フラッシュ80

2005年7月8日

 

米国の中国脅威論と中国企業の「米国流ビジネス論理」

 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹  佐々木 高成
 

<米国の対中脅威論に重なる日本異質論の誤謬>

  米国で燃えあがった中国脅威論は中国の国営企業である中国海洋石油(CNOOC)による米石油メジャー、ユノカル社に対する買収参戦によって新たな火種が加わった。米国内では今の中国企業による米企業買収の動きを1980年代に米国で大きな反響と反発を招いた日本企業の米国資産買収と比較、対比させる論調が目立つ。例えばワシントンポスト紙(6月27日)はCNOOCが国営企業であり、買収資金が結局中国政府から出ることについて、かつて日本企業が銀行から安い金利で調達した資金を用いたことと同じだと断定、国家安全保障上の懸念についても米国は当時日本が半導体市場を支配することを安全保障上の理由で懸念したが杞憂に過ぎなかったように中国に対しても懸念の必要はないという。
  「日米逆転」という著作で日本異質論を展開したクライド・プレストウィッツは中国が日本の戦略的貿易政策を真似ているという。同氏らは日本と中国が(1)輸出主導型経済、(2)対米貿易で蓄積した黒字を米企業買収や証券投資などに向けていること、(3)戦略的部門における競合(日本の半導体、中国の石油)、などで共通性を持つと主張している。他方、「日本と中国の類似性は表面的だ」とするミシガン大学サクソンハウス教授によれば、日本は安全保障を含めた対米関係の配慮から米国の要求に譲歩してきたが、中国と米国の関係ははまったく異なり戦略的なライバルであることをその相違点として挙げる。

  私見だが、中国と日本の類似性を指摘する米国の論者は二重の間違いを犯している。ひとつは異質論に合致するような日本の特徴を選別的に指摘することで、実際の日本とはかけ離れたイメージを作り上げていることである。いわば日本の虚像を自分で勝手に作っているようなものである。加えて、中国と日本が似ているのは「表面的」に過ぎないにもかかわらず、無理やり類似性を強調している可能性を排除できないことである。
  例えば、米国のビッグ3はいまだに日本の自動車市場は閉鎖的だという。この議論は20年前に主張された議論と全く同じであり、米系メーカーの思考経路が20年前に凍りついたままのようである。同じ外資系メーカーでもドイツメーカーは日本市場で健闘してきている。ビッグスリーの傘下に入った日本企業もある中で日本での米系メーカーの販売の少なさは単に企業戦略、企業の選択の問題を表しているに過ぎないと考えるのが自然である。米系メーカーは自動車貿易における貿易赤字をいまだにあげつらうが部品の海外調達においては中国製部品も含め米系メーカーのほうが熱心だとさえ言えよう。
  また、中国の米メーカー買収は一見1980年代の日本企業と似ているように見えるが、当時の日本企業は米国の資源の獲得には熱心ではなく、国内ビジネスの延長線なのか米国のロックフェラーセンターやゴルフコース、スキー場などに手を出した。日本メーカーの米国進出は既存企業の買収ではなく新規の工場建設が主流であった。これは欧州企業の米国進出とも異なるパターンでむしろ米国経済により大きく貢献したということをもっと喧伝してもよいくらいである。当時米国にいてメーカーの人から聞いた話であるが、日本企業が買収しても欲しかった企業、あるいは日本企業が欲しいくらいの製品や技術を持った企業の多くは軍事関連であり輸出管理法などの規制により買収などは躊躇せざるを得なかった。事実、今回ユノカル買収のゆくえで焦点になっている外国投資委員会(CFIUS)が有する買収阻止の法的権限はエクソン・フロリオ条項と呼ばれるが、これは富士通が米半導体メーカーのフェアチャイルド社を買収する案件が浮上した際、買収が国防上の懸念がある場合でもそれまで買収を阻止する権限がなかったことから1988年に議会が制定した経緯を持つ。今になって振り返れば、当時の日本企業に対する反発はそれほど強烈で理不尽だったのである。かつて米国議会の逆鱗に触れることを恐れた日本は躊躇したが、今回中国は躊躇していない。それどころか中国は米国政府が買収に介入することの正当性についてすら牽制しているのである。

