一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2020/03/25 No.76新型コロナの米国の対中政策、日米貿易協定、USMCAへの影響〜日本はチャイナ+1と輸出の拡大を目指せ〜

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

米サプライチェーンを分断するコロナ・インパクト

世界中に広まったコロナウイルスによるパンデミックは、将来への不安から株価の大幅な下落を引き起こした。その結果、トランプ政権は日本円で220兆円を超える2兆ドル規模の経済対策を表明した。日本政府も航空会社や宿泊業及び飲食業などの大幅な需要減に伴い、中小企業等への企業支援や家計への現金給付といった景気対策を検討している。

実際のコロナウイルスの影響は、人の移動の禁止、各種イベントや個人サービスのキャンセル、テレワークの拡大、医薬品やマスク・手袋などの消費財の売り切れなどを引き起こしている。インド、ドイツ、フランス、チェコ、トルコ、ロシアなどの国々では医薬品や洗浄剤、関連する原料などの輸出を規制しており、米国市場で供給不足を引き起こす可能性がある。さらに、こうしたグローバルな輸出規制は風邪などの市販薬の原料にまで及ぶこともありうる。

こうしたことを受けて、ホワイトハウスの貿易アドバイザーのピーター・ナバロ氏は、米国の抗生物質などの医薬品の対中依存を抑制するために、「バイアメリカン」の大統領令を検討していることを2020年3月11日に公表した。この行政命令は、連邦政府機関がフェイスマスク、手袋、人工呼吸器を含む医療用品を中国から購入することを規制するものだ。

ナバロ氏は、「中国は不公平な貿易慣行を駆使して、サプライチェーンを支配している」とし、コロナ対策の一環としてバイアメリカンを促し、医薬品等の米国内での生産・調達を促進しようとしている。ただし、こうした措置は逆に国内の医療関連製品の供給不足をもたらす可能性があると指摘する声もある。

一方、下院民主党議員はロバート・ライトハイザーUSTR(米国通商代表部)代表と会談し、中国に対する追加関税をコロナ対策の一環として軽減することを提案した模様だ。中国からの消費財に課した追加関税が輸入する原料や製品の価格を押し上げ、供給不足とともに中小企業の生産や雇用に影響をもたらすからだ。これは、米国の医薬品や医療機器などの競争力を押し下げ、輸出の減退につながる可能性もある。

しかしながら、ライトハイザーUSTR代表は、この提案に対して、あまり関心を示さなかったようだ。これまでに積み上げてきた中国との貿易交渉の成果が、新型コロナの影響で失われることに躊躇したものと思われる。ライトハイザーUSTR代表は、中国とは第1段階の貿易交渉の合意が着実に実施されるかどうかを確認の上、第2段階の米中貿易交渉に入る意向である。その交渉において、手持ちのカードがなくなることに危惧を抱いたのかもしれない。

米中・日米貿易協定等の2020通商アジェンダは遅れるか

こうした中で、ある米国通商代表部(USTR)のアドバイザーは、新型コロナウイルスの拡大にも拘らず、トランプ政権の通商チームはいつも通りに動いていると発言した。米国の2020年の通商アジェンダとしては、第2段階の米中・日米貿易協定、新NAFTA(USMCA)の発効、さらに、英国、EU、ケニア、インド、ブラジルなどとの貿易交渉の開始が待ち構えている。

これらの一連の貿易交渉がコロナ対策の影響から遅れるのではないかとの憶測に対して、USTRなどは一切言及していない。その中でのUSTRアドバイザーの発言であるが、欧米間の人の移動が止まっており、少なくとも米国の英国とEUとの事前の貿易交渉は対面では行われず、当面はテレビ会議が中心になると思われる。やはり、新型コロナの影響は避けられないと思われる。トランプ政権はこれまでに3月には英国、6月にはケニアとの2国間貿易協定交渉の開始を表明しており、これらの交渉に向けた準備においても当然のことながらテレビ会議などに頼らざるを得ない。日本や韓国との交渉を行った元USTR高官は、貿易交渉はテレビ会議では限界があり、相手の表情を見ながら行える対面式が望ましいと語っている。

