フラッシュ37
2002年6月6日


高まるドイツの大学進学率


国際貿易投資研究所
研究主幹 田中信世 



 ドイツでは大学や専門学校で学ぶことが再び流行になってきている。2001年においては、大学や専門学校で勉強を始めた学生の数は98年と比べると明らかに増加した。
連邦教育省によれば、98年においてはギムナジウム(高等学校)卒業生に占める進学率はわずか27.7%であったが、2001年にはギムナジウム卒業生の32.4%が大学や専門学校に進学した。もっとも国際比較で見ると、他の先進工業国の高校卒業生に占める進学率が平均40%であるのと比べると、ドイツの進学率はまだ低い水準にある。

 ブルマーン連邦教育大臣は、ドイツにおける最近の大学進学率の向上は連邦教育促進法(Bundesausbildungsfoerderungsgesetz;Bafoeg)の改正が効果を表した明らかな証拠であると評価するとともに、「将来的には資格の乏しい人の就業機会はますます少なくなり、同時に労働市場ではますます多くの大学卒業生が求められるようになってきているので、われわれはこの道をさらに進まなければならない」と述べている(2002年5月31日付ハンデルスブラット紙)。

 確かに過去においては、ドイツでは他の先進工業国に比べて、大学や専門学校に進学できる資格を取得しようとする学生がかなり少なかった。筆者が最初にドイツに駐在した70年代半ばにおいては、多くの人は実技学校などでの職業教育を積んでマイスターや労働者となり、マイスターの指導の下で実際の生産現場で働くというのが一般的なスタイルであった。一方、大学を卒業した一握りのエリートが、国家においては政治家や官僚として、企業では経営の最前線に立って国の政治や経済全般をリードしていくといった図式が定着していた。このように学校卒業後の社会における役割分担が判然としていたことから、官僚や企業経営者、あるいは学者を目指す若者はギムナジウムに、また専門技術を磨く職人やマイスターを目指す若者は実技学校等に進んだ。両者の間には、互いに尊重する雰囲気があり、それなりに安定した関係が保たれていたように見受けられた。
 しかし、このように70年代においては、大学入学資格を取得する学生の数そのものは少なかったものの、入学資格を取得した者が大学に進学することはほとんど当然のこととされ、ギムナジウム卒業生の90%以上が大学に進学した。

 ところが筆者が2回目にドイツに駐在した90年代の半ばにおいては、こうした状況に大きな変化が生じていた。本格的な情報技術革新への取り組みはまだ始まっていなかったが、世界的な規模で経済のグルーバル化が進展しつつあったことに加え、92年のEUの市場統合の完成で、欧州に大規模市場が出現し、ドイツ企業はEU企業や第三国からの進出企業との間で激しい競争にさらされることになったのである。教育の現場でも、スピードと効率が要求される社会を反映して、70年代のように実技を重視した教育がオールマイティではなくなってきた。大学を卒業することが就職に有利という横並びの競争主義が高まり、ギムナジウムに生徒が殺到するようになったのである。
 こうした急激な変化は教育の現場に混乱をもたらした。ギムナジウムでは、増加する生徒に教師の数が追いつかず、大クラスの授業で教師は授業のレベルを落とさざるを得なくなった。一方、大学においてもギムナジウムと同じような現象が見られた。90年代半ばには入学希望者の増加に応じた大学の数の増加や規模拡大が追いつかなくなったため、一部の大学では人気のある教授の講義は教室に学生を収容し切れず、廊下にまで受講生がはみ出すケースもあるなど劣悪な教育環境が見られた。また、ギムナジウムに進む生徒が急増した結果、大学入学有資格者が増加した半面、経済的な理由で大学進学ができない生徒の数も急増した。このため、90年代半ばにおいては、進学有資格者の4人に1人が大学への進学をあきらめざるを得ない状況が発生した。

 学生に対する学資補助、下宿補助、ドイツ調整銀行による低利学資貸付など包括的な学生支援を内容とする連邦教育促進法の抜本的な見直しは、このような時代背景をもとに行われたものである。同改正法は2001年4月から施行されているが、その主な改正点は以下のとおりである(詳細は連邦教育省のホームページを参照)。

  1. 両親の収入状況など一定の条件を満たした学生に認定される「補助必要額」の最大10%の引き上げ(「補助必要額」はギムナジウムや大学など学校のレベルによって定められているが、最高の「補助必要額」が適用される大学、専門学校の場合、a.両親と同居の場合月額377ユーロ、b.両親と同居していない場合同466ユーロ)(1ユーロ=約115円)
  2. 「補助必要額」の認定に際して両親やその他の収入から控除される控除額の大幅引き上げ(例えば、結婚し同居している両親の場合、収入から控除される金額は月額1,440ユーロ)
  3. 外国で勉強する学生の場合は、両親と同居していない学生に認定される「補助必要額」に年間最高4,600ユーロの学費補助をプラス。さらにEU以外の国で勉強する学生には国別に定められた「外国補助」(月額51〜547ユーロ)を支給(ちなみに、日本に適用される「外国補助」は547ユーロで最も高い)
  4. 学生に対する貸付金の卒業後の返済義務を総額1万225ユーロに制限
  5. 旧連邦州(旧西独)と新連邦州(旧東独)の学生に適用される支援金額等の差別的な扱いの撤廃
 また、連邦教育促進法施行のための財源は、同法の規定により、ドイツ調整銀行による貸し付け分も含めて連邦政府が65%、州政府が残りの35%を負担することになっている。ちなみに2001年4月の抜本的な改正により、年間6億6,500万ユーロの追加財源が必要になったとされている。

 ドイツ学生援護会(Deutsches Studentenwerk;DSW)によれば、連邦教育促進法に基づく補助申請件数は過去1年間飛躍的に増加しており、旧連邦州では前年比20%、新連邦州では27%もの増加を示している。また。連邦教育促進法により支援された学生数は98年の24万4,696人から、2002年には29万1,245人へと19%増加した。連邦政府によって支援されたドクターコースで学ぶ学生や若手研究者の数も同期間に3万5,042人から4万3,693人へと25%増加した。

 上記の数字を見るかぎり、ブルマーン連邦教育大臣が言うように、確かに連邦教育促進法は一定の効果をあげたように見える。しかし、教育が数字だけで推し量れるものではないことも自明のことである。日本の大学教育の現状などから見て、同法が本当に効果を上げたかどうかを確認するためには、「学生が大学で勉強しているのか」(あるいは「本当に勉強したい学生が大学にきているのか」)や「教員の質など大学のレベルは保たれているのか」といった至極あたり前のことが前提として満たされていなければならないであろう。こうした点を加味して同法の評価を下すには、今しばらく時間がかかりそうである。