<米国の安全保障上の懸念は正当化されうるのか>

  エネルギー安全保障の観点からは今回の買収はどのような影響を及ぼすと見られているのか。「特段米国の安全保障がこれによって脅かされるということは考えにくい」という見方は多く、その理由としてあげられるのはユノカルが保有する石油・天然ガス資源や施設はアジア中心であり、たとえCNOOCが米国内で生産された資源を全量中国向けに振り向けたとしてもその影響はごく小さいというもの(6月22日付けウォールストリート・ジャーナル)。事実、ユノカルの石油、ガス生産におけるアジアと米国のシェアは2004年それぞれ56%、33%で、インドネシアに石油、フィリピンに発電プラント、バングラデシュおよびミャンマーに天然ガスの利権を保有しているようにアジアに事業活動が集中しているのは確かである。この点影響は米国よりもアジアにとって大きいはずなのにそのアジア自体からはほとんど反応がないのは不思議だというのが米国の視点である。
  それでは、中国はこの買収によって石油資源をより安く、あるいはより安定した供給源を確保することができるのだろうか。中国が石油供給の確保を市場にではなく油田のレベルで確保しようとする戦略は米国の市場を通じたメカニズムに依存する政策と大きな齟齬をきたすという見方がある( Philip Verleger, IIE研究員、7月11日付けニューズウィーク誌 )。しかし、これについては石油の専門家の意見は概ね否定的である。石油価格は世界的な需給関係によって決まるので例えスーダンに油田を保有していても、中国にとっての石油価格は国際石油市場できまる価格であることには変りはない。(Robert Priddle, 前IEA事務局長、7月1日付けワシントンポスト紙)。また、ユノカルがアジアに保有する天然ガスは契約により当該国での供給に回されることになっている。しかし、この説明のように資源を保有していることが必ずしも供給の確保とはならないとすればなぜ中国はこれほどしゃかりきに資源獲得戦略を進めているのか。CNOOCが主張するような「純粋に商業的な動機」だけでは説明しきれない部分が残る。

  他方、広義の安全保障や外交の面からはユノカル買収は米国にとってリスクとなるという意見が多い。中国脅威論の代表的論者であるヘリテージ財団のJohn J. Tkacik氏はユノカルの買収を認めた場合、米国の軍事や外交に次のような影響を及ぼすと指摘している。
(1)ユノカルがアラスカに所有するプラットフォームは米国のミサイル防衛システムの要の位置にあるなど米国の軍事にも影響する。
(2)ユノカルがアジア各地に保有する資産を中国が買収することを認めれば、東南アジアが中国になびく時期を早め、同地域に対する米国の影響力が衰えているという誤ったメッセージを送ることになる。
  この1番目の指摘については米国内の施設を買収の対象にせず、売却すれば解決する。2番目の理由はいかにも保守派で対中強硬派らしいコメントではあるが、外交的影響ということであれば、より直接的なケースとしてイランやスーダンにおける中国の資源外交を念頭に浮かべれば分かりやすい。同氏よりも中立的な立場である米外交評議会の専門家も「中国石油企業が市場から締め出されれば、それだけ石油を求めてイランやスーダンのような世界のつまはじき国家に接近せざるをえなくなる」と米国外交政策と中国の石油資源外交が衝突することを懸念している。興味深いのは通常は仮借なき自由貿易論を展開するエコノミストであるP.クルーグマンが今回の買収に対しては認めるべきではないと、いわば保護主義的主張を支持しているが、文脈からクルーグマンの論拠を推測すればミャンマーなどで中国の資源外交が米国の民主化要求を中心にした外交を損なう危険性があるということだろう。

