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フラッシュ461 |
2020年5月14日
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新型コロナ感染症と世界貿易
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安部 憲明
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員 外務省経済局国際貿易課長 |
はじめに本稿では,経済協力開発機構(OECD)の政策ペーパー『新型コロナウイルスと国際貿易:論点と行動(COVID-19 and International Trade: Issues and Actions)』(以下「本ペーパー」とする)に沿って,貿易に対する新型コロナ感染症の影響に関するOECDの現時点での総論的な言説(以下,「ナラティブ」とする)を紹介し,今後の国際協調を巡り有益と思われる着眼点を提示する(注1)。 なお,以下の「7つのポイント」や「11の着眼点」という区分及び番号は,本稿の説明の便宜上付したものであり,本ペーパーの構成とは必ずしも一致しないことをお断りしておく。 1.新型コロナと貿易に関するOECDのナラティブ貿易に対する新型コロナの影響を分析し,各国に政策を提言するOECDの取組は未だ初期段階にあるが,4月10日に公表した本ペーパーで示したその暫定的なナラティブは,以下7つのポイントに集約される(注2)。
2.今後の取組:11の着眼点以上が,OECDが現時点で提示する新型コロナの貿易への影響及び対応に関するナラティブの要旨である。以下,本ペーパーが示唆する様々な論点の中から,コロナ後の貿易及び経済の回復,さらには多角的自由貿易体制の強靭化を図る観点から注目すべき11の着眼点を抽出したい。 (1)国際貿易のマクロ動向に対する各種要因(コロナ及びそれ以外)の分析 (2)業種や製品別のミクロ貿易実態に関する分析 今後,OECDでもこのような個別具体的な業種の生産工程を含む貿易の実態把握が進むだろう。その際に注目すべきは,グローバル・バリュー・チェーン(GVC)分析で従来用いられてきた産業連関表に基づく国単位の分析に加え,業種(農業や食品流通加工,製造業,旅客運輸等)や製品(医療用品や自動車等)を単位としたミクロ分析である。なぜなら,こうした業種別分析は,下記(6)の論点(サプライチェーンの強靭化)という喫緊の政策課題と関連し,上流から下流の生産工程のどこが脆弱な結節点か,それを補強又は代替する方策は何かといった洞察において,経営や政策上の判断に資する実践的価値が高いためである。 (3)透明性の確保と「隠れ蓑」への警戒 (4)貿易紛争への対応 (5)新しい貿易投資ルールの策定 (6)サプライチェーン強靭化に係る各種手段の比較検討 (7)各国・地域別の「処方箋」の作成 (8)脆弱な主体への支援 (9)国際協調の下支え (10)総合的・分野横断的なアプローチ (11)パラダイム転換のナラティブの構築 コロナ後の世界において,国際貿易に関し,政府と市民社会の「共通の作戦図面」となるナラティブを今後どのように修正・強化していくのかは非常に大きな課題である。OECDやWTOのように貿易を専門とする国際機関が,巷間の政治的プロパガンダからは距離を置き,旧説の見直し作業に専門的に踏み込み,分かり易く見識を示すことが重要である。 おわりにわずか11頁の本ペーパーは,未曽有の困難が生む政策課題を前に,OECDが国際貿易という政策領域に焦点を絞って示した,ほんの「序論」に過ぎないが,今後の国際協調の要諦を見通す上で実に示唆に富む内容である。今後,国際機関どうしが切磋琢磨し,実証的な現状分析と説得力のある政策提言に結実させることで,新型コロナ感染症への対応に係る国際協調の深化に一層有意義な形で貢献していくことが出来るのか(注11)。実務に携わる立場から,上記の11の着眼点をも念頭に国際協調の動向を引き続き注目し,政策の立案と実施に役立てていきたい。 (本稿で述べられた意見や見解はすべて筆者個人によるものであり,筆者が所属する組織の立場を示すものではない。)
注
1.本政策ペーパーは,OECDのHP(https://www.oecd.org/coronavirus/policy-responses/covid-19-and-international-trade-issues-and-actions/)
