一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2018/06/04 No.374疾走するOECD、デジタル化時代の国際協調2018年閣僚理事会の概要と意義(前編)

安部憲明
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
外務省 経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部参事官

はじめに

5月30、31日の両日、経済協力開発機構(OECD)は、今年の議長を務めたフランスが「多国間主義のテコ入れ」を主要テーマに掲げ、年に1度の閣僚理事会をパリの本部で開催した。日本からは世耕弘成経済産業大臣他が出席し、公共政策の幅広い分野の最先端の実証分析と提言に基づき、活発な議論を繰り広げた。

OECDは、三重苦に喘いでいる。2000年に世界の国内総生産の6割を占めた加盟国全体の経済規模が、2030年には4割に減るという地盤沈下がひとつ。守備範囲の広さゆえに国連などとの関係で比較優位が定まらない「器用貧乏」の悩みがふたつ。三つ目は、最近の欧米の選挙で噴出した反グローバリズムの嵐だ。OECDは、国際ガバナンスにおける自身の有用性(問題解決の役に立つか)、各国政府への影響力(政策や行動を変える力)、そしてOECDが定める国際基準の正統性(皆で決めた感)の3点セットを高めることに必死だ。特に、近年は、グローバル化やデジタル化の生む新たな利得行為が、既存の公共政策や制度の先へ先へと逃げていく後ろ姿を、四輪駆動で懸命に追いかけている。

その第1の車輪は、「世界最大のシンクタンク」として、豊富な統計データを用い世界の経済社会の趨勢を絵解きする役割だ。第2は、「国際基準の設定者(グローバル・スタンダード・セッター)」と呼ばれる機能で、「資本移動自由化規約」や「コーポレート・ガバナンス原則」など、対象も呼称も拘束力も様々だが、質の高い国際基準・ルールを作り、各国による実施状況を相互に監視(ピア・レビュー)する国際協調のサイクルを通じ、公平な競争環境を整備する働きである。3つ目の車輪は、新規加盟と非加盟国への関与、他の国際機関との協力強化だ。これは、言い換えれば、国際ガバナンスにおける各々の役割分担の動的均衡を探求する営みといってよい。最後は、内部の組織改革だ。世の中の変化や加盟拡大と表裏一体で、「紳士クラブ」的性格に由来する機関の運営方式を不断に見直すことは、自らの健全な発展のために必須である。以上の4輪のどれが不調でも、OECDの「前進」はおぼつかない。

一方、本年の議長国フランスは、内政面で、マクロン大統領の与党「共和国、前進!」が公約に掲げた各種改革が踊り場にある。就任後1年、支持率が下がる中、改革路線に対する国際的な信認を内外に印象づけたい。また、外交に目を転ずれば、4月のマクロン大統領訪米、OECD閣僚理事会の翌週に予定されるG7首脳会議(カナダ)、秋の国連総会、そしてフランスがG7会議を主催する来年を睨んでの外交政策全体の組み立ての中で、トランプ政権や内向き志向が根強いEU諸国に対する主導権を固めたいとの思惑もある。

OECDは、厳しい逆風にひるむまず、幅広い公共政策における国際協調を牽引する使命を引き続き担うべきだ、との決意の下、閣僚らは実質1日半の会議で、貿易投資や税制といったOECDの得意分野はもちろん、気候変動や生物多様性に至るまで、多国間協調が一層必要とされるあらゆる問題を総攬した(注1)。

本稿は、OECDの上記4つの車輪の動きを説明しながら、デジタル化に関する取組を中心に、本年の閣僚理事会の概要と意義を紹介したい。

1.「世界最大のシンクタンク」:デジタル化についての論理

昨年のOECD閣僚理事会のテーマは、「グローバル化の功罪」だった(注2)。ところで、デモ好きのフランスですら、反グローバル化の叫びは聞いても、反デジタル化の行進など見たことがない。これは、デジタル化という現象が、瞬時かつ見えない形で、日常生活の隅々にわたり既に内在化されており、それなしには一日だって過ごせないという現実を裏書きしている。それだけに、一見すると無関係な事象の相互連関について洞察を深め、分野横断的に公共政策の一貫性を高めることが益々重要になってくる。市場原理に委ねるだけでは狂いが生じる現実の経済社会の大小様々の歯車をかみ合わせることが必要なのだ。これが、OECDがデジタル化の功罪についての総合的で一貫した論理(ナラティブ)の構築に強くこだわる理由である。閣僚理事会にあわせて、OECDが総力を挙げて紡いだデジタル化に関する論理は以下のとおりだ(注3)。(丸囲み数字は便宜的に筆者が付した。)