<中国国営石油企業が示した抜群のPR能力>

  日本と中国の対米摩擦で異なるのは実は中国企業が広報や世論対策(public relations, PR)の面では既に高い熟練度を示していることである。中国が輸出大国として台頭してから、またWTOに加盟してから間もないにも係わらず米国法やWTOルールに熟知していることは驚くばかりである。対米PRや米国世論への対応も巧妙さも舌を巻くほどであり1980年代の日本と比べるとなおさら圧倒される思いである。日本は1980年代に半導体産業では世界の先頭を走っていたにも係わらず東芝ココム事件やIBM産業スパイ事件などを起し大きくイメージを損なった。米国の法律に対する未熟さが当時指摘されたものである。その後も何かにつけ日本企業は米国企業のリーガルハラスメントを受けたり、企業賠償専門弁護士の標的になったりと散々苦労してきている。
  これに対して今回のCNOOCはエクソン・フロリオ条項を念頭に置いて外国投資委員会(CFIUS)による審査を自ら願い出ている。また米国世論の動向にも敏感で、ユノカルの保有資源の70%がアジアにあり米国内の石油需給に影響を与えない、また戦略石油備蓄関連の施設等の安全保障上の懸念を惹起するような資産については売却する用意があること、さらには米国内の雇用に影響を及ぼさないようにする、など一般の懸念を払拭するよう努めている。まさに米国人の耳に心地よく響く「米国流ビジネス論理」を駆使する手法である。さらには世論対策のためにブッシュ政権の2004年大統領選挙を手がけたPR会社やワシントンの有名ロビイング会社を揃えるなどワシントン対策も万全である。こうした知識や手腕は中国の国営企業から想像するイメージからはおよそかけ離れているが、CNOOC代表の傅成玉氏が米国大学を卒業し米企業を経験した人物だということを聞けば頷ける。中国は米国留学組の人材を活用しているのである。中国国内における国際ルールの徹底については、知的財産権の侵害など多くの欠陥、不徹底が指摘されているが、こと中国国外の活動についてはほぼインサイダーのように当該国の制度や社会のしくみについて知悉していることが強烈な印象を与える。中国企業の国際競争力とはこうしたPR能力の高さではないかとさえ思える。
  これに関連して、中国がWTOに加盟した2001年、同年12月9日に朱鎔基首相が行った演説の骨子を紹介したい。対外関係についての中国の基本的な考え方や姿勢をよく表しているからである。

  1. 諸条件が完全に実施されるまでの猶予期間を充分に活用し、この間に適応する能力を高める。
  2. WTO加盟によって享受できる権利は充分に利用する。
  3. 関係する法律、法規の制定と改廃を急ぐ。
  4. 国際競争力の向上を目的として、科学技術の進歩と革新を急ぎ、技術水準の向上と産業構造の調整と改革を急ぐ。
  5. 政府機能の見直しを急ぐ。
  6. WTO規則の保護規定を活用し、自国産業・経済の安全を保護する。
  7. 健全な業界仲介組織の設置を急ぎ、その役割を充分に発揮させる。
  8. WTOに関する学習、育成を進め、高い知識を備えた人材を育成する。

  今振り返ると中国の通商戦略がまさにこの延長線上にあることが良くわかる。国際法の規定を充分に活用することについては既に中国はマスターしたといっても過言ではない。例えば、中国企業は米国企業を原則自由に買収できるが、その逆は厳しい制限が課されている。米国の世論がこれを不公平だと捉えても、中国はWTOで正当に認められた権利であると主張することが可能である。
  中国外務省はユノカル買収について「米国議会が経済・貿易問題を政治化するという間違ったやり方を改め、通常の商業取引に介入することを止める」よう要求している。米国議会の怒りの怖さを知る日本人からすれば中国は不遜とも思える確信をもって米国に臨んでいる。これに対して米国の世論や政府は経済的合理性と議会の反発の間で揺れているように見える。米国の石油企業が外資系企業や政府に買収された前例があるだけに、買収を阻止する場合にはそれなりの説得力のある理屈が必要になるだろう。それが単に米議会が批判するように「共産主義者に米国のエネルギー供給を委ねられない」という論理では米国自身も鼻白む思いがするだろうし、中国が加えるであろう痛烈な反撃が今から容易に想定できる。米国は中国にWTOという国際ルールの遵守を説教していながら自らは中国企業を差別し、自由貿易のルールを破っていると非難するであろう。こうなると理は中国にあることになってしまう。しかし、買収が認められれば米国議会の対中批判がさらに激化するであろうことも明らかである。米国こそが外資系企業、あるいは外国政府による米企業買収の過去の事例に照らしてフェアな判断を求められる立場に立たされている。不合理な結論であれば中国の反発と報復を招く可能性もある。米国産業界は中国でのビジネス機会拡大を狙う石油産業や航空機産業などユノカル買収却下の場合の自社への影響を懸念している。これは日米関係ではなかった構図である。既に米国が中国の反応に影響を受けていることになる。今後の展開によっては通商やビジネス論理の面で理がどちらにあるのか、いわゆる倫理的高地(moral high ground)を巡る戦いにおいても中国が米国をリードすることすら考えられるのである。

  中国企業の米石油企業買収計画を発端として米国内に高まっている中国脅威論は中国の発展が環境問題へ及ぼす影響や中国経済の発展パターンの是非、中国の国際的は発言力の増大が米国権益にどのような影響を及ぼすのか等、より広範な議論を呼び起こしている。これについては稿を改めて取り上げたい。