フラッシュ453
2020年3月23日
 

新型コロナウイルス感染症:「パンデミック」宣言と欧州危機(その1)
-爆発的感染拡大、経済社会翻弄、仏大統領「欧州は戦争状態」-

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

WHO「パンデミック」宣言、震源地が中国から欧州へ

WHO(国際保健機関)のテドロス・アダノム・ゲブレイエソス事務局長は3月13日、感染が世界中に拡大する新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について「欧州が今パンデミックの震源地となった。」と宣言した(注1)。

中国の新型コロナウイルスの震源地であった湖北省武漢市の感染者・死亡者数が大きく減り、ピーク・アウトしたと中国政府当局が表明したこの時期での「パンデミック宣言」については、さまざまな憶測がなされているが、イタリアやスペインなどで感染者・死亡者が日々急激に増加し、社会がパニック状況に陥っている状況を客観的に見て、欧州各国からはWHOの対応に対して遅きに失したといった非難の声が上がっていることは事実である。

他方、WHOが2月28日、危険性評価を最高レベルの「非常に高い」へと上げたと発表、警戒感を強めていたが、直前に開かれた欧州理事会(EU首脳会合)においては、新型コロナウイルス対応策が協議事項(アジェンダ)に入っていなかった事実は驚くべきことである。確かに、欧州委員会が2月24日、イタリアでの事態を受けて、EU加盟国への支援と国際的協力のために、2億3,200万ユーロ相当の支援策を発表しているが、具体的な対応策は準備中として、緊迫感が感じられない(注2)。中国の感染拡大を「対岸の火事視」し、イタリア北部ロンバルディア州やべネト州などの深刻な感染実態をEU全体で共有できていなかったことが、その後のEUおよび加盟国の対応が後手にまわる結果に繋がっていく。

この間、欧米主要メディアは横浜港に停泊するクルーズ船「ダイアモンド・プリンセス」の船内隔離による感染拡大阻止は「失敗した」と評し、日本政府の対応に激しく批判する報道を繰り返していた。

しかしながら、欧州の感染状況は一変する。イタリア首都ローマで1月末に中国人旅行者の新型コロナウイルス感染が初めて確認されから瞬く間にミラノを州都とするイタリア北部ロンバルディア州一帯を震源地として感染者数と死亡者が急増した。感染拡大は予想を上回るハイ・ペースでスペイン、フランスなど近隣諸国に広がり、歯止めがかからない状況に、各国政府は不意を突かれた形で、対応が後手後手に回った。

感染拡大加速、営業禁止・外出禁止・国境封鎖など非常事態

欧州主要国の新型コロナウイルス感染拡大防止策は3月20日現在、別表のとおりである。非常事態宣言は、最も感染被害が深刻化しているイタリア、スペインで出されているが、今後も同様の宣言が発出されることが考えられる。事態の深刻化については、欧米主要メディアは連日報じている。ロイター電によると、英王室は3月19日、エリザベス女王は新型コロナウイルス感染予防のため、予定を早めてロンドン・バッキンガム宮殿から郊外の別荘ウインザー城に避難することを明らかにした(注3)。また、エマニュエル・マクロン仏大統領は3月16日のTV演説の中で、「フランスは今、ウイルスとの戦争状態にある」と繰り返し述べ、「政府と議会の全ての意識を、この流行との戦いに集中させなければならない」と国民の理解を求めた(注4)。

感染拡大に歯止めがかからない中、感染封じ込めのため、各国の対応は、非常事態宣言、外出自粛・外出禁止、レストラン・カフェなどの営業禁止、映画館・美術館などの閉館、小中高・大学の一斉休校など市民生活の全領域へと一気にエスカレートしていく。さらに、EUレベルの非加盟国からの入国禁止であり、加盟国の域内国境封鎖が加わった。

「オーバーシュート(突然の爆発的な感染者の急増)」が発生して、最も深刻な状況下にあるイタリアは、今や新型コロナウイルスの死亡者数が4,000人を突破して中国を抜き世界最多となったが、感染者・死亡者数の増勢が弱まる気配はまったく見られない(注5)。

イタリアでオーバーシュートが発生している原因がいくつか指摘されている。一つは、ユーロ圏に属するイタリアは、EUの厳しい財政ルールに基づいて政府予算を削減してきた。医療関連の予算も例外ではなかった。仏経済紙レゼコーによると、過去5年で、病院数など758か所の医療機関が閉鎖された。新型コロナウイルス感染が拡大する前から、医師約5万6,000人、看護師約5万人が不足していたなどと、医療態勢の不備を問題視する声が上がっているという(注6)。

加えて、新型コロナウイルスに対する医療従事者の知識不足のため、医師・看護師・患者などの院内感染が蔓延したこと、軽症者も含め、政府が感染者のPCR検査を徹底しているために、多数の市民が病院に検査・診断を求めて詰め掛けたため、「医療崩壊」を招いたというものである。また、イタリアは高齢化率が、EU加盟国の中で最も高く、感染し、重症化して死亡するリスクが高いという。イタリアが昨年3月、中国との間で調印した巨大経済圏構想「一帯一路」によって、中国との活発な人的交流が、感染拡大の要因だと指摘する声も上がっているが、因果関係は不明である。

 

別表 欧州主要国の新型コロナウイルス感染拡大防止策(3月20日現在)

(出所)筆者作成による。

 

