フラッシュ72
2004年11月16日
 

生産年齢人口の減少に歯止めをかけられるか
〜ドイツ「新移民法」の概要

 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹
   田中 信世
 

   ドイツ連邦参議院は去る2004年7月、新移民法(正式名称は「EU 市民および外国人移民のコントロールと制限および滞在と統合の規則に関する法律;移民法」)を可決した。同法は8月に成立し(2004年8月5日付Bundesgesetzblatt Jahrgang 2004 Teil 1 Nr.41で公示)、2005年1月に発効する。

  ドイツでは少子高齢化の急速な進行により、連邦政府と州政府が共同で実施した「人口予測調査」で現在8,200万人の人口が2050年にはわずか5,900万人にまで落ち込むとのショッキングな予測結果が出ている。また、欧州委員会の資料によれば、ドイツの2000年現在の生産年齢人口は4,035万人であり、40年後の2040年に同水準の生産年齢人口の水準を保つためには、年間10万人や20万人規模の移民の受け入れ(流入から流出を差し引いた純受け入れ)だけでは追いつかず、年間50万人の移民の受け入れが必要という。
  このことは、ドイツが今後少子高齢化の影響を緩和するためには、好むと好まざるとにかかわらず移民の受け入れを増やさざるを得ない状況に置かれていることを意味する。同時に移民の増加は、ドイツ社会との軋轢を引き起こすことが予想されることから、移民のドイツ社会への統合(融合)も大きな課題として浮上してきた。

表1 ドイツの生産年齢人口の推移
(単位;1,000人)
 
 
移民なしの場合
2000年から移民を受け入れた場合

現在の生産
年齢人口

移民受け入れ
ゼロ
年間10万人
受け入れ
年間20万人
受け入れ
年間50万人
受け入れ
2000 40,356        
2010   38,525 40,452 42,069 44,099
2015   36,898 39,522 41,949 44,986
2020   34,512 37,848 40,806 44,862
2040   24,811 29,886 33,846 41,481
(出所) 欧州委員会、Information note、“The Free Movement of Workers in the Context of Enlargement” (原資料はFuchs and Thon 1999、Institute fuer Arbeitsmarkt- und Berufungsforshung der Bundesanstalt fuer Arbeit)

   このため政府は 2001 年に新しい移民政策を検討するために諮問委員会を設立し、諮問委員会は同年 7 月、人口減少に伴う将来の労働力不足に対処するためには、移民政策と移民の社会統合政策を組み合わせた総合的で戦略的な政策が必要とする報告書を作成し、政府に提出した(詳細については国際貿易投資研究所、『季刊 国際貿易と投資』 No46 、「ドイツの人口問題と移民政策」参照)。

  諮問委員会の諮問を受けて政府は早速、新移民法(正式名称は「連邦領域における外国人の滞在、就労および統合に関する法律;滞在法」)の立案に着手し、2001年8月に同法の政府原案を作成、2002年1月には与野党の協議で原案修正、同年3月1日に連邦議会で、3月22日には連邦参議院で辛うじて可決され、6月にラウ大統領(当時)の署名も終わり、同法は成立したかに見えた。
  しかしその後、連邦参議院での可決方法に問題ありとする一部の州の提訴を受けた憲法裁判所が2002年12月18日、連邦参議院での議決方法について違憲判決を下したため、同法の成立は取り消され、一転、「幻の新移民法」となってしまった(詳細についてはフラッシュ41「ドイツ新移民法に違憲判決」2002年12月20日付参照)。

新移民法の概要

   今回成立した「新移民法」は以上のような経緯を踏まえ、連邦議会と連邦参議院で仕切り直しの審議を行ったうえで成立したものであり、その内容は基本的に「幻の新移民法」の内容を引き継いだものとなっている。同法の特徴は、(1)従来 5 種類あった在留許可の種類を期限付きの滞在許可( Aufenthaltserlaubnis )と期限のない定住許可( Niederlassugserlaubnis )の 2 種類に整理したこと、(2)移民のドイツ社会への統合(融合)を促進するために統合コースおよび統合プログラムの規定を設けたことである。

表2 就労を目的とした移民に対する滞在・定住許可の付与とその要件
種類
要件
滞在許可

・有効期間は目的、状況に応じて一定期間に制限
・滞在許可は、労働市場の需給動向、国内の失業者削減の必要性を考慮して発給
・滞在許可の発給には、連邦雇用庁の同意が必要 ・就労に関する二国間協定は引き続き有効

定住許可

・ドイツでの生活環境に「統合」でき、国の援助を受けないで生計費の確保が保証されている高度な有資格の外国人に対して付与
・高度な有資格者としては次のものが該当
(1)専門的な知識を有する学者
(2)特別な職能を有する教員および研究者
(3)特別な職業経験を持つ専門家および指導的な立場のサラリーマン (給与が社会保険支払い最低水準の少なくとも2倍であること)

