フラッシュ45
2003年7月4日


東アジア諸国の「為替市場介入」に強まる米国の批判


(財)国際貿易投資研究所
研究主幹 佐々木 高成


  米国の貿易収支・経常収支赤字が拡大の一途をたどっているのに伴い、 米国内では80年代のような「ドル過大評価論」が再び出始めている。 軌を一にして米国内産業団体等は東アジア諸国政府が為替介入によって自国通貨の上昇を阻んでいるとの批判を強めており、 再選を見据えた政策を念頭に置かざるを得ないブッシュ政権としても批判を無視できなくなる臨界点に近づきつつある。

<バーグステンの議会証言>
  米国の貿易収支赤字拡大については90年代末からこれを懸念する声が議会などであがっていた。 米国議会は増大する貿易赤字の問題と対応を検討するための超党派による「貿易赤字検討委員会」を1999年に設置、 報告書を2001年11月に発表している。 因みに12名の委員の中にラムズフェルド、ゼーリックという現ブッシュ政権で国防と通商政策を左右する人物が入っているのが興味深い。

  今のところブッシュ政権から米国貿易赤字の拡大を問題視する発言はあまり見られない。 これは貿易赤字の是非を巡る議論の党派性が関係していると思われる。 先述の報告書によれば、共和党は「貿易赤字は経済成長・繁栄にむしろ貢献していて問題はない」という考えなのに対して、 民主党は支持基盤である労働組合等の見方を反映して、 「米国の国際競争力を低下させ、労働賃金を抑圧する」というネガティブな影響を重視するという党派による違いがある。
  ブッシュ政権は共和党なので、共和党本来の哲学からいえば「貿易赤字はそれ自体問題ではなく、 市場にまかせていればいずれ為替レート調整が働きソフトランディングする」という見方になるのは当然である。 サミットでブッシュ大統領が強いドル維持政策を表明したのもこの考えに沿った発言に過ぎないと解釈できよう。

  しかし、産業界にはドルの過大評価が現在の貿易赤字をもたらしているとの考えが強く、 ドルレート調整を求めた米議会、行政府への圧力は次第に高まっている。 そうした空気を代弁するかのようにドルレート調整論の重鎮ともいえるバーグステン国際経済研究所所長がさる6月25日、 下院中小企業委員会で「経常収支赤字の蓄積によって2002年には米国の対外純投資ポジションはマイナス3兆ドルにも達していると推定される。 今の状況は明らかに持続可能ではない」と証言した。
  同所長によれば、「米国は経常収支が現在のおよそ半分の水準、つまり額にして2,500〜3,000億ドル、 GDP比で2.5%〜3%であれば米国の対外純投資ポジションのGDP比が通常「危険レベル」と言われる40%以下でとどまることができ、 米国経済にとって許容できる。これまでのドル下落は必要な調整のおよそ半分に相当するもので、更なる調整が不可避だ」と述べている。

<東アジアの「構造問題」>
  米国の貿易赤字についてアジア経済が米国市場依存を強めていることがむしろ問題との見方が米国内にある。 東アジアにとって最大のアブソーバーになっている米国とはいえ、米国のみで急増する輸入を吸収していくのは無理がある以上、 東アジアへの米国輸出を拡大する圧力は高まらざるをえない。 産業界の批判の矛先はまずは中国に向けられている。 このところ、全米製造業協会(NAM)では米国の対中貿易赤字は維持可能ではなく、 中国はWTO約束事項を遵守すべきである、と批判している。 また、ベネマン農務長官も中国が農産物の輸入拡大でWTOの約束を果たしていないと非難する一方、 ゼーリック通商代表は対中貿易赤字の増大で議会から圧力を受けていることを明らかにした。
  これまでのところ対中貿易摩擦は限定的であるが、今後については、 米国の中国からの輸入商品別構成が付加価値の高い商品に次第にシフトしているなど構造的に米国の対中貿易赤字が拡大する要因を持っていることから、 中国の市場開放が進展しないという認識が米国で強まれば、 ブッシュ政権が対中強硬姿勢に傾く可能性は強まっている。 (詳細はITI季刊国際貿易と投資No.51「中国経済台頭への米国の期待と警戒」)

  ここで注意すべきことは米国の批判が中国にとどまらないことである。 米国はかつて日本に対して大幅な対日貿易赤字は日本の市場開放の遅れを示すとして批判してきたが、 今回も日本を含めた東アジア地域の共通の問題として輸出依存体質を批判する論調がみられる。 つまり、米国に輸出を拡大させている東アジアは全て日本の輸出主導型経済成長に範をとっており、 いわば「東アジアの日本コピー論」、あるいは「東アジア・日本同罪論」である。 この意味で対中貿易摩擦は日本を含めた東アジア全体の経済・貿易構造に対する批判に発展する危険性を孕んでいる。

  因みに、米国は中国とASEANの自由貿易協定を歓迎すると表明しているが、 その理由は「中国とASEANがお互いに市場を開放しあえば、その分米国市場への依存が軽減されるからだ」と明確に述べているのである。 米国市場への過度の依存を強く意識して戦略的に対応しようとしているのは実は中国の方かもしれない。 「日中韓経済協力構想」や中国で最近でてきた対日政策見直し論、等も中国の対米依存脱却戦略の現れと考えれば判り易い。

  全米製造業協会(NAM)を始め80もの産業団体から成る「健全なるドル連合」の動きも不気味である。 同連合はドル安誘導をもたらすようキャンペーンを張っている。 その最大の眼目は「東アジア諸国政府は輸出拡大に依存した成長維持政策を変えたくないので、 為替に介入し人為的に自国通貨のレートを低く維持している。」という「東アジア為替市場介入批判論」である。 具体的には日本と中国の「介入」政策が槍玉にあげられている。 介入の証拠として挙げられるのが東アジア地域の政府が積み上げている巨額の外貨準備高である。 米業界のアジア為替介批判論は国際決済銀行(BIS)にも飛び火しているようで、 BISは6月に発表した季刊誌の中でより詳細な理論的批判を展開しているが、 ここでも政府による為替市場介入が日本を含む東アジアの共通の問題として取り上げられているのが気になるところである。