フラッシュ101
2007年11月8日
 

EU、域外国労働者の受け入れ政策で指令案を発表
〜ブルーカード導入へ一歩

 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹
   田中 信世
 

  EUの欧州委員会は10月23日、包括的な労働者の受け入れに関する指令案の一部として、EUとして高い技能を持つ労働者(以下高技能労働者)の受け入れを積極的に進めるためにブルーカードを導入するとともに、域外国労働者のための在留・就労許可手続きを簡素化するなどの具体案を発表した。

  欧州委員会は、2006年12月のEU首脳会議(欧州理事会)で、域外労働者の受け入れについての包括的な報告を提出するよう求められていた。具体的に欧州理事会が求めたのは、(1)域外国労働者が加盟国で在留・就労するための申請手続きの簡素化に関する報告に加え、(2)域外国労働者のジャンル(@高技能労働者、A季節労働者、B報酬を伴う研修生、C企業内転勤)別に入国・在留手続き条件などの受け入れ政策の導入についての報告の合計5本の報告である。今回、欧州委員会から発表された指令案は、このうちの(1)と(2)の@に関するものであり、欧州委員会によれば、残りの季節労働者等に関する指令案は08年秋に提出される見込みである。

<ワンストップサービスで手続きを簡素化>
  上記(1)の域外国労働者のための在留・就労許可手続きに関しては、指令案は、EU共通の単一許可証を発行するとともに、合法的に域内で労働する域外国労働者にはEU市民と同等の権利(賃金・解雇などの労働条件、職場での健康・安全、教育、職業研修、取得した資格の認定、社会保障、住宅取得手続きを含む各種サービスへのアクセス、課税ベネフィットなど)が保障されるとしている。なお、欧州委員会によれば、この指令には、どの国の域外国労働者の申請が認められるかといった条件は盛り込まれておらず、域外国労働者の受け入れに関する具体的な条件は引き続き加盟国に一任されるとしている。

  指令案によると、在留・就労許可の手続きに当たっては、申請者がさまざまな手続きを一度に行えるワンストップサービスで申請でき、雇用者、労働者双方にとって手続きが簡素化・迅速化される。指令案では、技能雇用の申請については、必要な申請書類に関する情報提供、申請を拒否した場合にその理由を提示する義務、申請が出されてから90日以内に決定を下す義務を盛り込むなど一定の有利な取り扱いをすることを盛り込んでいる。また指令案は、滞在許可証を見るだけで域外国出身者が合法的に働いているのかどうかを簡単にコントロールできるようにするために、加盟国に対して、労働以外の目的(家族呼び寄せ、難民、留学など)で入国した人の滞在許可証に労働が許可されているかどうかについて記載することも義務付けている。

<ブルーカード導入で高技能労働者を拡大>
  もうひとつの指令案(上記(2)のA)は、高い技能を持つ域外国の労働者がEU域内で労働するための入国・在留条件の確立を目指したもので、条件を満たした労働者にはブルーカードという特別な在留・就労許可証が交付される。欧州委員会では、加盟国によって労働市場のニーズが異なるため、このブルーカードシステムを柔軟に運用し、迅速な手続きの導入を目指したいとしている。

  欧州委員会によると、主要各国の労働人口に占める域外国からの高技能労働者の比率は、オーストラリア(9.9%)、カナダ(7.3%)、米国(3.2%)、スイス(5.3%)であり、これに比べてEUは1.72%と低い水準にある。最近好調なEU経済の改善がさらに進んだ場合、高技能労働者に対するニーズがさらに高まると予想されることから、EUとしては、域外国の高技能労働者にとって魅力的なブルーカード制導入を通じて、高技能労働者の受け入れ拡大を図り、EU経済の一層の発展を目指したい考えである。欧州委員会では、ブルーカードの導入は、EU経済の成長と雇用の改善を目指した「リスボン戦略」(2000年3月、05年2月改定)の目標とも一致するとしている。なお、EUはアフリカなど開発途上国の頭脳流出を避ける観点から、加盟国の高技能労働者確保の取り組みはある程度制限されるよう配慮するとしている。

  指令案による、域外国の高技能労働者の申請要件は、@EU域内の企業と雇用契約を結んでいること、A専門的な職業資格を有すること、B最低賃金水準(当該国の最低賃金の3倍以上)、などである。こうした要件を満たした申請者には「EUブルーカード」が交付され、カード取得者は、一連の社会的・経済的権利が与えられ、家族呼び寄せにも有利な条件が適用される。また、カード取得者は、最初の加盟国で2年間働けばそれ以降は一定条件(特に他の国で新たな雇用契約を結んだ場合など)の下で他の加盟国に移動して働くことができる。

  ところで、EU内では一部の加盟国がすでに高技能労働者の誘致に力を入れており、独自の誘致スキームに基づき高技能労働者の受け入れの拡大を図っている。欧州委員会によれば、すでに10カ国がこうした独自の誘致スキームを実施しており、その他の加盟国でもこうしたスキームの導入を検討しているという。
  EUの指令案はこうした中で打ち出されたものであるが、前述のように雇用契約が結ばれていることがブルーカード発給の前提条件となっているので、加盟国が独自に実施しているスキームと直接的に大きく競合することはないように見える。特定の加盟国の企業と契約を結んだ高技能労働者は当該国の受け入れスキーム(もし当該加盟国が受け入れスキームを持っていれば)のほかに、指令案が成立すれば、EUの受け入れスキームを利用することも可能になるわけで、高技能労働者はどちらか有利な方のスキームを選択することができるようになるものと見られる。

