フラッシュ469
2020年8月6日
 

トルコの新型コロナウィルス感染症対策は成功例なのか

 
夏目 美詠子
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
 

3月に最初の新型コロナウィルスの感染者が確認されて以来、一時期世界で最も速い感染拡大を見せたトルコだが、感染ピークを過ぎ、6月から社会・経済活動を再開した。感染第1波を振り返ると、イタリア、フランス、ドイツなど欧州の感染拡大国と同規模の感染者を出しながら、死者数が極めて少ないことが際立つ。死者数抑制の成功要因は何なのか。公正発展党(AKP)政権の感染症対策の検証とともに探っていきたい。またコロナ禍において、昨年の統一地方選以降静かに進行していた政権支持基盤の弱体化が露呈した。その経緯も併せて示したい。

<6月以降、社会・経済活動を再開>

3月10日に国内初の新型コロナウィルスの感染者を確認後、断続的な都市封鎖や外出規制を行ってきたトルコは、6月1日以降、感染防止措置を解除・緩和し、経済活動を再開した。再開の決め手は、5月末に1日当たりの新規感染者数が1,000人を切ったことだったが、6月半ばに再び1,500人台に跳ね上がり、7月半ばまで1,000人台が続いた。その後、新規感染者数は900人台に下がったが、政府は7月31日~8月4日の犠牲祭(クルバン・バイラム)後の再拡大を警戒している。第1波の感染ピークは、新規感染者数5,138人を記録した4月11日だった(注1)(図1)。経済活動再開後は、新たな措置としてマスク着用を全国民に義務化、違反者には罰金を科した。外出禁止令は、高校・大学入試共通試験が行われた6月第3・4週の週末に日中限定で発令されたのみで、政府は社会・経済活動の正常化に後戻りはないことを明確にしている。

 

 

6月に解除されたのは県境をまたぐ移動制限だ。レストラン、カフェ、スイミングプール、スパなど商業施設の営業や、ビーチ、公園、博物館、遺跡、図書館、スポーツセンターなど公共施設の利用も再開された。乳幼児を預かる保育所とディケアセンターが再開される一方、3月16日から休校・遠隔教育が続く小学校から大学までの通常授業再開は、8月31日からとなった。

トルコ航空(THY)は国内線の運航を6月1日から、国際線を6月12日から再開した。都市間を結ぶ長距離列車、長距離バスは6月4日から運行を再開した。これに伴い、保健省は公共交通機関の利用にHESコードと呼ばれる新たな電子証明の取得を義務付けた。HESコードは、旅行者個人が各自のスマートフォンで取得する。保健省指定電話番号のSMS、 電子政府窓口、 同省が提供するモバイルアプリ(Hayat Eve Sığar(HES): 生活は家にフィットする)のいずれかにアクセスし、所定の質問に答えて感染者や濃厚接触者ではないと認定されると発行される。チケットの購入には同コードの提示が必要だ。同省はコード取得者の行動を追跡、同じ交通機関利用者に感染者が出た場合、同乗者全員に連絡し、直ちに検査を受けるよう促す仕組みだ(注2)。一方、同省が4月半ばに運用を開始したHESアプリは感染者の行動監視を目的としている。PCR検査で陽性となった全感染者に同アプリ使用を義務付け、全地球測位システム(GPS)で行動を監視、自宅隔離中に外出すると警告、従わない場合は警察官が派遣される。同アプリのマッピング機能を使い、非感染者は感染多発地域を示す地図を閲覧できるほか(注3)、近距離無線通信「ブルートゥース」機能によって、感染者と接触した際に通知を受け取ることができる(注4)。同アプリは運用開始1か月でユーザー数1,000万人に達した。ファフレッティン・コジャ保健相は、同アプリを「感染リスクを最小限に抑え、危険な環境を回避し、感染症との戦いにおいて責任を共有し、管理された社会生活を送るための手段」だと述べている(注5)。

