一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2012/06/27 No.2カナダ・メキシコのTPP交渉参加の持つ意味

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

2012年6月18日、メキシコ政府はTPPへの交渉参加を、交渉を進めている9カ国の全てから支持されたことを公表した。さらに、翌19日には、カナダもTPP交渉参加が認められてことを発表した。

メキシコのTPP交渉参加は、メキシコで開かれたG20に出席したオバマ大統領とカルデロン・メキシコ大統領との首脳会談の場で、オバマ大統領から正式に歓迎の意が伝えられた。カナダのTPP交渉参加については、ハーパー首相が単独で自ら声明を発表しており、同大統領の強い思い入れが伝わってくる。

なぜカナダのTPP交渉参加の発表がメキシコよりも1日遅かったかであるが、インターネット条約の批准を目玉とするカナダの著作権法改正案が、6月18日にようやく下院で可決されたことが大きいようだ。

これを受けて、米国とカナダの両国政府関係者は18日の夜遅くまで、カナダの参加条件について何度も協議を繰り返したと報じられている。この可決がもっと早ければ、メキシコの後塵を拝することはなかったかもしれない。

しかし、結局は相対的に懸案事項が少なかったメキシコと、知的財産権制度や酪農製品などの供給管理制度に問題を抱えるカナダとの違いが、1日の発表の差に現れたと考えられる。カナダとしては、同じNAFTAの加盟国であるメキシコの交渉参加が認められ、カナダが認められなかった場合には、かなりの政治的な打撃を受けたと思われる。

カナダの下院が可決した著作権法改正案は、インターネットからの違法コピーを厳しく取り締まることを求める米国に配慮したものである。カナダは知的財産権の保護の強化には動き出したものの、NAFTAで認められた文化産業への例外措置(ラジオ・テレビ番組などで一定のカナダ製コンテンツの割合を認めたもの)、をTPPでも維持したい考えのようだ。しかし、米国はTPPではカナダの文化産業への例外措置を認めない方針であり、今後の知的財産権の分野における交渉の争点になると思われる。

カナダの供給管理政策に関しては、ハーパー首相は相変わらず2万戸に満たない養鶏・酪農家への支援を続ける姿勢を崩していない。もしも、酪農家への供給割当制度を廃止すれば、各農家に返金する生産割当(クオーター)の権利(1戸当たり平均200万カナダドル)が巨額に上ることになる。その場合、カナダ保守党政権はクオーターへの返金にかかる大きな財政負担とともに、養鶏・酪農家の持つ強い政治的基盤への対応という厄介な問題に直面することになる。

こうした懸案事項にもかかわらず、ハーパー政権はTPPへの交渉参加には、予想以上に積極的であったと伝えられている。同政権の内部文書によれば、これまでTPPへの交渉参加に向けて、米国や日本との緊密化する経済や政治的な関係を綿密に分析していたようである。

将来のアジア市場への布石を確保するため、ハーパー政権はどのような論争的な問題にもいとわず参加し、積極的に議論や交渉を行う覚悟があったようだ。実際に、米国にはその旨を伝えている。例えば、「米国は、カナダなしでは、アジアでの北米サプライチェーンの構築や競争的なポジションの確保はできない」と主張した模様だ。

日本に関しては、カナダは日本で考えられている以上に日本のTPP参加に関心を持っている。「日本が参加しないTPPは、カナダにとってあまりエキサイティングなものではない」、とカナダ政府高官は発言している。牛肉や小麦、カノーラ油(菜種油)などの対日輸出で米国やオーストラリアと競合するカナダは、日本市場へのアクセスで遅れを取るわけにはいかないようだ。カナダの対日アプローチは、米国の金融危機や欧州の債務危機を経て、少し変化していると思われる。

カナダは、TPPへの交渉参加を認められる一方で、その代償を支払わされた。米国はカナダの交渉参加を認める条件として、次の2つの受け入れを求めたと報じられている。

その1つは、既にTPPの交渉において9カ国で合意した章については、交渉を再開できないというものだ。これが正しければ、カナダは公開されていない合意文書を十分に検討しないで、交渉参加を受け入れたということになる。

2つ目としては、今後の交渉において既存のTPP9カ国が合意すれば、カナダはそれを拒否することができないというものである。もしも、カナダがこれを認めたとすれば、これからの知的財産権問題や供給管理政策についての議論で、不利になる可能性がある。真偽のほどはわからないが、気になる点である。

カナダとメキシコがTPPへの交渉参加を承認されたということは、単に交渉参加国が増えたということだけでなく、NAFTAを構成する3ヵ国が、すべてTPPの交渉に加わったということを意味する。いわば、NAFTAの第2ラウンドの始まりである。

NAFTAの発効から約20年を経て、世界の経済的な環境は激変している。NAFTAによる当初の域内貿易投資へのインパクトは薄れ、周辺の変化に伴う制度的な疲労により、新たな仕組みが必要とされている。

関税削減の対象となる基本的なルールである原産地規則、サプライチェーンの創造、製造拠点の再配置、などの新たな枠組み作りをNAFTA域内だけでなく、もっと広い範囲で検討することが求められている。それがTPPであることは間違いない。メキシコとカナダは、その時代の流れを拒むのではなく、積極的に取り込んだということだ。

ITIの関連論文など

カナダとTPP(フラッシュ148、2011年10月18日)

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