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中・東欧諸国など10カ国は、各国の国民投票での承認によってEU加盟手続きがほぼ終わり、
2004年5月の25カ国の拡大EUの誕生は秒読みの段階に入っている。
ところで来年5月にEUに加盟する新規加盟候補国については、
中・東欧諸国を中心に各国の概要や経済動向などが新聞、雑誌などで詳しく紹介されているのを目にすることが多いが、
新規加盟候補国のひとつマルタについては、国の規模が小さいためか、国情を紹介した記事などを目にすることがほとんどない。
そこで、マルタとはどんな国なのか、日本人にとっては比較的馴染みの薄いマルタについて以下に紹介する。
地中海の要衝を占めるマルタ
マルタというと何を思い浮かべるであろうか。
年配の人はアメリカ映画『マルタの鷹』(1941年、ジョン・ヒューストン監督、ハンフリー・ボガード主演)を思い浮かべるかもしれない。
これは、ダシール・ハメットのハードボイルド小説を映画化したもので、
私立探偵サム・スペード(ハンフリー・ボガート)が、
中世の歴史に名高いマルタのヨハネ騎士団(注1)が制作したといわれる宝石をちりばめた
「マルタの鷹」の争奪にまつわる殺人事件に巻き込まれていくという物語である。
そのヨハネ騎士団がマルタ島にやってきたのは、1523年、
当時ヨハネ騎士団が根拠地としていたロードス島がオスマン・トルコに征服されたことから、
同騎士団が身の安全を保証されてマルタ島に移りそこを新しい根拠地としたことにはじまる。
マルタの歴史をさらに過去にさかのぼると、マルタは紀元前1000年頃からのフェニキア、
その後のカルタゴの支配時代を経て、紀元前218年にローマ帝国の領土となった。
6世紀にはビザンチン帝国の支配下に入り、その後のアラブ支配、シチリア王国時代、
さらには前述のヨハネ騎士団の所領時代を経て、1798年にナポレオン軍の支配下に入った。
さらに1814年にはイギリス領となったのち、1964年にイギリスから独立して現在に至っている。
その間、マルタは1990年6月にEC(当時)に加盟申請し、2000年2月にEU加盟交渉がスタート、
2003年4月に他の9カ国とともにEU拡大条約に調印した。
そして他のEU加盟候補国に先駆けて2003年3月8日に行われた国民投票(投票率91%)では53.6%の賛成でEU加盟が承認された。
次にマルタが地理的にどのあたりに位置するのかについて見てみよう。
ヨーロッパの地図を広げて見ると、イタリア半島の長靴型のつま先のすぐ近くにシチリア島がある。
そのシチリア島から更に目を南に転じると地中海の中に浮かぶ小さな島がある。それがマルタである。
マルタからシチリア島までの距離は93キロメートル、アフリカ大陸のチュニジアまでの距離は288キロメートルという至近距離にあり、
地中海の西端ジブラルタルまで1,826キロメートル、東端のアレキサンドリアまでの距離は1,510キロメートルである。
このようにマルタは地政学上、ヨーロッパやトルコ、さらにはアフリカ大陸を結ぶ地中海の要衝の位置を占めていることがわかる。
このマルタが持つ地政学上の特徴が上述のような複雑な歴史を生んだ背景ともなっている。
マルタは西からゴゾ島、コミノ島、マルタ島の主要な3つの島で構成されている。
この3つの主要な島を含むマルタの全国土面積は316平方キロメートルである。
316平方キロメートルといってもピンとこないかもしれないが、日本の淡路島の半分ほどの面積と言えばおおよそのイメージがつかめようか。
人口は約38万5,000人である。
現EU加盟国の中で最も国の規模が小さいルクセンブルクでも国土面積が2,586平方キロメートル、人口41万2,800人であるから、
マルタがEUに加盟すると、面積で見ても人口で見ても最も規模の小さいEU加盟国が誕生することになる。
マルタを構成する主要な3つの島のうち最も大きいのは首都ヴァレッタを擁するマルタ島である。
人口もマルタ島に集中しており、全人口の90%以上がマルタ島に居住している。首都ヴァレッタの人口は約1万4,000人である。
これに対してマルタ第2の島ゴゾの人口密度は低く、同島はリゾート地としての性格を備えている。
大きな比重を占める観光産業
マルタ中央銀行資料などによると、2002年のマルタのGDPは41億ドルであった。
また、EU委員会によればマルタ経済は2003年、2004年とも3%台の堅調な伸びが見込まれている。
2002年の1人当たりGDPは1万496ドルで、これはEU現加盟国平均の53%の水準である。
マルタの主要産業は、観光、造船・船舶修理、繊維、食品加工業などが伝統的な産業であるが、
