一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2015/10/16 No.252難民危機に翻弄される欧州-受け入れ対応を巡ってEU内に亀裂-

田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

難民・不法移民70万人、すでに欧州に流入

今年9月、英インデペンデント紙のウェブサイトで流されたトルコ海岸ボドルムにシリア難民男児の遺体が漂着した映像が、国際社会に大きな衝撃を与えた(注1)。激しい内戦が続くシリアや過激な武装組織「イスラム国」に追われたイラク、内政が混乱するアフリカ東部エリトリアなどから欧州へ流入する難民や不法移民が急増して、EU内部で受け入れ体制を巡って深刻な亀裂が生じている。

FRONTEX(欧州対外国境管理協力庁)の調査によると、最近の域外からの不法移民・難民のEUへの流入ルートは、主に、5つある。今年1~9 月までの不法越境した移民・難民数を多い順にみていくと、下記のとおりであり、約71万人に上る(注2)。東地中海ルートの上陸先はギリシャであり、中部地中海ルートはイタリアである。

しかしながら、これら地中海ルートは、密航船の転覆事故が相次いで生じているため、より危険性の低いハンガリーなどを経由する中・東欧・バルカンルートからの流入が加速度的に増えている。

  1. 東地中海ルート35万9,171人
    (シリア24万8,810人、アフガニスタン6万6,765人、イラク1万8,884人など)
  2. 西バルカンルート20万4,630人
    (シリア8万8,149人、アフガニスタン5万2,995人、コソボ2万3,547人など)
  3. 中部地中海ルート12万8,619人
    (エリトリア3万2,966人、ナイジェリア1万6,352人、サハラ以南国籍者1万2,173人など)
  4. 西地中海ルート(1~8月)7,892人(
    シリア4,294人、ギニア824人、アルジェリア547人など)
  5. アルバニア・ギリシャ循環ルート(1~8月)5,843人
    (アルバニア5,806人、旧ユーゴ・マケドニア10人、グルジア9人など)

国際移住機関(IOM)によると、本年に入って8月末までに43万2,761人が地中海を渡って欧州に入った。このうち30万9,356人がギリシャ、12万1,139人がイタリアに着いた。多くは内戦が続く中東のシリアや、内政が混乱するアフリカ東部のエリトリアの出身者だとみられる(注3)。

難民殺到、国境管理を強化リスボン条約は、難民が最初に到達したEU加盟国に難民申請の受付と管理を義務付けている。実際は難民の大半が海路でイタリアとギリシャに、陸路でハンガリーに到着し、難民を最も積極的に受け入れているドイツやスウェーデンなど北部欧州に向かっている。ハンガリーは8月29日にセルビアとの国境沿いに有刺鉄線を設けたが、難民を阻止できず、9月15日、国境を封鎖した。その結果、難民はハンガリー領を迂回しクロアチアに向かい、難民の受け入れに寛容なドイツやスウェーデンなど北欧などを目指している。また、ドイツからスウェーデンに向かう「通過ルート」となっているデンマークが9月9日、殺到する難民による混乱に危機感を強め、高速道路や国際鉄道路線の封鎖に踏み切った。そのドイツでさえ、9月13日、難民らの主要な入国ルートになっているオーストリアとの国境で入国審査を暫定的に導入した。このように、国境管理強化の動きが、連鎖的にその他の加盟国に広がっている。それほどまでに難民・移民の流入が急激なため、難民の流入ルートや通過ルートとなっている加盟国が、「ヒト・モノ・カネ」の自由な移動を定めたシェンゲン協定(注4)から一時的に離脱するような状況に陥っている。ドイツの緊急措置に対して、欧州委員会は、「一時的な国境管理はドイツの危機的状況の場合例外的に可能だ」との声明を発表し容認する考えを示した(注5)。事実、これら加盟国は難民の受付・管理事務が大混乱し、非常事態に陥るような状況下にある。ハンガリー、ドイツに続いて、オーストリア、スロバキア、チェコは15日までに国境管理,クロアチアも17日に国境封鎖、ポーランドなども国境警備を強化している。

現下の難民流入が深刻化したのを受けて、ドイツ、フランス、イタリア3カ国は去る9月2日、欧州共通の難民管理制度「ダブリンⅡ」規則の改定を求める共同文書を欧州委員会に提出した。ダブリンⅡ規則は、難民が到達した欧州の国に、難民申請の受付と管理を義務付けているが、実際は、大量難民の大半が海路でイタリアとギリシャに、陸路でハンガリーに到着し、これら3カ国の難民の受付・管理事務が大混乱し、非常事態に陥るような状況下にある。独仏伊3カ国の共同文書も「25年前に作られた難民制度の限界と欠点があらわになった」と指摘している。