(総論)①デジタル化は、包摂的成長(誰ひとり取り残さない、という発想から、機会と結果の両面で格差が縮減された経済成長のあり方を指す)にとって功罪両面ある。つまり、生産性や仕事の効率性、労働市場の柔軟度を高める一方で、雇用の質(所得、雇用保障や勤務環境)の低下、IT技能や利用機会の多寡による「勝ち組」と「負け組」の固定化を招く危険性がある。いくつもの仕事を人工知能(AI)が代替し、ネットなどを通じてサービスが直接取引される結果、お払い箱になる銀行や書店などの仲介者も増えるだろう。②そこで、雇用、賃金及び社会的保護のために、弱者への職能訓練、就業・所得支援、社会保障の拡充(受給資格のポータビリティ確保、保障対象のカバレッジ拡大など)が必要だ。③企業は、生産性を高めるべく、社員の技能習得を支援し、業務合理化や新たなビジネス・モデル開発のピッチを上げるべし。④政府は、金融や税制を通じたデジタル集約的な起業支援や、失敗に過度の罰則を与えない破産手続を整備するなど、ビジネスの新陳代謝を促す政策を拡充すべし。⑤その際、デジタル化が生む変革への投資、円滑なデータ利用を促進する一方、知的財産権やプライバシーの保護、セキュリティを確保する措置も必要になる。データの越境移転の禁止措置などは経済を阻害しかねず導入には慎重たるべきだが、そのバランスは実に難題だ。

(貿易投資)⑥昨今の世界的な貿易投資の停滞の背景に、生産工程のデジタル化で、労賃が低い途上国の生産拠点の優位性が低下し、グローバル・バリュー・チェーンが先進国内で短く完結する現象が見られる。⑦音楽のダウンロード・サービスが小包配送のモノを代替するように、デジタル貿易によって物品とサービスの境界線は曖昧になっており、現行の国際ルールを見直す必要がある。

(租税)⑧ブロックチェーン技術などは、納税者に対するサービス向上、脱税・税逃れの探知と捜査の能力向上、当局間の自動的情報交換の円滑化など税務行政の向上に資し、年金や社会保障に関する実務の効率や透明性を高めるというプラスもある。⑨他方、こうした新技術が生むビジネス形態(フィンテックを活用した金融の直接取引や仮想通貨など)の日進月歩に、制度が追いつけていないのが実情だ。目に見えない大量瞬時の資金の移動に、これまでの租税原則や制度は適切に対応できない。物理的拠点のない事業への課税として「恒久的拠点なければ課税なし」とのPE原則の見直し、収集・解析されたデータが有する価値をどう評価するかといった課題がある。

(競争政策)⑩セクター間の乗り入れ、ビジネス最適化、技術革新の加速などにより消費者の嗜好に即応した製品やサービスの提供など競争環境が改善されている面もある。デジタル化が市場最適化、効率性や消費者の厚生を高める可能性を示している。⑪他方、データ流通のネットワーク効果という利点ゆえのデータやユーザーの集中は、特定企業の市場支配力を強め、排他的な商行為を招く。アルゴリズムは外部からは認定困難な共謀のリスクを高めかねない。⑫各国の競争当局は、マーケット・ゲインと支配的地位の乱用の峻別や、市場確定や支配力の測定に一層の労力を費やさざるを得なくなる。

(国際開発)⑬デジタル化は、途上国での医療、教育や金融へのアクセス向上、政治参加、女性や地方のエンパワーメント、世界市場ヘの参画や商品の多様化等の便益をもたらし得る。⑭他方、「早熟な脱工業化」が懸念される途上国・新興国の政府は、国内構造調整をより入念に管理する責務を負う。

2. 「グローバル・スタンダード・セッター」:国際協調の牽引役

第1と第2の車輪は、いわば車軸でつながっている。以上のような総合ナラティブを共有してはじめて、OECDは、国際基準の設定者に今後何が求められるのかを特定し、国内面と国際面で一貫した公共政策を編むことが可能になるのだ。裏を返せば、第1の車輪だけでは仕事半分ということでもある。OECDは、昨年来、大樹の生命力を保つための剪定作業に似て、約450件もの既存の国際基準の実施状況を総点検してきた。意義を失ったものは改廃し、現在有効なものも、今後のニーズに応じ改訂する見通しをつけた。この棚卸し作業の結果報告を受け、閣僚理事会は、今後、特に、以下の3分野で、公正な競争環境を整える国際基準づくりに磨きをかけていくこととした。

