フラッシュ362
2018年2月2日
 

NAFTA連合、NAFTA離脱阻止に米産業界が結集、
型破りなトランプ政権には、型破りな抵抗~ITI米国研究会報告(4)(注1)

 
渡辺 亮司
米州住友商事ワシントン事務所
 

日本企業も含め在米企業が最も懸念を強めているのがトランプ政権のNAFTA再交渉の行方だ。TPPと異なり、既に四半世紀前の1994年1月に発効したNAFTAによって製造業を中心に北米ビジネスは一体化しているため、NAFTA離脱あるいは弱体化がもたらすビジネスへの影響は大きい。2017年12月、米首都ワシントンで開催された米通商政策に関わる会合で米業界団体幹部は「型破りの政権には、型破りの手法で対抗せねばならない」と述べ、NAFTA継続に向けて新たな手法で対策を打つ必要性を訴えた。

米国商工会議所の推計では今日、NAFTAに依存する米国雇用は1,400万人(対カナダ貿易:800万人、対メキシコ貿易:600万人)にも上る。また、米商務省によると2016年の米国からの輸出はカナダ向けが1位、メキシコ向けが2位の規模を誇り、両国合わせた輸出額は米国の全輸出額の3分の1を超える。北米地域では密接なサプライチェーンが形成され域内経済が一体化している今日、仮にトランプ政権が米国のNAFTA離脱を通知した場合、米国経済および雇用への影響は計り知れない。戦々恐々とする業界は昨今、離脱を防ぐために新たな手法で抵抗を始めている。

1.過去に類を見ない規模の業界連携

2017年10月、ワシントン市内でNAFTA継続・最新化を米産業界が連携して訴える「NAFTA連合」が立ち上がった。決起集会には総勢100人を超えるワシントンのロビイストを中心とした業界関係者が集った。同連合メンバーには米国商工会議所、ビジネス・ラウンドテーブル、全米外国貿易評議会(NFTC)、全米製造業者協会(NAM)、サービス産業連盟(CSI)、米国農業会連合(AFBF)など米産業界を代表する業界団体が勢ぞろいし過去に類を見ない規模の業界連携が見られる(表参照)。

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多岐に渡る業界をカバーする「NAFTA連合」以外にも自動車業界、食料・農業、小売・アパレル業界など個別の業界において続々と業界団体や企業が連携し、政府に対するNAFTA継続・最新化の働きかけを開始している。例えば2017年10月、自動車業界では「Driving American Jobs(米雇用増を推進)」と称する連合を立ち上げ、NAFTA推進の活動を展開している。自動車メーカーでは米ビッグスリーだけでなく国籍を問わず外資系自動車メーカーも同連合に参加している。また、完成車メーカーの横の連携だけでなく、自動車部品メーカー、ディーラーなど縦の連携も見られ、自動車業界の様々な企業・団体が参画している。

業界関係者によると、ここまで幅広く自動車業界が一体となってロビー活動を行うのは米国史上初という。なお、議会が設置している大統領通商政策・交渉諮問委員会(ACTPN)、農業政策諮問委員会(APAC)など諮問委員会の話もトランプ政権は十分に聞いていないと言われている。従来の手法がトランプ政権では通用しないことも、業界団体が連携し規模で議会そして政権に対し圧力をかけるといった新たな動きに繋がっている。

2. 型破りの取り組みを始めた米産業界、NAFTA連合

「NAFTA連合」では幅広い業界の連携で政権に対抗する以外に、訴えるメッセージやメディアなど斬新な手法を検討するとともに、トランプ政権に合わせ新たな標的にアプローチを開始している。以下、「NAFTA連合」の取り組みについて、歴代政権では見られなかった目新しい動きを中心に紹介する。

2.1新たな標的: トランプ支持者をはじめ「ベルトウェイの外(注2)」の一般市民

「NAFTA連合」はトランプ大統領のNAFTA離脱通知を防ぐため、従来の議会・政権に対するロビー活動を展開している。だがそれ以外に、一般国民に対するNAFTA啓蒙活動を新たに開始している。

