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フラッシュ151 |
2012年1月16日
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ドイツのエネルギーシフト |
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(財)国際貿易投資研究所 客員研究員 田中 信世 |
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(2/3ページ) 2.エネルギーシフトをもたらした政治的な背景 <2011年州議選で与党不振> ドイツが脱原発を決意した背景には、キリスト教民主同盟(CDU)と自由民主党(FDP)の現連立政権をとりまく政治的な環境が大きな影響を与えたものと考えられる。 2011年に7つの州で実施されたドイツ地方選挙で連立与党の退潮が鮮明になった。連立政権は同年2月に行われたハンブルク市(特別州)の選挙で国政(連邦議会)で最大野党の社会民主党(SPD)に与党の座を奪われたのを皮切りに、3月の旧東独のザクセン・アンハルト州の選挙でこそ第1党の座を維持したものの、同じく3月に実施されたドイツ南部の産業集積地であるバーデン・ビュルテンベルク州の選挙では環境政党である緑の党に与党の座を奪われた。その後行われた南西部のラインラント・プファルツ州(3月実施)、ブレーメン市(特別州)(5月実施)、旧東独のメクレンブルク・フォアポメルン州(9月実施)、ベルリン市(特別州)(9月実施)の選挙でも国政最大与党のCDUは振るわず、いずれも国政で最大野党のSPDが第1党の座を維持した。 このように「スーパー選挙年」と呼ばれた2011年の地方選では、メルケル首相が率いるキリスト教民主同盟(CDU)はハンブルク州と南部のバーデン・ビュルテンベルク州の2つの州で与党の座を奪われ、2013年に行われる連邦議会(下院)選挙での政権維持へ向けて厳しい材料が重なった。 <福島第1原発事故勃発で与党に逆風> こうした地方選での連立与党の退潮の背景には、ギリシャの財政危機に端を発したユーロ圏の債務・金融危機と2011年3月に日本で発生した原子力発電所の事故の影響がある。 EUのユーロ圏ではギリシャなどの財政赤字国の国債利回りが上昇(国債価格は下落)、債務危機に陥った国の国債を大量に保有する欧州の銀行の経営を直撃するなど金融市場が混乱した。フランスとともに、ユーロ圏最大の経済国として危機対応を進めるメルケル政権に対しては、財政状況が健全なドイツがギリシャなどの財政赤字国に対して、EUの支援策の中で巨額の負担をすること対し国民の不満が強まっている。 さらに2011年3月中旬以降に実施された地方選では、日本で起こった福島第1原発事故が大きな逆風となった。前述のように、福島原発の事故を受け、メルケル首相は2010年にいったん決めた原発の稼働延長を取りやめ、2022年までに国内の原発17基すべてを止める「脱原発」に転換した。しかし、結党時から反原発を掲げている緑の党に国民の支持がより多く集まっており、相対的に与党への支持が低下した。 特に今回の選挙で、緑の党が与党第1党となりSPDと連合政権を組んだバーデン・ビュルテンベルク州では2011年5月、緑の党に属するウィンフリート・クレッチマン氏が州首相に選出された。16あるドイツの州の中で反原発を掲げる緑の党から首相が選出されたのは初めてのことで、福島原発事故で定着した「脱原発」の世論がドイツ政界の勢力図を変える一歩となった。 2012年に予定されている州議選は1州だけであるが、ドイツでは連邦参議院(上院)の議席は州議会の与党に与えられることから、すでに政権与党が参議院で過半数を失う「ねじれ」の状態にあり、参議院での可決が必要な重要法案の審議では与野党の調整が不可欠になっている。 今回連立政権が脱原発を決定した背景にはこうした野党の勢いを止める狙いがあり、メルケル首相にとっては、今後の政局運営において勢いの続く緑の党と連立する選択肢も残せるといった判断もあったとみられる。 1986年のチェルノブイリ原発事故に次ぐ今回の福島原発事故が、伝統的に環境意識の強いドイツ国民の間に放射能汚染への恐怖、脱原発意識の高まりを呼び起こし、政府のエネルギー政策の大転換を正当化したとも言える。ただ、大急ぎで脱原発を決めた一方で、それに伴う負担の変化や代替電力の確保策などは必ずしもはっきりと示されていないことから、政治的な決断が先行した決定ではないかとの指摘もある。 3.エネルギーシフトへの決断を可能にした経済的な要因 <すでに高かった再生可能エネルギーの電源比率> ドイツの発電量をエネルギー資源別にみると、ドイツはこれまで必要な電力の2割強を原発で賄っていた(表3)。原発から撤退するということになると、この2割強の原発由来の電力を他の代替エネルギー源で賄う必要が出てくる。 ドイツがエネルギーシフトに踏み切ることができた背景には、ドイツでは再生可能エネルギー電力の比率が90年代以降急速に高まり、日本などと比べてすでに高い水準に達していたことがひとつの要因として挙げられよう。 ドイツの電力総発電量に占める再生可能エネルギー電力の比率は90年にはわずか5%であったが、その後「グリーンエネルギー」がブームとなり、同比率は2010年には前年比3.1ポイント増の16.5%と世界最高水準まで拡大した(表3)。 政府はこの流れをさらに加速させて、最終エネルギー消費(電力・熱・燃料すべてを含む)に占める再生可能エネルギーの比率を、30年までに30%、40年までに45%、50年までに60%へとそれぞれ引き上げることを目指している。 前述の倫理委員会は答申書のなかで、エネルギーシフトが成功するための条件として、太陽光や風力、バイオマスなどの自然エネルギーの大幅な増強の必要性について言及している。