一方、新型コロナの日本との通商交渉への影響であるが、第1段階の日米貿易協定は既に2020年1月に発効済みで、ライトハイザーUSTR代表は発効から4か月後の5月には第2段階の交渉を開始すると公聴会で発言している。前述のUSTRアドバイザーは、このスケジュールに変更があるとは聞いていないとしているが、ライトハイザーUSTR代表の発言通りに進むかどうかは、米国の英国・欧州・ケニアなどとの貿易協定の進捗状況に左右されると思われる。

トランプ政権はUSMCA に関しては、6月1日の早期発効を目指している。一方では、ライトハイザーUSTR代表は第2段階の米中貿易協定の交渉は第1段階の成果を見てから判断すると発言しており、あまり急いではいない。結局は、トランプ政権は第2段階の米中貿易協定の交渉の開始時期を、日米貿易協定と同様に、コロナ対策や他の貿易交渉の進捗状況を考慮しながら判断していくものと思われる。また、新型コロナの影響により、中国が貿易協定で約束した2年間で2,000億ドルの輸入拡大等のスケジュールは遅れる可能性がある。

コロナショックの最中にカナダはUSMCAを批准

メキシコは既に2019年末、新NAFTA(USMCA)実施法案の批准手続きを終えている。米議会では、下院が2019年12月、上院が2020年1月、修正案を盛り込んだUSMCA実施法案を可決している。これを受けて、カナダの上院は3月13日、コロナショックが進展する中で修正なしで同実施法案を可決した。

USMCAは、各締約国が発効のために必要な国内手続を完了した時は、他の締約国に対し書面でもって通報するよう規定している。また、USMCAでは最後の通告の後から3か月目の月の初日に効力を発生することになるので、カナダが3月までに全ての批准手続きを終えるならば、同協定は6月1日に発効することが可能だ。

トランプ政権は2020年11月の大統領選挙の投票を控え、カナダのUSMCA実施法案の審議を横目で見ながら、6月1日にUSMCAが発効するよう求めた。カナダは、当初は慌てずにUSMCA実施法案を審議する姿勢を示していた。ところが、迅速な発効を求める米国の姿勢を前にして、カナダには3月以内に批准手続きを終えるようにプレッシャーがかかったと思われる。

したがって、USMCAは6月初日に発効可能であるが、米ビジネス界などでは性急な発効に対する悪影響が危惧されている。なぜならば、USMCAにおいては発効の前に幾つかの要件を満たす必要がある。例えば、自動車の新しい原産地規則を実施するための統一された規則を策定しなければならないし、メキシコの労働改革を支援するためにキャパシティ・ビルディング(能力開発)を促進する必要がある。

こうしたことが、USMCAの発効前に加盟国間で統一的に認識あるいは実施されていなければ、発効後の北米での生産、売り上げ、雇用、労働改革、環境対策などにマイナスの影響が表れることになる。特に、複雑に規定された原産地規則の統一的な解釈とガイドラインの発効前の策定は不可欠である。ある議員は、コロナ対策であわただしい中、トランプ政権が6月からのUSMCAの発効を性急に進めることを再考するよう求めた。

米半導体産業は規制措置でシェアを低下させるか

ボストンコンサルティンググループの報告書は、米企業による中国IT企業への輸出規制が維持されるならば、全世界に占める米国半導体産業のシェアが低下する可能性を示唆した。一方では、中国の半導体企業が米国企業への技術依存を脱却し、独自の技術を開発し国内での半導体生産を維持するシナリオも提示した。

すなわち、トランプ政権は中国の米国技術の盗用などの知的財産権の問題に対応するため、ファーウエイなどの中国IT企業への米国製品の輸出を規制する政策を実行しているが、むしろそれが米国産業にマイナスの影響を与える可能性があると指摘している。米国の輸出管理法は、商務省によりエンティティ・リストに指定された企業には、米国企業は製品を輸出してはならないことを規定している。新型コロナの影響が拡大するにつれ、対中強硬策がブーメランのように米国産業に悪影響をもたらすことを危惧する声が高まりつつあるということだ。

