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コラム

2019/03/19 No.61日米通商交渉で何が話し合われるか〜米国の分野別要求はNAFTA再交渉と比べてどう違うか〜

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

はじめに

米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表は、2019年2月末の米下院の公聴会で、まだ米中貿易交渉に合意していないにもかかわらず、3月にも日本を訪問し日米通商交渉の初会合を開きたいとの意向を表明した。これは、TPP11の発効で、牛肉などの米農産品が日本市場で不利になっていることへの対応を急いでいるためと考えられる。日本側は日米通商交渉を自動車や農産物などの物品貿易にとどめたい考えだが、米国側はサービスなどのより広範な分野を含めた協議を要求してくるものと思われる。米国側の要求の基本的な土台となるのがNAFTA再交渉での交渉目的であると考えられるので、本稿では、その日米通商交渉への影響を明らかにし、実際の交渉で何が話し合われるかを探っている。

日米通商交渉の開始に合意

日本とトランプ政権との日米通商協議は、2017年2月の「日米経済対話(Economic Dialogue)」に始まり、その後2018年の4月には「自由で公正かつ互恵的な貿易取引のための協議(FFR:talks for free, fair and reciprocal trade deals)」に移行した。そして9月26日に至り、日米両国首脳は日米通商交渉を開始することに合意した。

この新たに始まる日米通商交渉を、日本は「物品貿易協定(TAG:Trade Agreement on goods)交渉」と呼び、米国は「米日通商協定(USJTA:United States-Japan Trade Agreement)交渉」と称している。TAGは、TPP11やこれまでに日本がASEANなどと締結したEPA(経済連携協定)と異なり、サービスや投資、知的財産保護等の分野を含まず、物品貿易に焦点を当てている。しかしながら、米国はUSJTA交渉では物品貿易以外の分野も検討する構えを見せている。

貿易赤字の削減を要求

NAFTA再交渉の交渉目的に関する報告書「Summary of Objectives for the NAFTA Renegotiation」 は、2017年7月にUSTRから公表された。また、日米通商協定の交渉目的の報告書「United States-Japan Trade Agreement (USJTA) Negotiations; Summary of Specific Negotiating Objectives」は、2018年12月にリリースされている。

お互いに22項目からなり、共通している項目も多い。したがって、USJTAは基本的にNAFTA再交渉の交渉目的を踏襲していると考えられる。

USJTAは22項目の中で最初に「物品貿易」を持ってきているが、その冒頭に「米国の貿易収支を改善し、日本との貿易赤字を減らす」と明記している。米国は、NAFTA再交渉の交渉目的でも同様な文言を盛り込んでおり、日本との交渉においてもその決意を受け継ぎ、貿易赤字の解消を前面に打ち出している。

自動車の非関税障壁の改善を求める

次の表は、USTRが公表した「22項目のNAFTA再交渉と日米通商交渉(USJTA)の交渉目的」の中から「物品貿易」のみを取り上げたものである。両方の交渉目的では、物品貿易は「工業製品」と「農産物」に分けられて記述されている。

(資料) 米国通商代表部(USTR),「Summary of Objectives for the NAFTA Renegotiation, Monday, July 17, 2017」及び「United States-Japan Trade Agreement (USJTA) Negotiations; Summary of Specific Negotiating Objectives, December 2018」、より作成。

物品貿易の中の工業製品に関する記述では、米国はNAFTA再交渉でもUSJTAでも、工業製品全般に加えて、繊維製品およびアパレル製品への免税アクセスの確保やその非関税障壁の除去を求めている。

また、USJTAでは「医薬品、医療機器、化粧品、情報通信技術機器、自動車、化学薬品」などの米国製品の輸出を促進するために、「規制適合性の向上と規制の不必要な差異の縮小」を求めている。NAFTA再交渉でも同じ趣旨の要求が行われているが、USJTAでは医薬品、情報通信技術機器、自動車といった分野が明示されていることが特徴である。

そして、米国がUSJTAで新たな交渉目的に付け加えたのは、「日本の再製造品(使用済みの製品を回収・加工することで元の製品と同程度の品質を有する製品)市場へのアクセス拡大」であり、「日本の自動車市場の非関税障壁の削減」であった。USJTAは、日本の自動車部門における非関税障壁の改善に言及し、米国の生産と雇用の増加に寄与するため、公正な貿易に必要な条項を盛り込むことを求めている。