自営業者に対する滞在・定住許可 ・次の要件を満たした者に対して最長3年の滞在許可を付与
(1)最低100万ユーロ(約1億3,500万円)の投資
(2)最低10人の雇用を創出
(3)その他(ビジネスアイディア、企業人としての経験、技術革新への貢献などの面で優れていること)
・3年が経過した時点で、事業が成功し、生計費の確保が保証されていることが確認された場合には、定住許可を付与
統合コース ・外国人のドイツ社会への統合を支援するため統合コースを提供
・統合コースには、基礎語学コース、上級語学コース、ドイツの法律・文化・歴史に関する基礎知識習得のためのオリエンテーションなどが含まれる。統合コースに参加する場合、支払能力を考慮して適当な費用負担が求められる
・統合コースに参加する権利;就労を目的とした滞在許可、家族呼び寄せのための滞在許可、人道的理由による滞在許可を有する外国人および定住許可を有する外国人は、1回限りの統合コースへの参加を請求する権利を有する
・統合コースへの参加義務;統合コースに参加する権利を有する外国人は、ドイツ語で容易に意思を疎通させることが困難な場合には統合コースへの参加が義務付けられる。正当な理由なく参加義務が履行されない場合、所轄の外国人官庁は当該外国人の滞在許可延長に当たり、義務違反および統合コースへの不参加の影響を指摘
(資料) “Gesetz zur Steuerung und Begrenzung der Zuwanderung und zur Regelung des Aufenthalts und der Integration von Unionsbuergern und Auslaendern (Zuwanderungsgesetz)”より作成

  表2から明らかなように、今回成立した「新移民法」の最大の狙いは、諮問委員会の諮問の趣旨を生かして450万人にも達するドイツ国内の失業者の就労を促進することを最優先し、短期滞在許可の付与を制限的なものとする一方で、経済の競争力を高めるために専門知識を有する学者等の専門家には期限なしの定住許可を与えるなど、選別的な移民の受け入れを明確にしたことであろう。自営業者に対する滞在・定住許可についても、外国人の自営業者が国内の雇用創出に貢献する可能性があることから優遇した内容となっている。
  短期的な滞在許可の対象となる単純労働者の受け入れは、現在のドイツにおける大量の失業者の存在を考えると、既存の「二国間協定」に基づく受け入れを除いて事実上閉ざされた状態に置かれることになる。ちなみに、現在ドイツが締結している外国人の就労に関する「二国間協定」としては、(1)ハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキア、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ルーマニアとの間で締結している「研修労働者の受け入れに関する二国間協定」と、(2)ポーランド、チェコ、スロバキア、スロベニア、ラトビア、ルーマニアとの間で締結している「建設など特定プロジェクトに従事する労働者の受け入れに関する二国間協定」がある。
  「新移民法」により定住許可が付与される高度な専門家の要件が明確にされたことから、情報通信技術(IT)専門労働者の移住もその中に組み入れられることになり、2000年7月に導入されたIT専門労働者に特別の労働許可を発給するいわゆるグリーンカード制度は廃止されることとなった。
  なお、グリーンカード制度の下でドイツに移住したIT技術者は今年9月末現在で1万7,369人に達するが(ハンデルスブラット紙、2004年10月18日付)、連邦経済省がこれらIT技術者510人を対象に行ったアンケート調査によると、就職した企業でドイツ人同僚と同等に取り扱われたと感じている人が回答者の97.5%を占め、勤務時間外にドイツ人やドイツ人の友達と定期的にコンタクトを持っていると回答した人が半分以上を占めるなどの結果が出ており、IT技術者のケースで見る限り移住者の「ドイツ社会への統合」はスムーズに行われたことがわかる。また同調査では、グリーンカード制度そのものに対する評価については、約半分の人が満足としたのに対して、3分の1弱が不満足と回答している。グリーンカード制度への不満の要因として最も多く挙げられたのは労働許可の有効期間が5年に制限されていることであったという(同上紙)。今後、IT技術者の受け入れについても「定住許可」の中で行われることになるため、上記のような有効期間についての不満は解消されていくものと思われる。

  「新移民法」の下における就労を目的とした移民の受け入れの概要は以上のとおりであるが、「新移民法」によってドイツが求める高度な人材が実際に確保できるのかは不透明という見方も多い。それにも増して重要な問題は、この「移民法」によって長期的な生産年齢人口の減少傾向に歯止めがかけられるのかという問題であろうが、必要とされる移民の大きさから見て、この法律が万能薬になるとは考えにくい。
  国内に大量の失業者が存在するという経済情勢と連邦参議院で与野党の勢力が逆転している現在の政治情勢の下では、今回の「新移民法」を成立させるのが精一杯ということなのかもしれないが、生産年齢人口の減少がより深刻になれば、「新移民法」の抜本的な見直しを迫られるといった事態が起こらないとも限らない。