| フラッシュ36 |
| 2002年5月23日 |
| ドイツ産業の高コスト体質に赤信号 〜IGメタルの賃上げ交渉妥結 |
| 国際貿易投資研究所 研究主幹 田中信世 |
ドイツの基幹産業をカバーする最有力単産労組、金属産業労組(IGメタル、組合員数約360万人)の賃上げ交渉が2002年5月17日、4%というかなり大幅な賃上げで合意に達した。今回合意したのは、ドイツ南西部のバーデン・ビュルテンベルク州の交渉で、IGメタルにとって、同州の賃上げ交渉はドイツの全地域の交渉に影響するモデル賃金協定的な意味合いを持っており、他地域での交渉が残っているものの、今年のIGメタルの賃上げ交渉はヤマ場を越え実質的に確定したことになる。 賃上げ交渉は今年1月、IGメタルが6.5%という大幅賃上げ要求を掲げたところからスタートした。IGメタル内には、7%の賃上げを掲げるバイエルンなど南部の州や、5.5%を目標とするノルトライン・ヴェストファーレン州など、州によって要求に大きな隔たりがあったが、各州が示した要求の上限に近い水準の6.5%を要求することで最終的に調整が図られた。 賃上げ交渉では、高率の賃上げを要求するIGメタルに対して、金属産業経営者連盟(ゲザムトメタル)が3.3%を回答して交渉が決裂、安易に妥協しないとして対決姿勢を強めたIGメタルは、5月6日からドイツ各地でストライキに突入した。ストライキには、ダイムラークライスラー、アウディ、ポルシェなど76を超える企業で延べ8万人以上が参加した。 今年のIGメタルの賃上げ交渉は、こうしたストライキを背景としたIGメタルの強硬対決姿勢に経営者側が押し切られた形で、高率の妥結となったものである。 ところで、今回妥結したバーデン・ビュルテンベルク州の賃金交渉の中身については、日本ではまだ詳細が紹介されていないようなので、その内容を以下に掲げておこう。以下に見るように妥結内容は、単なる賃上げにとどまらず、新しい報酬枠組み協定(Entgeltrahmenabkommen;ERA)の導入で労使が合意するなど、かなり包括的なものとなっている。また、賃上げについても2002年だけでなく、2003年末までの多年度にまたがったものとなっていることに加え、賃上げ率の中にERAの導入に備えた「構造調整分」を含むなど複雑な内容になっている。 【IGメタルの賃金交渉の妥結内容】 @賃上げ
交渉当事者である金属産業経営者連盟(ゲザムトメタル)のカンネギーセル会長は当然のことながら、「妥結した賃上げ率は0.5〜1%高すぎた」とのコメントを発表している。また、「今回の妥結は構造調整といった複雑な内容を含むこともあり、他産業の賃上げ交渉の基準にはならない」として、高率で妥結したIGメタルの賃上げ交渉が、これから本番を迎える化学、建設、商業などの他産業の賃上げ交渉に波及することをけん制している。さらに、マンハイムにある欧州経済研究センターのフランツ所長も、妥当な賃上げ率としては「2%プラス収益分の上乗せ」あたりではないかと述べ(5月17日付ハンデルスブラット紙)、高率の一律賃上げに疑問を投げかけている。 今回の高率賃上げの影響として最も懸念されるのは雇用への影響であろう。ドイツ機械・設備経営者連盟のクリンゲルンベルク会長は、今回の賃上げ妥結によって企業は2〜3%の従業員削減を余儀なくされるとの見方を示している。IGメタルの賃上げが従業員削減につながった例は過去にもある。具体的には、IGメタルは95年の大規模ストを通して3.4%(段階的に3.6%にアップ)を獲得したが、その結果、金属・電機産業界は大きな経営負担を強いられ、96〜97年に約20万人の従業員削減を行ったとされている。 企業によっては、高率の賃上げをさけるため、自動車部品メーカーHella KG Hueck & Co.(ノルトライン・ヴェストファーレン州Lippstadt)のように、自社で独自の人材派遣会社を設立し、そこからIGメタルの賃金協定にしばられない労働者200名を受け入れるシステムを導入した企業も見られる(同日付ハンデルスブラット紙)。こうした動きがどの程度広まるのか現時点では不明だが、賃上げがドイツ産業の競争力に大きな影響を与えることは確かであり、グローバル経営を展開するダイムラークライスラーなど大企業にとっても、大幅な賃上げは今後の世界戦略を進めるうえで、大きな足かせになるに違いない。また、国内の雇用を確保したい政府の強い要請を受けて、2001年8月に(労働コストの安い中・東欧ではなく)旧東独のライプチヒに主力工場の建設を決めたBMWにとっても、今回の賃上げは大きな痛手となろう。 グローバル経済の進展による競争社会の出現で、企業が賃上げ分を単純に製品価格に転嫁できる状況にないことは明らかであり、今回の賃上げがドイツ企業の従業員削減や生産合理化、生産拠点の国外移転を一層加速する契機になることは間違いないと思われる。 いずれにしても、産業界では、従来のような一律賃上げによる賃金決定方式が時代にそぐわなくなってきているとの認識が急速に高まってきており、今後ドイツでも、個々の企業の収益状況を加味した賃金決定方式の導入の議論がますます高まるものとみられる。 |