フラッシュ459
2020年4月16日
 

世界貿易機関(WTO)の新型コロナ感染症対応

 
安部 憲明
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
外務省経済局国際貿易課長

 

はじめに

本稿では、新型コロナウィルス感染症への世界貿易機関(WTO)の現下の対応を3点に要約して紹介し、各国の貿易政策と国際協調にとっての意義及び若干の課題につき論じる。

WTOは、感染拡大と同時にホームページ上で新型コロナの頁を特設し、各種取組の発信に努めてきている(注1)。これは、ひとえに、適時かつ正確な情報提供が過剰な貿易制限的な措置を抑止し、市場における需給の逼迫や混乱を防ぎ、公正な政策判断等に資するとの認識に基づくものである。

1. 政治的メッセージの表明

WTOの対応の第一点は、事態の収束を最優先とし、そのためにもWTOを中核とする多角的自由貿易体制の維持・強化を図るべしとの政治的メッセージの表明である。

特に、感染拡大を受け、各国による自国民の健康と安全保護の観点から、感染予防及び治療のための医療用品等の輸出制限や農産品の検疫強化等の措置が相次いでいる。加盟国に関連のWTO協定の遵守を求め、緊急避難的な措置が正当化される条件を限定的に示し、貿易及び投資の維持・円滑化を要請する。ロベルト・アゼベドWTO事務局長は、単独又は他の国際機関及び民間主体との共同声明、多国間フォーラム(G20等)への参加等を通じ、積極的に予見可能性や安定性を高め、多角的自由貿易体制への信頼性をつなぎとめる意思を示している(注2)。

メッセージにはおおむね以下の3つの要素が含まれる。

第一の要素は、数量制限の一般的廃止など自由貿易原則の再確認である。例えば、マスクや消毒液、人工呼吸器等の輸出制限がWTO協定に反しないかという点について、これらの措置は、一義的には、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)により新設・維持が禁止されている「関税その他の課徴金以外のいかなる禁止又は制限」(同第11条1)に該当するとの認識を示す。

同時に、メッセージの第二の要素として、これらの措置は一定の条件を満たす限りにおいて、例外として協定上許容されるとの解釈を示す。例えば、アゼベド事務局長はG20議長国(サウジアラビア)宛書簡(3月26日付)において、「G20メンバーは、いかなる輸出制限措置も、的を絞り、目的に照らし相応かつ一時的で、透明性のあるものであるべきことに合意でき、また、そのような措置についてWTOと情報共有することにコミットできる」旨指摘した。この点、協定は「食糧その他輸出締約国にとって不可欠の産品の危機的な不足を防止し、又は緩和するために一時的に課する」輸出禁止・制限を許容している(GATT第11条2(a))。さらに、こうした措置は、「人、動物又は植物の生命又は健康の保護のために必要な措置」の採用又は実施を妨げないとする条項(GATT第20条(一般的例外)(b))に照らしても正当化が可能であると考えられる。ただし、これらの例外措置は、任意若しくは不当な差別又は偽装された貿易制限とならないことが必要である(同条柱書)。

第三の要素は、WTO協定上、加盟国は、こうした措置の内容に関する透明性を確保する義務を負うことの再確認である。例えば、輸出制限等の措置に関しては、「諸政府及び貿易業者が知ることができるような方法により、直ちに公表しなければならない。」(GATT第10条1)との規定がある。これは、以下3の項(透明性の確保)で述べる制度で担保が図られている。

以上のような原則、例外及び透明性に関する規定は、上記で例示列挙したGATT以外の各種協定(例えば、貿易の円滑化に関する協定の第1条や衛生植物検疫措置の適用(SPS)に関する協定の第7条)でも、各々の規律対象分野の特性を踏まえ設けられているが、ここでは立ち入らない。

こうしたWTO協定の規範的要素は、他の国際的枠組において政治的意思として累次確認されている。例えば、金融・経済に関する首脳会議(G20)は、テレビ会議(3月26日)後の声明において、「我々の市民のニーズに沿って、我々は、国境を越える不可欠な医療物資及び重要な農産品その他の物品並びにサービスの流通の確保に取り組む」ことで一致した。また、G20貿易投資担当大臣は、首脳会議を受けた緊急会合(3月30日)後の声明で、上記の首脳声明のラインから踏み込み「我々は、各国の要件に適合する形で、それらの必需品の貿易の円滑化のため、即時に必要とされる措置を取る」、「我々は、新型コロナウィルスに対処するための緊急措置は、必要と認められる場合には、的を絞り、目的に照らし相応かつ透明性があり、一時的なものでなければならず、貿易に対する不必要な障壁又はグローバル・サプライチェーンへの混乱を生じさせず、また、WTOのルールと整合的であるべき」であると合意した(注3)。