ドイツが3月15日、国境を越えた感染を遮断するため、フランスなど隣接する5か国との国境を原則封鎖すると発表した。チェコ、オーストリア、スペインなどが国境を封鎖しているが、欧州の盟主であるドイツがEU単一市場の要である「域内移動の自由」を保障する基本理念と相いれない国境封鎖に踏み切ったことで、この理念が大きく揺らぐことになった。3月17日のEU首脳によるテレビ会議では、域内の移動制限の是非について議論されたが結論は出なかった。

テレビ会議では、EUへの域外外国人の入域を30日間、原則禁止することを決めた。入域禁止措置に加わるのは、アイルランドを除くEU26か国と、欧州で国境管理を撤廃した「シェンゲン協定」の締約国であるノルウェー、スイス、アイスランド、リヒテンシュタインの4か国の計30か国である。

滞る政治外交、経済は下振れリスク

新型コロナウイルス感染拡大によって欧州の外交や内政で影響が出始めている。EU外交当局者は3月12日、3月30、31日北京で予定されていたEU中国首脳会談を延期する見通しであると述べた。また、ロンドンで3月18日からの予定だったEU離脱後の英EUの将来関係を巡る第2回交渉が新型コロナウイルスの影響で延期されることになった。ミシェル・バルニエEU主席交渉官が新型ウイルス検査で陽性反応があったことを明らかにした。バルニエ氏の濃厚接触者となった交渉チームのメンバーとともに、当面の間、自宅待機を余儀なくされる。このままで、5回程度予定されている交渉が停滞し、6月末までに協定の大枠が合意できないと本年末に「移行期間」は無協定のまま終了してしまう。ボリス・ジョンソン英首相は3月18日、「移行期間が年末で終了することが法律で制定されている。それを変えるつもりはない」と明言、移行期間延長の選択肢を排除している(注7)。

対米関係の修復も先送りとなる。欧米関係はドナルド・トランプ氏の大統領就任以来、冷え込んだままである(注8)。欧米ともに、当面は新型コロナウイルス対策への取り組みが最優先課題となる。経済分野では、3月末の欧州委員会・通商担当のフィル・ホーガン委員の米国訪問は新型コロナの影響で取りやめになった。安全保障分野では、トランプ氏がNATO(北大西洋条約機構)の欧州の国防費負担が十分でないと増額を強く求める一方、欧州側はマクロン氏など米国がNATOを軽視していると不信感を募らせている。

内政では、ドイツ与党キリスト教民主同盟(CDU)が3月12日、4月25日に予定していた臨時党大会を延期すること決めた。アンゲラ・メルケル首相の後継者となる新党首を選出する予定であったが、時期が遅れることで、ドイツ政局やEUの意思決定に影響が出てくる恐れがある。フランスでは3月15日、地方議会選挙の第1回投票が行われたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響もあって、38.8%とかなり低い投票率にとどまったため、マクロン氏は3月16日、テレビ演説で第2回の決選投票を延期することを国民に伝えた。感染件数が欧州で最も多いイタリアでは、政府が3月29日に予定していた国会議員の定数削減の是非を問う国民投票が延期することが決めた。英国政府も3月13日、5月に予定されていたロンドン市長選挙をはじめとするイングランドとウエールズで地方議会選挙を1年延期することを決めた。

経済への新型コロナウイルス感染の影響は甚大である。ユーロ経済を下支えしてきた個人消費が、外出禁止などで確実に下押しされることである。

欧州委員会は2020年のユーロ圏19か国経済はマイナス成長に陥る可能性が高いとみている。感染拡大が長く続けば、一段と下振れするリスクが大きくなる。欧州委員会は3月13日、新型コロナウイルス感染症の経済的影響を軽減するための緊急対策を発表した(注9)。

  1. 欧州単一市場およびバリューチェーンの生産と流通の一体性を守り、医療システムへの必要な備品の供給を確保する
  2. 所得と雇用に不均衡な影響が及ぶこと、および、今回の危機が永続的な影響を及ぼすことを回避するため、市民を支援する
  3. 企業を支援するとともに、金融部門からの流動性の供給により、持続的な景気の下支えを可能にする
  4. 国家補助(国による企業への公的支援)および安定・成長協定の枠組みを最大限柔軟に活用することで、EU加盟国が協調して果断に対策を講じることができるようにする

EU首脳は3月10日のテレビ会議でEUレベルや各国レベルで金融緩和や財政出動など総動員して「全ての必要な対応をとる」ことで一致した。また、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は3月13日、感染拡大を受けた経済支援に約370億ユーロを投じる考えを示した。財政規律に厳格だったメルケル氏までが「必要なことは何でもやる」と新型コロナウイルスとの戦いに不退転の姿勢を示した。

 

1.Reuters(2020 /03/14)
2.European Commission-COVID-19(Press release, 2020/02/24)
3.Reuters(2020/03/18)
4.AFP(2020/03/17)
5.中国が公表する感染者・死亡者の数値については、ドナルド・トランプ米大統領が「本当であると望みたい。(真実かどうか)誰がわかるのか」と懐疑的な見方を示している。
6.読売新聞(2020/03/12)
7.Reuters(2020/03/19)(2020/03/20)
8.欧米貿易摩擦などについては、田中友義「トランプ保護主義と欧米貿易摩擦」(季刊『国際貿易と投資』、No.114,2018年12月)、「EU統合に対する最大の脅威・挑戦にどう向き合うか」(同、No.119,2020年3月)
9.European Commission-COVID-19(Press release2020/03/13)