フラッシュ166
2013年3月12日
 

債務上限引き上げ問題と歳出の強制削減(米国)

 
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
(桜美林大学 名誉教授)
滝井光夫
 

今年(2013年)1月1日、「財政の崖」問題は辛くも回避された。しかし、債務の法定上限の引き上げと歳出の強制削減という2つの問題の実施は3月1日まで2ヵ月延期された(1月8日付フラッシュ161「辛くも回避された『財政の崖』」参照)。この2ヵ月間、政府と議会間の交渉は続けられ、結局、前者の債務上限の引き上げは5月18日まで再度繰り延べられたが、後者の強制削減は遂に3月1日実行された。これら2つの問題については、詳細に報じられていない部分もあるので、改めて今年1月以降の事態の推移をややくわしくみてみよう。

1.共和党の譲歩で成立した法案H.R.325

米国では、連邦議会が国債の発行残高(連邦債務残高)の上限を法律で規定している。上限が引き上げられなければ、財務省は国債発行によって資金を調達できなくなるため、連邦政府は債務不履行(デフォルト)に陥る。そうなれば、米政府機関は機能を停止し、米国債格付けの下落、国債価格の急落、金利の急上昇などによって、米国ならず世界の金融市場を揺るがす事態となる。

連邦債務残高が名目GDPを上回り、その削減が民主・共和両党の大きな政治課題になっているが、削減の手段を巡って両党間の対立は深まり、債務残高の上限引き上げはますます困難になっている。このため考案されたのが、財政赤字の削減と債務の上限引き上げをリンクした2011年予算管理法(同法の概要は2012年11月27日付フラッシュ159「『財政の崖』をどう回避するか」参照)だが、財政赤字削減を巡る合意が成立しないため、同法制定時には予想もしていなかった歳出強制削減が遂に現実のものとなった。

2012年12月31日に法定上限に到達するとみられた連邦債務残高は、当時のガイトナー財務長官が特例措置(extraordinary measures、これについては上述のフラッシュ161参照)を講じた結果、法定上限の到来を昨年の12月末から今年の2月末まで2ヵ月繰り下げることができた(1月に入って、引き上げ期限は2月中旬に到来と修正)。オバマ大統領は第1期政権の最後の記者会見(1月14日)において、改めて法定上限の無条件引き上げを議会に求めたが、ベイナー下院議長(共和党)は直ちに反論し、歳出削減なき法定上限の引き上げは認めないと従来の主張を繰り返した。

この間、財務省が1兆ドルのプラチナ記念硬貨を発行してFRBに預け、国債発行の財源にする案、憲法修正14条4節の国債の有効性条項(1868年確定)に基づいて国債を発行する案などが学界などで議論されたが、オバマ大統領はいずれの案もとらず、共和党に無条件の上限引き上げを求め続けた(1月14日付NYT)。

膠着状態を打開したのは、下院共和党である。1月17、18日の両日、下院共和党議員はバージニア州の古都ウイリアムズバーグに集結して財政問題への対応を検討し、18日、法定上限を3ヵ月繰り延べることで合意した。背景にはビジネス界からの圧力があったようだが、この合意に基づき、キャンプ下院歳入委員長(共和党)が提案した法案(H.R.325)は、1月23日下院(賛成285、反対144)、同31日上院(同64、34)を通過し、オバマ大統領は2月4日に署名し、制定された。

2.予算決議成立まで議員歳費の支給を凍結

この法律は、「予算なくして給与なし法」(No Budget, No Pay Act of 2013)と別称されているように、法定期限である2013年4月15日までに2014年度予算のための上下両院共同決議案が成立しない場合には、議員歳費の支給を共同予算決議案が成立するまで(成立しない場合は113議会の最終日(2014年末)まで)凍結すると規定している。これは、両院議員の給与を人質に取って、共和党の主張を盛り込んだ来年度予算の枠組みを上下両院の共同決議として成立させ、その後の予算審議を拘束しようというのが、共和党の狙いとみられる。

予算決議は、次年度予算の骨格を定めるものだが、拘束力があるわけではない。2012年3月の議会調査局(CRS)報告によると、根拠法である1974年議会予算法が制定されてから2012年度までの37回の会計年度のうち、予算決議が成立しなかったのは6回(1998、2002、04、06、10、11年度)ある。しかも、同報告によると、4月15日の期限前に成立した予算決議は僅か6年度だけで(最近では2003、4年度)、平均37日遅れで成立している。このため、前例が踏襲されれば議員歳費の支払が遅れることは必至だが、この法律によって予算決議の成立が早まるかもしれない。H.R.325が2014年度予算審議にどのような効果を及ぼすのか、興味深い。

3.次の次の債務上限の到達は7月末?