日本の対米輸出の主役は自動車である。乗用車だけでも対米輸出の3割を占め、これにバス・トラック・二輪車及び自動車部品を加えると4割弱のシェアに達する。米国から見た日本からの乗用車輸入(SITC分類)は2017年には407億ドルであり、対日輸出は6億ドルにとどまるので、乗用車の対日貿易赤字は401億ドルに達し、700億ドル近い米国の対日貿易赤字(通関ベース)の半分以上を占めたことになる。

USTRの2018年外国貿易障壁報告書(日本関連部分)に関する外務省作成資料によれば、日本の自動車の非関税障壁は、「認証,独自の基準及び試験方法,規制策定に際して利害関係者からの意見表明のための十分な機会の欠如を含む,不十分なレベルの透明性,流通・サービスネットワーク形成を阻害する障害に関連する問題を含む」、としている。

TPPでの日米自動車並行交渉では、米国の7つの安全基準を日本の基準に適合しているとした。また、輸入自動車特別取扱制度(PHP:Preferential Handling Procedure))の変更によりPHPの一型式当たりの年間販売予定上限台数を2,000台から5,000台に引き上げている。米国はPHPの認証手続きでの騒音及び排出ガス試験などの手続きの合理化において、TPP交渉の水準を超える日本の譲歩を求めてくると思われる。

農産物でのNAFTA再交渉とUSJTAの交渉目的はほぼ同様

日本が日米通商交渉の開始に同意した背景には、米国が日本側に「通商法232条の適用による自動車・同部品への関税引き上げ」に関してはUSJTAの交渉期間中は免除されることを約束し、さらに、トランプ大統領が「農産物などの関税引き下げ」はTPP等の水準を超えないとする日本の立場を尊重する意向を示した、ことを挙げることができる。

米国としては、TPP11や日豪EPAの発効で、牛肉や豚肉などの農産物の対日輸出で不利になったことをキャッチアップすることが当面の課題であるので、農産品の交渉でTPPでの合意以上の過大な要求を差し控えることも予想される。しかし、パーデュー米農務長官は「TPP以上の譲歩を求める」と発言しており、米国がUSTRの外国貿易障壁報告書で取り上げている「原産地表示制度や米・小麦等の輸入制度」などについても是正を求めてくる可能性を否定できない。

物品貿易の交渉目的の表における農産物の項目では、NAFTA再交渉でもUSJTAにおいても、「関税の引き下げまたは撤廃による米国農産物の市場アクセスの確保」、「米国農産物の市場アクセス機会を減少させる市場歪曲的な慣行((非関税障壁、補助金)の排除」、を求めている。ただし、USJTAではNAFTA再交渉と違い、「関税割当における制限的な規則の排除」と「農業バイオテクノロジーに関する情報交換と協力の強化」、という要求が明記されている。

USJTAの交渉目的での原産地規則の扱い

本稿の下段の表は、物品貿易やサービス及び知的財産などを含む「22項目の米通商代表部(USTR)のNAFTA再交渉と日米通商協定(USJTA)の交渉目的」を比較したものである。この長い表の中で、原産地規則は「3.税関と貿易円滑化、原産地規則」の中で取り上げられている。

原産地規則は言うまでもなく域内原産であることを認定するための規定であり、これをクリアしなければ関税の減免を受けられない。すなわち、物品貿易と原産地規則は密接につながっており、日米通商交渉での米国側の姿勢には注意が必要だ。原産地規則はNAFTA再交渉の交渉目的においても最重要課題であり、その中で繊維製品を含む「原産地規則の更新と強化」を掲げた。ただし、その交渉目的の文章においては、「原産地規則の見直しやその強力な執行」などの一般的な表現にとどまっている。

しかし、実際のNAFTA再交渉では、北米の域内原産比率を自動車で75%まで引き上げたし、時給16ドルの労働者が生産する乗用車の生産割合が40%を超えなければならないとする「賃金条項」までも盛り込んだ。新NAFTAにおける自動車・同部品以外の原産地規則では、化学品の加工工程において、「化学反応、精製、混合および調合、バイオテクノロジー・プロセス」などの特定の工程が加わっていることを要求する加工工程基準が導入された。繊維・アパレル製品においては、原産地規則を満たすには、特定の原材料(縫糸、ポケット裏地、ゴムバンド、被覆布等)が北米で生産されていなければならない。

