一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2017/03/17 No.38NAFTAの再交渉への動きとその見通し〜再交渉開始は早ければ6月後半か7月初めか〜

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

NAFTAの再交渉を表明

トランプ大統領は、2017年1月23日署名の大統領覚書(Presidential Memorandums)において、TPPからの離脱を正式に命じるとともに、米国の産業を促進し、労働者を保護し、賃金を引き上げるために2国間貿易交渉を開始することを表明した。このTPP離脱の覚書では、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉の開始を明確には取り上げてはいないものの、トランプ大統領は、記者会見でNAFTAの再交渉を推し進めることを強く示唆した。

トランプ大統領の貿易政策の優先事項をリストアップすると、NAFTAの再交渉(or脱退)、2国間貿易協定の優先順位付け(米英FTAや日米FTA)、米国の企業や労働者に十分な利益をもたらしていない既存の貿易協定の見直し(韓米FTA等)が含まれる。

現在、米国は11の中南米諸国を含む20の貿易相手国と14の自由貿易協定(FTA)を締結している。最新の協定は、米国がパナマとコロンビアと締結したFTAであり、どちらもオバマ前大統領の時代に発効した。その前には、米国はペルーとの間でFTAを締結している。NAFTAは、クリントン大統領の下で1994年に発効した協定であり、既に23年も経過している。ある意味では、NAFTAの再交渉は、新しい衣に着替える良い機会でもある。

NAFTA協定の第2205条は、6ヵ月前の通告で同協定を脱退できることを規定している。これは、トランプ大統領がカナダやメキシコとの再交渉に入る前やその途中で不満がある場合は、議会の承認なしていつでもTPPと同様にNAFTAから離脱できることを意味する。

NAFTA再交渉を前にした各国の動き

米議会上院は2月27日、ウィルバー・ロス氏の商務長官への任命を承認した。賛成72反対27であった。ロス商務長官は、NAFTAの再交渉のほか、今後の2国間協定交渉、中国の不公正貿易(ダンピング、補助金など)への取り締まりなどにおいて、トランプ政権の通商政策をリードすることになる。いよいよ米国の通商政策を動かす経済閣僚が起動することになるわけであるが、依然としてライトハイザーUSTR(米国通商代表部)代表は、3月初めの時点において、上院での承認を得られていない。したがって、NAFTAの再交渉に向けた米国側の体制はまだ十分な準備が整っていない状態だ。

これに対して、NAFTAの加盟国であるカナダのトルドー首相は、既に再交渉を受け入れる用意があると表明している。トルドー首相は2月13日、ワシントンでトランプ大統領と会談を行った。両首脳は広範な問題にわたって意見交換を行ったが、トランプ大統領はNAFTAの再交渉に関しては、カナダに対してある程度の安心感を与えたようである。トランプ大統領のNAFTAについての主な関心はメキシコからの輸入増などのメキシコ対策であり、カナダに対してはある分野での交渉が必要なだけだと伝えたようだ。

その中身については、具体的に言及しなかったようだが、おそらくはカナダの乳製品・鶏肉などの供給管理政策(品目ごとに生産を割り当てる政策であり、輸出や輸入も影響を受ける)を指しているものと思われる。つまり、米国の乳製品や鶏肉などの輸出拡大を求めている。なお、トルドー首相は米国共和党が検討している国境調整税に関しては、カナダのエネルギー輸出に重大な影響があるとして、懸念を表明している。

メキシコ側のNAFTA対応であるが、ニエト大統領は既に2月1日にNAFTAの再交渉に関して、国内の業界関係者への90日間にわたる意見聴取を開始している。これに呼応して、企業家調整評議会(CCE)は広く専門家を集めた組織を結成し、政府と民間が連携してNAFTAの再交渉に取り組む姿勢を見せている。メキシコ政府は対米交渉に当たって、不法移民の秩序だった強制送還、メキシコ人労働者の家族への送金の保障、北米3ヵ国間の自由貿易の維持、通信・エネルギー・電子商取引などの分野の近代化を図る、対メキシコ投資の保護、などの目標を掲げている。

