一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2013/05/15 No.10_2東アジアのFTAで関税率はどれくらい下がるか(2/5)〜TPPの関税削減メリットはRCEP、日中韓FTAを下回るか〜

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

目次

  1. なぜ東アジアのFTAの関税削減メリットを計算したか
  2. ACFTAの平均関税率は1~2%台
  3. AFTAの平均関税率は0.2%以下
  4. TPPの関税削減メリットは日中韓FTA、RCEPを下回るか
  5. 一様に高い輸送用機械・部品のACFTA税率

(2/5ページ)

2.ACFTAの平均関税率は1~2%台

表1は、2012年における中国とASEAN4カ国の「MFN税率(通常の輸入で支払う関税率)」と「ACFTA税率(ACFTAを利用した時に適用される関税率)」の平均関税率を加重平均で求めたものである。この表のように、中国のASEAN10カ国からの輸入に対するMFN税率は4.4%であり、ACFTA税率は1.7%であった。したがって、中国では、ACFTAを活用しない通常の輸入においては全品目平均で4.4%の関税がかかっているが、ACFTAを利用する場合は1.7%の関税率が課せられることになる。

もっと具体的に言えば、中国のある企業がタイから100万円輸入した時、ACFTAを利用しない場合は、通常支払う関税額は全ての品目の平均で100万円に4.4%を掛けた4.4万円になる。これが、ACFTAを活用すれば、平均で100万円に1.7%を掛けた1.7万円だけを支払えばよいことになる。この場合は、FTAの活用で生まれる関税削減のメリットは2.7万円(4.4万円-1.7万円)ということになる。

2,7万円は100万円の2.7%に相当する。企業は中国でACFTAを活用してASEANから輸入するかどうかは、この2.7万円の関税削減額とACFTA活用に係わる経費・労働力との比較で決断することになる。2.7万円は平均であるため、輸入の半分はこれ以上の関税削減額を得ることができる。例えば、関税削減額が3万円になれば(3%の関税削減メリット)、企業はFTA活用でためらっていた重い腰を上げるかもしれない。表1  ACFTA各国の平均関税率(2012年、加重平均)

(注 1 )MFN 税率(注 2 )ACFTA 税率(注 2 )
中国4.4%1.7%
インドネシア5.5%1.2%
マレーシア4.5%0.8%
タイ6.3%2.5%
ベトナム5.6%4.2%
(注1)品目毎の輸入額で重み付けをした加重平均税率。
(注2)MFN税率およびACFTA税率の重み付けに用いる輸入額は、下記とした。
中国 : ASEAN10カ国からの輸入額
それ以外:中国からの輸入額

表1より、中国以外のASEAN4カ国の平均関税率を見てみると、インドネシアの中国からの輸入に対するMFN税率は、中国よりも約1.1%も高い5.5%であった。マレーシアの中国からの輸入に対するMFN税率は4.5%、タイは6.3%、ベトナムは5.6%であった。これらASEAN4カ国のMFN税率は、いずれも中国よりも高い。

一方、インドネシアの中国からの輸入に対するACFTA税率は1.2%である。マレーシアでは0.8%であり、いずれも中国のACFTA税率よりも低い。これは、インドネシアとマレーシアは、全品目平均では中国よりも低いACFTA税率を適用していることを意味している。これに対して、タイでは2.5%と中国よりも高い。また、ベトナムでは、4.2%と相対的に高率である。

なぜ、特にベトナムのACFTA税率が高いかというと、ACFTAにおけるベトナムの本格的な関税削減のスケジュールはこれからであるためだ。ベトナムの関税削減は、中国や先行ASEAN6カ国(ブルネイ、シンガポール、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ)に比べて遅れている。輸入品目の多くはまだ関税が残っており、ベトナムの今後の大きな関税削減は2015年、2018年を予定している。

今、MFN税率とACFTA税率の差分(MFN税率-ACFTA税率)を「関税削減率」とすると、これは通常の輸入で支払わなければならない関税率とACFTAの利用で適用される関税率の差であるため、ACFTA活用で削減(節約)できる関税率を表している。

表1のように、中国のMFN税率とACFTA税率の差分である関税削減率は2.7%であり、インドネシアは4.3%、マレーシアは3,7%、タイは3.8%、ベトナムは1.4%になる。この結果が示唆するところは、中国の2.7%に比べて、ベトナム以外のASEAN3カ国の関税削減率は3%以上であり、それだけACFTAを活用した時の関税メリットが大きいということだ。企業は、中国よりも、インドネシア、マレーシア、タイでACFTAの活用を決断しやすいということでもある。

したがって、この結果をASEANや中国に進出した日本企業の行動に当てはめるならば、ACFTAを活用する時の留意点としては、一般的にはインドネシア、マレーシア、タイにおいて中国から輸入した方が、逆の場合よりも高い関税削減のメリットを得ることができるということである。

