一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2016/08/30 No.288踊り場のメコン経済…現状と展望(1)日系企業のタイ+1は一服状態

春日尚雄
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
福井県立大学 教授

チャイナ+1、タイ+1として次の投資先として注目されたメコン地域のカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(CLMV)。ベトナムを除いて日系企業の進出は鈍い。カンボジアやラオスの月の賃金は100ドルを超え、ミャンマーは80ドルに達している。アパレルや製靴などの労働集約産業では、賃金コスト面から製造限界説も出始めている。ラオスでは経済特区を造成して当初の見込み通りには埋まっていない。さらに、中国経済の減速で中国からの投資にも陰りが出てきている。

踊り場を迎えているメコン地域の現状と展望について、先週に現地調査を実施したITI客員研究員、春日尚雄福井県立大学教授に聞いた。(聞き手は大木博巳ITI研究主幹)

Q.2003年のSARSや2005年の反日デモ、さらには元高、中国における労働コストの高騰など中国以外の地域に製造拠点を分散化させるチャイナ+1の議論がありました。2010年以降はタイ大洪水、労働者不足などの理由からで、タイ+1も加わり、日本の製造業企業の間では、メコン地域の中でもCLMVに製造拠点を広げる動きが出ましたが、現状はどうでしょうか?

-メコン地域およびASEANにおいては、1990年代以降のGMSプログラム、AFTAの実施と深化、加えて2015年のAEC形成が追い風になり、交通インフラ整備や貿易自由化につながる関税削減・撤廃、地域経済統合への取り組みがおこなわれてきました。これらは、グローバル化の流れと共に、製造業がこの地域において国境を越えてサプライチェーンを構築するハードルが下がったことを意味します。それは特に製造業の工程をつなぐ費用であるサービス・リンク・コストが低減されたことであり、企業にとっては国際的な分業、特にメコン地域のように陸続きのエリアは越境交通による小ロット、高頻度運送が期待されてきたという経緯があります。そのため日系製造業の間では、人件費の高止まりやリスクが予見される中国、タイから、ASEAN後発加盟国であり経済発展段階の遅れた人件費に比較優位のあるCLMV4カ国への、フラグメンテーション(工程間分業)を中心とした生産工程の分散が実際に起きています。しかし、その目的と各国における状況は少しずつ変化してきているのが見られるようになりました。

Q.どのような変化でしょうか?

‐2000年代始めから言われてきた、いわゆるチャイナ+1が、日本から中国へのFDIの大幅減という形で明確に具現化しており、中国の生産拠点を維持しつつも、新設あるいは増設の投資については、ASEANそれもCLMVTのメコン地域が第一選択肢となっているケースが多々見られます。そのうち日系企業の一大集積地であるタイでは、CLM3カ国への労働集約的生産工程の分離という典型的な工程間分業、いわゆるタイ+1の現象が見られています。ベトナムについては、順調なFDIをテコに単独で自律的な経済成長を確立する動きがあります。このメコン地域における2つの異なった貿易投資動向は、区別して捉える必要があると思います。

メコン第1友好橋:ラオス側イミグレーションの様子

Q. CLM3ヶ国へのタイ+1の動きは加速していますでしょうか?

‐直近の情勢では一服状態のようです。タイの賃金高騰、人手不足が顕著であった2013年頃はCLMへのサテライト工場設立の動きが活発に見られましたが、2016年時点ではタイ国内市場の停滞などにより、タイ国内拠点の生産余力ができたことから、分工場新設に向けたモチベーションは下がっているようです。またカンボジアなどで、人件費が当初の想定を超えて大幅に上昇していることも阻害要因になっていると思われます。

Q.最近では、ASEANの中でベトナム経済が好調で、一人勝ち。ベトナム+1という言葉が出てきていますが実態はどうでしょうか?

‐ベトナムはTPPに加入し、輸出は伝統的な繊維製品に加えて電子電機製品が急速に伸びています。スマートフォンに代表される電子電機産業のFDIは主に最終組立を目的としたものであることから、輸出額が大きく伸びる一つの理由であると思います。特にベトナム北部に電子電機産業が集中していますが、隣接する中国とのサプライチェーンが構築されたことが大きな強みになっています。但し、ベトナムがグローバルバリューチェーン(GVC)の中で成功するには裾野産業のさらなる充実と厚みが必要であることは変わっていないと思います。ベトナム+1という現象は隣接したラオス、カンボジアとの工程間分業を指していると思いますが、縫製業などを除くと工業製品ではベトナム+1は限られていると思います。ベトナムにマザー工場を持ち、ミャンマー、ラオスに分工場のある日系医療機器メーカーの例がありますが、このようなケースはむしろ希な例と言えるでしょう。

ラオスータイ・ノンカイ間の渡し船:対岸はノンカイの町並み

Q.選挙によって政権交代が実現したミャンマーへの期待が大きいですが、製造業にとってのミャンマーの投資環境はどうでしょうか?

‐業種によって異なるので一概に言えませんが、ヤンゴン近郊に建設中のティラワ工業団地の2016年時点の進出企業リストを見ても、タイ+1で立地する日系企業は現時点では限られています。理由はいくつかあると思いますが、バンコクからの陸路輸送の距離がやや長く、ミャンマー国内の各種インフラも整備途上であること、加えてミャンマーの外国投資受け入れ体制が不透明であることなども、日系の企業投資を躊躇させているように思います。但し、ラオス、カンボジアに比較すると、格段に大きな人口を有することがミャンマーの強みですので、問題点の解消と共に注目度が高まるのは時間の問題かと思います。

Q.今後の展開をどのように考えられますか?

‐メコン地域が、生産拠点あるいは消費市場として一体化する取り組みは、必ずしも目標が達成されているとは言い難い面があります。タイの産業集積のロックイン(凍結)効果は非常に強く、依然として集中のメリットが大きいことから、日系製造業の視点からは本格的に分散に向かう局面とは言えないようです。製造業で最大規模である自動車産業では、AFTAの深化の結果、CLMVにおける完成車プラントの立地が事実上不可能となったことも大きいと思います。こうした状況に対して、ASEAN島嶼部への見直しが進み、現在ではフィリピンの投資環境の優位性が評価されており、メコン地域とは投資誘致の面で競合関係になりつつあると考えられます。メコン地域については、長期的視野からハード、ソフトの両面から「連結性」を着実に改善し、特に高度人材の自由な移動がもたらす多様な産業の活性化を目指すべきかと思います。

ラオス日系縫製工場の製造現場:男性用シャツを縫製

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