一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2021/08/23 No.492堅調に回復する中国経済に死角はあるのか?

真家陽一
(一財)国際貿易投資研究所 特任研究員
名古屋外国語大学 教授

「我が国の経済は持続的かつ安定的に回復し、経済発展は安定の中で強化され、好転している」。国家統計局の劉愛華報道官は2021年7月15日、第2四半期の経済運営に関する記者会見でこう強調した(注1)。

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の拡大をいち早く収束させた中国は、2020年の実質GDP成長率が前年比2.3%増と主要国の中では唯一プラス成長を達成。2021年は第1四半期が前年同期比18.3%増、第2四半期が7.9%増となり、この結果、上半期は12.7%増となった。ただし、この背景としては、新型コロナ拡大の影響で比較対象となる2020年の成長率が第1四半期は6.8%減、第2四半期は3.2%増と落ち込んだことに対する反動という側面も大きい。

とはいえ、この数字は、経済が回復基調にあることを示すものだ。実際、現地にヒアリングしたところでも、「一言で言えば『堅調』という言い方が最も適切だ」(総合商社の駐在員)、「経済の安定は基本的には維持されている」(証券会社の駐在員)といった声が聞かれる。通年の成長率は、政府目標である6%をクリアし、主要国際機関が予測するように(図1)、8%程度のV字回復を遂げる可能性が高いと見る向きが多い。

図1. 主要国際機関による中国の実質GDP成長率予測

注. 国際通貨基金(IMF)およびアジア開発銀行(ADB)は2021年7月、世界銀行は2021年6月、 経済協力開発機構(OECD)は2021年5月時点の予測
資料:各機関の公表資料を基に作成

しかし、中国経済は本当にこのまま堅調に回復していくのであろうか。懸念される死角はないのであろうか。国家統計局の劉報道官は先般の記者会見において、「現在、世界の感染症は依然として変化を続けており、外部の不安定・不確定要素が比較的多く、国内経済の回復は依然として不均衡であり、安定的に回復・発展する基礎を固めるにはなお努力が必要」と率直に指摘した。

この指摘は何を指しているのであろうか。現地でのヒアリングから浮かび上がってきた足元でのリスク要因は、①新型コロナの拡大、②半導体不足、③生産者物価指数(PPI)の上昇の3つである。以下、中国経済が抱える「三重苦」について検証していこう。

① 新型コロナウイルス感染症の拡大

中国の新型コロナウイルス感染者数は、感染が拡大した2020年2月は1日平均2,378人に達したが、その後は厳しい防疫措置を講じたことで、感染者数は諸外国に比較して極めて少ない人数で推移してきた。しかし、最近は、感染力が強いとされるデルタ株の流入を背景に、散発的にクラスターの発生が見られ、感染者数が増加傾向にある(図2)。

図2. 中国の新型コロナウイルス感染者数の推移(1日平均)

注. 2021年8月は17日現在 資料:国家衛生健康委員会の公表資料を基に作成

8月4日に北京で開催された国務院新型コロナウイルス感染予防抑制メカニズム会議において、孫春蘭・副総理は「最近、国内で多くの感染が散発的に発生しており、すう勢には不確実性がある」と指摘。その上で孫副総理は「各地方政府は、感染症の予防・抑制を最優先事項とし、指揮体系は24時間運営を維持し、感染発生後の処置を迅速に行い、感染経路を早期に遮断しなければならない」と警戒感を露わにした(注2)。

中国の新型コロナ対策が諸外国と決定的に違うのは、「ウイズ・コロナ」ではなく「ゼロ・コロナ」を目指しているところにあり、部分的なミニクラスターであっても、強い防疫措置で移動が制限される。これにより、中国では感染拡大が抑えられているわけだが、他方、この方法は一時的とはいえ、コストと経済に与えるインパクトが大きい。中国では防疫体制が整備されていることから、昨年1月に武漢で発生したような大規模な感染爆発が起きる可能性は低いと見られている。とはいえ、ミニクラスターの頻発とそれに伴う移動制限により、飲食・宿泊・旅行などのサービス消費に一定程度の影響が及ぶことは不可避と見られている。

②半導体不足

中国の自動車の生産・販売台数は5月以降、3か月連続で前年同月割れが続いており、7月は生産が前年同月比15.5%減の186万3,000台、販売が11.9%減の186万4,000台となった(表1)。

表1. 中国の自動車生産・販売台数の推移(2021年)

資料:中国自動車工業協会の公表資料を基に作成

この背景にあるのが半導体不足であり、自動車のみならず、スマートフォンや家電、設備機械など広範囲に影響が及んでいる。販売の減少は決して需要が落ち込んでいるわけではなく、半導体不足で生産調整を迫られるという供給側の要因が、特に自動車分野では大きい。一部のメーカーからは「半導体が入ってこないので需要があっても生産できない」という苦しい声を聞く。