共和党で異例の保護主義政策を訴え2016年大統領選を制したトランプ大統領の当選に貢献したラストベルト地域で製造業に従事する労働者に対し、「NAFTA連合」は通商に対する意識改革を狙って、直接アプローチを開始している。従来は広報活動が希薄であった「ベルトウェイの外」に対し、NAFTAの恩恵をアピールする試みを積極的に展開し始めている。

例えば、米国商工会議所は「#FacesofTrade」キャンペーンを通じ、ソーシャルメディアを中心にオンライン上で中小企業オーナーの声を顔が見えるようにして紹介している。更には、各州の地元商工会議所と連携しNAFTAをアピールするイベントを開始した。労働者自らの雇用が貿易とどのように関わっているかといった雇用のバリューチェーンを伝える取り組みなども検討されている。

一方、労働者以外にも一般国民に対してNAFTAの恩恵を訴える動きも新たに見られるようになった。農畜産分野では政権に対するロビー活動はこれまでも行われてきた。しかし、同業界は一般消費者に対してこれまで、あまりNAFTAの恩恵についての啓蒙活動を行ってこなかった。新たな取り組みとして注目されているのが、多くの米国民の朝食には欠かせないベーコンだ。全米豚肉生産者協議会(NPPC)が運営するベーコン好きが集うウェブサイト「Baconeering.com」やソーシャルメディア「Baconeers」では、米国の国民食といえるベーコンの値上げリスクなどNAFTA離脱が与えかねない影響について情報発信を開始している。今日、多数の米国人にとってベーコンは身近な存在であることからも反響を呼んだ。また、「NAFTA連合」に参加する他の団体もNAFTAの恩恵についてインフォグラフィックなどを作成してウェブサイト上で国民に分かりやすい説明をする試みを始めている。

このように通常、貿易政策とは無縁の一般国民もNAFTA離脱の脅威について身近に感じることができるよう、新たなアプローチが始まっている。つまり、米産業界はトランプ政権の支持基盤を含む一般国民「ベルトウェイの外」にとってもNAFTAがどれだけ日常生活に不可欠であるか気づいてもらうことを狙っているようだ。

製造業を中心に主に機械化などの技術革新やグローバル化が影響し経済の衰退が進んだラストベルト地域で、経済苦境のスケープゴートにされてきたNAFTAをはじめ自由貿易について国民意識を変え、NAFTAを崩壊あるいは弱体化しかねないトランプ政権に草の根レベルで抵抗勢力を築こうとする業界の試みが始まっている。

2.2 様々な方面からホワイトハウスにアプローチ

トランプ政権下、従来の議会・政権に対するロビー活動も手法が異なるようだ。産業界は通商政策を所管するUSTRや商務省ではなく、影響力を握っているホワイトハウスへのアプローチを強化している。その際、マイク・ペンス副大統領、議会共和党議員、州知事などいずれも業界の味方となる自由貿易推進派、かつトランプ大統領に近い人物を通すといった動きが見られるようになっている。なお、歴代政権は企業利益などを重視していたというが、トランプ政権では企業利益の話では政権は動かないという。政権幹部の話から、政権が真剣に耳を傾けるのは「雇用拡大」であることから、それを前面に出したメッセージ発信を産業界は新たに心掛けている。直近では離脱リスクが浮上していることで、NAFTAがもたらした恩恵以外に離脱時の雇用喪失リスクについても「NAFTA連合」は警鐘を鳴らしている。

