フラッシュ66
2004年6月30日
 

改革に揺れるイタリアの年金制度

 
(財)国際貿易投資研究所  欧州研究会委員
釧路公立大学非常勤講師  長手 喜典
 

  国民世論に反する強行採決で「年金制度改革関連法」が、国会で成立して数日後、6月10日の朝刊各紙には、2003年の日本の出生率が、前年の1.32%から1.29%に下がり、戦後、初めて1.2%台へ落ち込んだことが、大々的に報じられた。
  というのも、年金システムに最もネガティブに働く「少子高齢化」のうちの、少子化傾向になお歯止めのかかっていないことが、明らかとなったからだ。したがって、政府の画く年金制度改革の土台が、発足当初から揺らぎだした感があり、今後、日本の年金システムは、抜本的見直しに迫られるのは必至である。
  一方、日本と並んで戦後、少子化傾向が最も進行し続けたイタリアの出生率は、2002年1.26%とわが国をさらに下回る水準だが、ここにきて、ほぼ下げ止まり傾向が見られるようになった。これには昨年から、第2子誕生に一律1,000ユーロ(13万5,000円)のボーナスを支給するベルルスコーニ政権の時限立法が作用したとの見方もあるが、人口論や家族社会学の専門家の見方は異なっており、このところ流入増の止まらない移民労働者家族の出生率が寄与していると指摘する。
  いずれにしても、高齢化への危機感は日伊が共有する両国にとっての大きな問題の一つであり、総人口に占める65歳以上の割合は、2050年には日本の35.7%に対し、イタリアは35.9%に達すると推計されている。またCIA資料によると、2003年の平均寿命(推計)についても、日本の男子77.63歳、女子84.41歳、平均80.93歳に対し、イタリアは男子76.74歳、女子82.52歳、平均79.40歳と拮抗しており、洋の東西の長寿国として、両国の年金財政にとり、大きな重しとなっている。

年金前史

  イタリアが世界でも有数の「年金生活者天国」であったことは、知る人ぞ知る事実である。それは「ベビー年金生活者」という言葉があることからも知られるとおり、ときには30代から年金を受給できるという信じがたい例が珍しくない。例えば、女性公務員の年金はきわめて優遇されており、一時期、40才前から受給者が続出した。男性でも50代ともなれば現役組は半減し、約50%は年金生活者である。
  しかも、最終給与の80%が保証されていたのだから、イタリア人サラリーマンの共通の願いが、自分の給与水準の一番高い時をねらって早々に退職し、この年金の恩典にあずかって、のんびり余生を楽しむことにあったのも、その国民性からしてうなずける。
  イタリアの年金財政は90年代にはいると、収支の困難性が厳しく問われるようになり、INPS(Istituto Nazionale della Previdenza Sociale, イタリア社会保障保険公社)の所管する年金基金の危機が声高に論議されるようになった。そこで1992年頃から小改正がスタートするが、抜本改革には至らず、将来を見据えた初めてのイタリア年金制度の方向性が打ち出されたのは、1995年のことである。

1995年の年金改革パッケージの骨子

  1. 年金支給はこれまでの所得基準型から分担金重視型へと漸進的に移行する。
  2. 年金受給資格は男子65歳、女子60歳以降で、かつ年金保険料支払期間は35年以上とする。ただし、1996年までに18年以上年金を掛けたものは、以前のシステムを享受できる。
  3. 被雇用者と雇用主がともにグロス給与の2%ずつを拠出して、自発的に個人年金システムへ加入する場合は、税制上優遇される。さらに、退職金積み立てに対しても、2001年からタックス・インセンティブを導入する。

  以上から、国は将来的に「ベビー年金生活者」すなわち、早期退職者を排除し、支給年金額の算定基準も、あくまで本人の支払い済み年金保険料額に基づいて算出する方向を打ち出した。また、将来の生活設計を単に国の社会保障制度に依存するのではなく、個人の自主的な保険加入で補完するよう勧めている。
  しかし、この年金改革に対して、とくに退職年齢の引き上げに不満が集中したため、1997年の改正で年金受給資格年齢を2004年までは57歳に引き下げるなどの手直しを行った。さらに、下記のような小改正案も2001年12月に議会に上程されたが、現在に至るまで可決されていない。

  1. 最低定年年齢を超えて働く者へのインセンティブ給与
  2. 個人年金を支援するための、国の社会保障費からのバックアップ
  3. 新規雇用者に対する国庫助成の減額

  その後の動きについては次号以降で紹介する。

(参考)主要国の年金制度については財務省HPの「主要国における年金税制(公的年金)」が参考になる。