2. 貿易の現状分析・予測

WTOの対応の第二の柱は、世界貿易の現状分析・予測である。多くの国際機関や研究機関が軒並み、リーマン危機以来の経済成長率の落ち込みを予想する内容と共鳴して、WTOは貿易の量的縮減及び質的変化に警鐘を鳴らしている。

『WTO貿易統計・見通し年次報告書』(4月8日)のプレスリリース(「新型コロナウィルスが世界経済に大打撃を与える中、貿易は急落」)のポイントは次のとおりである(注4)。①世界貿易は、2020年には、年後半には感染拡大が終息するとの楽観シナリオで13%、長引くとの悲観シナリオで32%もの減少が見込まれる。②世界ほぼ全ての地域で2020年の貿易量は二桁落ち込み、北米とアジアにおける落ち込みが特に顕著。③感染拡大は、人の移動、物品・役務の流通の収縮、貿易投資の減少を呼び、国境を越えた生産工程(グローバル・サプライチェーン)の停滞や途絶をもたらす。特に、エレクトロニクスや自動車等、複雑なサプライチェーンを持つ業種でより急落する見込み。④交通運輸や旅行への制限により、サービス貿易が影響を最も直接的に受ける。⑤世界貿易は、ウィルスの影響が及ぶ前の2019年から、物品貿易は年後半にはマイナス(第4四半期には前年比1.0%マイナス、前期比1.2%マイナス(年率4.6%マイナス))となり、サービス貿易は2%増加したものの、2017-2018年の力強い増加に比べ減速した。

また、WTOは、相次ぐ医療用品の輸出制限等への懸念の高まり呼応する形で、最新の統計に基づく実証分析結果をまとめた『医療用品に関する報告書』(4月3日)を公表した(注5)。これによれば、①医療用品の貿易総額(約2兆ドル)が世界の商品貿易に占める割合は5%を占める。うち輸出の35%は、ドイツ、米国、スイスによる。②医療用品の内訳に関し、コロナに関連して深刻な不足が生じている必需品(マスク、ハンドソープ及び人工呼吸器等)の貿易額は、総額約5970ドル(世界の物品貿易の1.7%。医療用品全体の3分の1)。③医療用品の最恵国関税率の世界平均は4.8%。中国4.5%、欧州連合1.5%、米国0.9%、日本0.4%(日本は、世界第7位の低率)④平均適用関税税率はハンドソープで17%、新型コロナ防護関連製品で平均11%に達する(注:医療用品全体の中でも比較的高い)。

なお、上記を含めWTOの各種報告書の素材となる統計データ及び実証分析は、『物品役務貿易バロメーター』のような枠組で指標化され、随時公表されている(注6)。

3. 透明性の確保

WTOのコロナ対応の第三の柱は、各国政府による関連措置の公表及び通報等を通じた透明性の確保である。これは、貿易制限的な措置が正当化されるにせよ、貿易相手の行動に関する予見可能性やビジネス環境の法的安定性を高めるために必要不可欠な機能である。

この点、WTOは、各国からWTOに日常的に通報される衛生植物検疫(SPS)及び貿易の技術的障害(TBT)に関する各協定に基づく通報内容を、インターネット上で速やかに共有し検索出来る『ePing』と呼ばれるサービスを提供してきている。このデータベースには、既に6万3千件以上の通報が登録されている(注7)。これにより、輸入産品の要件を規制する締約国の当局は、当該措置の概要を定型書式に記入し、WTOに通報・報告する。WTOは『ePing』を通じて、これらの内容を適時適切に他国当局及び民間事業者等に幅広く提供し、規制当局への質問やWTOへの問題提起を可能にしている。