中国自動車工業協会の陳士華副秘書長は8月11日の記者会見で「複雑で変化の多い国内外の情勢が不確実性をもたらしている。特に半導体供給不足のリスクは依然として存在している。また、国内の局地的な感染拡大の再発に加え、原材料価格の高騰が企業のコスト圧力をさらに強めており、これらの問題も自動車業界に影響を及ぼすと見られる」との認識を示した(注3)。

半導体不足の状況について、業界関係者からは2021年後半から徐々に緩和に向かうと見る向きもあるが、少なくとも2022年第2四半期までは逼迫状況が続くのではないか、と指摘する向きもあり、先行きは不透明な状況にある。

③生産者物価指数(PPI)の上昇

中国では2021年3月頃から、PPIが急上昇しており、前年同月比でみた上昇率は7月に9.0%と、5月に続いて年初来最高となった(図3)。この要因は、国際的なコモディティ価格の急騰にある。加えて、中国国内で買い占めや価格のつり上げ等、投機的な動きが活発化したことで原材料価格が押し上げられたことも影響している。

図3. 中国のPPIおよびCPIの推移(前年同月比上昇率)

資料:国家統計局の公表資料を基に作成

李克強総理は7月14日に開催された国務院常務会議において、コモディティの投機や脱税などの重大な規律・法律違反問題が会計検査で明らかになったことを取り上げ、「これらの問題は正常な市場秩序と公平競争の市場環境を乱し、国家の税収の基礎を侵害するもので、非常に悪質だ」とテーブルをたたいて述べたという(注4)。

中国当局は違法行為の取り締まりや、銅・アルミ・亜鉛の国家備蓄の放出などの措置をとっているものの、コモディティ価格の上昇は世界的な問題であることもあり、PPI上昇率は高止まりの状況が続いている。原材料価格の上昇に伴い、中国では、特に中小・零細企業の経営がコストアップによる打撃を受けているとされる。事実、2021年7月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は50.4と(注5)、景気の拡大・減速を判断する50を上回っているものの、4か月連続で低下している。しかも企業規模別に見ると、小企業は47.8と3か月連続で50を下回っており、景況感が大中企業に比較して悪化していることが見てとれる(図4)。

図4. 中国のPMIの推移

資料:図3に同じ

PPIの高止まりは企業の収益悪化や設備投資の減速につながり、景気回復の足枷となりかねない。このため、中国当局は中小企業をより支えていくというスタンスを明確に打ち出しており、この一環として、中国人民銀行は7月15日、金融機関の預金準備率を0.5%引き下げた。同行は「今年以来、一部のコモディティ価格が持続的に上昇し、中小零細企業がコスト上昇などの経営困難に直面している。中国は金融政策の安定性、有効性を堅持し、中小零細企業に対する支援を強化する」と表明している(注6)。

以上のように、中国経済は堅調な回復を見せつつあるものの、他方では、①新型コロナの拡大、②半導体不足、③PPIの上昇といった問題も抱えている。しかも、この3つは世界的な問題であり、中国国内での対応には限界があるのも実情である。

こうした状況の下、習近平・国家主席の主宰により、7月30日に開催された中国共産党中央政治局会議では、「現在も依然新型コロナのパンデミックが続き、外部環境が複雑化し、厳しくなる方向に進んでおり、国内経済の回復も依然堅固でなく、不均衡である」との認識が示された。その上では会議では、下半期の経済運営について、金融政策における流動性の合理的余裕の維持や中小企業および苦境業種の持続的回復に対する支援、コモディティの供給と価格の安定などに取り組む方針が打ち出された(注7)。これらの問題に対する中国政府の対応が、2021年下半期の中国経済の動向を大きく左右しそうだ。

注1. 中華人民共和国中央人民政府ウェブサイト「国家統計局、2021年上半期の国民経済の運営状況を紹介」(2021年7月15日)。

注2. 中華人民共和国中央人民政府ウェブサイト「孫春蘭、確実かつ効果的な措置を講じて感染を早期に食い止めると強調」(2021年8月4日)

注3. 中国自動車工業協会ウェブサイト「中国自動車工業協会、2021年8月の情報発表会を北京で開催」(2021年8月11日)

注4. 中華人民共和国中央人民政府ウェブサイト「李克強、どの単位、どのレベルも徹底的に調査し、厳しく責任を追及」(2021年7月15日)

注5. 企業の購買担当者に対して実施した景況感に関するアンケート調査の結果を指数化したもの。50を上回ると景気拡大、50を下回ると景気減速と判断される。

注6. 中国人民銀行ウェブサイト「中国人民銀行、2021年7月15日に金融機関の預金準備率の引き下げを決定」(2021年7月9日)

注7. 新華網「中国共産党中央政治局会議を招集、当面の経済情勢と経済活動を分析・研究、中国共産党中央委員会の習近平総書記が会議を主宰」(2021年7月30日)

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