しかしながら、実態面を見てみると、米商務省がエンティティ・リストにファーウエイを加えたのは2019年5月であったが、これまで3度も同社への輸出ライセンスが延長され、この3月10日には5月15日まで延長することが決まっている。トランプ政権による表向きの対中強硬姿勢とは裏腹に、米企業によるファーウエイへの輸出は許可され続けてきたということになる。

需要の創出が不可欠な日本のコロナ対策

日本での新型コロナの影響として、話題になるのは観光業や飲食店の売り上げ減とともに、マスクや消毒薬が店舗から消えたことが挙げられる。こうした話題性が高い現象の他に、静かに広がっているのが製品を構成する部品や材料などの不足である。

日本のサプライチェーンへの影響の例としては、自動車部品(HS8708) の日本の対中輸入依存度は2018年に36%に達しており、実際に国内での自動車の組み立てに支障をきたすケースが表れている。また先日、家電量販店で空気清浄機の部品の一部を注文したところ、それが中国製とのことで入荷が最大で40日かかるとのことであった。さらに、コンピューターの購入を相談したところ、部品の一部が中国製であるため、新製品の入荷は遅れ、販売できるのは在庫がある製品のみという説明であった。

コロナショックは大企業よりも中小企業への影響が大きい。サプライチェーンが止まることにより、生産が中断し経営悪化に陥るわけであるが、中小企業は資金面等で持ちこたえる体力で相対的に劣るため、様々な面からの経済支援を必要としている。これは、会社に属さずフリーで活動する職種も同様な問題を抱えており、所得を補償する支援が求められる。

米トランプ政権の緊急対策では、家計への現金給付、給与税の減税、中小企業や航空・ホテル業などへの資金支援が骨格となる。日本も同様に、消費税の減税や現金給付や被害を受ける企業への支援が柱になると見込まれる。こうした対策は、新型コロナで外食や旅行などの産業において急激に冷え込んだ消費や投資の需要を喚起するものである。株価急落や企業の倒産を防ぐには、こうした大型の所得補償や減税などによる消費の拡大は必要不可欠な対策である。

輸出で需給ギャップを解消

日米欧などの世界大で実施が見込まれるコロナショックへの財政金融策の効果は、短期的なものである。日本経済の根本的な問題は、90年代からのデフレの浸透や一人当たり実質購買力の伸び悩み(注1))を背景に、需給ギャップ(一国の経済全体の総需要と供給力の差)の潜在的なGDP に対する割合が長い期間にわたってマイナスになっていることだ。

また、新型コロナは中国の依存度を深めてきた日本企業に対して、そのサプライチェーンの修正を迫ることになる。いわゆる、チャイナ+1として知られる中国からASEANなどへの生産拠点の移管である。チャイナ+1はこれまでも実行されてきたが、新型コロナはこの傾向に拍車をかけることになる。その際に、ASEANだけでなく日本へ生産を回帰することも検討することが期待される。日本への生産の回帰が進展すれば、国内の需給ギャップの解消にもつながる。

したがって、日本は中長期的にはこの国内の需給ギャップを解消し、新型コロナ後のサプライチェーンの修正に資するようなグローバル戦略を模索しなければならない。本稿では、その牽引役の候補として第1に輸出を挙げたい。

日本の輸出数量が伸びない理由

一般的には、日本のようにデフレで物価が上がらなければ、輸出価格は相対的に有利になり輸出競争力は高まる。また、日本が円安になれば輸出価格が低下し輸出数量は増加するはずである。しかしながら、日本においては90年からの長期にわたってデフレが続き、2012年12月に発足した第2次安倍政権を契機とした円安が進展したにもかかわらず、輸出数量の伸びは低迷している(注2)。

実際に、日本の輸出数量指数(1990=100)の動きを見てみると、1990年からの約30年間で5割しか上昇していない。ドイツ、中国、韓国などと比べて、日本の輸出数量の伸びは最も低い。ドイツは90年からの約30年間で輸出数量を3倍以上、中国は5倍以上も伸ばしている。

日本が貿易黒字を持続し、日本経済の成長に貢献するためにも、輸出数量の伸びを高める必要があるが、現実には何らかの要因により輸出の勢いに強さが見られない。日本の輸出数量の停滞の背景には、幾つかの複合的な要因が考えられる。