<トルコの感染症対策の長短>

日本の安倍首相は5月25日の緊急事態宣言解除に際し、「罰則を伴う強制的な外出規制を実施しなかったにもかかわらず、わずか1か月半で新型コロナウィルスの流行をほぼ収束させた。人口当たりの感染者数や死亡者数は主要7か国(G7)と比して圧倒的に少なく、「日本モデル」の力を示せた」と胸を張った。感染者数が少ないのは、日本のPCR検査体制が目詰まりし、検査実績が国際水準を大きく下回っていたからだ。では死者数が少ないのはなぜか。「BCGワクチン説、3密回避といった日本型の対応成功説、充実した医療体制説、日本人の同調的行動説、日本の生活習慣説などがあり、十分解明されていない」(注6)。外国メディアも日本の新型コロナ対策には様々な不備があったのに、結果として成功したのは「不思議」だと論じる(注7)。欧米に比して、日本のみならずアジア地域での死者が少ないのは、遺伝子や過去に獲得した免疫の差異によるものでは、との指摘もあるが、推測の域を出ない(注8)。

一方、トルコのエルドアン大統領も経済再開に際し、「感染拡大防止策と死者数の少なさで、トルコは世界に模範を示すことができた。これは全国民8,300万人の成功である」と述べた(注9)。保健省によれば、トルコの7月30日までの累計感染者数は22万9,891人、累計死者数は5,674人だ(図1・2)。米ジョンズ・ホプキンス大による同日の集計によれば、トルコは感染者数では世界で17位、死者数では21位である。4~5月は欧州諸国が感染者数で上位を占めたが、6月半ば以降は米・英とともに中南米や中東の新興国が上位に並ぶ。感染者数がトルコとほぼ並ぶイタリア(24万7,158人:15位)、フランス(22万2,469人:18位)、ドイツ(20万9,002人:20位)の死者数は、それぞれ3万5,132人(6位)、3万241人(7位)、9,138人(15位)でトルコを上回る(注10)。トルコの人口10万人当たりの死者数は6.87人で、欧米、中南米の感染拡大国やイランなどに比して一桁少ない。感染者のうち亡くなった人の割合を示す致死率は、米国の3.4%、ドイツの4.4%を下回る2.5%で、感染規模に比した死者数の少なさが際立つ(注11)。

 

 

では、トルコで新型コロナウィルスによる死者数が少ない理由は何か。どのような感染症対策を実施し、何が有効だったのだろうか。

感染拡大国や周辺国との往来停止は比較的早かった。保健省は2月5日に中国との全航空便の停止を決め、イラン国境は2月23日に封鎖された。3月1日にはイタリア、イラク、韓国との空路を封鎖、周辺国との国境は3月半ばまでにすべて閉じられた。3月28日には大統領の決定で全国際線の運航が止まり、国内線のフライトや陸路による都市間の移動は県知事の許可が必要となった。しかし3月半ば以降、在外トルコ人やサウジアラビアへ巡礼(ウムラ(注12))に赴いた人々が続々と帰国、感染者が急増した。帰国者には、政府が手配した大学寮などでの14日間の隔離が義務付けられた(注13)。ところが巡礼からの帰国者2万1,000人のうち、隔離に応じたのは6,500人のみで(注14)、直接帰宅した巡礼者の多くは自己隔離をしないまま、巡礼後の慣習として親戚や友人らと相互訪問を繰り返した(注15)。その後、全国で町・村・街区・集合住宅単位の感染クラスターが発生、当該地区の封鎖が相次いだ(注16)。コジャ保健相は巡礼者や帰国者に感染者がいたこと、彼らを介して感染が拡大したことを認めた(注17)。

内務省は、3月半ばにカフェ、劇場、映画館、結婚式場、ジム、レストラン、ショッピングモールなど多くの人が集まる場所の閉鎖を決めた。宗務庁も3月16日付でモスクでの集団礼拝を禁じたが、個々人の礼拝は妨げないとしてモスクの閉鎖は見送った(注18)。巡礼者やモスクでの礼拝を欠かさない人々は、公正発展党(AKP)政権の岩盤支持層だ。往来遮断の初動が早かったのに感染拡大を防げなかったのは、支持層への配慮を優先した政権の失策と批判されている(注19)。

