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フラッシュ417 |
2019年3月5日
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混迷する英EU離脱交渉(その1)
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田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員 |
迫るEU離脱、混迷する政治に見切り英国のEU離脱期限が本年3月29日に迫る。英議会は今に至るも離脱案で合意できず、完全な機能不全に陥りつつある。企業は、混迷する政治に見切りつけて、「合意なき離脱」に軸足を置く準備を急ぎ始めた。企業の対応はすでに危機管理モードに入っている中、ホンダは去る2月19日、2022年までに英工場を閉鎖することを発表した。雇用や経済への影響が大きい自動車メーカーの撤退が、企業の「英国離れ」を促し、経済全体に悪影響を及ぼす事態が現実味を帯びたとして、英政界や業界に大きな衝撃を与え、地元でも動揺が広がっていると、フィナンシャル・タイムズ紙やBBC(英国放送協会)など主要メディアが連日大きく報道した。 英政府は昨年11月、「合意なき離脱」の最悪のシナリオとして、①英国のGDP(国内総生産)は今後、8.0%~10.7%落ち込む、②英国の貿易は13%~18%減少(輸出10%~13%減少、輸入16%~21%減少)する、③対EU貿易は32%~42%減少(対EU輸出30%~40%減少、対EU輸入34%~43%減少)する、1970年代の石油危機や2008年のリーマン・ショックを上回る影響が出ると予測している(注1)。 「もはや危機対応計画ではなく、すでに(危機が)現実になっている」と、英経済界首脳や企業から不満の声が噴出している。英産業連盟(CBI)のキャロリン・フェアバーン事務局長は2月17日付のサンデー・タイムス紙のインタビューで「企業は絶望している」と指摘、「合意なき離脱」を回避できなければ、英国が「国家的な危機」に陥ると訴えた(注2)。 また、英製造業団体「メークUK」は2月19日、「政治家の中には、国益や国民生活よりも自分の身勝手な政治的イデオロギーを優先させる者がおり、合意の無いままEUを離脱するという破滅的見通しにわれわれを直面させている」と非難した(注3)。 欧州大陸側の経営者団体首脳らからも「合意なき離脱」の大混乱を強く警告する発言が相次いでいる。フランス経団連(MEDEF)ジョフロワ・ルー・ド・ベズイユー会長は「合意なき離脱」をした場合、英仏海峡の両岸で数週間にわたり、物資不足や道路渋滞などの「大混乱」が生じると警告、ドイツ産業連盟(BDI)ヨアヒム・ラング氏も「英国と欧州大陸の企業数万社と労働者数十万人が「最も大きな困難に直面する」と「合意なき離脱」のリスクを警告した(注4)。
別表 在英企業の英EU離脱への対応事例
(出所)主要メディア情報から作成したもの。
対応が分かれる日本車3社「合意なき離脱」への緊急対応では、サプライチェーンの混乱を回避するため、部品在庫の積み増しや生産の一時的中止など、ホンダ、日産、トヨタ3社はほぼ同じであるが、離脱後の生産体制見直しなど中長期の戦略では違いがみられる。 <ホンダ> 工場閉鎖が地域経済(ウィルシャー州)や雇用に与える影響を懸念する声が急速に高まっている。グレッグ・クラーク民間企業・エネルギー・産業戦略相は「スウィンドンと英国にとって壊滅的な決定だ」との声明を発表、失望感をあらわにした。ホンダの八郷隆弘社長は2月19日、記者会見で「グローバルでの生産配置と生産能力の適正化だ」として工場閉鎖とEU離脱との関係を否定しているが、EU離脱後の先行き不透明感が増す欧州事業、特に英国での事業展開が困難視されて、生産停止の背中を押したとの見方が強い。 ホンダの生産終了の決定を受け、ホンダに部品を納入しているプレス部品大手のユニプレス、車体部品のジーテクト、シート大手のテイ・エステックなどのサプライヤーも英国内の生産拠点の閉鎖や他の販路開拓を迫られる。 <日産> 英政府が本年2月4日に公開した日産宛の書簡には次期モデル生産を条件に、研究開発(R&D)などを対象に最大8,000万ポンド(約115億円)を支援すると記されていた。クラーク産業相はエクストレイルの生産計画の撤回によって、支援金の再申請が必要だとの認識を示した。日産は主力SUV「キャッシュカイ」については生産を継続するとしている(注5)。 <トヨタ> トヨタの白柳正義執行委員は「生産体制の見直しは検討していない」と述べている(注6)。 残留を決めている背景として、バーナストン工場の競争力強化のために、2017年3月に2億4,000万ポンド超の新規投資計画を打ち出し、本年1月から新型車「カローラハッチバック」などの生産を開始したばかりだからである。 残留か撤退か-中長期的な戦略を模索「合意なき離脱」になれば、英国内で生産工場を操業する企業は、物流の混乱といった万一の事態をにらみ、在庫増しや調達経路の多様化などを急ぐ。英EU間貿易にWTO(世界貿易機関)のルールに基づく関税が賦課される。不要だった通関手続きで英仏海峡トンネルやドーバー海峡両岸で運送トラックがあふれるなどの道路渋滞や物流の混乱で物資不足が生じかねないからだ。 他方、金融ではEU共通金融免許「単一パスポート」の即時失効が懸念される。英法人から欧州事業を統括してきた金融機関は、「移行期間」(2020年末)中にEU側での免許取得などを図ってきたが、合意なき離脱になれば、移行期間がなくなり、緊急の実務対応が間に合わない恐れがある。 企業の「合意なき離脱」への対応事例は別表のとおりである(本年2月末現在)。製造業は物流停滞を見越して部品などの在庫を過去最高水準に積み上げる一方、金融機関は取引寸断を回避するためロンドンにある顧客口座の移設を進めている。さらに、日系企業は欧州統括本部を欧州大陸に移転する動きを加速している。 仮に「合意なき離脱」が回避された場合でも、EU離脱後(「移行期間」終了後)を見据えた企業は、中長期的な戦略として、英国に残留すべきか撤退すべきか決断しなければならないが、この決断は簡単ではない。
注・参考資料:
1.英国政府が2018年11月に発表した経済予測による。HM Government, EU Exit-Long-term economic analysis (November2018,Cm9742)
2.毎日新聞(電子版)(2019/02/19)
3.Reuters(2019/02/19)
4.Financial Times(2019/02/03)(電子版)
5.日本経済新聞(2019/02/05)(電子版)
6.日本経済新聞(2019/02/24)
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