2.OECD(本部パリ)は,経済成長及び生活水準の向上のために,多岐にわたる公共政策に関する実証分析と各国に対する政策提言を行う国際機関である。その専門的知見に基づく政策形成や国際協力に対する貢献から「世界最大のシンクタンク」とも呼ばれてきた。37の加盟国を中心に国際経済・社会が直面するさまざまな政策課題を平易かつ説得的に説明すべく,主要テーマに関する自らの現状認識及び対策を要約した総論的な言説を作成するよう努めている。このようなテーマには,近年の各国共通の関心事項であるグローバル化(globalization),デジタル化(digitalization),格差是正(inequality)及び包摂的成長(inclusive growth)が含まれる。OECDは,自作のナラティブを単に部内作業の指針とするのみならず,対外的にも,年次の閣僚理事会の成果文書や年2回発表する「エコノミック・アウトルック」等の基調に乗せて公表し,その見識と主張を頻繁に世に問うている。昨今,「国連持続可能な開発目標(SDGs)」や気候変動パリ条約の理念や実施枠組が示すとおり,地球規模課題の目標実現のためには,政府当局のみならず幅広い利害関係者(ステークホルダー)が責任を分有し,包摂的かつ効果的に取組に関与・参画していくことが益々必要とされている。国際機関によるナラティブは,政府及び市民社会の「共通の作戦図面」として一層重要な役割を果たしていると評価されよう。この点,グリアOECD事務総長は,理事会や講演等の場で,喫緊の課題に関する強い関心や懸念に応える明快で力強いナラティブ(clear and robust narrative)を紡ぎ出すことが,国際組織の存在意義を高めるためにも重要だと再三訴えている。
3.拙稿「世界貿易機関(WTO)の新型コロナ感染症対応」国際貿易投資研究所4月16日付フラッシュ459号(http://www.iti.or.jp/flash459.htm)。WTOは4月8日の定例の「貿易統計・見通しに関する報告書」で,昨年比13%~32%の貿易額の急落を予測した。
4.Curran, E. (2020), “Urgent Demand for Medical Equipment is Making Air Cargo Fees ‘Absolutely Crazy’”, Bloomberg(https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-03-30/-absolutely-crazy-air-cargo-fees-highlight-supply-chain-squeeze)
5.Baschuk, B. (2020), “A Trade Collapse that’s Heading Into the History Books”, Bloomberg (https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-03-26/supply-chain-latest-a-trade-plunge-worthy-of-the-history-books)
6.令和2年4月20日閣議決定「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策の変更について」(https://www5.cao.go.jp/keizai1/keizaitaisaku/2020/20200420_taisaku.pdf)30-33頁参照。
7.拙稿「2019年OECD『対日経済審査報告書』の概要」国際貿易投資研究所(2019年4月26日)http://www.iti.or.jp/flash426.htm
8.例えば,OECDの政策ペーパー「中小企業政策の対応(SME Policy Response)」https://read.oecd-ilibrary.org/view/?ref=119_119680-di6h3qgi4x&title=Covid-19_SME_Policy_Responses
9.例えば,G20首脳会議は,テレビ会議(3月26日)後の声明において,「我々の市民のニーズに沿って,我々は,国境を越える不可欠な医療物資及び重要な農産品その他の物品並びにサービスの流通の確保に取り組む」ことで一致した。また,G20貿易投資担当大臣は,首脳会議を受けた緊急会合(3月30日)後の声明で,上記の首脳声明のラインから踏み込み「我々は,各国の要件に適合する形で,それらの必需品の貿易の円滑化のため,即時に必要とされる措置を取る」,「我々は,新型コロナウイルスに対処するための緊急措置は,必要と認められる場合には,的を絞り,目的に照らし相応かつ透明性があり,一時的なものでなければならず,貿易に対する不必要な障壁又はグローバル・サプライチェーンへの混乱を生じさせず,また,WTOのルールと整合的であるべき」であると合意した(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100036698.pdf)。
10.アゼベドWTO事務局長と他の国際機関や民間団体の長との共同声明について,WTOのHP(https://www.wto.org/english/tratop_e/covid19_e/covid19_e.htm)。特に,WTO・IMF共同声明の概要(https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/it/page23_003081.html)。
11.OECDは,コロナ関連特設HP(https://www.oecd.org/coronavirus/en/)で,3月末以降,各担当部局が先を争うかのように「貿易・サプライチェーン」,「財政・金融政策」,「ビジネス・主要経済セクター」,「教育・技能」,「環境・気候変動」等12の政策分野における報告書・政策ペーパー等を公開している。
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