受け入れ分担義務化、中・東欧が反発

EUはすでに難民対策として、今年6月のEU首脳会議(欧州理事会)で、受け入れ負担を加盟国で分担することで合意している。この時点で、強制的な割当制度も検討していたものの、ハンガリー、チェコ、ポーランド、スロバキアなど主として中・東欧加盟国の猛反対で断念した。結局は、全体として、イタリアやギリシャに今後2年間に着く難民のうち4万人を加盟国が分担して、自主申告して受け入れる目標に落ち着いたが、7月中を目指していた達成目標に対して、各国が自主申告した人数の合計は3万2,000人と目標の4万人に届かず、年末まで先送りとなっていた。

別表のとおり、ドイツへの難民申請者が集中しており、難民申請の処理が追いつかない状態である。ドイツのメルケル首相は、8月31日の記者会見で、今年の流入は過去最高の80万人に達し、昨年の4倍に膨らむとの試算を明らかにし、「難民受け入れで公平な割当ができなければ、シェンゲン協定が問題になる」と、EUが一致して、難民問題に取り組むことを求めた(注6)。ドイツ政府は80万人から100万人に修正、その後、さらに150万人に再修正、「支援体制が破綻する」リスクを懸念、ドイツの受け入れが限界に近いことを示した(注7)。

欧州委員会のユンケル委員長が欧州議会で9月9日、イタリア、ギリシャが抱える難民受け入れ数を当初計画の4万人の4倍の16万人に引き上げる方針明らかにした(注8)。EUは9月14日、臨時のEU法相・内相理事会を急遽開催し、受け入れ可能な難民の絞り込みの迅速化と、ドイツ4万206人、フランス3万783人、スペイン1万9,219人、ポーランド1万1,946人などEU加盟22カ国ごとに人口や経済規模、失業率などを考慮して受け入れ分担の義務化について議論したが、このうち本年8月15日から2017年9月16日までの2年間にイタリア、ギリシャ両国にすでに到着したか、今後到着する難民4万人の受け入れを早急に実施することを決めたものの、12万人の分担義務化については合意に至らなかった(注9)。

EU法相・内相理事会が急遽9月22日に開催され、受け入れ分担の義務化を再協議、東欧4カ国の反対を押し切って賛成多数で決定したが(チェコ、ハンガリー、ルーマニア、スロバキアは反対、フィンランドは棄権)、計画通り実行できるかどうか不透明である。加盟国に割り当てられた計12万人は、イタリア、ギリシャに流入する難民を想定している。しかし、ハンガリーがこの計画への参加を拒んだため、EUは今後1年間にイタリア(1万5,600人)、ギリシャ(5万400人)からの難民6万6,000人分の移送先を決め、残りの難民5万4,000人をどう取り扱うかは1年後に再検討することになった。主な分担の内訳は、ドイツ1万7,036人、フランス1万2,962人、スペイン8,113人などとなっている(注10)。

このEU理事会の決定を受けた臨時の非公式欧州理事会は9月23日、①今後2年間で16万人を各国が自主的に分担して受け入れる、②中東で難民支援を行っている国連高等弁務官事務所(UNHCR)など国際機関に対して少なくとも10億ユーロの支援をする、③シリア難民が流れ込むレバノン、トルコ、ヨルダンなど周辺国への支援を強化する、④FRONTEXやユーロポール(欧州警察機構)と加盟国とが連携して、国境・沿岸警備隊を創設する、④EU主導で、難民の登録や指紋採取を行う難民管理センター(ホットスポット)をギリシャとイタリアに本年11月末までに設置すること、⑤難民以外の不法入国者の本国送還を加速することなどで合意した(注11)。

別表 EUの難民申請者数

2012年2013年2014年2015年2015年2015年2015年2015年2015年2015年
1月2月3月4月5月6月7月
EU28ヵ国336,015432,055627,78066,14071,00066,70063,19571,39094,20581,100
ドイツ77,650126,995202,81522,03526,08532,05527,17525,99035,44537,530
スウェーデン43,94554,36581,3254,8954,0504,1203,9205,3756,6258,070
イタリア17,35026,62064,6254,7855,1405,5054,5905,1805,335n.a
フランス61,45566,26564,3104,4405,6306,0905,6504,7455,600n.a
ハンガリー2,15518.942,77511,92516,6954,9256,6909,97016,58031,285
英国28,89530,82033,0102,7852,2552,4551,9602,5753,075n.a
オーストリア17,45017,52028,0654,0303,2552,9254,0406,3957,680n.a
オランダ13,10013,09524,5351,0509709901,2752,3753,085n.a
(出所)EUROSTAT、Asylum and new asylum applicants, monthly data and annual aggregated data(May2015)から作成。