USJTAにおける原産地規則の交渉目的では、NAFTA再交渉の内容とあまり変わらない記述がほとんどを占める。その中で、USJTAに新たに盛り込まれたのは、「原産地規則が締約国、特に米国の生産を奨励するようにする」という文章であった。トランプ大統領から米国製自動車の対日輸出の少なさが指摘される中、原産地規則に盛り込まれた米国の生産への貢献に関する文言は、日本の対米自動車輸出に対する「現地化要求や輸出制限要求」につながる可能性を秘めている。

エネルギーの代わりに医薬品および医療機器の公平性が入る

22項目の交渉目的の表のように、ほとんどの項目においてNAFTA再交渉とUSJTAの交渉目的は同じである。違うのは、NAFTA再交渉では盛り込まれていた「19.エネルギー」の項目がUSJTAではなくなり、その代わりに「11.医薬品および医療機器の手続き上の公平性」という項目が入っていることである。

医薬品と医療機器の手続きが取り上げられたのは、日本の医療現場において、医薬品の償還価格(保険で支払われる価格)と実際に購入される医薬品の価格との格差を縮め、政府の医療保険費用の負担を軽減しようとしていることが背景にある。米国は、この医薬品の償還価格の決定における透明性を求めているし、新薬創出等の加算制度(新薬に対して、市場実勢価格に基づく薬価の引下げを猶予する制度)において、その積算で日本企業に有利となる可能性を懸念している。

また、「7.サービス貿易(通信、金融サービスを含む)」という項目では、国境を越えた自由なデータの移動やデータセンターの現地化要求の禁止が盛り込まれている。「8.財・サービスのデジタル貿易と国境を越えたデータ移動」では、デジタル製品(ソフトウエア、音楽、ビデオ、電子書籍等)への関税賦課の禁止、コンピューターのソースコードまたはアルゴリズム開示の義務付けの禁止、が提示されている。

高い為替条項への関心

日本側が日米通商交渉を進めるにあたって、関心が高い項目に「22.為替」がある。米国は、他国の通貨安誘導により米国の輸出競争力が影響を受けていることを懸念しており、NAFTA再交渉の交渉目的でも為替条項を盛り込んでいる。実際に、米国はNAFTAの再交渉で為替条項を取り上げ、新NAFTA(USMCA)協定に組込むことに成功している。

NAFTA再交渉における「為替の交渉目的」では、「適切な仕組みを通じて、NAFTA諸国が効果的な国際収支調整を妨げたり、不公平な競争上の利益を得るために為替レートを操作しないようにする」という穏やかな表現であった。しかしながら、実際のUSMCAの協定文には為替介入が実施された場合の通知義務などが付け加えられた。

すなわち、USMCAの為替条項(33章第4項)には、為替レートの操作を回避するため、各締約国は、?市場が為替レートを決定する制度の達成と維持、?為替市場への介入などによる競争的な通貨切り下げの抑制、?経済的ファンダメンタルズを強固なものとし、マクロ経済および為替レートの安定化のための条件を強化、するという内容が盛り込まれた。また、為替介入の場合は、速やかに他の締約国に通知し、必要に応じて協議するとしている。

米国はUSJTAへの為替条項の導入を強く主張しているが、日本側はTAGに盛り込むことに対して懸念を表明している。金融政策の手足が縛られるたり、円相場に上昇圧力がかかる可能性があるためだ。

この他に特筆すべきことは、USJTAの交渉目的の「21.一般既定」の中に、「日本が非市場経済国と自由貿易協定を交渉する場合、透明性を確保し、適切な行動をとるためのメカニズムを導入」という文言が入ったことだ。これはUSMCAの協定文(32章第10項)にも盛り込まれており、カナダが非市場経済国である中国とのFTA交渉を開始する時の足かせになることが懸念されている。同様に、これがUSJTAに組込まれたならば、日本がRCEPや日中韓FTAの交渉において、中国とのFTA締結の合意内容を事前に米国に通知するなどの義務が生じる可能性がある。

米国の対日要求にどう対応するか

2019年の3月に入り、米中貿易交渉に目途が立ってきたこともあり、米国は日本に対して日米通商交渉の最初の会合を求めている。日米通商交渉では、米国はこれまで見てきたように、工業製品では、自動車の非関税障壁の撤廃、医薬品などの日米規制の格差是正、繊維・アパレル製品の関税削減、再製造品の市場アクセスの拡大、などを要求すると思われる。同時に農産物では、牛肉・豚肉や小麦、チーズなどの乳製品、オレンジ、サクランボ、ぶどう等でTPP以上の水準での関税引き下げなどの自由化を迫ってくると思われる。米国では全米牛肉・豚肉生産者業界の政治力が強いし、フロリダやカリフォルニアの柑橘業界も同様である。

