フラッシュ102
2007年11月13日
 

ドイツの大学改革イニシアティブ
〜“エクセレンス・イニシアティブ”で「エリート大学」9校を選定

 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹
   田中 信世
 

  ドイツで大学改革の議論が本格化してきたのは2004年以降のことである。そのきっかけとなったのは、当時の社会民主党(SPD)政権のシュレーダー首相が打ち出した「2004年をイノベーションの年にする」という構想に基づいて、同年1月、ワイマールで開催された社会民主党幹部会議において「ワイマール・イノベーション綱領」が採択されたことである。
  当時ドイツは長期間に及ぶ経済停滞に悩まされていた。このため政府は、ドイツの産業競争力を高めるために03年12月に成立した「アジェンダ2010」関連改革法により、社会保障・労働市場改革をスタートさせた。しかし、社会保障・労働市場改革による労働コストの改善だけでは抜本的な産業競争力の向上を期待することは難しいため、ドイツの大学の水準を世界の一流の大学の水準に引き上げることによって、ITやナノテク、バイオテクノロジーなどの分野で最先端の技術を生み出すような研究体制の構築が急務となっていた。
  上記綱領は【研究の自由の確保】【大学】【研究者】【イノベーションのための連帯】などの項目ごとに改革の方向性について述べているが、特に【大学】の項目では「われわれは、世界の一流大学の仲間入りをし、アメリカのハーバード大学やスタンフォード大学といった世界の一流大学と競争できるようなトップクラスの大学や研究センターを作り出すことによって、大学の構造を改革したいと考えている」と述べて、既存のドイツの大学を世界のトップクラスの水準を備えた大学(いわゆる「エリート大学」)に変えていく必要性を強調している(フラッシュ60「ドイツのエリート大学創設を巡る議論〜競争力回復の切り札になるか」、2004年2月25日参照)。

  綱領の発表後、大学改革のイニシアティブは「エクセレンス・イニシアティブ」(Exzellenzininitiative)と名付けられ、助成対象分野、対象分野別の大学の選定とエリート大学(後述)の選定、助成のための必要予算などについて、政界と教育界などの間で活発な議論が続けられてきた。

  そして、2004年から05年にかけて、「エクセレンス・イニシアティブ」の構想が徐々に固まり、@選定された研究分野別の各大学に対する2011年までの助成金額の総額を19億ユーロとする(そのうち連邦政府が4分の3を負担)、A研究助成分野として、a)「大学院(グラデュエート・スクール)設立構想」(Graduiertenschulen)、b)「エクセレンス・クラスター構築構想」(Exzellenzcluster)、c)「大学の未来構想」(Zukunftskonzepte)の3分野を設ける、B分野別の構想の選定および「エリート大学」の選定は、国際的に著名な科学者が名を連ねる学術委員会、連邦政府や州からの研究資金の配分に決定権を持つドイツ研究協会(DFG)、科学政策分野で最も重要な機関である学術評議会の3者によって構成される審査委員会が行う、C分野別の構想やエリート大学を選定するための第1回コンペを06年秋に実施し、第2回コンペを07年秋に実施する、などの点が決定された。

  上記の助成分野のうち、a)の「大学院設立構想」は若手研究者の育成に役立ち、特に博士課程の学生に最適な勉学条件を提供するものであることが条件となる。また、b)の「エクセレンス・クラスター構築構想」は学外の研究施設や専門大学、関連企業などと連携した研究・教育ネットワークを大学とその周辺に構築することが求められている。さらにc)の「大学の未来構想」では、先端分野の研究強化に向けた優れた構想を提示する必要である。そして、これらの助成対象分野のすべてにおいて助成対象として選ばれた大学がエリート大学と名乗ることができるとされている。