危機の中、亀裂の修復が不可欠

トルコ沿岸に打ち上げられたシリア難民の男児の遺体の写真が9月初めに報じられたのを機に、メルケル首相やオランド仏大統領らEU首脳は次々と難民受け入れ策を打ち出し、事態収拾に向けて大きく動き出した。難民受け入れに消極的だったキャメロン英首相も国内世論の反発で、「難民を助ける道義的義務がある」として、数千人規模で受け入れするとの方針転換を表明した。

メルケル首相は、「難民は欧州にとって、ギリシャ財政危機よりも重大な問題になる」と発言、」強い危機感を示すと同時に、EU全体での取り組みを求め、団結を呼びかけた。

難民や移民が殺到し危機的な状況になっているハンガリーのオルバン首相は「難民問題はドイツの問題であり、欧州全体の問題ではない」と難民の受け入れ割当制に強く反対する。

何故「ドイツ問題」なのか。最大の理由は、ドイツの難民庇護の体制がEUで最も充実しているからだろう。難民申請した人には無料で収容施設が提供され、食料や衣類も無料で支給される。病気の治療を無料で受けることや、就学年齢の子供たちが近くの学校に通うこともできる。また、散髪代、電話代など当面の日常生活に必要な費用として、毎月少なくとも成人1人当たり140ユーロ、18歳未満の未成年者1人当たり80~90ユーロが支給される。したがって、オルバン首相は、大部分の難民は最終的にはドイツに向かうから、メルケル首相の寛大な難民受け入れの呼びかけは、むしろ欧州を目指す難民・移民を増やす懸念があると、厳しく批判するのである。

これに対して、難民の最大の受け入れ国であるドイツのメルケル首相は「欧州全体の取り組みが急務だ。EUは解決に向けて行動しなければならない」と訴える。現実には、メルケル首相が想定した以上の難民がドイツに殺到して、ドイツ単独の受け入れは限界にきている。ドイツ国内でも、メルケル首相の対応に厳しい批判が出始めていて、軌道修正を迫られている。

このように、EU首脳間の亀裂は深刻である。今回の難民危機だけでなく、先のギリシャ危機の対応でも、EUの足並みが乱れた。超スピードで流入し続け、その規模すら予想し難い難民危機の方が、見方によっては、ギリシャ危機よりも、欧州にとってはるかに重大な問題であるといえる。難民対策の失敗は、EUの結束を揺るがし、致命的なダメージを与えることになろう。早急な加盟国間の亀裂の修復が喫緊の課題である。

注・参考資料:

1)Reuters(September3,2015)

3)Reuters(September 12,2015)

4)1985年6月、域内自由移動、亡命・難民申請の取り扱いなどを規定した協定をルクセンブルク・シェンゲンでドイツ、フランスなど5カ国が調印。その後EU加盟国、非加盟国が次々と同協定に加盟し、現在EU22カ国、非EU加盟のアイスランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタインの合計26カ国が参加している。1995年同協定が発効して、シェンゲン域内の国境管理が廃止されている。EUについては、1999年のアムステルダム条約の発効によりシェンゲン条約がEU条約に統合されている。 EU加盟国のうち、英国、アイルランド、キプロス、ブルガリア、ルーマニア、クロアチアは参加(あるいは一部参加)していない。

5)Reuters(September15,2015)、読売新聞(2015年9月14日)

6)日本経済新聞(2015年9月2日)

7)Reuters (October2,2015、October5,2015)

8)European Commission, State of the Union 2015:Time for Honesty,Unity and Solidarity, Speech by Jean-Claude Junker ,President of the European Commission(Strasbourg,9 September 2015),Reuters(September10,2015)、読売新聞(2015年9月10日)、日本経済新聞(2015年9月10日)

9)Council of the European Union(Justice and Home Affairs Council Meeting No.3408)(Brussels, September 14,2015)

10)Council of the European Union(Justice and Home Affairs Council Meeting No.3411)(Brussels,September22,2015)

11)European Council, Informal meeting of EU heads of state or government on migration,23September2015-statement(Press, Statement and Remarks,673/15,24/09/2015)、読売新聞(2015年9月24日、9月25日)、日本経済新聞(2015年9月24日、9月25日)

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