フラッシュ447
2019年12月10日
 

ITIタイ研究会報告(7)インドシナ半島の鎮南関、ラオスのビューティフル・ランド建設
~想像を絶するボーテン経済特区・高速鉄道の現場、ここはラオスではない~

 
藤村 学
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
青山学院大学 教授

 

ラオス北部ルアンナムタ県のボーテンは、中国雲南省と接する国境町である。ラオス政府から99年のコンセッションを得た雲南海誠実業集団が、ボーテンの1,640haの広大な土地に「デーンンガーム(ビューティフル・ランドという意味)特定経済区(SEZ)」(中国名は「老挝磨丁経済特区」)を建設している。そこを拠点に、高速鉄道と高速道路がタイの国境まで伸びる見込みである。鳥瞰すれば、インドシナ半島をグリップする鎮南関を建設しているように見える。

この地を何度か視察し定点観測してきた青山学院大学・藤村学教授に変貌ぶりを語っていただいた。なお、ボーテンは、タイのチェンマイから始まった今回の現地調査工程(下図)のほぼ中間点にあたる。(聞き手・大木博巳)

 

 

Q.国境町ボーテンは2003年 12 月 当初は国境貿易区として承認され、2010年 2 月に特別経済区に格上げされました。しかし2012年 4 月に特別経済区(Special Economic Zone)から特定経済区(Specific Economic Zone)へ指定が切り替わりました。何が起きたのでしょうか。

- 2012年に訪れたとき、ボーテンの経済特区はゴーストタウンと化していました。2010年に起きたカジノ犯罪事件(借金を負った中国人公務員が軟禁されて、最後は債務を払えずに殺害されたというような話)をきっかけに、中国政府がビザ発給の厳格化をラオス政府に要求したため、訪問客が激減し、カジノホテルが破綻し、2011年にはゴーストタウン化していたようです。ラオス政府としては脱カジノによる国境地域の総合開発を目指すことにし、特別経済区から特定経済区へ切り替えました。それまでの開発会社Hong Kong Fuk Hing Travel Entertainment Group(香港福興旅遊娛樂集団)が株式の 85%をYunnan Hai Cheng Industrial Group(雲南海誠実業集団)に売却し、再スタートを切りました。

特別経済区も特定経済区も同じSEZという略号です。両者の定義の違いを明示した情報を持ち合わせていませんが、進出のための行政手続きや優遇措置の面で厳格な区別があるわけではなく、Specialが誘致産業を特定しない、Specificが誘致産業を絞り込む、という程度の違いだと理解しています。ボーテンに関しては、カジノビジネス破綻のイメージを払拭するためにSpecificに切り替えたのだと思います。

 

 

Q. 特区開発の進捗は?

- 2012年に特定経済区となり、数年間は開発が進んでいなかったところ、ここ3年以内に中国資本が投下されて開発が急速に進んだようです。北から順に、国際居住区、国際商業金融中心、国際教育産業中心、国際医療産業園区、国際保税物流加工園区、麿丁火車駅総合とゾーニングされています。現状で最も開発が進んでいるのが国際商業金融中心で、高層ビルが林立しています。営業開始している老挝磨丁景美国際酒店に入ってみると、特区全体の開発プランの模型がありました。ボーテンの町は6年前、国境に続く1本道と、それに並行するカジノホテル沿いの「黄金大道」(ルアンナムタ通り)の2本しかなく周囲は山と緑に囲まれ、まだのんびり感が残っていました。ところが、今回は景色が激変しており、周囲の山々を削り、広大な盆地平野を作り出そうとしています。

 

 

Q. 開発業者の雲南海誠実業集団が運営している展示ショールームで計画の全体像を把握できました。

- ショールームに入って、最初に対応してくれたのは中国東北部遼寧省出身の中国人男性社員でした。明るく対応してくれましたが、英語もラオ語もしゃべれず、通訳ともども困惑しました。その後、合流した女性社員は雲南省の西双版納出身でタイ語の片言がしゃべれました。スマホの自動翻訳機能と我々の漢字筆談を交えてコミュニケーションしたところ、以下のような情報を得られました。

  • 現在この特区の住民は5,000人ほどで、将来開発が完了した時点で30万人都市になるという計画だとのこと。
  • 居住区のコンドミニアム(まだ建設されていない)の1割はすでに売れているという。ほぼ中国人が顧客だが、ラオス人も少数だが買っているという。
  • 最も安い部屋は30m2で3万米ドルからだという(中国語のみのパンフレットを解読するかぎり、70年までの使用権利のよう。ラオス領土の土地は外国人が所有権をもてないであろうから、長期使用権という位置付けであれば、この安い値付けが理解できる)。
  • ラオス人通訳ガイドの話では、特区内で事業所を設立できれば、グリーンカードのようなものを発行され、ラオス国内で自由に経済活動ができるとのことです。この特区を足掛かりにラオスで事業を展開しようと考える中国人企業家が、投資可能性の下見としてここのコンドミニアムの部屋を賃借する需要もあるのでしょう。