しかし、答申書は、「風力発電所の拡張は、特にオフショアの海上風力発電所に関しては、これまでのところいく分期待を下回っている。また陸上の風力発電所についてもタービンの効率性(いわゆる“リパワーリング”)の点でも当初予想されたほどの成功をおさめなかった」と指摘し、「特に風力発電については引き続き野心的な拡大が必要」と述べている。 一方、ドイツの発電量に占めるエネルギー資源別の比率では、褐炭が全体の23.7%と高い比率を占めているのが特徴的である(表3)。 これは、ドイツには褐炭資源が豊富に賦存していることと、褐炭による発電コストがキロワット時(kWh)当たり約2.8セントと再生可能エネルギーによる発電はもちろんのこと原子力発電と比べてもかなり低いことを反映したものである(注5)。 電力資源として褐炭を多用することは長期的には二酸化炭素の増加をもたらし地球温暖化につながる可能性はあるものの、再生可能エネルギーへの切り替えが進むまでのつなぎとして少なくとも短期的には褐炭の利用を増やすという選択肢がとれるということも、政府の原発からの撤退の決断を容易にした要因のひとつになったものと考えられる。 ちなみに、REN21(21世紀のための再生可能エネルギー政策ネットワーク)のrenewable 2010 global status reportによれば、世界の再生可能エネルギー電力生産におけるドイツの位置付けは、太陽光発電では2009年に9.8ギガワットと世界全体の46.6%を占め、2位のスペイン(3.4ギガワット、16.2%)を大きく引き離している。またGWEC(世界風力エネルギー協会)の報告書“GLOBAL WIND 2010 REPORT”によると、風力発電では、ドイツは2010年に2万7,214メガワット(発電能力ベース)と世界全体の生産能力の14.0%を占め、中国(4万2,287メガワット、21.8%)、米国(4万180メガワット、20.7%)に次いで第3位であった。 参考までに、太陽光と風力発電について日本のシェアをみると、太陽光では日本は2.6ギガワットと世界の12.4%を占め、ドイツ、スペインに次いで世界3位であるが、風力ではわずか1.2%(2,304メガワット)にとどまっており、風力発電の分野の遅れが目立つ(表5,6)。 表2 ドイツのエネルギー資源別エネルギー消費量の割合(2010年)(単位;%)
(出所)Arbeitsgemeinschaft Energiebilanzen e.V 表3 ドイツのエネルギー資源別発電量の割合(2010年)(単位;%)
注;再生可能エネルギー資源の内訳は、水力(3.2%)、風力(5.9%)、バイオマス(4.8%)、太陽光(1.9%)、家庭ゴミ(0.8%)。 (出所)Arbeitsgemeinschaft Energiebilanzen e.V 表4 原発の稼働停止と再生可能エネルギーの電源比率
(出所)3/2011 Deutschland 表5 世界の太陽光発電量(2009年)(単位;ギガワット、%)
注;系統接続された発電施設による発電量。 (出所)REN21(21世紀のための再生可能エネルギー政策ネットワーク)、“renewable 2010 global status report” 表6 世界の風力発電能力(2010年)(単位;メガワット、%)
(出所)GWEC(世界風力エネルギー協会)、“GLOBAL WIND 2010 REPORT” <近隣諸国間の電力融通が可能> ドイツが原発の停止を打ち出すことができたもうひとつの要因として、EUの共通エネルギー政策により電力が不足した場合でも近隣諸国から電力の供給を受けられるという陸続きの欧州ならではの事情もあったのではないかと思われる。 2010年におけるドイツの電力の輸出量は前年比7.6%増の580億8,800万キロワット時(kWh)、輸入量は同2.4%増の405億2,100万kWhであり、2009、10年ともに電力の貿易収支は出超であった。このように、電力の貿易収支は年次ベースで見ると出超基調にあるが、月別に見ると、国内で風力発電量が低下する4〜5月、7月の夏場は例年入超傾向となっている。しかし2011年については政府の原発からの撤退決定後は、5月以降入超が続いている(表7)。 ドイツの電力の主要輸入相手国はフランス(2010年の総輸入額の30.8%)、チェコ(同27.0%)で、主要輸出相手国はオーストリア(総輸出額の28.1%)、スイス(同22.7%)、オランダ(同16.01%)であった。フランスとチェコからの電力の輸入が多いことから、ドイツが原発から撤退した直後、フランスなどから原発由来の電力を輸入して原発からの撤退と言えるのかという批判も出た。 この点について連邦政府は、原発を一部停止した直後は一時的に原発由来の電力の輸入量が増加したことは認めながらも、外国からの原子力由来の電力の輸入増は適切な選択肢ではあり得ないとしており、将来の電力輸入では再生可能エネルギー電力を最優先するとの立場を明確にしている。(次ページに続く) 表7 ドイツの電力輸出入量(月別)(単位;100万kWh)
注;*は暫定値。 (出所)連邦統計庁、Aussenhandel (注5)シュツットガルトのエネルギー経済・合理的エネルギー利用研究所(IER)によればエネルギー資源別の1キロワット時(kWh)当たりの発電コストは、原子力3.5セント、褐炭2.8セント、石炭3.3セント、天然ガス4.2セント、風力(陸上)7.6〜12.7セント、風力(海上)10.0〜16.1セント、バイオマス9.6セント、太陽光50〜60セント(いずれも2008年)となっている。 |
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