一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2011/06/06 No.142大きく変化する日本の国際収支構造

高橋俊樹
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹

日本の貿易は、80年代から経常収支(注1)の黒字に大きく貢献してきた。この結果、日本のGDPの成長に与える影響力は大きく、80年代、2000年代においては、純輸出(経常黒字)は実質GDPを2%以上も引き上げた。2000年代に入ってからは、海外からの所得(純受取)も実質GDPを2%以上も増加させた。

このように日本経済は、一次産品などの商品市況が高騰しても、純輸出と海外からの所得の拡大に支えられ成長を達成してきた。

しかしながら、グローバル化の進展やリーマンショック、および東日本大震災により、日本の国際収支構造は変化し、貿易黒字は大きく上下している。こうした中で、直近までの経常収支の動きを見ることにより、今後の国際収支構造の方向を考えてみたい。

直接投資収益の増加による所得増が経常黒字を支える

リーマンショックから立ち直り、徐々に増加基調にあった日本の貿易黒字は、11年1-3月期には、再び東日本大震災により大きく落ち込んだ。貿易黒字額は5,691億円で、前年同期よりも1.5兆円も減り、およそ4分の1の水準にまで縮小した。

しかし、所得収支(注2)は08年〜10年にかけて減少したものの、11年1-3月期には堅調に推移し、経常収支の黒字圧縮の緩和に貢献した。同時に、サービス収支の赤字幅が、海外からの特許等使用料の収益増により縮小し、前年同期の3分の1の水準になった。

この結果、11年1-3月期の経常収支は所得収支とほぼ同額の3.8兆円で、前年同期よりも1.2兆円の減少となった。すなわち、所得収支増とサービス赤字減により、貿易黒字減の影響が3,000億円ほど縮められたことになる。

所得収支が堅調であったのは、直接投資収益が増加したことや証券投資の配当金収入が堅調であったことが大きい。直接投資収益の増加は、リーマンショック以降、急減した再投資収益(注3)が10年後半から回復に転じたことが原因だ。もしも、再投資収益が回復しなければ、経常黒字はもっと大きく前年同期に対して縮小していたことになる。

(資料)財務省国際収支状況から作成(図2以下同様)

サービス収支の赤字減が経常黒字を底上げ

日本の経常収支は、85年から2000年までは、貿易収支の動きとほぼ並行して推移してきた。しかし、所得収支は01年から増加のテンポを速め、05年には貿易収支を上回り、09年まで経常収支の動きをリードするようになった。

10年の経常収支は、所得収支が減少する中で、貿易黒字の回復の影響を大きく受け、過去2年の黒字減から増加に転じた。しかし、11年に入り、貿易黒字の縮小から、再び所得収支の役割が高まっている。

また、注目されるのがサービス収支の動向である。05年から貿易黒字は低落傾向にあるが、所得収支の増加だけでなく、サービス収支の赤字幅縮小がその減少分を埋め、経常収支の黒字削減圧力を和らげている。

96年を境にサービス収支を構成する輸送収支、旅行収支、その他サービス収支(建設、金融、特許等使用料など)がいずれも赤字幅を縮小し続けている。その他サービス収支の中でも、特許等使用料が03年から黒字転換しており、しかも急速に黒字幅が拡大している。

このように、日本の国際収支構造は経済環境の変化から大きく変化している。11年の1-3月だけの動きではあるが、経常黒字は大幅な貿易黒字減にもかかわらず、所得収支増とサービス収支の赤字減により急激な落ち込みを免れた。これは、既にこれまでにもその兆候はあったものの、日本のグローバル化や知財蓄積の影響が、改めてリーマンショックや震災後においても出現したからだ。

今後の経常収支の動向を考えるならば、震災後の国内の供給体制が回復し、いつの時点から輸出が増加するかが1つのポイントとなる。ある自動車メーカーは、6月には震災前の9割の稼働率に戻るとしている。サプライチェーンが回復したとしても、震災ショックの後遺症から、資材・部品を日本から海外に供給する構造に微妙な変化が現れ、従来ほど日本からの輸出に依存しない体制に変化する可能性がある。また、エネルギー価格などの上昇で、輸入が拡大し、貿易黒字の縮小圧力が強まるかもしれない。

しかしながら、日本の輸出依存度は16%程度であり、まだそれほど高いわけではなく、輸出比率が急速に減少することは考えにくい。むしろ、新興国の内需を取り込むためには、中小企業においても、FTAなどを活用し、輸出の拡大を図ることが望ましい。

したがって、震災後に落ち込んだ輸出は、今後は徐々に拡大に向かい、貿易黒字は一定の水準を回復するものと思われる。仮に05年以降の貿易黒字の低落傾向がビルトインされたとしても、今後はグローバル化による海外からの所得増の拡大や、一層のサービス赤字の改善や黒字転換により、こうした経常黒字を支える構造の変化が、改めて顕著になっていくものと思われる。

(注1)経常収支=貿易収支+サービス収支+所得収支+経常移転収支

(注2)所得収支は居住者・非居住者間の雇用報酬、直接投資収益、証券投資収益、直接・証券投資収益以外の債権・債務に係わる利子受取・支払から成る。

(注3)再投資収益とは、直接投資先企業に配分されず、内部留保として積み立てられた収益。

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