一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2008/03/17 No.109米加間のマグマに触れた民主党のNAFTA論争―大統領選挙にみるアメリカの変化(2)―

佐々木高成
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹

クリントン・オバマのNAFTAをめぐる非難合戦の余波は思わぬところにも波及している。オバマ候補が公の場ではNAFTAを非難する一方で、裏ではカナダ政府に「あのような発言は選挙戦という状況を無視して考えるべきではない」、平たく言えば「選挙レトリック」だから心配する必要はないと述べたという情報が流れた。カナダ政府は否定している。NAFTAを批判しているオバマ陣営が裏では違うことをカナダに言ったとすればその人物の信頼性は大きく損なわれる。

しばらくすると今度はクリントン陣営も同じようにカナダに対して選挙レトリックだと伝えたというニュースがカナダで流れた。報道によればこの情報を流したのはハーパー政権のブローディー首席補佐官である。カナダ政府はこれについてもクリントン陣営からの接触は無かったと否定した。しかし、この事件はカナダ国内でも政治的な波紋を広げ野党からブローディ首席補佐官罷免の要求が出るという状況に発展した。カナダは米国政治の渦中に巻き込まれてしまった感がある。

<カナダ政府との会談メモ>

オバマ候補陣営でカナダ政府関係者と会ったのはオバマの経済ブレーンといわれるシカゴ大学グールズビー教授である。興味深いのは、カナダ政府が否定している会談メモがインターネット上や信頼できる通商専門情報誌にその全文が掲載されていることである。その「メモ」内容は概要は以下のようなものである。

  1. オバマ候補はNAFTAの全面的な改正というよりも、労働・環境基準の強化、明確化に関心がある。
  2. 米加経済は強い相互依存関係にあり、どこからどこまでが米国でカナダかを言うことが難しい程である。
  3. 米国内の議論(反NAFTA論)は主としてメキシコのことを念頭に置いたもので、移民問題との関係がある。

この「メモ」は二重の意味で面白い。一つはグールズビー教授が具体的に何をいったのか、その発言内容そのものに興味がある。グールズビー教授の国際経済政策や通商政策について知る材料は筆者の手元にはあまり無いからである。

このメモを読む限り、オバマ候補やその経済アドバイザーには今のところ国際経済や通商政策にはあまり具体的な政策がない、という印象を持つ。このことは先のフラッシュの中で述べた政策アジェンダの中身をみても言える事である。ただし、強固な自由貿易論者でグローバリゼーション擁護派として有名なジャグデッシュ・バグワティ教授は自由貿易を主張するグールズビー教授が経済アドバイザーとなっていることを一つの理由としてオバマは保護主義的傾向がクリントンより弱いと見ている。

<米加経済のマグマ>

もう一つはカナダの視点から米加関係にどのような関心があるのか、ここから見えるからである。米国とカナダは既に事実上一体化しているような印象を受けるが、内実はNAFTA交渉以来まだ両国間にはなかなか冷めないマグマのようなものが残っているということを再認識させられた。米国ではカナダはもう一つの州のような存在だと思っている節があるが、カナダはNAFTAの前身である米加自由貿易協定を締結するにあたっては自己の経済的自立や独立性を危うくするリスクを秘めた協定を結ぶことに大きな賭けをしたのであって、ただ漫然と経済一体化のメリットを追求したのではない。

具体的にいうと、カナダはNAFTAでは自由化等の譲歩と引き換えに、アメリカの通商法に改正を加え将来ダンピングや相殺関税提訴が政治化しないようなメカニズムを構築したいと思ったのである。これは現状では実現していない。米国では労働組合等からの圧力によって現行通商法を改正することなどは全くのタブーに等しい。しかし、仮にNAFTAを再交渉することになれば当然この大問題を再燃させることになる。カナダには再交渉に向けて強力なカードがある。資源・エネルギーである。米国の産業と人口が集積する中西部地域のエネルギー需要のおよそ半分をカナダに依存しているそうである。この点はグールズビーに面談したカナダ外交官はきっちり指摘しているところだ。

このようなNAFTA交渉当時の問題をオバマもグールズビーもほとんど認識していないのは明らかである。やはりオバマもクリントンも、そして有権者もその関心は国内問題に向けられている。とはいえ、グローバリゼーションの時代では米国においても国内問題と対外経済関係が判然と区別できないくらい複雑に交錯しているのがまた問題でもある。

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