     

     

    Q. ボーテンの町の変貌ぶりはいかがでしたか?

    - 以前の国境への1本道だった道路沿いに食堂が並んでいる区域で「重慶火鍋兄弟飯店」という食堂でランチをとりました。周りの客は中国人が大半で、店主は中国人でラオ語は片言しかしゃべれませんでした。ウェイトレスたちはモン族のラオス人でした。食堂の壁には(過去のフラッシュで紹介した)金三角特区へ1泊2日旅行を宣伝していました。ここの特区で働く人たちの娯楽需要が金三角特区へ波及するとすれば2つの特区が補完関係になるということかもしれません。

     

     

    食堂が連なる通りは6年前に「ゴーストタウン」を歩いた雰囲気が残っていました。中国人建設労働者たち向けのマッサージ店などのいくつかは現役のまま残っているようです。

     

     

    ランチ後、近代高層ビルが並び立つ裏側に回って見ると、カジノが隆盛した時期の面影が見られます。すっかり広くなったメインストリートに並行する形で、上述の黄金大道(ルアンナムタ通り)沿いには、当時最大のカジノホテル「景美大酒店Jing Land Hotel」が今では中国人建設労働者の安アパートに変身しています。その通りの左右は未だにシャッター商店街のまま残っています。

     

     

    黄金大道を北に突き当たったところに新しいイミグレゲートが完成していますがまだ未使用でした。その右手(東側)に、2013年から使用している黄金のタートルアンのデザインのイミグレゲートがあります。2つのゲートをいずれ何らかの役割分断をして使用するのだと思います。

     

     

    3時間ほどの視察のあいだに見た中国籍車両のナンバープレートを見ると、雲南省が一番多いですが、他に浙江省、湖南省、重慶など様々でした。開拓者精神のたくましい中国人民がいたるところから一旗揚げに来ているのだと思います。6年前に視察したときからのあまりの変化の激しさに、ため息をつくばかりでした。中国の国家プロジェクトの力業が隣の小国の国土を大改造する現場は強烈です。この3月にミャンマーでみた中国国境地帯のチャイナシティ化よりも激しい変化だと思いました。

    Q.特区開発が急に進んだのは「一帯一路」による鉄道建設の影響でしょうか?

    - その通りだと思います。ヴィエンチャン~ボーテン国境の鉄道建設は2015年12月に定礎式が行われ、その後進捗は遅々としていましたが、2016年10月に全区間を6区間に分けた建設請負契約が結ばれ、同12月にルアンパバンで起工式が行われました。そして本格的に鉄道建設が進むなか、東南アジアへのゲートウェイであるボーテンの経済的・地政学的重要性が再認識され、中国資本が特区開発へ流れ込んでいるのだと思います。鉄道建設の概要は以下の通りで、「オール・チャイナ」プロジェクトと言っていいでしょう。今回ボーテンからヴィエンチャンまで国道13号線を実走する間、数多くのトンネルの出入口と無数と思えるコンクリートの高架支柱を目撃しました。

    概要

  • 総延長417km、駅数32駅、トンネル75か所198km(総延長の47.8%)、橋梁数167か所61km(総延長の16.4%)。
  • ゲージ標準1.435m(単線)、設計速度は旅客車両160~200km/h、貨物車両120km/h。
  • 工期は5年間:2017年1月~2021年12月予定。

  • 事業実施体制

  • 事業主体:ラオス中国鉄道合弁会社 (Laos-China Railway Co., Ltd.)
  • コンサルタント:中国企業3社(6区間に分け、2区間ごとに契約)
  • コントラクター:元請けは中国企業6社(6区間)
      Boten~Namor: 中国第五局鉄道建設(中鉄五局)
      Namor~Meung Nga: 中国国際鉄道建設
      Meuang Nga~Xieng Ngeun: 中鉄八局
      Xieng Ngeun~Van Vieng: シノハイドロ(中国電力建設PowerChinaが主要株主)
      Van Vieng~Phonhong: 中国電建
      Phonhong~Vientiane: 中鉄二局
  • ラオス企業は一部下請けに採用(第6区間以外、合計6社)

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    Q. 国境トンネル「友誼隊道」の工事現場を視察することができました。

    - 工事が始まったのは2017年初頭です。ジェトロ情報によると、国境を貫通する友好トンネル(友誼隊道)は、「中鉄二局」が建設を担当しています。トンネルの全長約9,600mで、中国側が7,170m、ラオス側が2,342mで、両端から掘削工事が進めています。国境トンネルのほかに、ルアンナムタ県内だけで総延長10,845mに及ぶ3本のトンネルを掘削工事中ということです。