NAFTAの再交渉に関する90日前の通告を示唆

ロス商務長官は3月8日(水)のブルームバーグとのインタビューで、NAFTAの再交渉は2017年の遅い時期まで始まらないと答えた。一方では、3月10日(金)のワシントンにおけるメキシコのグアハルド経済相との共同記者会見では、ロス商務長官は「次の数週間のいつかの時点においてsometime in the next couple of weeks」、議会に対してNAFTAの再交渉を開始する90日前の事前通告のレターを送付したいと語った。

もしも、ロス商務長官の発言通りに事前通告のレターが送られることになれば、それから計算すると早ければ6月後半から7月初めの当たりにNAFTAの再交渉が開始されることになる。

メキシコの「グアハルド経済相はメキシコ産業界からの意見聴取がまとまる5月末にはNAFTA再交渉の準備が整うとの考えを示した。すなわち、メキシコは6月からNAFTAの再交渉に対応できるということだ。

ロス商務長官のNAFTAの再交渉開始のスケジュールに関する答弁の変化は、まるでメキシコのグアハルド経済相の意向に合わせたかのようであるし、なるべく2018年の米国中間選挙までにNAFTA再交渉を終わらせたいという考えに沿ったものとも考えられる。つまり、NAFTA再交渉を1年以内に終えることができれば、中間選挙が始まる11月までにその成果をアピールすることができるのだ。

しかしながら、ロス商務長官によれば、NAFTAの再交渉が3ヵ国間で行われるのか、米国・カナダ、あるいは米国・メキシコの2国間交渉になるのかについては、まだトランプ政権内で意見がまとまっていないようだ。このようなことを考慮すれば、NAFTAの再交渉開始は年内を上限として6・7月よりも延びることもありうる。

また、トランプ政権は法人税や所得税の減税による税収不足への対応として国境調整税の実施を検討しているが、その導入により自動車や衣類、携帯などの値段が上昇する。小売業界の試算によれば、米国の消費者は家族当たり最初の年だけで1,700ドルのコストを負担することになると見込まれている。

原産地規則や関税の変更は議会の承認なしに可能

米国の貿易促進権限法(TPA)は、各種通商法案やNAFTAの再交渉などの結果を、議会でイエスかノーかのファスト・トラック手続き(早期一括採決方式)で採決できる権限を大統領に与えている。この手続きを進めるには、大統領は議会に対して交渉開始の90日前の事前通告を行う必要があるし、30日前にUSTRのウエブサイトにその目的を掲載しなければならない。

現在のTPAはオバマ政権時の2015年6月に成立したものである。このTPAは2018年には失効するが、大統領が延長要請した場合、議会が否認決議をしない限り2021年6月30日まで延長することができる。

米国のこれまでの政権はNAFTAの原産地規則の改正については、議会の承認を得ずに必要な国内法の改正を行ってきた。その手続きとして、大統領はproclamations(宣言)に署名することにより可能であった。また、NAFTA関連通商法は、大統領に関税の引き上げについての権限を与えているので、原産地規則と関税の両方の変更については、トランプ大統領は議会の承認を必要としない。

問題は、原産地規則と関税以外の分野の交渉結果は、議会の承認を必要とするかどうかである。NAFTA関連通商法は再交渉による改正に関する議会の役割を明確に示していないので、原産地規則や関税以外の分野の改正でも議会の承認が必要であるかどうかは明らかではない。しかしながら、NAFTAにおける政府調達、環境規制、電子商取引などのこれ以外の分野の改正については、連邦法やNAFTA協定そのものを大きく変えることになる。しかも、議会は憲法によって国際通商分野で特別な権限を与えられているのである。

したがって、原産地規則や関税以外の分野の変更については議会の承認が必要と見込まれる。今回のNAFTAの再交渉では、広い分野にわたって既定の改善や新分野の交渉が行われることが予想されるので、トランプ政権は議会の承認を得ないやり方を模索するであろうが、最終的には承認を求める方向に動くと思われる。