  ドイツ連邦教育・研究省のホームページに掲載の“Exzellenzinitiative”によれば、2006年秋に実施された第1回コンペにおいては、まず、「大学院設立構想」では、アーヘン工科大学の「コンピュータ・エンジニアリング科学の先端研究のための大学院」、ベルリン自由大学の「北アメリカ研究大学院」、ボン大学の「経済学大学院」など18大学による18の大学院設立構想が助成対象に選ばれた。また、「エクセレンス・クラスター構築構想」では、キール大学の「未来の海洋クラスター」、ミュンヘン大学の「ミュンヘン・ナノシステム・イニシアティブ」など14大学による17のクラスター構築構想が、さらに、「大学の未来構想」では、カールスルーエ大学の「未来コンセプト“カールスルーエ技術研究所(KIT)の設立”」、ミュンヘン大学の「未来構想“活動する頭脳、ネットワークを構築するマインド、生きた知識”」、ミュンヘン工科大学の「起業家のための大学の設立」の3大学による3つの構想が助成の対象に選ばれた。そして、3つの助成対象分野のすべてに選ばれた大学ということで、カールスルーエ大学、ミュンヘン大学、ミュンヘン工科大学の3大学が晴れて「エリート大学」の栄誉を担うことになった。

  引き続き今年10月に行われたコンペでは、「大学院設立」では、バイロイト大学の「国際アフリカ研究大学院」、ベルリン自由大学の「ムスリム文化と社会;統一と多様性の研究大学院」、ハノーバー大学の「バイオメディカル研究大学院」など18大学による18の構想が選ばれ、「エクセレンス・クラスター」では、アーヘン工科大学の「バイオマスからの燃料生産」、ブレーメン大学の「地球システムにおける海洋の役割」、テュービンゲン大学の「CIN(総合神経生化学センター)」、ハンブルク大学の「総合的な気候システム分析と予測」など19大学による20の構想が選ばれた。そして「未来構想」については、上記連邦教育・研究省の資料では具体的なコンセプト名は明らかにされていないものの、アーヘン工科大学、ベルリン自由大学、フライブルク大学、ゲッティンゲン大学、ハイデルベルク大学、コンスタンツ大学の6校が選ばれ、この6校はいずれも上記2つの研究助成分野でも選ばれていることから、「エリート大学」として認定されることになった。

  こうして、第1回と第2回コンペを合わせて、各研究助成分野には多くの大学が申請した構想が選ばれ、いわゆる「エリート大学」としては全部で9校が認定されることになった。大学改革を目指して04年から始動してきた大学改革のための「エクセレンス・イニシアティブ」はようやく具体的に動き出すことになったのである。

  ただ、ドイツの経済紙ハンデルスブラット紙(2007年10月22日付)の報道によれば、同イニシアティブの実施にあたってはいくつかの問題点もありそうである。例えば 今後、研究助成分野の各構想に対して補助金の配分が行われることになるが、第2回コンペで選ばれた構想が当初の予想より多くなったため、大学1校当たりの助成金の支給が当初予定より15%減額される見通しであると伝えられるなど、助成金の配分では大学から不満が出ることも予想される。
  一方、各研究分野に名を連ねた大学は、助成金を支給される代わりに、申請した構想に従って将来的な研究体制の構築、教育の充実などで実績を挙げていく必要があり、これら大学のこれからの取り組み(第1回コンペで選ばれた構想については5年間、第2回コンペで選ばれた構想については4年間の取り組み)の成果が問われることになる。ただ、同上紙によれば、大学側からは、「実績を評価するのに5年後というのは短すぎる。10年後に実績を評価するようにすべきである」(ベルリン自由大学)という声も挙がっているようで、今後大学側からのこうした声がどの程度強くなるのかも注目される。
  さらに、このイニシアティブは2011年を一応の区切りとしているが、助成期間終了後のイニシアティブをどのようにしていくのかについても現時点はまだ結論が出ていない。今後、イニシアティブを2011年以降も続けるにしても、今回のイニシアティブで選ばれた各大学の構想を継続した形で支援していくのか、あるいは、コンペを新たに一からやり直して、新たな助成対象を選定していくのかと言った問題をクリアしていく必要があろう。

  こうした問題点はあるにせよ、イニシアティブが本格的にスタートしたことにより、今後このイニシアティブが2011年までにどの程度の成果を挙げることができ、その成果がイニシアティブ・スタート時の究極の目的であるドイツの産業競争力の強化にどの程度寄与できるのかについて大きな期待がもたれている。