さて、H.R.325は債務残高の上限引き上げをどのように規定しているかだが、もっとも重要なこの部分の条文は僅か20行にすぎない。しかも、上限引き上げ法案に必ず書かれている具体的な金額は一切示されておらず、条文解釈は極めて難解である。いろいろ解釈があるようだが、一番信頼できるといわれるBipartisan Policy Center (BPC) の解釈と見通し(注1)によると、次のとおりである。

  1. H.R.325の施行日(2013年2月4日)から5月18日まで、債務の法定上限額の設定を停止し、財務省は直ちに国債発行を再開するとともに、特例措置の実施を中止する。5月19日に新たな債務残高の上限が設定され、特例措置の実施も再開される(注2)。
  2. 2013年5月19日に決定される債務残高の法定上限は16兆8,500億ドル、引き上げ額は4,500億ドルと見込まれる。こう算出する根拠は、BPCが条文を次のように解釈するからである。

    つまり、〔2012年12月31日時点の債務残高の上限16兆4,000億ドル〕+〔2013年1月1日から5月18日までに必要な国債発行額4,750億ドル〕−〔特例措置による資金捻出残高250億ドル〕=16兆8,500億ドル、16兆8,500億ドル−16兆4,000億ドル=4,500億ドル、である。ただし、この見通しは、H.R.325が1月末に制定されることを前提に計算されているから、2月4日の制定によって数値が若干変わる可能性がある。

  3. 債務残高の上限が5月19日に4,500億ドル引き上げられ、同時に特例措置によって国債発行のための資金捻出が再開されれば、次の債務残高の引き上げを少なくとも7月末まで繰り延べることが可能となる。

2011年を例にすると、債務上限が引き上げられたのは、ガイトナー財務長官が特例措置を発動した5月16日から2ヵ月半後の8月2日であった。景気が回復過程にある今年の場合は、税収増、社会保障関係費の減少などが見込まれるため、財務長官の特例措置発動から債務上限引き上げまでの期間は、2011年の場合よりも長くなる可能性が指摘されている。

上述のようにH.R.325で規定された計算式が適用されれば、次の債務上限が引き上げられる5月19日には大きな混乱もなく引き上げ幅が決まり、5月19日以降行われる財務長官による特例措置が発動されると、次の次の債務上限の引き上げは7月末ないし8月初めとなる。

なお、2013年度予算は2012年選挙のため、議会は2012年9月、同年10月から2013年3月27日まで前年度比0.6%増の暫定予算を組んだが、最近、9月末までをカバーする予算が成立する見込みとなったため(下院3月7日可決、上院は未決)、当面、政府機関が閉鎖される恐れはほぼなくなった。

4.戦後3回目の強制削減命令

オバマ大統領による共和党説得も決裂に終わり、強制削減回避のための多様な法案がすべて否決され、結局、3月1日に強制削減が実施された。削減額は2013年度末の9月までの7ヵ月間で853億ドル(国防費、非国防費各50%)(注3)、2013年3月から9月まで7ヵ月間の部門別削減率は、国防費が13%、非国防費が9%と大幅になる。行政管理予算局(OMB)が3月1日付で発表した70ページの報告書には、分野別の削減額が詳細に示されている。

ジーンツOMB副局長がベイナー下院議長に送った3月1日付書簡などによると、強制削減が年末まで継続されれば、2013年の実質GDPは0.5〜0.7%ポイント引き下げられ、75万人の雇用が失われると推計されている。しかし、この削減額は財政の崖問題の5,600億ドルの15%に過ぎない。財政の崖が解決できなければ、米国経済はリセッションに陥り、債務上限の引き上げに失敗すれば世界の金融市場は揺らぐが、それに比べれば850億ドルの強制削減の影響ははるかに小さい(クルーグマン教授、2月21日付NYT)。

2月中下旬に行われた世論調査(Pew/USA Today)によると、「強制削減は延期すべき」と答えた人は49%、「削減した方がよい」が40%と削減支持が意外に多く、民主党支持者の3分の1が削減を支持している(2月21日付NYT。なお、回答者10人のうち3人は強制削減問題を聞いたことがないと回答しているのには驚かされる。余談だが、2月22日、ホワイトハウスで行われた安倍首相とオバマ大統領との記者会見で、記者から飛び出した最初の質問が日米間の問題ではなく、この強制削減問題であった。これは、強制削減を直前に控えて、米国の記者の関心がこの問題に集中していたことを如実に示している。大統領は記者とのやり取りが通訳されていない国内問題であることに気が付き、次の質問を日本の記者に振ったほどであった)。