第1は、競争政策だ。ナラティブの⑩と⑪で指摘したとおり、デジタル化は「勝者総取り」や格差を拡大する潜在力を持っている。まずは実態把握のために、デジタル化に対応して「OECD競争評価ツールキット」を改訂中だが、既に、越境カルテルに加わる企業の出身国数平均は、過去10年間で3倍に増加したことがわかっている。閣僚らは、デジタル技術により反競争的行為が益々地下に潜行し、巧妙化しているとの厳しい認識を抱き、各国の独禁当局に対して、一層緊密な情報交換や捜査上の協力を促した。また、管轄権を有する当局の決定を他国の当局が円滑に実施するための手続、各国別々の課徴金制度の国際的調和の努力を呼びかけた。さらに、中国の国有企業がその典型だが、貿易投資の垣根が格段に低くなった昨今の国際市場で、補助金や輸出信用等で下駄を履いた国内王者は連戦戦勝だ。グローバル企業上位50位のうち、15年前は2社だけだった国有企業はいまや4分の1を占める。昨年作業を始めた「国有企業のグローバル透明性基準」は、競争阻害的措置に対抗する有効な道具となろう。

国際基準作りの重点分野の第2は、投資だ。本丸のWTO交渉自体が停滞し、OECDの分析や提言が交渉の推進剤になっていない中、閣僚は、いま出来ることとして、中国やインドに「投資自由化規約」などのルールへの加入を求める。しかし、これだけでは投資環境改善への影響力はゼロに等しい。そこで、当面は、投資先での多国籍企業の行動を規律する「責任ある企業行動(Responsible Business Conduct)」と呼ばれる取組に注力することとした。これは、企業が社会的責任に応じるメセナ的貢献活動と似て非なるもので、現地における労働や環境などの面での搾取の予防や是正と、互いに商売敵である企業間での公平性の確保を目的とする。OECDは、1976年に定めて「多国籍企業行動指針」に基づき、企業が守るべき、労使関係、環境保全、情報開示、消費者利益等について、鉱物や衣料・繊維など業種別にガイダンスを定めてきた。加入国政府はその普及に努め、紛争の斡旋を行う国内連絡窓口を設置する義務を負う(注4)。閣僚理事会では、これまで業種毎にばらばらに策定されてきたこれらの共通項を抽出した内容の一般的なガイダンスを承認し、他の業種にも効率よく展開していく土台を整えた。また、連絡窓口が2000年以降、100か国400件余りを処理した実績を評価した上で、実効性を上げるべく、「責任ある企業行動」に参画するすべての国へのピア・レビューの早期実施を決めたの。なお、国際的規律に何かと慎重な中国は「多国籍企業行動指針」にも未加入だが、アフリカなど直接投資先での摩擦防止に資するとの判断からこの取組には意外と積極的で、OECD投資委員会の指南を仰ぎ、鉱業関連の企業団体が自主的に適用する中国版のルールを作った(注5)。このように、中国が実利判断で国際協調に乗ってきている現状に、OECDは確かな手応えを感じている。

OECDが国際基準づくりを拡充するとした第3の分野は、税務・金融取引である。ナラティブ⑨のダークサイドの克服だ。OECD租税委員会が、パナマ文書のような問題に地道に取り組んできた成果は、この数年でG20を経由して急速に普及した。「税源浸食及び利益移転防止(頭文字を並べBEPSと呼ばれる)」の枠組が、113の国などが参画する普遍的な取組に発展しているのはその成功例だ。デジタル税制について興味は尽きないが、詳細は別稿に譲ることとして(注6)、後編では残り2つの車輪、すなわち国際経済システムにおけるOECDの位置取りと自らの内部統治という、2つのガバナンスを巡る成果を説明したい。

1. 2018年OECD閣僚理事会の概要や成果文書は、OECDのHP「Meeting of the OECD Council at Ministerial Level」http://www.oecd.org/mcm/

2. 筆者「戦略的岐路に立つOECD、グローバリズムの苦悩と挑戦:2017年閣僚理事会の概要と意義(前編)」『ファイナンス』53巻4号(財務省、2017年)及び「同(後編)」53巻5号(同)

3. デジタル化に関する分析作業のOECD中間報告書「Going Digital in a Multilateral World: An interim report to Ministers」http://www.oecd.org/going-digital/(OECD, 2018年)

4. 国内連絡窓口(NCP: National Contact Point)は、当該国内で活動する外国企業に係る紛争が発生した場合の「駆け込み寺」として、当事者間を調停する権限を有する。我が国の窓口は、外務省経済局に置かれ、同省、経済産業省及び厚生労働省の担当課長で構成される。窓口の運営は、各国の裁量に大きく委ねられているため、活動状況は、いまのところ、各国の商慣行、社会事情及び文化によって大きく異なっている。

5. 中国版「責任ある鉱物サプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイドライン」(中国五鉱化工進出口商会、2015年)http://mneguidelines.oecd.org/chinese-due-diligence-guidelines-for-responsible-mineral-supply-chains.htm

6. 筆者「見えないものを視る力:OECDが牽引するデジタル税制」『ファイナンス』54巻3号(財務省、2018年)

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