オリジナルのTPP交渉において、日本は工業製品の分野では大きく関税削減を前進させたが、農水産品や食料品・アルコールとともに、皮革・毛皮・ハンドバッグ、繊維製品・履物、などの分野では、関税を維持することができた。米国は日米通商交渉では、こうしたTPPで積み残した分野を集中的にターゲットにして攻めてくるものと思われる。

この他には、米国は日本の国内の自動車安全基準の運用を閉鎖的としており、前述のように、オリジナルのTPPでは日本は米国の7つの安全基準を日本の基準として適用することを認めた。また、TPP交渉に係る日米での事前協議において、車両審査や品質管理審査が省略されるPHPの一型式当たり2,000台の年間販売予定上限台数を5,000台に引き上げることを約束した。米国はこうしたTPPでの合意以上の要求を再び持ち出すとともに、「日本の対米自動車輸出の数量制限」などの具体的な数値目標を求めてくることもありうる。自動車以外には、医薬品の価格決定プロセスを不透明としているし、郵便局ネットワーク内での保険商品の公正なアクセスの確保、急送便の迅速な通関処理の提供等を主張しており、こうしたシステムの是正を要求してくる可能性もある。

これに対して、日本は日米通商交渉を通じて、「非関税障壁の撤廃」やアベノミクスで目標に掲げている「構造改革の促進」を標榜し、自らの変革を積極的に進める姿勢を示すことが肝要と考えられる。もしも、日米通商交渉に並行して構造改革を促進すれば、長い目で見た生産性の高まりにより、企業の収益増から賃金と消費が拡大し、デフレ脱却を後押しすると思われる。

米国はTPP交渉において、日本に対して味噌や牛肉、ながいも、タオル、男子用シャツ、釣り具、ゴルフクラブ、ベアリング、カラーTV、エアコン、光ファイバー、タイヤ、自動車用のICUセンサー、フェロアロイ、などの関税削減や関税割当枠の拡大などに合意した。日米通商交渉では、日本はこれらの合意済みの品目に加えて、TPP交渉で積み残した自動車や食料品・アルコール、プラスチック・ゴム製品、鉄鋼・アルミ製品などの分野で、引き続きより大きな関税削減を主張することが望ましい。

また、物品貿易の円滑な推進に関連する協議としては、ビジネスなどでの人の移動の自由化、日本企業の対米インフラ投資や資源開発への開放と協力、広範な分野での対米投資拡大のための協力プログラムの促進、などが考えられる。

※クリックで拡大します(資料) 米国通商代表部(USTR),「Summary of Objectives for the NAFTA Renegotiation, Monday, July 17, 2017」及び「United States-Japan Trade Agreement (USJTA) Negotiations; Summary of Specific Negotiating Objectives, December 2018」、より作成。

(参考資料)

新NAFTAでも米国のメキシコ・カナダからの調達は拡大可能~域内原産比率や完全累積、デミニマス等の変更で複雑さを増す北米戦略~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラム60、2019年1月25日

貿易と投資の両面から対中封じ込めを狙うトランプ大統領~一層のインバウンドや対日投資を呼び込むチャンスを迎える日本~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラム58、2018年11月13日

新NAFTA(USMCA)合意の意味合いと影響~トランプ政権の剛腕な戦術の成功で日本や中国への圧力が高まるか~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラム57、2018年10月11日

米国の真の狙いは赤字削減よりも構造変化~米中摩擦、NAFTA、米欧・日米通商協議のグローバル戦略への影響~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラム56、2018年9月28日

NAFTA再交渉での米墨合意から何が読み取れるか~サプライチェーンの再編が求められる欧州・日本の自動車関連メーカー~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラム55、2018年8月29日

下げ止まる米国の対日経常赤字~TPP利用の米国の関税削減収支は大幅な赤字~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラム52、2018年6月26日

TPPから日米FTAの関税効果を探る~日本、マレーシア、ベトナム、米国におけるEPA/FTA/TPP利用の効果比較~」、国際貿易投資研究所(ITI)、季刊「国際貿易と投資」108号、2017年

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