近年はこれに加えて、半導体などの産業の多様化、高度化にも力を入れているとされている。
マルタには、温暖な地中海性気候に加えて、
フェニキア人の支配が始まる前の巨石文明の時代に造られた巨石神殿群や地下迷宮などの古代遺跡、
さらにはヨハネ騎士団が建造した歴史的建造物など観光スポットが数多くあり、
観光をはじめとするサービス産業はマルタ経済において大きな比重を占めている(グラフ参照)。
マルタ国家統計局によれば、年間の観光客の入国数は2002年で113万人に達し、延べ宿泊日数は約1,060万日にも上っている。
1人当たりの宿泊数平均9.3日という数字は、
マルタがヨーロッパを中心とした長期のバカンス客の格好のスポットとなっていることを示していると言えよう。
さらにこれとは別に年間34万人のクルーズ乗客も受け入れている。
| マルタの国内生産の構造(総付加価値に占める比率) (単位;%) |
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| (注)EU欧州委員会、"2002 REGULAR REPORT ON MALTA'S PROGRESS TOWARDS ACCSESSION"より作成。 |
IT関連の投資が増加
一方、マルタの貿易を見ると、2001年、2002年とも輸出が20億ユーロ、
輸入が28億ユーロと大幅な貿易赤字を計上している。
主要な輸出品は電気・電子機器、機械、輸送機器、衣類、織物、皮革製品等であり、
電気・電子、機械、輸送機器の3部門で総輸出の約75%を占めている。
また、輸入品はで主なものは機械類、食料品等である。
マルタ経済は基本的に貿易赤字を観光収入で補う構造となっているが、経常収支は2002年は470万ユーロの赤字であり、
この傾向は2003年、2004年も継続するものと予測されている。
マルタの貿易においても、他のEU加盟国と同様EUが最大の貿易相手地域となっており、
輸出の場合は総額の約50%が、輸入の場合は約65%がEUとの取引であった。
次にマルタへの外国直接投資の流入(フロー)を見ると、1997年には7,100万ECUの低い水準にとどまっていたが、
98年には2億3,800万ECUに増加し、さらにそれに続く99年、2000年には7億ECU/ユーロを上回る流入が続いた。
しかし2001年には欧州経済の停滞などを反映して直接投資の流入額は3億5,000万ユーロへと半減している。
外国直接投資の業種別内訳は明らかではないが、ドイツのHandelsblatt紙(2003年10月8日付)によれば、
マルタ政府のE政府計画の推進、
インターネット接続の普及(全世帯の約3分の1がインターネットに接続し、そのうちの44%がブロードバンドに接続)、
携帯電話の普及(全人口の64%に普及)などにより、ソフト開発を含めたIT関連の投資が最近増加してきており、
マルタに進出した240社の外国進出企業のうち約3分の1の企業がIT関連企業であるという。
こうしたIT関連企業はマルタ国内の需要に対応することにとどまらず、
マルタの地の利を生かしてリビア、チュニジア、エジプトなど北アフリカ諸国を視野に入れて進出したものと見られている。
また同紙によれば、同部門ではイタリアとフランスの半導体メーカーST Microelectronicsがマルタに進出した最大の外国企業となっており、
同国の輸出の50%が同社の半導体で占められているという。
ちなみに、マルタの法人税は35%である。
売上高税は15%で、食料品など一部の商品にはEU基準に従って軽減税率が適用されている。
また、非居住者に支払われる配当金、利子所得、ライセンス料には源泉徴収税の適用が免除されている。
(注1)ヨハネ騎士団は、十字軍時代に設立された騎士道と修道精神を結合した騎士修道会で、
ドイツ、テンプルと並ぶ3大騎士修道会のひとつ。
11世紀中ごろ聖地エルサレムに建てられた聖ヨハネ病院が1113年、ローマ教皇直属の保護下に置かれた修道会となり、
聖地巡礼者の救護活動に従事した。その慈善事業の延長として軍事的活動も行うようになった。
1120年、レーモン・デュ・ビュイが総長に就任してから騎士修道会に昇格した
(『中世ヨーロッパの生活』、G.ドークール著、大島誠訳、白水社(文庫クセジュ))。
(注2)本稿の執筆に当たっては、EUホームページ(http://www.europa.eu.int/)、 マルタ政府ホームページ(http://www.doi.gov.mt/)、Handelsblatt紙(2003年10月8日付)などを参考にした。
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