まず第1に、リーマンショック以降、世界の実質GDPの成長率が鈍化しており、この景気減速の影響から日本の輸出数量の伸びが低下している。実際に、1985年以降の日本の輸出量指数の5年前の増減率と世界の実質GDPの5年前の増減率をグラフに描いてみると、同じようなパターンの動きが見られ、日本の輸出数量は世界の需要(実質GDP)に牽引されていることが理解できる。

第2に、日本企業は近年では収益の確保を狙って、為替が円安に動いても円建て輸出価格をやや高めに維持する傾向にあることを挙げることができる。これが、円安にも拘わらず輸出数量が伸びない要因の1つになっているようだ。

第3には、海外での現地生産を進めた結果、海外進出当初は部品などの中間財だけでなく製造装置などの資本財の輸出が拡大したが、次第に中間財は現地調達が進み、資本財も半導体製造装置などを除き輸出が鈍化傾向にある。

第4には、海外生産の拡大で国内の供給体制や人材面において空洞化が進み、輸出の足かせになりつつあることが挙げられる。そして、スマートフォンやテレビ、半導体、家電などの電気製品、あるいは自動車部品などの分野において、中国や韓国、台湾の追い上げがあり、これらの製品の輸出が鈍化するだけでなく、逆に輸入が増加している。

第5には、日本の輸出サプライチェーンの硬直化を指摘することができる。例えば、2012年の日本の米国への輸出の約8割は日本の親企業と海外子会社との親子間取引で説明できるし、2014年度の対世界輸出ではそれが45%を占める(注3)。つまり、日本の米国を始めとして世界への輸出は、日本企業の親子間のサプライチェーンの動向に大きな影響を受ける。

第6として、EPA/FTAや広域経済圏構想の利用による輸出促進がまだ本格化していないことが挙げられる。日本は2019年以降だけでもTPP11、日EU・EPA(注4)、第1段階の日米貿易協定を発効させ、今後はRCEP(東アジア地域包括的経済連携)や日中韓FTAの合意が見込まれており、既存のものに加えてこれらのEPA/FTAを活用した輸出拡大が喫緊の課題である。

輸出促進に有効な対策とは

すなわち、日本経済の活力を高めアジアなどでのプレゼンスを回復するには、日本が締結したEPA/FTAなどの活用を効果的に進め、一層のサプライチェーンの強化と輸出拡大に結びつけるグローバル戦略が不可欠である。

日本の輸出促進には、上述の輸出数量が伸びない要因を克服するとともに、特に親子間貿易の割合が高い日本のサプライチェーンの特徴を生かした見直しが望まれる。日本の輸出に占める親子間貿易の比重の高さは、ある意味では日本企業が米国などへの輸出を主導しているということであり、このサプライチェーンの強みを生かした現地の販売網の強化が不可欠である。日本が70年代や80年代に営々と築き上げてきた進出先での販売網を、今一度現地の需要を吸い上げ活性化させることによって、輸出の増加につなげることが求められる。

そして、TPPのメンバーの拡大や、日EU・EPAやRCEPをテコにした輸出の促進を図ることが期待される。これまで、日本企業はEPA/FTAの利用を進め、その利用率は年々高まっている。今後はさらに利用率を引き上げるとともに、低迷する輸出の拡大に結び付くようなEPA/FTAの活用を目指すことが望まれる。

(注1)「なぜ日本は米国よりも一人当たり購買力平価GDPの順位を下げるのか ~米国を除くTPPよりも大きい米国の購買力~」国際貿易投資研究所(ITI) ITIコラムNo.31 2016年5月25日

(注2)「なぜ日本の輸出は伸びないのか~日本の輸出・投資比率が低い背景~」国際貿易投資研究所(ITI) ITIコラムNo.11 2013年6月18日

(注3)「 広がりを見せる海外へのアウトソーシング~親子間貿易で違いが見られる日米のグローバル調達モデル~」国際貿易投資研究所(ITI)、季刊「国際貿易と投資」109号、2017年9月

(注4)日EU・EPAの関税削減効果の分析結果は、国際貿易投資研究所(ITI)が2020年3月に公表した「平成31年度日EU・EPAなどのFTAの進展が企業活動にもたらす影響調査事業結果・報告書」に掲載

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