一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2021/03/12 No.480イタリアでドラギ新政権が発足

新井俊三
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

小政党の連立政権からの離脱により、政権の危機に陥っていたイタリアで、従来の枠組みが維持できなくなったため、ジュゼッぺ・コンテ首相が辞任。コロナ禍でもあり、総選挙の実施も困難であるため、セルジオ・マッタレッラ大統領はマリオ・ドラギ前欧州中央銀行総裁に組閣を依頼。大多数の政党の支持が得られ、2月13日ドラギ・テクノクラート政権が誕生した。

発端は政権内でのEU復興基金の巡る争いであった。連立政権に参加していた小政党イタリア・ビバを率いるマッテオ・レンツィ元首相が政府案に反対して、同党出身の閣僚の引き上げ、政権離脱を図った。反対の理由は、イタリアで使用できる2,000億ユーロをこえる欧州復興基金において、医療、教育などへの配分が少なく、全体として不足するならば追加的に欧州安定メカニズム(ESM)の基金も使用すべきと主張したことである。ESMの利用は、ギリシャの例から、政策にかなり介入されるということで連立第1党である5つ星運動が反対し、収拾がつかなくなった。

政府案に反対したレンツィ元首相は民主党(PD)の出身で、党内抗争に勝利し首相に就任、2014年2月から2016年12月まで勤め、労働市場改革などを実施したが、上院の改革を含む憲法改正問題で国民投票を実施して敗れ、首相を辞任していた(注1)。その後民主党からも離党し、イタリア・ビバを立ち上げ、党首におさまっている。政府案への反対の理由はあまり説得力のあるものではなく、政界での影響力復活への試みと見なされている。

コンテ首相は、一時は議会で信任され、多数派工作などを実施したが、過半数を獲得できず、マッタレッラ大統領に辞表を提出した。コロナ禍での総選挙の実施も困難ということから、大統領はドラギ前欧州中央銀行総裁に組閣を依頼した。ドラギ前総裁は数日にわたり各党と協議、民主党、同盟、シルヴィオ・ベルルスコーニ元首相のフォルツァ・イタリアなどが支持を表明し、五つ星運動もネットでの投票の結果、約60%が賛成し、支持を獲得したため、2月12日閣僚名簿を大統領に提出し、これを大統領が承認、翌13日に就任の宣誓式を行った。

議会での信任は上院では賛成262、反対40、棄権2であり、下院では賛成535、反対56、棄権12であった。5つ星運動では16人の反対があった。政党として支持しなかったのはメローニ党首率いる右派政党「イタリアの同胞」だけであった。テクノクラートを首班とする内閣は、1993年のチャンピ、1995年のディニそれに2011年のモンティに続いて4度目である。

ドラギ前総裁は、もちろん親EUで、欧州債務危機のさなか「できることは何でもする」と強い姿勢を示し、ユーロ危機を救ったが、ドラギ前総裁を支持した同盟、五つ星運動は従来反EUであった。難民受け入れを拒否し、EUの緊縮策にも反対していた同盟であったが、支持者である北部の中小の商工業者は復興基金への期待が大きく、同盟としてもその声を無視することはできなかった。五つ星運動もコロナ禍およびそれによる不況対策としてはEUの支援が必要と判断したものと思われる。

組閣に当たっては幅広く各政党から登用した。23人の閣僚のうち女性が8名、非議員からは8名が選ばれた。議員出身閣僚としては前政権の与党である五つ星運動から4人、民主党から3人、「自由と平等」から選出され、右派政党からは、同盟から3人、フォルツァ・イタリアから同じく3人が入閣し、レンツィ元首相のイタリア・ビバからは1人が選ばれている(注2)。五つ星運動のルイジ・ディ・マイオ外務・国際協力相、民主党のロレンツォ・グエリーニ国防相、官僚出身(非政党)のルチアーノ・ラモルゲーゼ内相など7閣僚が留任した。グリーン・ニューディールとデジタル・トランスフォーメーションにつながる経済復興を図り、かねてより求められている構造改革を推進するという意味で、注目されている新任の非議員出身閣僚としては、まずダニエール・フランコ経済・財務相が挙げられる。イタリア銀行(中央銀行)、欧州委員会アドバイザーなどを経て、2019年にはイタリア銀行総局長(Vice direttore gerenale)を務めていた。デジタル化を担当するのは、ビットーリオ・コラーオ技術イノベーション・デジタル化担当相。ハーバードのMBAを取得、モルガン・スタンレイ、マッケンジーなどの勤務経験を持ち、ボーダフォンのイタリア社長の経験もある。法制度の改革を担うのはマルタ・カルタビーア法相。憲法、国際法の専門家で大学教授を経て、2011年には女性として初めてイタリア憲法裁判所の長官に就任した。ロベルト・チンゴラーニ環境移行(Transizione Ecologica)相は100の特許を持つ物理学の元大学教授で、ドイツのマックス・プランク研究所、日本の東京大学での研究の経験を持つ(注3)。

ドラギ新首相を待ち受けるのは、まずはコロナ対策である。イタリアでは、感染の初期に北部で感染者が急拡大し、医療崩壊に近い状態となり、現在までに約300万人が感染し、死者も約10万人となっている。現在も若干ながら感染者の増加が見られ、ワクチンの接種も英国、フランスなどに比べて遅れている。

経済復興も重要な課題である。コロナ禍により、欧州委員会の予測では2020年の実質GDPは対前年比8.8%の下落であり、2021年は上向き3.4%増となっている。コロナ復興基金がなければ実質GDPが2019年水準に戻るのは2022年末と予想されている。欧州統計局によれば2020年12月の失業率は9.0%、25歳未満に限れば29.7%と高率である。国の累積債務も2019年には名目GDP比134.7%であり、2020年には160%まで上昇するといわれている。

コロナ以前の状態も、少子高齢化が進み、経済も長期停滞していた。出生率は2019年で1.26、65歳以上が総人口に占める割合は2020年で23.2%、出生・死亡・転出入などで計算すると総人口は2019年には対前年比で2.9%の減少となっている。独シュピーゲル誌は、物価上昇を除いた一人当たりのGDPはIMFによれば2019年の数字は2000年の数字を下回っていると報じている(注4)。行政・法制度の非効率なども改善が求められている。

ドラギ新政権は、構造改革を進めながら、経済復興を図らなければならない。巨額の復興予算を使い、無駄遣いをせず、汚職にまみれず、行政の効率化を図り、裁判のスピードアップを図り、イタリア経済を上向かせなければならない。幸い欧州共同債による資金が使えるという絶好の機会である。復興基金を有効に使用できるかどうかは、イタリアのみならず、財政的に困難な状況に陥った加盟国を救済するというスキームが成功するかどうかという点で、EUの将来にとっても重要である。

注1:レンツィ元首相の構造改革については以下を参照。
ITI調査研究シリーズNo.89『統合の深化を阻むものーナショナリズムの高まりと英国の離脱を前にして』、第5章「難航する南欧の経済改革」 2019年4月 欧州経済研究会編

注2:『ドラギ新内閣が正式発足へ、幅広い政党から閣僚を選出(イタリア) 』 ビジネス短信 – ジェトロ (jetro.go.jp)

注3:各閣僚の経歴は;ilsole24ore.電子版 “Governo Draghi: ecco la squadra dei ministri” 13.feb. 2021を参照。

注4:“Italiens schleichender Niedergang” Spiegel 電子版2021.2.7

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