しかし、これはあくまでも全品目平均による分析結果である。個々の企業においては、品目によってはむしろ中国やベトナムでASEANから輸入した方が関税メリットを得られるケースもありうる。したがって、企業行動としては、色々な角度から情報を収集・分析し、FTA活用におけるベストな選択を実行することが求められる。

表2はACFTAの単純平均による平均関税率を示したものである。中国のASEAN10ヵ国からの輸入に対する単純平均によるMFN税率は9.4%であり、またACFTA税率は0.7%である。

インドネシアにおいては、中国からの輸入に対する単純平均によるMFN税率は6.5%でACFTA税率は1.2%、マレーシアではそれぞれ7.2%に1.4%、タイでは10.9%に1.6%、ベトナムでは11.5%に7.1%であった。表2  ACFTA各国の平均関税率(2012年、単純平均)

  MFN 税率ACFTA 税率
中国9.4%0.7%
インドネシア6.5%1.2%
マレーシア7.2%1.4%
タイ10.9%1.6%
ベトナム11.5%7.1%

ACFTA5カ国においては、いずれもMFN税率は、表2の単純平均のほうが表1の加重平均よりも高くなっており、特に、中国、タイ、ベトナムで顕著である。これに対して、ACFTA税率では単純平均と加重平均と比較してもあまり変化はない。したがって、中国では、表2における単純平均によるMFN税率とACFTA税率との間の格差が8.7%にもなり、加重平均の場合よりもかなり大きくなっている。

中国における単純平均で10%近いMFN関税率は、我々が一般的に抱くイメージとあまり大差はない。これに対して、加重平均では4%台に低下するので、本当に現実を反映しているかどうかが不安になる。

しかし、単純平均によるMFN税率とACFTA税率の計算においては、貿易相手国との当該品目の輸入額の割合(ウエイト)が考慮されていない。例えば、ある品目の相手国との貿易がゼロに近い金額であっても、単純平均の場合はその品目の関税率がストレートに反映される。これが、加重平均の場合は、その品目の貿易金額が少ない場合は重み(ウエイト)が小さくなり、関税率にはそのウエイトの分しか影響が現れない。このため、加重平均による平均関税率の方が、より実態の取引を反映していると考えられる。

また、中国のACFTA税率においては、表1の加重平均によるACFTA税率(1.7%)の方が表2の単純平均(0.7%)よりも大きくなる。これらの表において、中国のように加重平均の方が高いのはタイだけで、インドネシアは同率、マレーシアとベトナムはむしろ単純平均の方が高い。このように、ACFTAの平均関税率において、国によっては、加重平均の方が高かったり、単純平均の方が高かったりする場合がある。

BOX:ACFTA税率の計算で、なぜ加重平均と単純平均に違いが起きるか

本稿では、個々の品目の関税率を加重平均と単純平均をすることにより平均関税率を求めている。加重平均を行う時の貿易の重み(ウエイト)に関しては、本調査時点では2012年通年の輸入額を得ることはできなかったため、その代わりに2011年を用いた。

品目のウエイトは、その品目の輸入額を総輸入額で割ることにより求められる。本稿では、HS(ハーモナイズシステム、貿易統計分類)の6桁の品目別の関税率に輸入ウエイトを乗じて積み上げることにより、輸入全品目の平均関税率を計算している。

表1、表2のように、中国においては、加重平均によるACFTA税率は1.7%であり、単純平均では0.7%であり、加重平均の方が高い。なぜこのようなことが起きるのかは、簡単な計算例で示すことが出来る。

単純平均による関税率は、その品目の輸入金額の大きさとは無関係である。それは、HS6桁ベースの個々の品目のMFNとACFTAの関税率を、単純にその品目数で割ったものであるからだ。例えば、中国におけるA、B、Cという3品目のACFTA関税率が、それぞれ10%、5%、0%であったとする。この場合、関税率は単純平均では(10%+5%+0%)÷3品目=5.0%となる。

加重平均による関税率の計算には、各品目のウエイトを前もって用意する必要がある。今、中国のASEAN10からの輸入において、A品目の輸入額が3品目の総輸入額の60%(A品目のウエイト)、B品目が20%、C品目が20%であったとする。

この場合の加重平均によるACFTA関税率は、「A品目の関税率10%×A品目のウエイト60%+B品目の関税率5%×B品目のウエイト20%+C品目の関税率0%×C品目のウエイト20%=7.0%」になる。この例では、加重平均のACFTA税率の方が単純平均よりも高い。

中国のACFTA税率では、輸入金額のウエイトが低い品目の関税率は撤廃されて0%であることが多い。これに対し、センシティブ(ST)品目のようにまだ高い関税率が残っている品目では、ウエイトが大きい場合がある。このようなケースでは、上述の例のようなことが生じ、加重平均によるACFTA税率の方が単純平均よりも大きくなる。

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