NAFTA再交渉は1年以内に終了できるか

NAFTAの再交渉の分野としてまず第1に挙げられるのは、自動車の問題と密接に関連する原産地規則(貿易取引される商品の原産地を判定するためのルール)である。例えば、当初のNAFTAにおける自動車の現地調達比率は50%であったが、現在は62.5%まで引き上げられている。これはASEAN域内の自由貿易協定であるAFTAでの40%の現地調達比率よりもかなり高い水準である。すなわち、NAFTAでは他のFTAよりも域内の部品・資材を使って自動車を組み立てるように、より厳格な原産地規則が設けられている。

しかし、NAFTA発足時と違い、現時点では20年以上も前に自動車の製造に用いられていた部品の半数が使われていないようである。こうした、自動車を構成する部品・資材の構成が劇的に変化する中で、その実情に合った新たな原産地規則の改正が求められている。また、米国としては対メキシコ貿易赤字の削減のために、メキシコからの自動車や自動車部品の輸入を抑制するような原産地規則のルールを新たに設けたいところである。

原産地規則だけを取り上げてみても、NAFTA交渉の当事者間で色々な利害が錯綜することは間違いない。こうした中で、トランプ政権の思惑通り、NAFTAの再交渉は1年以内に合意に達することができるであろうか。20年以上も前にNAFTAが3ヵ国間の交渉で早期に妥結したのは、米加FTAが土台にあったからだ。この意味では、出来合いのものを改正する再交渉にはそれほど時間がかからないと考えることもできる。

しかし、実際のNAFTAの再交渉は、まず入口でつまずくかもしれない。つまり、北米3ヵ国間での交渉になるか、2国間に分かれて同時並行的に進める交渉になるかどうかで意見が分かれることになろう。なるべく3ヵ国で議論したいメキシコ・カナダと、メキシコを主なターゲットにして厳しい内容を要求しようとする米国との間の合意には時間がかかると思われる。もしも、米国が2国間交渉をゴリ押しすれば、カナダは先に折れる可能性がある。なぜならば、米国はカナダにはそれほど再交渉では無理な要求はしないとの感触を与えているためだ。

一方、米国とメキシコとの間には、米国企業の対メキシコ投資活動や米国の対メキシコ貿易赤字問題だけでなく、不法移民の問題まで難問が待ち構えている。この他に、NAFTAの2国間パネル、政府調達、カナダの供給管理政策、医薬品特許と著作権、電子商取引、環境と労働、ISDS(国家と投資家間の紛争解決)問題、エネルギー安全保障、国境税、などの分野においても議論が進展することが予想される。こうした分野の多くは既にTPPで交渉済みであるが、特に2国間ベースの交渉になると早期に出口を見出すことは難しいと思われる。

また、ロス商務長官は、日米FTAも優先度が高い2国間交渉の1つだと表明している。日米間においては、既にTPPで広範な分野での交渉が行われてはいるものの、農業や自動車で要求がエスカレートすることになりそうだ。日本のTPPを利用した米国からの輸入における業種別関税削減率を見てみると、農水産品や食料品・アルコールの分野で日本の関税が依然として高いことが明らかになる。日米FTAにおいても、NAFTAの再交渉と同様に、いつの時点か米国から交渉開始に関する手続きの開始を打診されることが予想される。その場合は、日米FTA交渉の承諾を含めて、メキシコ同様に、日本は事前の産業界などとの十分なすり合わせが必要になると思われる。

(参考文献)

「強まる米国の国際競争力~知的財産・金融・専門サービスで海外から利益を生む~」、世界経済評論、2017年3・4月号

トランプ大統領は減税やインフラ投資拡大で経済成長を高められるか~トランプ新政権の規制・エネルギー・貿易政策改革に死角はあるか~(その1~その5)」、国際貿易投資研究所(ITI)、フラッシュ320~324、2017年3月1日~10日

トランプ新政権でNAFTAはどうなるか~北米戦略の方向性を探る~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO36、2017年1月11日

「対談:トランプ新政権をめぐる米国経済の展望 (その1)、(その2)」、国際貿易投資研究所(ITI)、フラッシュ305~306、2016年11月25日

トランプ政権の経済通商政策と日本の対応~TPPの批准やRCEP交渉の現状と今後の行方~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO35、2016年11月17日

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