ホワイトハウス: 自由貿易推進派のペンス副大統領を仲介役に

NAFTA離脱リスクが高まる中、「NAFTA連合」傘下の大手企業の経営陣がホワイトハウスに直接アプローチする動きが見られる。また、通商政策を所管するUSTRや商務省だけでなく、「NAFTA連合」はペンス副大統領に新たにロビー活動を開始している。この背景にはライトハイザーUSTR代表やロス商務長官は業界の要望を十分に聞く耳を持っていないのではないかといった懸念が広まってきていることがあるようだ。2017年11月、米ビッグスリーの幹部が副大統領と面談するためにホワイトハウスを訪問した。カナダ・メキシコ向けに農業や自動車の輸出が多い州選出の上院議員のグループも2017年12月そして翌年1月にも副大統領を訪問している。ペンス副大統領の地元インディアナ州には多数の自動車メーカーの製造拠点があり、経歴からも明らかに自由貿易推進派である。業界、そしてその意向を受けた議会はトランプ政権の通商政策においてペンス副大統領が政権側と業界側の仲介役として機能することに期待を寄せている。

州知事: ホワイトハウスに近い州知事に期待

トランプ政権下、その影響力に期待がかかっているのが共和党の州知事だ。前インディアナ州知事であったペンス副大統領の元同僚でもある共和党の州知事が副大統領に対し地元経済や雇用への影響について訴える動きが活発化している。州知事が政権に積極的にアプローチするようになった背景には、「NAFTA連合」をはじめ業界が州知事に圧力をかける戦略が功を奏したようだ。

連邦議会: けん制機能として業界から期待される議会

米国憲法第1章第8条によると、議会は「諸外国との通商を規制する」権限を有する。従って、最終的にはNAFTA崩壊に対し、抵抗勢力として期待されるのが議会である。「NAFTA連合」は2017年秋、「ロビー活動日」を設け上下両院でそれぞれ議員事務所を訪問し、NAFTAの重要性を議員に理解してもらうキャンペーンを実施した。NAFTA再交渉の第6回交渉会合前の2018年1月にも上院で「ロビー活動日」を再び設けた。従来と大きく異なるのは、より幅広い業界が連携しロビー活動を展開していることだ。この他、2018年1月以降、各州に拠点を持つ地元企業経営者・工場長などが産業を問わずワシントンに集結し、州選出の議員にNAFTA支持を訴えるロビー活動の打ち合わせを州ごとに順番に実施する新たな試みも始めた。ワシントンのベテラン・ロビイストによると、自らの再選にとって重要な地元の有権者がワシントンを訪れ、議員に直接訴えるこの手法こそが議員を動かす上で最も効果的という。 2017年、議会は税制改革法案可決に注力していた。しかし、2018年、農業輸出の多い州をはじめカナダ・メキシコ向け輸出が多い選挙区出身の議員は、政権に対しより活発的にNAFTA離脱反対の働きかけを行うようになっている。

2.3 新たな情報発信手法: ソーシャルメディアの活用

「NAFTA連合」では従来の議会・政権を直接訪問するロビー活動などの地上戦に加え、新たに大幅強化を図っているのが空中戦のソーシャルメディアでの情報発信だ。トランプ大統領がツイッターなどソーシャルメディアで情報発信し政策を効果的に広報することに成功していることから、政権に対抗する狙いもあるであろう。「NAFTA連合」のソーシャルメディア・ワーキンググループでは「#NAFTAWorks」というハッシュタグでNAFTAの恩恵についてPRしている。「NAFTA連合」に加わっている様々な業界団体や企業がこのハッシュタグで繋がって情報発信を行い、米産業界でNAFTA離脱反対ムーブメントの波を起こしつつある。更に、今ではメキシコ政府の交渉チームもその波に乗り始め、米産業界とメキシコ政府が連携しトランプ政権の保護主義政策に対抗する奇妙な構図が出来つつある。メキシコのNAFTA交渉チームを率いるケネス・スミス・ラモス首席交渉官をはじめメキシコ政府もNAFTAに関わる情報発信では頻繁に「#NAFTAWorks」を記載し、再交渉で米国政府の孤立化を狙う戦略が垣間見える。

 

1.公財JKAの補助事業
2. 「ベルトウェイの外」とは首都ワシントン市の主流派・知識層でない一般国民。