  加盟国が実施している高技能労働者の受け入れスキームの代表的なものとしては、英国が実施している「高度技能移民プログラム」(Highly Skilled Migrant Programme=HSMP)がある。同プログラムは2002年1月にスタートしたもので、受け入れの申請の審査にポイント制を導入し、@学歴、A職歴、B過去の収入、C就労希望分野での業績などの分野で、合計65ポイント以上を取得した場合に申請が求められるというスキームになっている。また、同プログラムで英国に入国した労働者は、1年間経済活動を行うと、在留期間の延長が認められ、さらに連続して4年間英国に在住した場合、永住許可の申請ができることになっている。独立行政法人 労働政策研究・研修機構のウエブサイト「海外労働情報“最近の海外労働情報−イギリス”」(2007年7月)によれば、このプログラムの下で受け入れられた高技能労働者の数は05年で2万3,561人に達した。国籍別ではインドが全体の約35%と最も多く、インド以外では、パキスタン(同11.0%)、オーストラリア(9.1%)、米国(7.6%)、南ア共和国(7.2%)、ナイジェリア(6.5%)などからの受け入れが多い。

  一方、ドイツでは、国内で不足していた情報通信技術関連の労働者の海外からの受け入れを増やすために、2000年7月、当時の社会民主党(SPD)のシュレーダー政権の下で、IT専門労働者に特別の労働許可証を発給するというドイツ版グリーンカード法(滞在労働許可法)が制定された。同法では、ビザ申請条件として大卒または年収10万マルク以上のIT労働者、滞在期間は原則として5年、受け入れ数は1万人(最大2万人まで拡大可)、などが盛り込まれた。しかし、ドイツでは05年1月に、従来5種類あった在留許可の種類を、@通常の労働者に適用する滞在期限付きの滞在許可(Aufenthaltserlaubnis)とA高技能労働者に適用する滞在期限を制限しない定住許可(Niederlassungserlaubnis)の2種類に統合することなどを柱とする新移民法(正式名称は「EU市民および外国人移民のコントロールと制限および滞在と統合の規則に関する法律;移民法」)が発効し、定住許可が与えられる高技能労働者の要件が明確になったことから、IT専門労働者の移住もその中に組み入れられることになり、00年7月に導入されたグリーンカード制度は廃止されることになった。 (フラッシュ72「生産年齢人口の減少に歯止めをかけられるか〜ドイツ「新移民法」の概要」、2004年11月16日、参照)。
  ドイツの経済紙ハンデルスブラット紙(2007年10月23日付)によると、00年7月から04年末までの4年半の間に、グリーンカード制度の下でドイツが受け入れたIT専門労働者の数は合計で1万7,931人にとどまり、最大枠の2万人に達しなかった。受け入れ数の多かったIT専門労働者を国、地域別にみると、インドからの受け入れが全体の約32%と最も多く、中・東欧諸国(同22.4%)、CIS諸国(11.3%)などがこれに続いている。また同紙は、グリーンカード制度の下でのIT労働者の受け入れ数が受け入れ枠を下回った理由として、@ドイツ語という言葉の壁が大きかった、A滞在期間は最大5年と定められており、それ以上の長期滞在に対して展望が持てないこと、B配偶者の就労が認められていなかったことなどを挙げている。

  ところで、今回のEUの指令案に対するドイツ国内の反応をみると、産業界では、「EUのブルーカード指令案はドイツがより単純で産業界に近い移民関連規則を制定するうえでよい刺激になる」(ドイツ商工会議所連合会)、「最高の頭脳を集めるための世界的な競争はとっくの昔に始まっており、EUの指令案は遅すぎた感がある」(ドイツ機械・設備機器工業会)などとしており、概して歓迎する声が強い。これに対して、政界では産業界とは対照的な醒めた反応が見られる。例えば、ドイツキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と連立を組む社会民主党(SPD)の労働専門家は「今回のEUの指令案はあまりにも広範囲で漠然としすぎている。ドイツは高技能労働者の受け入れ制度の改革など自国でできることがまだあり、それを優先してやるべきである」などとしている(同上紙)。こうした醒めた見方が出てくる背景としては、グリーンカードの下では、2年間ドイツ企業の下で働いた高技能労働者は、2年後は他の国に移住して働くことが可能になることから、言葉の壁などでハンディを持つドイツにとってグリーンカードは不利に働くという懸念を持っていることによるものとみられる。
    いずれにしても、今回の指令案が、正式の指令として成立した場合には、指令の国内法化が必要になるが、これと併行して、高度技術労働者の受け入れ制度の見直しや移民法の見直しを迫られる加盟国が出てくることが予想される。

  欧州委員会では今回の指令案を今年12月にも内相閣僚理事会に持ち込んで協議を開始し、2009年春までには合意に達したいとしている。ただ、移民問題については閣僚理事会での合意は全会一致方式をとることになっていることから、27カ国のうち1カ国でも反対すれば、指令案は日の目をみないことになる。