    今回、ボーテン側のトンネル出口を探して回り、現場監督の中国人エンジニア(英語もラオ語もできない)をつかまえ、ジェスチャーとスマホ翻訳混じりでコミュニケーションし、筆者らの車に同乗してもらい、案内してもらいました。

    日本人訪問者とわかっても意外にオープンで、工事内容を表示するパネルを使ってジェスチャーで懸命に説明しようとしてくれました。技術的な話はよくわかりませんでしたが、この工事に携わるエンジニアとしてのプライドを感じ取ることはできました。同氏によれば、鉄道工事は2021年内に完工を目指していますが、ラオスの内陸国という地理的制約から資材調達が遅れ気味であるため、完工が22年にずれ込みそうだと漏らしていました。

     

     

    Q. ボーテンから延びる一帯一路の鉄道工事現場から受けた印象は?

    - 今回はルアンナムタの街に宿泊し、そこからボーテン国境へ日帰りで往復しました。国道3号線から13号線へ出るナトウーイの三叉路交差点の近くに(ボーテンイミグレゲートの手前約20km)鉄道レールなどを造る工場があり、敷地面積が数ヘクタールはあろうかというその規模に圧倒されました。その近くには中国人労働者を収容するアパートを建設中でした。

    そこから国境まで、多数のコンクリート製の高架支柱やトンネル工事現場に遭遇しました。この区間の工事を請け負う「中鉄五局」による「ラオス人民のために卓越した技術をもって経済発展に貢献する」といった趣旨の威勢のいい横断幕が見られました。

    最後にこのルートを通ったのは2013年11月でしたが、そのときまでのラオス北部の田園風景がすっかり変わりました。

     

     

    Q.鉄道建設の経済効果についてどう考えていますか。

    - 工事費のほうは上記の通り情報が開示されていますが、中国側もラオス側も、想定される経済便益についての事前分析を行った形跡はなく、この鉄道がラオスにとって経済的にプラスの純便益をもたらすのか、正直疑問です。

    地元英字紙Vientiane Timesなどではこの鉄道が、land₋locked countryからland₋linked countryへの連結性の象徴としてそのメリットをアピールしていますが、費用対効果がどの程度考慮されたのか不明です。

    特区内の展示ショールームでいただいた(中国人をターゲットとした)投資勧誘のためのパンフレットでは、鉄道完成後には、特区から中国雲南省の勐腊(モンラー)まで43km約20分、景洪(ジンホン)まで168km約1時間20分、普洱(プーアール)まで278km約2時間、ラオスの万象(ヴィエンチャン)まで418km約3時間10分、昆明(クンミン)まで593km約4時間半、そして曼谷(バンコク)まで1090km約8時間半、と謳っています。ボーテンからヴィエンチャンまで国道13号線を車で休憩なしで走ると現状と比べて、3時間余りに短縮される点では確かに時間節約の効果は大きいです。しかし、問題は建設・維持費用に見合うだけの鉄道利用需要があるかどうかです。

    貨物需要については、ドア-to-ドアの輸送のためには鉄道沿線の駅からの「ラストマイル」は結局トラックに積み替える必要があるので、インターモーダル輸送の物流インフラに追加的なコストがかかります。昆明は産業都市ではないので、工業製品の貨物需要はバンコク圏と中国の華南圏を結ぶサプライチェーン形成に関わるビジネス需要にかかってくると思います。農産品の輸送需要はあると思いますが、メコン川水運とのコスト競争になるでしょう。旅客需要については、ますます安価・便利になるLCCとの競争になります。中国・ラオス双方とも、具体的な青写真を共有してこの鉄道建設を開始したようには思えません。

    「バンコクまで8時間半」という宣伝については、タイ国鉄が既存の狭軌(1,000mm)と異なる中国のゲージ規格(1434mm)でのレール敷設をノンカイ国境からバンコクまで完成したうえでの話であり、ナコンラチャシマ~バンコク間(約260km)の工事は始まったものの、タイ政府の慎重な財政運営を考えると、全線開通はいつの日になるのか分からないので、過大広告だと感じます。

    また、ラオスにとってこの鉄道の総工費60億ドルの3割を中国からの借金で賄うとすれば、対外債務残高が現状から3~4割増加する計算になります。鉄道インフラのメンテナンス費用もかかり、合弁会社を通じてラオス政府がこの3割を負担するとすれば、追加的財政負担は小さくないはずです。「債務のワナ」が事前に意図されていないとしても、事後的にそのような結果になってしまう懸念は残ります。

    (ITIタイ研究会は公益財団法人JKAの補助事業です)