今般、加盟各国が通報するコロナ関連措置についても、WTOは同様に情報をホームページ上で毎日更新、提供している。各国のコロナ関連措置をまとめた一覧表には、それぞれの措置の通報日、加盟国、概要、数量制限(QR)、SPS及びTBT等協定上の根拠となる事項が掲載されている。4月9日現在20加盟国による41件が公表されており、内訳は、SPS関連が13件、TBT関連が13件、QRが8件などとなっている。この中には、タイが、GATT11条2(a)(数量制限の一般的廃止の適用除外)に基づき手術用マスクの輸出を2月5日以降1年間禁止する措置について、3月27日に市場アクセス委員会に対して行った通報も含まれる。

WTOは、未通報であるが公開情報を元に確認できた措置についてもリスト化している(注8)。これは、通報済の措置よりも当然多く、4月9日時点で 33加盟国による80件の措置が掲載されている。WTOは、これらの関連情報が迅速かつ正確に共有されることを重視し、リストに掲載した措置がWTO協定と整合的であるか否かを判定するものではない旨わざわざ断っており、WTOによる公表の事実をもってこれらの措置が正当化されるわけではない点には留意する必要がある。

おわりに

当初2020年6月上旬にカザフスタンで予定されていた第12回WTO閣僚会議は延期となり、本稿執筆時点で依然として日時や場所の見通しは立っていない。また、スイス・ジュネーブに所在するWTO本部・事務局は必要最低限の出勤体制となっており、すべての会議も少なくとも4月末までは中止又は延期されている。物理的な参集が極めて困難な中での暫定的な作業方法を巡り、途上国を含む全加盟国を同時につなぐ回線設備、通訳(WTOの公用語は、英語、仏語及びスペイン語)等の技術的問題に始まり、書面採決の適否など意思決定のやり方に至るまで、WTOでは毎日のように善後策が議論されているが、すべての加盟国による合意形成は容易ではない。

他方、上記2.で述べたとおり、世界貿易は、コロナ前から既に縮小傾向が観察され、WTO協定と整合しない一方的関税措置等に端を発する貿易摩擦の激化もその一因ともされている。また、創設後25年を迎えたWTOについては、諸機能の改革の必要性が叫ばれて久しい。貿易等に関する国際ルールの策定、履行・相互監視及び紛争解決の各分野における長年の機能不全に加え、昨今の国際協調主義やグローバリズムへの逆風を受けていることが背景にある。新型コロナによる緊急事態がなければ本来取り組んでいたであろう各種改革は、閣僚会議に向けたモメンタムを失い、現在、各種交渉は漂流しているのが現状である。

しかし、当面のコロナ対応とWTOの機能強化は必ずしも背反しない。

短期的には、加盟国は、不正常な状況下であればこそ、各国によるコロナ関連措置の透明性を高めるよう圧力をかけあいながら通報制度の実効性を向上することが益々重要である。また、中期的には、投資円滑化、サービス国内規制、電子商取引等の分野における新たなルール作りは、「コロナ後」の貿易投資の活性化、サプライチェーンの強靱化、ひいては世界経済の早期回復の条件整備に資することが期待される。さらに、特定の国のコロナ措置が協定違反だとして紛争解決手続に持ち込まることになれば、昨年12月以降の上級委員会の機能停止が改めて深刻視され、具体的な改革提案の意義が再び高まる地合となる可能性がある。

WTOが国際経済の危機において有用性を発揮し、反転攻勢をかけることが出来るのか。新型コロナはWTOの機能強化を図る機会でもある。

(なお、本稿で述べられた意見や見解は全て筆者個人によるものであり、筆者が所属する組織の立場を示すものではない。)

 

1. WTOホームページ上の特集ページ「COVID-19 and world trade」https://www.wto.org/english/tratop_e/covid19_e/covid19_e.htm
2. これらには、世界関税機構(WCO)御厨邦雄事務局長、国際商工会議所(ICC)ジョン・デントン事務総長が含まれる。
3. 外務省による、G20首脳会議の概要(https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page6_000383.html)及びG20貿易投資大臣会議の概要(https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press1_000428.html)。2つの会合には、アゼベド事務局長も世界保健機関(WHO)世銀、国際通貨基金(IMF)及び経済協力開発機構(OECD)等の国際機関とともに招待され参加した。
6. 同バロメーターについて、WTOホームページ(https://www.wto.org/english/res_e/statis_e/wtoi_e.htm) 
7. 『ePing』は、国連経済社会局が、開発途上国向けの能力構築を目的とする試行事業に、中小企業の輸出支援に実績のある国際貿易センター(ITC)とWTOが各々の専門的知見を持ち寄り共同運営しているデータベースである。