またエルドアン大統領は当初、厳しい感染症対策によって経済活動が停滞するのを嫌がった。3月18日、新型コロナウィルスによる最初の死者が出た翌日の会見で、「感染症対策と同時に、2018年の経済危機(注20)からの回復を妨げないことが重要だ。生産・貿易・雇用を守らなければならない。サプライチェーン再編で中国に代わる生産拠点になるチャンスでもある」と述べ(注21)、その後も全面的な外出制限や都市封鎖を見送った。実施されたのは年齢層や地域、期間を限定した措置で、3月21日に65歳以上および基礎疾患のある国民、4月3日時点で20歳以下の国民(注22)、4月2週から5月5週までの週末には主要都市を擁する県の住民が外出を禁じられた。外出禁止令が発令された県には、週末のみならず一定期間、自家用車による出入りが禁止された。小・中・高校および大学は3月16日から休校、3月23日から遠隔教育が開始されていたため、自宅学習が法的に強制される形となったが、18~20歳の勤労者は外出禁止措置を免除された。65歳以上の国民は近隣の散歩も禁じられる一方で、65歳以上でも基礎疾患があっても医療従事者や公務員は職務続行が認められた。つまり、学生や医療・公務に従事していない高齢者と、営業を禁じられた一部のサービス業従事者を除いて、21歳から64歳までの労働者や自営業者は週末以外ほぼ通常通り働き続けていたことになる。エルドアン大統領は3月25日、「トルコ国民よ、家にいましょう。感染拡大を防ぐ唯一の方法は不要不急の外出を自粛することです」と呼びかける一方で、「経済活動維持に尽力する製造業、サービス業従事者に感謝します」と述べている(注23)。政権が全面的かつ強制的な外出禁止や休業命令を回避するのは、経済活動の維持だけが目的ではなく、失業者の増大や休業補償による財政負担を嫌い、外出「自粛」要請に従わない国民の新型コロナウィルス感染を「自己責任」に帰すためで、極めて無責任な対応だと批判されている(注24)。その結果、感染者数の8割以上は15~64歳が占め、通常勤務を余儀なくされた生産年齢人口が感染拡大の中心だったことがわかる(注25)。このようにトルコの感染症対策も不備な点は多い。それでも、同規模の感染者を抱えた他国に比して死者を少なく抑えることができたのは、AKP政権が発足間もない2003年から10年かけて構築した医療体制が有効に機能したからだ。

<AKP政権が構築した医療体制が真価を発揮>

それを的確に指摘したのは、フランスのシンクタンクInstitut Montaigneのウェブサイトに掲載されたトルコ人政治学者Evren BaltaとSoli Özel 連名による論文だ(注26)。彼らは、死者数抑制の成功要因として、①65歳以上の高齢者に課した厳格な外出禁止措置、②若い人口構成(年齢中位数32.4歳)、③有効に機能した医療体制の3点を挙げる。一方、保健省による感染症関連の発表が、たとえば県単位の感染者数、死者数が数回しか明らかにされないなど透明性を欠いていること、PCR検査を受けずに感染症状を示し、治療を受けた患者が感染者とカウントされていないこと、トルコも他国同様、「超過死亡(注27)」が相当数いる(注28)ことを認めている。しかし、これらの指摘を勘案し、トルコの死者数を3割増しにしたとしても、同規模の感染者数を抱えた他国よりも少ないと主張する。また、①の要因に関し、トルコでは高齢者を家庭で娘や嫁、移民の家内労働者が介護することが多く、老人ホームへの入所が一般的ではないため、多くの死者が出やすい高齢者施設でのクラスター発生が少なかったことを指摘している。

