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フラッシュ431 |
2019年7月26日
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混迷する英EU離脱交渉(その3)
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田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員 |
メイ首相辞任、悪戦苦闘の3年間英国のテレーザ・メイ首相は2019年5月24日、保守党の新党首選出後首相を辞任することを表明した。BBC(英国放送協会)の映像からは、ダウニング街10番地(首相官邸)前での約7分間の短い演説中にも、自らのEUとの離脱協定案が議会で3度も否決されて、辞任に追い込まれた悔しさで表情が歪んで見えた。少し長くなるが主要部分を再録してみる。「私達は2016年、英国民に選択の機会を与え、あらゆる予想に反して英国民は欧州連合(EU)から離脱することを選択した。民主主義においては、国民に選択の機会を与えた以上、国民の決定を実行に移す義務があると信じる。そのために私は最善を尽くしてきた。私は離脱の条件や、近隣諸国との新しい関係を交渉した。英国の雇用や安全保障そして連合王国(United Kingdom)を守るよう、離脱協定に下院議員の支持をうるためできる限りの説得を積み重ねてきたが、残念ながら説得できなかった。私は3回にわたり支持を得ようとしたが、たとえ成功が難しそうでも頑張り続けたのは正しかったと思う。ブレグジット(英国のEU離脱)の取り組みを新しい首相が主導することがこの国にとって最善なので、私は、保守党の党首を6月7日に辞任し、後任に譲る。EU離脱を自分が実現できなかったことを私は今もこれからもずっと非常に残念に思い続けるだろう。成功するには後任者は議会の合意をまとめ上げなければならない。このような合意形成は全ての関係者に妥協の用意がなければ無理である。この国に必要な妥協・譲歩の確保には、ブレグジット実現のためあるいは北アイルランドの自治復活にはどういう経緯で今に至ったか思い返す必要がある。過去3年間に達成した進歩を誇りに思う。私達の政治はいま軋んでいるが、この国には誇りに思えることがたくさんある。私は英国の2人目の女性首相だが、後に続く人が必ず現れるだろう。まもなく去るこの仕事は自分の一生にとって光栄そのものであった。愛する国のために働けたことを大いに感謝している」(注1)。 メイ氏の3年間の政治運営は、いくつかの判断ミスもあって苦難の連続であった。2016年7月、前任のデービッド・キャメロン首相の辞任に伴って、後任の首相に就任した。メイ氏はキャメロン政権の閣僚としては、EU残留の立場をとっていたものの、就任後は「離脱は離脱だ」として、僅差ながらも多数を占めた離脱の実現が民主主義の使命だと強調し、世論の分断を埋め、離脱へ英国をまとめあげようと努めた。 メイ氏に対しては、「指導力の欠如」「交渉力不足」「主張のぶれ」「自説に固執」「側近政治」等々、国内では厳しい批判がある一方、首相がだれであろうと、この分断した国論をまとめあげ、誰もが納得する離脱を実現するのは不可能だったという、同情論もあることも事実である。結果的には、英国社会の分断を一層深刻化させ、英議会や政権の迷走を内外に晒して、貴重な時間を消費してしまったといえよう。
表 メイ英政権の離脱交渉の行程
(出所)執筆者が作成
破天荒な新首相、国民的人気と無責任さが併存保守党内の後継者選びの結果、7月24日、ボリス・ジョンソン前外相がジェレミー・ハント現外相を大差で破って党首に選出され、新しい首相に就任した。 新首相は、名うての離脱強硬主義者である。党首選に向けたキャンペーンで「EUと合意があろうと、なかろうと10月末にはEUを必ず出る。保守党支持に戻ってくれますか」とEU離脱を巡る混迷で保守党離れする有権者に訴えた。ジョンソン氏はこれまでにも強硬離脱路線を一貫して主張して閣僚を辞任し、EU離脱キャンペーンを主導することで、二代前の首相である盟友キャメロン氏を辞任に追い込み、今回はメイ氏の追い落としをはかった。 確かに、ジョンソン氏の国民的人気の原動力は歯切れの良い発言と奔放な言動、名門パブッリクスクールのイートン校、オックスフォード大卒の超エリートなのに人懐っこい庶民性である一方、「日和見主義者」「政治的見解をころころ変える」ことから「信用できない」という意見もある。また、不祥事や失言、スキャンダルも多く、首相としての資質を疑問視する声も強い。 毀誉褒貶のジョンソン氏を周辺国はどうみているのか。英フィナンシャル・タイムズ紙は興味深い内容を報じている。「フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー独大統領(当時は独外相)は2016年7月(注:英国民投票直後)『無責任な政治家が英国をEU離脱に誘導したら、後をほったらかしにしてクリケットに興じた』と指摘し、『正直なところ、言語道断だと思っている』と述べた」。この発言がジョンソン氏を指していることは明らかである(注2)。 ジョンソン氏は今後のEU離脱交渉をどのように進めようとしているのだろうか。執筆時点(7月25日)で、同氏の見通しについて語っているBBCの6月24日の独占インタビュー番組での発言内容および7月9日の党首選のテレビ討論でのジョンソン氏の主張が一つの手掛りとなろう(注3)。
内憂外患、多難な船出ジョンソン新政権が7月24日に発足したが、EUからの主権回復を強く主張する離脱強硬派で主要閣僚ポストを固めた。反EU色の濃厚な新政権に対して、EU側は警戒感を強めている。ジョンソン氏の離脱交渉の方針については、EU側からみれば、「いいとこ取り」しか見えないだろう。EU側はすでに、「いかなる人物が新首相に選ばれても、メイ前首相との間で合意した離脱協定の見直しには一切応じない」とのスタンスを変えていない(ジャン=クロード・ユンケル欧州委員会委員長)。来る11月1日に新たに欧州委員長に就任するウルズラ・フォンデアライエン氏(現独国防相)も現時点では同じスタンスをとっているものの、「一段の時間的な猶予を英国に提供することを支持する」と述べ、10月末の離脱日の再延期については応じる考えを示している。 「合意なき離脱」も辞さないジョンソン英政権の誕生によって、欧州の政治状況大きく変わったという現実がある。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は英国の「合意なき離脱」を怖れるべきでないとして、EU側のこれ以上の譲歩を認めないとの発言をしているが、「合意なき離脱」というリスクが「現実に起こりうる」ことで、アンゲラ・メルケル独首相のように、「合意なき離脱」の双方の大混乱を回避するためには、最大の問題となっている離脱後のアイルランドの物理的国境管理を回避する「バックストップ(安全策)」について再考の余地があるのではないかとの見解を示している。 翻って、英議会は、新政権発足後も保守党が単独過半数を下回る「ハンギング・マイノリティ」状態は変わらない。また、保守党内の合意形成ができていない状況下で、残された3か月間でEUとの交渉が大きく進展するとはとても想定できない。ジョンソン氏の超楽観主義は何を意味するのだろうか。すでに、「合意なき離脱」に踏み切ることを決意しているのだろうか。ジョンソン氏は首相就任早々、ユンケル氏と電話会談し、離脱協定案の修正を要請したが、ユンケル氏はこれを一蹴した。いずれにしても前途多難な船出である。
注・参考資料:
1.BBC NEWS(2019/05/24)、読売新聞(2019/05/25)
2.フィナンシャル・タイムズ(電子版)(2019/06/10)
3.BBC News(https://www.bbc.com) (2019/06/25)(2019/07/11)
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