の関係の交渉について、貿易から安全保障面の協力まで多岐にわたる交渉テーマがどれも複雑な利害関係が絡むため、第1段階以上に厳しいものになるとEU首脳らは予想している。

ドイツのアンゲラ・メルケル首相はFTAなどの協議入りを支持しながらも「問題は山積している。これまでの交渉より厳しい作業が待っている」と述べるなど、時間が限られているとの見解を示した。

他方、メイ首相も昨年6月8日の総選挙で自身が率いる保守党が過半数割れし、北アイルランドの地域政党である、民主統一党(DUP)の閣外協力を得て、かろうじて過半数を超えていることから、求心力が弱まった中での第1段階での交渉であった。今後の英国のEU離脱のあり方について、閣僚間で離脱強硬派と反強硬派との溝が深まる場面が多くなるとみられる。

さらに、英下院では昨年12月13日、離脱条件に関して、EUとの最終合意前に英国議会の承認を得るよう求める修正法案を与党保守党からも造反議員が出て賛成多数で可決した。EU離脱の最終合意案は内容次第で議会に覆される可能性もある。まさに政権運営は綱渡りの状況で、交渉の行方には危うさがつきまとう。第2段階入りを契機に英EU離脱交渉は正念場を迎えている。

 

表2 英EU離脱交渉の行程

時期

主要事項

2017年3月29日

英国が離脱を正式に通告

   3月31日

EUが交渉指針案を加盟国に提示

   4月29日

27カ国のEU首脳会議で交渉指針を採択

   5月3日

英国議会解散

   5月22日

EU理事会が交渉指令を採択

   6月8日

英国議会選挙・与党保守党議席が過半数割れ

   6月22~23日

EU首脳会議

12月8日

 

 

12月14日~15日

第1段階交渉の離脱条件で合意・第2段階交渉への移行勧告
合意のポイント:
・在英EU市民・在EU英国市民の権利保護
・英国が約束した財政支出や債務の清算
・北アイルランド国境問題への対応
EU首脳会議、第2段階の交渉への移行を承認・第2段階の交渉指針を採択

2018年1月
3月
3月以降
10月までに

移行期間の設定について協議
EU首脳会議で自由貿易協定など将来の関係の交渉指針を採択予定
FTA協議が本格化か
交渉は実質的に終了、全当事国で批准手続きに入る
・離脱協定に合意
・FTA枠組みに合意
・FTA締結までの移行期間に合意
合意できない場合、全加盟国が合意すれば交渉期限を延長

2019年3月29日までに

2020年12月末   

全加盟で批准を終える
英国が正式にEUを離脱する
移行期間終了か

(出所)執筆者が作成

 

注・参考資料:
1) European Commission, Brexit: European Commission recommends sufficient progress to the European Council(article50)(Press release,Brussels,8 December2017)
2)交渉指針に関しては、European Council(Art.50)guidelines following the United Kingdom’s notification under Article 50 TEU (29/04/2017,Press release220/17Brexit)、ITIフラッシュ336「英国のEU離脱交渉の行方(その5)」(2017/05/24)参照のこと。
3)Joint report from the negotiators of the European Union and the United Kingdom Government on progress during phase 1 of negotiations under Article 50 TEU on the United Kingdom’s orderly withdrawal from the European Union(TF(2017)19-Commission to EU27,8 December 2017)
4) European Council (Art.50)meeting(15December2017)-Guidelines(Brussels,15December2017:EUCOXT20011/17)
5) European Commission recommends draft negotiating directives for next phase of the Article 50 negotiations(Press release,Brussels,20December2017)
6) 日本経済新聞(電子版)(2017/12/15)、読売新聞(2017/12/16)
7) 毎日新聞(2017/12/15)