では、有効に機能した医療体制はどのように構築されたのだろうか。AKP政権は世界銀行の支援を得て、2003年から抜本的な医療保険制度改革に取り組んだ。2012年には分立していた5つの医療保険制度(公務員・退職公務員・企業労働者・自営業者・低所得者向けGreen Card制度)を統合し、加入者は職業や所得に関係なく、基本的な医療サービスを原則無料で受けられる公的医療保険制度(Genel Sağlık Sigortası:GSS)を確立した(注29)。2019年のGSS加入率は、国民皆保険とは言えないまでも85%に達している(注30)。保険料は月額給与の5%を労働者、7.5%を雇用主が負担(困窮者は免除され、全額国庫負担)、さらに保険財政の25%は国が負担する。プライマリ・ケア(家庭医)以外の公立・民間病院での診療には一定の利用者負担が生じる。しかし救急外来や火傷、がん、臓器移植、心疾患、腎臓透析、出産など命に係わる緊急治療は、集中治療室(ICU)の使用を含めて無料とされ、同規定は新型コロナウィルスの治療にも適用された。医療保険制度改革では、病院や医療設備、医療従事者の拡充も図られた。2018年のトルコの病床数は23万床余りで1,000人当たり2.9床にとどまり、日本の13.1床、ドイツの8.0床に遠く及ばないが、ICUの数は2002~18年の間に17倍増加して3万8,000床余りに達し(注31)、欧州域内で5位以内に入る多さとなった(注32)。ICUの6割は民間病院が有し、利益追求の道具だと批判されてきたが、コロナ禍においてフル稼働し、医療崩壊を食い止めたとされている(注33)。さらにトルコでは、心臓への副作用が指摘された抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」を他国に先駆けて使用(注34)、ウィルス増殖とサイトカインストームの抑制にそれぞれ効果があるとされるアビガン(Favipiravir)、トシリズマブ(Tocilizumab)も積極的に投与され、治療効果を上げたという(注35)。

また、トルコの1日当たりの検査実績は欧米ほどではないが、日本を上回る水準を維持した。国産のPCR検査キットに加えて、3月末に中国から迅速検査キットの輸入を開始、1日当たりの検査実績を4月以降は3万件余りに増やした。様々な制限解除を進めた6月以降は、感染の再拡大を抑えるため、1日当たり4~5万件の検査が行われている。対応は迅速で、担当者が濃厚接触者の自宅に赴き、玄関口で検査、24時間以内に結果が判明する。

さらに5月には、感染拡大による病床逼迫に対応するため、感染者が最も多いイスタンブル市内に国内最大規模の病院が2つ開業した。ひとつは、双日がトルコ企業と建設・運営し、国際協力銀行(JBIC)等が協調融資した「バシャクシェヒル・チャム・サクラ都市病院」だ。病床数は2,682、感染者急増に対応するため、竣工予定を4か月前倒しして5月21日に開業した(注36)。開業式にはエルドアン大統領とともに、日本の安倍首相もテレビ会議方式で参加した。次いで5月31日にはアタチュルク国際空港の敷地内に、エルドアン大統領の大号令の下、45日間の突貫工事で病床数1,008の多目的救急病院が開業した。新型コロナウィルスで死亡した高名な医学部教授の名を冠したこの病院は、新型コロナウィルスの収束後も感染症や災害に対応するほか、医療ツーリズムの受け入れも想定しているという。同病院は432のICUを備えている(注37)。

AKP政権による医療保険制度改革の最大の功績は、従来の医療保険制度から疎外された非正規労働で働く低所得層に、国民が一律に享受できる質の高い医療サービスを保証したことだ。彼らは、1992年に国が全額保険料を負担する形で導入されたGreen Card(Yeşil Kart)制度を利用することができたが、審査が厳しい上に適用は入院のみで、外来診療は自己負担だった。医療保険制度改革によって、彼らが費用を心配せずに医療機関にかかり、適切な治療を受けられる体制が構築された。多くの新興国、途上国で起きている所得による医療格差や低所得層の死者増加という悲劇は、トルコでは起きずに済んだ。同改革は、集合住宅開発局(TOKİ)による低所得層向け公共集合住宅の建設・提供と並ぶAKP政権の看板政策で、低所得層の社会福祉向上に大きく貢献した。コロナ禍においてその真価を発揮したといえるだろう。