マクロ的に見た影響は小さいとみられるものの、6ヵ月以上の失業者200万人が3月末から4月第1週にかけて受け取る週300ドルの失業保険小切手は11%(33ドル)カットされ、最大の被害者である国防省では、4月から80万人の非軍人職員が一時解雇されるというから、影響はじわじわと広がっていくことになろう。国民に痛みが実感され始めれば、政府や議会が削減の中断あるいは撤廃に動き出す機運が高まると思われる。少なくとも、歳出の強制削減を法律通り、今後9年間も継続するようなことにはならないと思いたい。

ところで、レーガン大統領が「政府こそ問題だ」と述べてから32年、クリントン大統領が「大きな政府の時代は終った」と宣言してから17年が経った。オバマ大統領は「われわれが必要としているのはより大きな政府ではなく、優先政策を設定し、幅広い成長に向けて投資を行うスマートな政府である」と訴えている。米国では、小さな政府へという国民的合意はできたものの、党派による伝統的な思想が異なる以上、政府をどのように小さくするかについての議論は収斂が不可能である。

しかし、財政赤字を削減し、財政を再建するのため、80年代以降、米国では多様な対策が採られてきた。1985年の財政均衡緊急赤字統制法(グラム・ラドマン・ホリングス(GRH)法、86年違憲判決)、87年の新GRH法、90年および93年の包括財政調整法(OBRA)、96年の大統領による項目別拒否権法(98年に違憲判決)、97年の財政均衡法などが制定され、95年には均衡予算を連邦政府に義務付ける憲法修正案まで下院で可決された(上院では否決)。今回の歳出強制削減の根拠となる2011年予算管理法も、その流れのなかでの斬新な対策である。

こうした過程を振り返ってみると、今回の強制削減は米国の財政史上初の事態(2月28日付朝日新聞)かというとそうではない。2011年予算管理法で強制削減を意味するsequestration という言葉は、85年のGRH法で初めて使われ、レーガン大統領が1986年度および88年度予算で強制削減命令を発動し、OMBが削減を実行している。GRH法の下では強制削減はこの2回(注4)だけだが、より効果的な財政赤字削減手段を求める機運が高まり、90年のOBRAによって、義務的経費を増やす場合はその財源の確保を義務付け(pay-as-you-go)、裁量的経費については歳出の上限(cap)を設ける方式が導入された。この方式はその後も継承され、90年代末に連続4年間の財政黒字を生み出す大きな要因になった。今回の強制削減の実施も、強制削減によらない新たな財政赤字削減方式の開発に繋がることを期待したい。

なお、ジャネット・イエレンFRB副議長は2013年2月11日の講演で、過去の景気回復期には政府歳出が追い風となったが、今回の回復過程では政府歳出が弱く、回復を抑える向かい風になっていると述べ、議会および政府が進めている歳出削減政策を批判している。


〔注〕
2. なぜ5月19日を次の債務上限引き上げの日としたかについては、CRS 2013年2月報告もその理由がわからないとしている。
3. OMBの2013年3月1日付強制削減報告によると、2011年予算管理法による2013年度から21年度までの各年度の削減額は1,093億ドルだが、2013年度は240億ドルが差し引かれ853億ドルが実際の削減額となる。上述のフラッシュ159では、CBOの資料に基づき2013年度の強制削減額を表では650億ドル、文中では1,100億ドルとしたが、これら数値はいずれも誤りであった。
4. Origins of the Sequester (http://bipartisanpolicy.org/blog/2013/02/origins-sequester)による。GRH法のsequestration は2011年予算管理法のそれと比較するとかなり穏健で、強制削減命令は議会に歳出削減を実行させる一種の脅しとして使われていた。なお、88年度の強制削減は一時的な実施にとどまり、その後の財政赤字削減措置によって強制削減は撤回された。

〔参考資料〕
CRS (2012) : Congressional Budget Resolutions: Historical Information, March 13.
CRS (2013): The Debt Limit: History and Recent Increase, February 7.
OMB (2013): OMB Report to the Congress on the Joint Committee Sequestration for Fiscal Year 2013, March 1.
The New York Times電子版 (NYT).