<コロナ禍で露呈したAKP政権の弱体化>

AKP政権は、コロナ禍で打撃を受けた経済・雇用を支えるため、付加価値税や社会保険料の延納など企業支援を中心に、総額1,000億トルコリラ(約1兆6,000億円)の経済対策を3月18日に発表、中央銀行による利下げや流動性の追加供給、国営銀行による低利融資や返済繰り延べなどの措置も追加された。さらに、低所得世帯や最低賃金で働く人々への現金給付、最低年金額の引き上げも行われた。国や地方自治体による一連の経済対策で、全世帯の4分の1が何らかの経済的支援を受け取ったとされている。

では国民は、AKP政権によるコロナ禍の危機管理を評価しているのだろうか。毎月世論調査を実施しているMetroPoll社によれば、エルドアン大統領への支持率は、新型コロナウィルスの感染拡大が始まった3月、前月の41.1%から55.8%に上昇(注38)、6月まで50%台を維持している(注39)。ところがAKPへの支持率は、3月以降毎月低下、6月は30.3%だった(注40)。2018年6月の国政選挙の得票率42.6%に比して、10%以上の退潮だ。2019年の統一地方選挙で主要都市の市長職を最大野党・共和人民党(CHP)に奪われて以来、AKPの支持率凋落には歯止めがかからない。世論調査会社Geziciが7月に公表した調査結果では、コロナ禍においてAKPから女性票が離れたことが明らかになった。女性のAKP支持率は全年代で10~15%低下した。彼女たちはAKP政権よりもCHPの市長たちによる経済支援を好感したからだという(注41)。

アンカラ、イスタンブル、イズミルのCHP市長らは3月29日、コロナ禍で所得減や生活苦に陥った市民の相互扶助を目的とした募金活動を始めた。エルドアン大統領も翌30日、「国民連帯キャンペーン」と名付けた基金を立ち上げ、自身の給与7か月分の寄付を公表、閣僚や官僚、企業や団体、個人に寄付を呼び掛けた。翌31日、内務省は政府が任命する81県知事に通達を出し、知事の許可なく市町村が行う募金活動は違法だとして、募金口座凍結を命じた。主要11都市のCHP市長らは通達撤回を求める声明を出し、アンカラ、イスタンブル両市長は裁判でも争ったが、最高行政裁判所は6月に市長らの求めを却下した(注42)。しかし両市長はユニークな支援プログラムを次々に立ち上げた。困窮世帯の水道・ガス料金の支払いや現金給付、乳幼児がいる家庭へのおむつ給付、断食期間中の夕食(İftar)給付などに寄付を呼び掛けるマッチングサイトを開設、7月末までの給付実績はアンカラ・イスタンブル両市それぞれ2,896万リラ(約4億5,000万円)(注43)、2,470万リラ(約3億8,200万円)(注44)に達し、今も申請が相次ぐ。マンスル・ヤバシュ・アンカラ市長は「善意は伝染する」とツイート、困窮世帯による食料品店のツケを余裕のある市民が肩代わりして支払おう、と呼びかけ、大きな広がりを見せた(注45)。一方、AKP政権の「国民連帯キャンペーン」には21億500万リラ(約325億円)の寄付が集まったが、7月時点で使途は明らかにされていない(注46)。ユーラシア世論調査センターが4月末に行ったアンケートでは、コロナ禍で収入が減った人は53.6%、外出禁止令の下で何の支援もなければ、1週間から1か月で生活が破たんする人が80%で、67.9%が政府の経済支援は不十分だと回答した(注47)。

国民は、政府が発表する感染状況についても情報公開が不透明で、恣意的だと考えている。MetroPoll社の4月の調査によれば、感染症対策の功労者とされたのは、1位:コジャ保健相、2位:科学委員会(保健省の感染症専門家委員会)、3位:ヤバシュ・アンカラ市長、4位:エルドアン大統領、5位:スレイマン・ソイル内務相、6位:エクレム・イマムオウル・イスタンブル市長だった(注48)。日々会見して感染者数や死者数を発表し、医師としての知見から自身のツイッターでも感染防止策を発信するコジャ保健相の奮闘ぶりは評価されているものの、保健省のウェブサイトに県単位の感染状況の記載はない。過去5か月にコジャ保健相が数回、メディア向けに口頭で発表しただけだ。確かに前述のHESアプリのマッピング機能を使えば、自分の行動範囲にある感染者が多い場所は確認できる。しかし、国民は自分の居住する市や県、あるいは他県のどこで感染が拡大しているのかといった全容把握ができない。4月2週の最初の週末外出禁止令は開始の2時間前にエルドアン大統領が実施を決定、真夜中に食料品店に買い物客が殺到する大混乱を招いた。発令は市長らに事前通知されなかった。6月1週の週末外出禁止令も直前に大統領によってキャンセルされた。こうした恣意的な情報管理は、CHP市長らに活躍の場を与えたくないエルドアン大統領の意向を反映していると思われる(注49)。ユーラシア世論調査センターによれば、政府が発表する感染情報を76.8%が信用できないと回答、トルコは感染症対策に最も成功した国の一つだと思うかという問いには69.9%がいいえと回答した(注50)。

さらに6月末、AKP政権が若者の支持も失ったことを示す決定的な事件が起きた。今年の大学入試共通試験は、感染拡大の影響で当初予定の6月第3週の週末から7月第4週へ延期され、その後6月第4週への繰り上げ実施が閣議決定された。観光シーズン中の大学入試実施に観光省が難色を示したと報じられたことから(注51)、高校生らが反発、ツイッターに「私たちの努力を弄ぶな(#emeğimizoyuncağını)」と題した投稿が殺到した(注52)。これに危機感を抱いたエルドアン大統領が入試前日の6月25日、受験生の不安を取り除き、エールを送りたいとYouTubeでビデオ集会を開催したところ(注53)、再び抗議のコメントが殺到、大統領府がコメント機能をオフにすると(注54)、ツイッターにハッシュタグ「貴方には投票しない(#OyMoyYok)」が現れ(注55)、投稿が相次いだ。こうした若者の動きは、「Z世代(Z kuşağı)」の反乱だとして大きな話題となっている(注56)。2000年代に生まれ、AKP政権の下で成長した彼らは人口の15.6%を占める。2023年の大統領選以降、有権者としての存在感を増してくる彼らの投票行動に注目が集まっている(注57)。

コロナ禍は世界のどこの国でも、隠れていた問題やリスクをあぶり出した。トルコでは、図らずもAKP政権の弱体化が明らかになった。コロナ危機下の同政権の経済運営も、大きなリスクをはらんでいる。財政出動に伴う財政赤字の拡大、景気浮揚を狙った融資拡大と不良債権の増加、中央銀行による不透明な通貨防衛策と外貨準備の枯渇、輸出・観光産業への打撃、失業の増加などが懸念材料だが、これらについては稿を改めて論じたい。

 

12. 小巡礼ともいう。イスラム歴の巡礼月に行われるハッジ(大巡礼・イスラムの五行の一つ)ではなく、随時・任意で行われる巡礼のこと。
20. 2018年8月、対米関係悪化を契機に通貨トルコリラが暴落した。トルコショックと呼ばれる。
22. 20歳以下の外出制限はその後18歳以下に変更され、6月半ばに保護者同伴を条件に解除された。65歳以上の外出は曜日や時間帯限定で解除されたが、犠牲祭明けに全面解除予定。
27. 新型コロナウィルス(COVID-19)の流行により、前年同期あるいは過去の平年の死者数の平均値より多い死者数。COVID-19が直接の死因でも公式統計に記録されなかった死者、COVID-19流行による医療体制のひっ迫などが間接的な死因となった死者で構成される。